#40 ディセプション
妖精。
ダンジョンに潜んで、冒険者たちを惑わす存在。
戦闘能力はないけど、小さなものを操る力がある。
いたずらっ子で、人を驚かせたり、怒らせたりするのが大好きだ。
そういう妖精が、この鉱山にはたくさんいる。
棺城の女王に棲息していたのだろう。
「気をつけていくぞ、てめーら。妖精を侮るとロクなことがねぇ」
侮った経験があるのか、盗賊王さんは慎重な姿勢をとる。
コウモリを起こすくらいの、かわいいイタズラばかりじゃないのだろう。
「妖精を殲滅する、か……怠ィな」
「見た目は愛らしくても、魔物は魔物であります。すべて駆逐すべきであります」
相変わらずふやけた顔をするシム。
それと対照的に、エルグは苛烈な表情を見せた。
彼女の眼からは、魔物に対する嫌悪が読み取れる。
ともかく、三人は注意して先へ進む。
私はみんなの背中を追いながら、こそこそ移動した。
奥へ行けば行くほど、隠れられる程度の小さな岩場が増える。
それを乗り継いだ。
――そうして、しばらく何事もなく歩いた。
思った以上に安定した道のり……というか、警戒してるのがアホらしくなる快適さだ。
表の看板には、こっちの道は危険だと書いてあったような……?
「……よォ、盗賊王」
「あ? 呼び捨てにしていいと誰が言った?」
「お許しを、盗賊陛下」
「殺すぞ」
シムはおもむろに、盗賊王さんへ声を掛けた。
「なんかおかしいと思うだろ、陛下」
「チッ、まぁな……この道は危険だとか書いてあったくせに、なにも起こらねぇ」
「じ、実は自分もそう思ったであります……」
全員、違和感を感じていたようだ。
あの看板の信憑性が薄れている。
というか、あの看板はなんなんだろう?
私は、鉱山で働く人が書いたのかと思ったけど……
「よく考えてみれば、あの看板はおかしいでありますよ」
「ああ……実は裏側にメッセージが隠されてたんだッ、財宝のな……!」
「そ、そうではなく、そもそも看板を立てる理由がないであります」
エルグは顎に手を当てて、仮説を展開する。
「通ってはいけない危険な道があるなら、フェンスなどを置いて通行禁止にするはずであります」
「確かにな……妙だぜ、看板だけってのは。見落とすかもしれねーのに」
「つまり、あれは労働者が書いたのではなく、後から用意された物では?」
後から用意された看板。
一体、誰がそんなことを……
と、考えてみた時。
ここに妖精がいることを思い出して、ハッとした。
私の気付きと同じタイミングで、盗賊王さんが大きな声を出した。
「妖精のしわざじゃねーかッ!?」
そう、妖精のしわざなのだ。
つまり、あの看板もいたずらのひとつ。
あそこに看板を置いて、わざと書き換えたのだ。
安全な道と誤解させて、危険な道へ誘導するために。
ということは、向こうの道へ行ったふたりが危険なんだ!
ヤバいじゃん!?
真実に気付いた盗賊王さんは、私と同じように慌て始める。
なんだかんだ、彼女も仲間が心配なようだ。
「クソがッ! 財宝は向こうにあったのかよッ!!」
違った。
仲間じゃなくて財宝の心配だった。
まあ、どっちにせよ、向こうの道へ用ができたのは変わらない。
今すぐ行かないと。
「シム氏、フーシャ氏、急ぐであります! ふたり助けるでありますよ!」
「いや、別にいいじゃねェか。あいつらが勝手に向こうを選んで――」
「なに言ってやがるペスカァ!! さっさと財宝を取り返しに行くぞ、ゴルァ!!」
乗り気じゃないシムは、女性ふたりにズルズル引きずられていく。
襟元と髪を引っ張られながら、彼の眼は私に向いた。
(いえーい)
口の動きでそう言ってる。
自分で歩きなよ、見てるだけで痛そうだし。
私は呆れ顔を返しておいた。
✡✡✡
ふたつの道の合流地点まで来た。
開けた空洞に、ヒックとぼっちさんの姿はない。
私は岩陰に隠れて、三人の様子を窺う。
盗賊王さんはふたりが通った形跡を調べた。
地面や壁を素早く見て、細かいところを隅々まで調べてから、口を開く。
「来てねぇな。まだ中だ」
やっぱり抜けてないらしい。
安全な道をただ走ってきた私たちと、同じスピードでは来れないだろう。
そこからも、向こうの道が険しいのだと分かる。
短剣を抜いた盗賊王さんが、エルグとシムのほうを見た。
「行くぞ、てめーらッ! 宝は見つけたモン勝ち、奪ったモン勝ちだッ!」
「パーティ内で奪い合いは良くないでありますよ!」
先頭をきって、勇んで中に入って行く彼女。
緊張気味のエルグと、あくびするシムがそれに続く。
……けど、すぐに中に入ることはなかった。
先導の足が、ふと立ち止まる。
盗賊王さんは横顔を見せて、口元に人差し指を立てた。
「……なんか来やがるぜ」
全員が静止したのち、静寂が流れる。
そして、なにかがそれを破る気配。
なにも見えないながら、空洞の中には緊張が漲っていく。
思わず息を止めるような、一時的な停滞。
待って数秒――遠くのほうで、線路が音を立てた。
「――……ッ!」
鉄を滑る車輪の、やけに甲高い音。
普通の速度じゃなさそうだった。
悲惨さを空想させる鉄の悲鳴が、向こうからうるさく響いてくる。
そして……ふと見えた影は、一瞬にして、こちらまで近付いてきた。
「てめーら、線路から退けッ!!」
その掛け声で、間一髪、みんな無事だった。
危険な道から滑りこんで来たのは、暴走トロッコだったのだ。
ギャリギャリと気の狂うような音をさせて、あっという間にみんなの横を抜けていく。
擦れる鉄が火花を立てていた。
そして、その上に乗っているのは、例のふたりだったのである。
「ぎゃあああああっ!!」
「ぎゃあああああっ!!」
ふたりとも、まったく同じ絶叫をしながら、どんどん運ばれていく。
呆気に取られているうちに、遥かに消えていき、一瞬で見えなくなってしまった。
「…………なんだありゃ」
シムが呟く。
するとエルグは、気を取り直して声を上げた。
「は、早くあのトロッコを追うでありま――」
と、そこまで言いかけて、さっきと同じ音が帰ってくるのを聴いた。
トロッコはなんと、踵を返したのだ。
どうやら線路を往復するタイプだったらしい。
「ぎゃあああああっ!!」
「ぎゃあああああっ!!」
また同じ絶叫が運ばれてくる。
あまりにも変な光景だったせいで、エルグはまた黙ってしまった。
そしてトロッコは、また危険な道のほうへ消えていった。
うん。
トロッコがいきなり反転して走るなんて、そんなのあり得ない。
間違いなく、妖精のしわざだ。
「多分、また帰ってくるな……そのタイミングでトロッコを燃やすぞ」
盗賊王さんはシムを見て、そう提案した。
期待の眼差しで見られたシムは、その視線を鬱陶しがる。
「分かったよ、陛下。魔法を使うとこは恥ずかしいから見ねェでくれ」
「は? なんだそりゃ、気持ち悪っ」
「エルグも頼む」
めっちゃ怪訝な顔をしつつも、ふたりは顔を逸らしてくれた。
それと同じ頃、線路の悲鳴はまたも響いてくる。
颯爽と魔法陣を広げたシムは、ちょっと慌てた顔で私を見た。
よし……あれは多分、脈打つ情熱だね。
任せて、シム!
私は岩陰から身を乗り出して、こっそり魔力を送る。
魔法陣は僅かに輝いて、陣全体に魔力を巡らせた。
発動の準備が整った――そのタイミングで、再びトロッコが顔を出した。
「ぎゃあああああっ!!」
「ぎゃあああああっ!!」
「“燃えろ、すべて! 燃やし尽くしてしまえ!”――燃やし尽し!!」
例の適当な詠唱とともに、火球が放たれる!
それはトロッコを目指し……というか、陣の向きに則して、まっすぐ伸びていく。
やがてバッチリ着弾し、トロッコに引火した。
「あっ、熱ッ!?」
「ぎゃあ、今度はなにが起きただ!?」
冷静じゃない二名は、火のついたトロッコに戸惑いながら、向こうへ運ばれていった。
脈打つ情熱はあまり威力が高くないから、すぐには燃やせなかったらしい。
しばらく待ってると、ふたりは帰ってきた。
傷だらけの身体で、ヨロヨロとこっちに近付いてくる。
とりあえず助かったらしい。
「だ、大丈夫でありますかっ!?」
「く、くく……妖精どもめ……コケにしてくれたな…………」
「だなぁ……おいら、妖精が嫌いになっただよ」
とんでもなく酷い目にあったみたいだ。
でも、命は助かったんだから良し。
✡✡✡
助けた彼らに傷薬を塗りつつ、探索再開。
再び五人で集まって、鉱山の奥へと向かっていく。
わりと元気だったはずのぼっちさんは、もう喋らない。
ヒックも無口になってしまった。
「大丈夫でありますか、ふたりとも……?」
「くくくくく」
「んだ」
端的な返事しかしない。
エルグの白い瞳は、優しさを宿しながら困っていた。
そんな彼らとは違って、元気なはずの盗賊王さん。
だけど、彼女は後ろからシムを睨んで、怖い顔をしていた。
「…………」
「……ハァ、肩が凝る」
シムもそれに気付いているけど、睨まれる理由が分からないようだ。
ちなみに、私にも分からない。
ただ、さっきまで先頭をきってた盗賊王さんが、わざわざシムの背後に張り付いているのだ。
エルグは妖精に襲われたふたりを気にしている。
とりあえず、彼女に魔法陣のことがバレたとは考えにくい。
あるとすれば……
「陛下」
耐えきれなくなったのか、シムが声を掛ける。
すると、盗賊王さんは彼に近づいて、耳元で話した。
残念だけど、私には聞こえない声量だ。
ふたりの内緒話を聞きとるのは、さすがに厳しい。
だから気になりつつも、しばらくその様子を見守る。
表情だけなら分かる。
まず、盗賊王さんは厳しい顔付きをしていた。
次に、シムの眉がピクリと動いた。
そして彼の表情は、だんだんと曇っていった。
なにか良くないことを囁かれているのだろうか。
「……? シム氏、フーシャ氏?」
その時、エルグがふたりの様子に気付く。
盗賊王さんは大きな声で返した。
「アヴェン、小休止だ! そいつらの傷を見てやれ!」
「は、はい! 了解であります!」
突然の小休止から、彼女はシムと一緒に、エルグたちから離れた。
私はよく分からないながらも、それに着いて行く。
――そして、他の三人と岩壁を隔てた場所で。
盗賊王さんは、疑いを含んだ口調で言った。
「……ペスカ、てめーは何モンだ?」
そう問われた瞬間、私のほうがドキッとした。
シムは苦々しい顔をしつつも、口角だけは上げる。
けれど、それで誤魔化せる感じじゃない。
「魔導師じゃねぇな」
「まさか」
どうしてバレたんだろう……?
バレるようなことは…………まあ、やったかもしれないけど。
なにはともあれ、ピンチだよね、これ。
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