#42 エスケープ
蔓延っていた妖精たちは、一匹残らず居なくなった。
大樹は成長を維持したまま、私たちを見下ろしている。
あまりの壮観に、シムと盗賊王さんは言葉を失っていた。
その時、ふたりの後ろで声がした。
「も、もういいでありますか……? すごい音がしてたでありますが……」
「はっ!!」
エルグの問いかけに、急いで返事する盗賊王さん。
「も、もういい! さっさと前向け、あれを見やがれ!」
興奮した様子の彼女は、子どものように大樹を指差す。
振り向きながら「ククク」と笑って、ぼっちさんはなにか言おうとした。
けど、指差された先を見ると、すぐに言葉を失った。
「……すごいであります……これが、ランク8魔導師の力……!」
エルグも感動してくれた。
残念ながらシムの魔法だと思ってるけど、まあ仕方ないよね。
今すぐ飛び出して、「私がやりました」って喧伝したいけど……やめとこ。
最後にゆっくり振り向いたのは、マイペースなヒック。
彼は大樹を見て、それを指差した。
「見てる場合じゃないだよ。あの人らを助けねぇと」
その言葉に、全員が視線を移す。
示されていたのは、ロープでグルグル巻きの冒険者たちだった。
✡✡✡
妖精はすべて退治した。
味方の冒険者も助けた。
というわけで、クエスト完了。
鉱山の外にでて、冒険者たちの安否を確認する。
土を払いながら、捕まっていた冒険者のひとりが、盗賊王さんに頭を下げた。
「ありがとうなの。私たち、妖精に捕まっちゃったの」
「チッ、役立たずだな!……約束通り、報酬はこっちに回せよ?」
「助けてもらったから当然なの」
報酬の分配について、抜け目なく話をつけた盗賊王さん。
出口組から徴収して、自分の取り分を多くした。
「成果に応じて得るのが当然だろうがッ!!」とのこと。
賛同しようがしまいが、結局みんな取られたらしい。
「くく、出口組の連中、情けない顔をしているな……」
「おいらたちも大して活躍してないだよ。危険な道は辛かったけんど」
ヒックとぼっちさんは、報酬が増えて浮足立っていた。
けど、そんなふたりにも、盗賊王さんの魔の手が。
「てめーらも報酬の四分の一、よこせ」
「クゥーッ!?」
「クエストの役にも立ってねぇし、危険な道で財宝も見つけただろーがッ!」
「財宝なんて見つけてないだよ??」
財宝の有無も問わずに、もう見つけたことになっている。
彼女の強制徴収は、みんなの取り分を巻き上げた。
まさに盗賊王……恐ろしい。
その流れで、もしかしたらシムも……
と、思ったけど、そんなことはないようだ。
「おい、ペスカ。てめーのバディ分、報酬を上乗せしといてやる」
「おう。悪ィな、陛下」
「てめーの取り分は三ボゼルンってとこだ、クソボケ!」
「……仰せの通りに」
そんなことあったようだ。
でも、エルグにはなにも言わなかった。
シムの話を聞いて、少し同情してるのかも?
それか……一番に自分を追ってきてくれたから、感謝してるのかな。
なんにしても、盗賊王さんは優しい。
――全員、ギルドに帰る支度はできた。
軽い呼びかけを行ってから、各自で深い森を抜けていく。
報酬をその場で受け取るためか、盗賊王さんだけ全速力で帰った。
きっとラウンジで待ち伏せしているだろう。
私はまだ身を隠したままだ。
もちろん、後からひとりで帰ることもできたけど……
まだシムとエルグの関係が気になった。
一緒に後衛をやっていたからか、ふたりは肩を並べて歩いている。
嬉しそうなエルグと、微妙な顔のシム。
どうやら逆の気持ちで隣り合っているようだ。
見つからない程度の距離を保ちつつ、ふたりの顔が見える位置に回る。
後ろにいたほうが安全だけど、それじゃ面白くないし!
今なら見つかっても、最悪、誤魔化して……誤魔化せないかなぁ。
「シム氏。言っても良いでありますか?」
先に話し出したのは、やっぱりエルグのほうだった。
彼女はなんだか、シムに親しみを感じているらしい。
他の人と接するより、ちょっと距離が近いようだ。
「報酬を分けろってのは無理だぜ。俺の手元には三ボゼルンしか入らねェらしいから」
彼女に眼を合わせないまま、皮肉っぽい笑みを浮かべるシム。
コートのポケットに手を突っ込んで、ちょっと冷たく応対していた。
それでも、エルグは楽しそうだった。
「シム氏は……なんだか、リーダーに似ているのであります」
前触れもなく、彼女はそう言った。
シムは一瞬、明らかに動揺した。
手から棒付き飴を落として、慌ててエルグを見る。
でも、彼女の表情が和やかなのを見て、戸惑いを静かに鎮めた。
……ビックリするよね。
シムと同じ反応しちゃったよ、私。
ヒヤヒヤするなぁ、もう……
気を取り直してシムは、冷静に言葉を返す。
「誰だか知らねェヤツに似てるって言われてもな」
そんなこと言って、誰よりも知ってるくせに。
エルグは照れたように笑った。
「性格も、雰囲気も、似てるでありますよ。驚くくらい……」
どうしてか、彼女はやけに嬉しそうだ。
ニコニコしていて可愛いと思う。
その痛々しいおでこの傷も、チャームポイントに見えるくらい。
「なんだか今日は、昔のパーティに戻ったみたいでありました。とても楽しかったであります」
両手を前で組んで、少し恥ずかしそうに話す。
そんな彼女に、シムは口元を引き攣らせた。
……多分、相当話しにくいのだ。
シムには罪悪感がある。
仲間の窮地を放って、逃げてしまったから。
その結果、エルグは仇の魔物を倒すべく、魔石の力に頼るようになった。
すべて自分のせいだと感じても、仕方ないとは思う。
「…………」
口を開かずに、彼は葛藤している。
今、この場で正体を明かすことだって出来るから。
その準備なら、間違いなく整っているはずだ。
《なら正直に言えッ、今すぐ! アヴェンに頭でも下げて来いよッ!》
盗賊王さんに言われて、もう背中は押された。
打ち明けるチャンスだってことは、きっと本人も分かっている。
あとはもう、彼自身が正直になるだけだった。
違和感のない、会話の空白。
エルグは和やかに、楽しそうに笑っている。
その隣でシムは、大きな決断を迫られている。
やがて、彼の口は開いた。
いつもは眠そうな眼も、その時だけは気構えを宿していた。
「――エル、グ……」
「え?」
名前で呼ばれて、驚くエルグ。
声を震わせるシムは、ゆっくりと発音した。
「俺は…………本当は、お前に…………」
ふたりは立ち止まる。
「…………っ」
「し、シム氏……?」
「…………いや、その名前は……」
気が付けば、ふたりは他の冒険者に置いて行かれる。
言葉はまだ、形を成していない。
あと一歩、一声、全力で踏み込まないと。
その真実は、エルグには届かないぞ。
勇気を出せ、シム・ペスカ……!
「名前……で、ありますか?」
「…………っ、ああっ」
「シム氏……?」
「……俺は!!」
彼は意を決した。
真剣な眼で、大きな声を出した。
「――……ッ!!」
深い森の、囀りのような騒めき。
それは彼の声を誘拐した。
口を閉じて、彼は眼を見開いた。
エルグを見つめた。
彼女は首を傾げた。
なにも伝わっていない。
振り絞るだけで精一杯の気力だった。
それで限界だった。
シムは力なく、ただ顔を覆う。
「…………なんでも、ねェ」
その時、なにも知らない風が、冷たく頬を打つ。
茂みを揺らして、私の心を凍らせる。
「……そうでありますか! なんだか真剣な顔だったから、驚いたでありますよ!」
エルグの笑顔が、堪らなく辛い。
寂しさも、哀しさも、色んな感情が起こる。
それが混ざって、名前の分からない気持ちが、心に溢れた。
「脅かしてみただけだ、アヴェン」
「あ……さっきは名前で呼んでくれたでありましょう?」
「気のせいだろ」
「意地悪なところも、そっくりでありますよ……また一緒にクエストに行きたいであります、シム氏!」
軽口に見せかけて、虚しく会話を繋げるシム。
そんな彼の表情を見ることは、私にはできない。
顔を伏せて、ふたりが通り過ぎるのを待った。
そして、周りに誰もいなくなる。
今なら誰にも気付かれることはない。
なにも出来ない私は、ひとりで泣いた。
✡✡✡
街への帰り道。
ロクサーヌの背中に身を預けて、私はぼんやりしていた。
行きとは正反対の、ゆっくりとした速度で歩く。
「……ね、ロクサーヌ」
私が話しかけると、ロクサーヌは小さく頷いた。
返事かもしれない。
「本当のことを言ったからって、みんなが幸せになるとは限らないんだよね」
さっき、ひとしきり泣いた後で、地面を見ながら考えた。
あの時、もしもシムが正直に言っても、今より良い結果になってたかは分からない。
ひょっとすると、エルグが怒って、シムに復讐してしまうかもしれない。
なんて、別の未来について考えてみる。
というか……やり切れないから、そっちに逃げてみた。
だけど結局のところ、私になにも出来ないことは一緒だ。
なにを考えてたって、すべてはシムの行動次第だったから。
今、こうしてロクサーヌと話してるのも、シムには関係ない。
「復讐なんか、しなくてもいいのに」
どうにもならないけど、呟いてみる。
なんか、ロクサーヌなら分かってくれる気がした。
さっき返事してくれたし。
「ね、ロクサーヌ?」
また呼びかけたら、彼女は「ブルル」と鼻を鳴らした。
やっぱり分かってるね、ロクサーヌは。
さすがだね、ロクサーヌは。
思ってたことを聞いてもらったら、ちょっと気持ちが軽くなった。
すると、先のことを考える余裕が出来る。
きっとシムは、酒場で私を待ってるな。
早く行ってあげたほうが良いかも。
「よしっ、じゃあロクサーヌ! 走ろうよ!」
そう声をかけて、ロクサーヌのお腹のあたりを優しく蹴る。
すると、嘶いた彼女は、颯爽と走り出してくれた。
駆け抜けていく街の景色は、とても爽快だった。
ぐんぐん前に進む。
なんだか楽しくなってしまう。
さっきまでの暗かった気持ちを、私は忘れることにした。
シムが本当のことを打ち明けるチャンスは、まだあるに決まってる。
なにも出来なくても、落ち込んだシムを応援するくらいなら、私にだって!
「ふたりの仲直りは、まだまだこれからだっ!」
素直になれば、きっと気持ちは伝わるんだ。
だからシム……もう少しだけ、頑張ってみようよ!
……って、言うぞ!
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