表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/66

#43 シェア

 ロクサーヌと一緒に拠点へ帰ったあと、ギルドに戻る。

 そして、すぐに酒場へ直行した。


 シムが座ってるいつもの席。

 見ると、そこには盗賊王さんの姿もあった。

 様子を見るに、さっきまでふたりで話していたらしい。


「シム!」

「……よう、パトナ。報酬は何割欲しい?」

「え? うーん、別に私は……」


 いつにも増して、やる気のないシムの眼。

 それと対照的に、盗賊王さんの眼はぎらぎらしていた。

 彼女は私の言葉を遮って、勢いよく言う。


「貰えッ!! ほぼてめーの手柄だ!!」

「クエストに参加したのはシムだから、私の分はなくてもいいよ」

「バカか!? 九割貰えよ!!」

「えー、そういうわけには……」


 もともと、パフェとか奢ってもらってたし。

 報酬については、別に期待してなかった。

 そういう約束じゃなかったのに、後から貰うのも遠慮してしまう。


 私が報酬を貰う正当性について、盗賊王さんは長く語った。

 けど、その上で私が首を振ったら、ようやく諦めてくれた。


 私が欲しいのは、そういうんじゃない。

 本題はシムの気持ちなのだ。


「それで、シム…………」

「ん」


 眼を合わせて声を掛けると、シムは頷く。

 着席を勧めてくれたから、私はその通りに座った。


 彼は真剣な表情をした。

 エルグの時よりも、少し控え目だったけど。


「……今まで、陛下にもお前にも散々言われて、ようやく決心がついた」


 そう前置きして、彼は決意を込めた口調で言う。


「決めたよ。エルグに本当のことを言おうと思う」


 私が心配していたよりも、その瞳には力が宿っていた。

 諦めきった人の顔じゃない。

 不都合な真実を伝えようとする、覚悟を持った顔だ。


 すごく安心した。

 まだ折れてなかったんだ、シムは。


「……うんっ! それがいいよ……!」


 ちょっと感極まった私は、涙腺を維持しながら返事した。

 きっと伝えられるよ、今のシムなら……!


「頑張って……! 今度は上手くいく、絶対にっ!」

「今度か……へっ、さっきは情けねェところ見せたな」

「あっ、いや! 見てないよ、最後までは……とにかく頑張ってね!」


 シムの手を強く握って、少しでも勇気を分けてあげる。

 素直じゃない口角で、彼は笑った。

 そこにさっきの弱々しさはなかった。


 そんな彼の頭が、すぱーん!

 って、はたかれる。

 盗賊王さんは気持ち良く腕を振りぬいて、ニヤリと笑う。


「決断が遅ぇんだよ! このボケ!」


 嬉しそうな彼女。

 シムは痛みに頭を抱えつつも、怒りはしなかった。

 呆れた顔はしてたけど。


 ――さて。

 そうと決まったら、さっそくエルグの居場所を知らないと!

 善は急げって言うしね!


 ラウンジのほうへ出て行って、色んな人にエルグを知らないか尋ねてみる。

 彼女自身がソロの冒険者だからか、あまり知人は多くなかった。

 知っていても、どこで寝泊まりしてるかは知らなかった。


 だけど、幸いにして目撃情報はあった。

 ガタイの良いスキンヘッドのお兄さんが、掲示板の前に立つ彼女を見たらしい。


「なんか、“春思う樹木(ネヴァーマインド)”のクエスト受けてたかな」

「ホント!?」

「一応、俺もちらっと見たクエストだ。納品期限が明日だったから、受けなかったけどよ」


 レベル7のダンジョン、“春思う樹木(ネヴァーマインド)”に向かう予定があるようだ。

 今日はもう遅いから、行くとしたら明日になるだろう。

 ということは、明日は早起きして、エルグを待ち伏せするべし。


「明日の朝は早いよ、シム!」

「おう……ま、当日は俺だけで行きゃ……」

「ざけんなッ、あたしらも行くに決まってんだろーがよ!」


 かくして、話はまとまった。

 明日は盗賊王さんと私とシムで、“春思う樹木(ネヴァーマインド)”にレッツゴーだ。


 ✡✡✡


 仲直りは良い方向に進んでいると思う。

 だから私は軽やかな気分で、弾んだステップのまま拠点に帰った。

 扉を開けて、お腹を空かせて、師匠に呼びかける。


「ししょー、ただいまぁ!」

「あら。おかえり、パトナ」


 師匠はやっぱり、いつも通りに机に座っていた。

 でも、今日は珍しいことに、周りに羊皮紙が散らばってない。

 その代わりに、机の上には、リボンに包まれた謎の箱が置いてあった。


 彼女は蒼い瞳を細めて、ゆったりと微笑む。


「実はわたくしも、さっき帰ったばかりですの。一緒に食べませんこと?」


 そう言って、リボンの箱を私へ差し出してくれた。


 帰ってきて、いきなり師匠の微笑が見れるなんて……

 この箱、なにが入ってるんだろう?

 『一緒に食べませんこと?』ってことは……食べ物!


「わーいっ!」


 お腹が空いてた私は、つい飛びついてしまった。

 師匠のほうに近寄って、机の上でリボンを解く。

 うーん、どんなお菓子かな?


「えへへ、珍しいね、師匠! 買ったの?」

「ええ。その……おいしそうだったから」

「そうだよねー、おいしそうだったら買っちゃうよね!」


 手際よく解ききって、すぐさまオープン。

 中からは、粉砂糖まみれのタイル状のくぼみ……おいしそうなワッフルが現れた。

 いつか、村で一度だけ食べた記憶のあるお菓子だ。


「ワッフルだ…………! じゅるり!」

「どうぞ。これは、あなたのために――」


 神々しい焼き色に感動していたら、師匠がそう言いかける。

 でも途中で、パッと手を交差させて、上品に口を塞いだ。

 そのまま、何事もなかったように微笑んだ。


 ……でも、今のは聞き間違いじゃない。

 私の、ためって……!


「師匠っ!!」

「はい」

「私のために買ってきてくれたんだよね!? そうなんだよね!?」

「ふふふ」

「笑って誤魔化してもムダだよっ、私はこの耳でハッキリ聞いちゃったから!!」


 なんでか分からないけど、師匠は私に優しくしてくれたみたいだ。

 なんでか分からないけど、理由はともかく、ものすごく嬉しい。

 なんでか分からないけど!


 感動のあまり、私はワッフルをひとつ手に取る。

 それをまず、眺めた。

 よく見ると、天上界から降りてきたような食べ物だ。

 師匠が天使から授かったのかもしれない。


「ごくり……」

「遠慮しなくても良いのよ、パトナ」

「う、うん!」


 咀嚼を勧められて、おそるおそる噛り付く。


 すると、なんてことだろう。

 私の口の中に、ふっくらとした生地の食感と、とろけるような甘さが広がったのである!

 まるでワッフルが、私の心に回復魔法をかけたみたいだ……!


 召されちゃうよねぇ。

 えへへ、幸せ。


「もぐもぐ……んふふ、美味しい……」

「気に入ってくれたみたいですわね。安心しましたわ」


 ふと見ると、師匠は少し安心したような表情だった。

 私が美味しいって言うかどうか、不安だったのかな。

 本当に私のために選んでくれてたんだ……


 そして、しばらくの間、師匠は喋らなかった。


「…………」

「もぐもぐ……もぐ?」


 食べてるだけの私を見つめて、微笑んでいる。

 ……こんなに優しい表情の師匠、なんだかいつもと違う。

 観察されてるのかな、私ってば。


 そのまま、彼女はずっと、そうしていた。

 自分ではワッフルを手に取ることもなく。

 正直言うと恥ずかしくて、ちょっと食べにくかった。


 でも、なんであれ美味しかったから、すぐに平らげてしまう。

 すると、やっと師匠が口を開いた。


「――このワッフルは、わたくしの大好物ですのよ」


 見ると、その瞳は、少し遠くを見ていた。

 窓に差し込む夜の前の夕暮れが、彼女の横顔をワッフル色に照らす。

 たおやかな金色の髪は、本当の天使みたいに輝いていた。


「ハクサに初めて買ってもらってから、ずっと。だから、あなたにも食べて欲しかったの」


 眼を細めて、嬉しそうに語る師匠。

 お父さんとのエピソードに、懐かしさを感じているのだろう。


 お父さんと一緒にいた頃の師匠を、私は知らない。

 それどころか、お父さんのことさえ知らない。

 そのせいかは分からないけど、なんだか寂しかった。

 もちろん、師匠が思い出を分けてくれることが、堪らなく嬉しくもあった。


 今なら……教えてもらえるかな。

 昔のこと。


「師匠とお父さんって、どんな風に出会ったの?」


 私が尋ねると、師匠は和やかに答えてくれる。


「城の庭で、ハクサのほうから話しかけてくれましたわ」


 『城』というキーワードで、私はだいたい確信した。

 前から口調の感じで、そうなんじゃないかと思ってたけど……

 師匠って高貴な人なんだ。


 まだ、気になることがたくさんある。

 全部聞きたい。


「師匠って、実はお姫様なの?」

「ええ。まあ、昔の話ですけれど。今はあなたの師匠ですもの」

「昔の師匠って、どんな感じだったの?」

「端的に言うなら……小さな世界で気後れしている、ただの無知な少女かしら」

「魔法の才能は、その頃からあったんでしょ?」

「才能だなんて思ったことはありませんわ。そういうものには、振り回されていただけだもの」


 昔の自分を語る時、師匠の目線は私にあった。

 それでまた、懐かしいものを見るように、眼を細めている。

 なんか不思議だ。


 あっ、お父さんのことも教えてもらわなきゃ!


「えっと、お父さんはどんな人だったの?」

「そうね……破天荒で、常識を知らない人」

「え、えぇ……」

「ふふ、悪い意味じゃありませんわ。むしろわたくしは、そういうハクサを良く思ってますのよ」

「そうなの?」

「ええ。わたくしを窮屈な城から連れ出してくれた、世界一の英雄ですもの」


 大切な言葉を語るように、そっと胸に手を当てる師匠。

 その神聖な感じは、なにも知らない私にも伝わってくる。

 今、きっと私は、師匠を形作るものに触れているんだ。


 彼女は言葉を続けた。


「冒険者になって、彼と過ごした日々を――わたくしは絶対に忘れません。なにがあっても」


 そこまで言って、彼女の手はワッフルに伸びた。

 まだ一口目のそれを、おもむろにふたつに割る。

 そして、片方を私へ差し出す。


「まだ食べられるでしょう? どうぞ」

「え? ううん、私はもうひとつ食べたから……」

「遠慮はいりませんわ。わたくしがこうしたいだけだもの」

「う、えへへ……いいのかな。じゃあ、いただきますっ」


 私はそれを受け取って、師匠と一緒に頬張った。

 すると、幸せな甘さが師匠の表情にも見れて、嬉しくなる。

 気持ちが通じ合ってるみたいで、すごく心地が良い。


「んふふ……美味しいね、師匠!」

「ええ」


 同じお菓子を分けて、同じように味わうのは初めてだった。

 だから――こんなに特別な気持ちになるなんて、ぜんぜん知らなかった。

 教えてくれてありがとう、師匠。

この作品が気に入った方は、評価・感想・ブックマーク・いいねなど、応援よろしくお願いします。

そういった反響が、なによりも励みになりますか?はい、なります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ