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#41 インシンセリティ

 慌てず騒がず、シムは言い訳を展開した。


「実は俺には、暗い過去があってな……」


 前に打ち合わせた時、考えておいた作戦を実行。

 彼は苦しげに眉根を寄せて、にわかに声を潜める。


「強い魔法も使えるんだ、もちろん。だがな、それをやると……体力が悉く低下しやがる……抗えねェ倦怠感に襲われ、両の足で立っていることすら覚束ねェのさ」


 要約すると、「強い魔法を使ったら疲れる」って話だ。

 流暢に喋るから、なんだか錯覚しちゃいそうだけど……


 話を聞く盗賊王さんの表情は芳しくない。

 シムとはまた違ったニュアンスで、眉根を寄せていた。


 シム……!

 もうちょっとこう……信憑性のある感じでお願い!


「そもそも、俺の身体はガキの頃から、悪魔に蝕まれていてな。なんの悪魔かって? 名前を言って分かればいいんだが……まあ、分からなければ説明すりゃいい。サキュバスって知ってるか? 淫魔と呼ばれる、男性の性をアレする悪魔だ。俺の父親はサキュバスと情を交わし、サキュバスは俺を生んだ。だから俺は身体が弱ェのさ、当然だろ? 魔物と人間のハーフだ、まともな身体になるハズがねェ。下半身のところとか、死ぬほど肥大化するし……まあ昔の仲間には『口先だけで小さいね』って言われたんだが――いや、こんなこたァ話しても仕方なかったな、古傷を抉っちまった。まあ結果として、俺はこんな目に遭ってるわけだ。ただ、魔力の素養を与えてくれたことだけは感謝しているが……ちなみにな、父親はサキュバスと出会って人生観が変わったという。俺もサキュバスに会ったことはあるが……ダンジョンでな……その時はこう、母親を思い出すというか、洗濯物の匂いがするんだ…………まあ陛下には分からねェか。男が母親に抱く、ある種の憧憬みたいな感情ってのは――」


 なんの話をしてるか分からない。

 そんな彼の空回る舌を、盗賊王さんは


「嘘つけッ!!」


 という一言で止めた。

 バツの悪そうな顔で、彼女から眼を背けるシム。


「いや……」


 と、また少し言い訳を重ねようとしたけど、ダメだったらしい。


「あァ、嘘だ」


 盗賊王さんの確信に満ちた表情に、観念してしまったみたいだ。

 彼がちらりと私のほうを見る。

 私はそれに頷いて返した。


 正直、私ももう誤魔化しきれないと思う。

 こうなったら、本当のことを正直に話したほうが、強く疑われるよりマシだ。


 ――そして、事情を話した。


 エルグとシムの関係について、知ってしまった盗賊王さん。

 彼女は小指で耳垢をほじりながら、苛立たし気に口を開く。


「ムナクソ悪ぃんだよ、クソが」

「…………」


 のそのそと岩壁の前まで行った彼女は、そこにキックをお見舞いする。

 その衝撃音が、洞窟の中に少し響いた。


「男らしくねぇ! なにが罪悪感だよ、くっだらねーなッ!」

「すまねェ……もうちょい静かに言ってくれ、陛下」

「アヴェンに聞かれたくねぇってか!?」


 その辺にある石とか、岩とか、掘削道具まで蹴り上げる。

 それらは高い音を出して、この空洞に散々響いた。


 触れるものをすべて傷付ける、ナイフのような彼女。

 それでもシムは、言いにくそうにお願いする。


「頼む、エルグには言わねェでくれ。なんでもする」

「なら正直に言えッ、今すぐ! アヴェンに頭でも下げて来いよッ!」

「それだけは無理だ……他のことなら……」

「……ッ、ザケんなクソが!!」


 苛立ちが頂点に達したのだろう。

 盗賊王さんは、拳を振りかぶって――思いきりシムを殴った。


 出そうになった悲鳴を、私はすぐに堪える。

 燃えるような眼をした彼女は、はっきりと口にした。


「大口叩くな!! 今のてめーにゃ、なにも出来ねぇよッ!!」


 今までで一番大きい声。

 抑えきれなかったのだろう。

 そして、さっきまでは抑えていたんだろう。


 その一言だけは、間違いなくみんなに聞こえたと思う。

 隔てた岩壁の向こうで、三人がどんな顔をしたかは分からないけど……

 このまま探索に戻るのは、少し気まずい。


 シムはただ黙って、眼を伏せていた。


 ✡✡✡


 盗賊王さんは「もう忘れた」と言った。

 シムに対する嫌悪感を瞳に滲ませながら、はっきり言った。


 パーティに合流して、また探索が始まる。

 先陣をきる彼女の顔は、一度も後衛に向かない。

 というか……前衛のふたりとも、全然眼を合わせてないようだ。


「……それにしても暗いだなぁ」

「ククク、俺様には闇がよく似合う……」

「おお、んだんだ」


 とんでもない気まずさに、ぼっちさんとヒックも喋り出す。

 エルグはというと、シムと盗賊王さんを交互に見て、ひたすら落ち込んでいた。

 簡単に言えば、パーティが機能不全になっている。


 その原因になってしまったシムは、未だにバツが悪そうだ。

 ついでにエルグとも目線を合わせられなくて、仕方なく壁を見ていた。


 高ランクのパーティでも、こういう状態になることはある。

 付き合いが長ければ、それでもなんとかなるけど……

 臨時パーティにとってはキツい状態だ。

 ここで魔物でも出てきたら、たちまち全滅もあり得る。


「……てめーら、ストップ。妖精だ」


 ――そんな時に限って、魔物はやってくる。

 本当に狙って来る魔物もいるけど、偶然だってよくある。

 私の思うダンジョン七不思議のひとつだ。


 盗賊王さんの合図に、全員が立ち止まった。

 すると、こちらに広がりのある音が向かってくる。


 ガチャガチャとした反響が、狭い通路に伝わってくる感じ。

 金属が硬いものに打たれる音や、木材の擦れる音……


 勘だけど、この先には妖精がたくさんいる。


「この音……鉱石でありましょうか?」

「いんや、この辺には道具も多かっただよ。ピッケルかもしんねぇだ」

「木の音……トロッコ……くく、妖精への憎悪が蘇る」


 先の空間への考察を交わしながら、慎重に歩を進める。

 やがて、シムの頭上で燃える、私の火球が照らし出したのは――


 燃え盛るランプが舞い、

 回転するピッケルが走り、

 線路を叩くトロッコが踊り、

 地面を行き来するシャベルが飛ぶ、

 そのすべてに羽根が生えた、狂乱そのものの世界だった。


 予想以上のお祭り状態に、パーティ全員が息を飲む。

 数が多すぎる。

 これに翻弄されては、とてもじゃないけど殲滅なんて出来ない。


 相手はこちら側に見向きもせず、ひたすら暴れまわっている。

 そんな妖精のリンプンが散る空間に、最初に口を出したのは、盗賊王さんだった。


「これは、チャンスだろッ!?」


 その言葉に、みんなハッとする。

 背後で私も気付かされた。


 確かに、一体ずつ相手するのは至難の業だ。

 だけど、ここにはおそらく、ほとんどの妖精が集まっている。

 クエストを完了させるには絶好のチャンスだ。

 一網打尽にすれば、この鉱山から妖精たちはいなくなるはず。


「しかし、その方法はどうする!? 俺様の偉大さでも、なんともならんぞ!?」

「広範囲攻撃だッ! あたしの必殺・千本ナイフで……!」

「待って欲しいであります! すべての妖精を仕留められなければ、逃げられてしまうでありますよ!」

「んだなぁ……おいらの農夫百裂拳でも、全部に当たるかは分からねぇだよ」


 口々に意見を交わして、ピンチをチャンスに変えようとするパーティ。

 広範囲攻撃を模索しても、マシな案は出ない。

 『出口側から来る冒険者たちを待つ』という意見もあったけど、確実じゃないから採用されない。


 やがて、確実性を求める視線は、ただひとりに集まってしまう。

 口を噤んでいたシムに。


「「「「…………」」」」

「…………」


 四重奏カルテット沈黙と、独奏ソロ沈黙。

 特に優劣はないけど、シムは音を上げた。

 面倒そうに頭を掻く。


「陛下、悪ィんだが……」

「チッ!!」

「後生でございます、陛下しかお頼り申し上げられない」

「お殺せになるぞ、このボケッ」


 魔法陣を使う時は、誰にも見られるわけにはいかない。

 その意図を察して、盗賊王さんが動いてくれる。


「てめーら、後ろ向け!!」

「く? なぜ」

「今からあたしが裸になるからだ、クソがァ!!」


 裸になるの!?

 ……って、口実だよね?

 すごい力技だなぁ。


 ぼっちさんとエルグは、顔を赤くして後ろを向いた。

 でも、ひとりだけ……ヒックだけ真正面を向いてる。

 なんのはばかりもなく。


「おいら、ムスメっ子の裸には慣れてるだよ。安心するだ」

「恥ずかしいってんだろがッ、黙って後ろ向け!! もういいって言うまで!!」

「ウチの妹たちは畑で脱ぐだよ……?」


 盗賊王さんの説得で、なんとか彼も後ろを向いてくれた。


 よし、これで魔力を送れる!

 私は身を乗り出して、シムのほうを見る。

 魔法陣をはすでに広げられていて、ヒラヒラと振られていた。

 そこに向かって、遠隔で魔力を送った。


 魔法陣を使う現場を、盗賊王さんが眺める。

 彼女は私を見ると、小声で言った。


「…………てめー、後で報酬分配してやる」


 優しい。

 うん、実は優しい人なんだよね、彼女ってば。

 どうもありがとうだよ。


 ――かくして、魔力は充填された。


 今回の魔法は、あまり多くの魔力を必要としない。

 それでも、この状況を解決できる大規模な魔法なのだ。

 ノエッタに魔法式を直してもらった、大作の魔法陣だから。


 シムは魔法陣を突き出した。

 そして、騒がしい妖精のお祭りに向けて、大きな声を発した。


「“……パト……これ、どう……あァ、未知なる加護! ああ、未知なる加護よ! 我を救いたまえィ!”――未知なる加護(グレートファジー)!!」


 本人がどういう魔法か分かってないまま、シムの魔法が発動する。

 発光を強めた魔法陣は、線路の上で荒れ狂うトロッコに、萌芽をもたらした。


 その芽はプルプルと振動する。

 すると、だんだんとトロッコの勢いが衰える。

 少しもしないうちに、芽は育ち始めた。


「……な、なんなんだよ、この魔法は……」


 口を開けて、呆然とする盗賊王さん。

 育っていく芽は、そんな彼女をあっという間に見下ろしてしまった。

 今や樹木となって、鉱山を埋め尽くさんばかりに大きくなっていく。


 トロッコはもう、まったく動かなくなっていた。

 妖精が死んだからだ。


 この木は魔法だ。

 だから、育つために必要なのは魔力。

 それを周りから奪い、自分の養分にしていく。


 暴れていた他の妖精たちも、次第に元気を失くしていった。

 ピッケルはガランと倒れ、シャベルも生気を失う。

 宙へ逃げようとしたランプも、すぐに生命の灯火を消した。


「……すげェな」


 終わっていく狂乱を眺めながら、シムがそう呟く。

 私とノエッタの大作、“鎮魂せし抱擁(ユグドラシル)”を見上げながら。

 雄大な大樹は、風もなく騒めくのだった。


 どんなもんだい、へへん。

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