#38 リユニオン
心に茨を持つ少女、エルグ・アヴェン(17)。
少女だが、パトナ(16)より年上である。
他のやつら:ウィング(16)、ラーン(17)、センコウ(18)、ノエッタ(17)。
ジュブナイルでした。
やる気ってフシギなものだと思う。
大きなことをひとつ終えても、本当に元気な時は余ってしまう。
だから私は、それに従って、余りの時間も魔法陣に注いだ。
すると、コンコンとノックの音がした。
私がいる奥の部屋にも、それは容易に届く。
すぐに出た。
「おはよ、師匠っ」
「……あら、おはよう」
寝てない感じの師匠に挨拶しつつ、扉を開ける。
そこにはメガネを外したノエッタが立っていた。
昨日頼んだ通り、朝早くから来てくれたようだ。
「ノエッタおはよっ!」
「眠いんだけど」
「ごめんね! でも、これ見て!」
私は手に持っていた魔法陣を広げて、ノエッタの前にお披露目した。
眼を擦る彼女は、それをまじまじと見る。
しばらくしてから、納得がいったように手を叩いた。
「ああ、完成してるじゃない。あんたって意外と根性あるわよね」
「えへへぇ」
「うんうん、なかなか良い出来じゃない。あたしとしても鼻が――」
『鼻が高い』と、おそらく言いかけたところで。
感心してくれてたノエッタの眼が、訝しモードになる。
一部の隙さえ逃さないであろう鋭い視線が、私のかわいい魔法陣を突き刺す。
「えと、ノエッタ?」
「…………」
これ、なんか緊張する。
頼んだ通り、先生として来てくれてるからなのかな?
あ、じゃあ、この後に言われるのは……
顔を上げたノエッタは、腕を組んで言い放つ。
「魔法式が抜けてる!!」
「う、ウソォ!?」
やっぱりお叱り。
私から魔法陣をひったくって、彼女は二重円の間を指差す。
よく見ると、確かに……なにか式を飛ばしてる気配。
示された部分だけ、前後が繋がっていない。
「ここに代入式を入れないと、計算結果が変わっちゃうでしょうが」
「あ、ど、どうしよ……もう時間ないよ、せんせぇ……」
これじゃ台無しだ。
あんなに頑張ったのに、水の泡になっちゃった……
たったこれだけのミスで……!
「……まったく、仕方ないんだから」
あたふたする私を横目に、拠点に上がるノエッタ。
「お邪魔します、ナグニレンさん」
「ええ。おはよう、ノエッタ」
「おはようございます」
自然に奥の部屋へ入っていく。
あれ?
これってもしかして……
「ノエッタ……もしかして……」
私は救いを求めるように、彼女にフラフラと近寄った。
すると、神様のような呆れ笑いが帰ってくる。
「手伝ってあげるわよ。もう時間がないんでしょ?」
「うびゃああっ!! ノエッタ大好きーーーっ!!」
「きゃあっ!?」
感激のあまり、私はノエッタに抱き着いた。
勢いのあまり、私の頭はテーブルにぶつかった。
「パトナ、早朝から騒がないで頂けませんこと?」
「ご、ごめんなさい…………」
大声のあまり、師匠に怒られた。
ノエッタはなにも言わずに、私の背中を叩いた。
はしゃぐなって意味か、どんまいって意味だと思う。
頑張りなさいよってのもあると思う。
頑張るぞい!
――作業を分担すると、魔法陣はスラスラ出来上がる。
共同クエストが始まるまでに、なんとか描き終えることができそうだった。
余裕があったから、他に作ったやつも先生に見てもらった。
まずは声に反応する魔法陣。
「いっくよー……わあっ!」
「……」
魔力を通したけど、無反応だ。
大声を出せば反応するはずなんだけど……
「失敗してるんじゃないの?」
「そんなことないよ。ちゃんと作ったから……わあぁっ!!」
「ちょ、うるさ――」
二度目の大声を繰り出した瞬間。
魔法陣は発光して、陣にエネルギーを巡らせる。
そして……
破裂音とともに、部屋の中にあった一切が吹き飛ぶ。
私たち諸共、そこら中が巻き込まれた。
爆発に飛ばされ、壁に背中を打ち付けて、私もノエッタも呻く。
「うっ、いぃったぁい……」
「いっ、痛いじゃ……痛いじゃない、わよっ……!」
「え、えへへ……ごめんねぇ」
怒るノエッタの腕の中に、作り直していた魔法陣が庇われていた。
幸いなことに無傷のようだ。
せんせぇ……好き。
もうひとつ、魔物の力を反射する魔法陣も見せた。
けど、試しに魔法で攻撃しようと提案したら、頭をはたかれた。
誰もいない場所で一人でやれと言われた。
✡✡✡
作り直すことは出来たものの、もう時間はギリギリだ。
シムはギルドで待ってる約束だったけど、さすがにもう居ないだろう。
だから直接、冒険者たちの集合場所に向かう。
色々と打ち合わせしたかったけど、こうなったら仕方がない。
冒険者たちと合流したシムに、「来たヨー」なんて声を掛けるワケにもいかないし。
ただ、問題はいつ魔法陣を渡すか……
とにかく、普通に走っても間に合いそうになかった。
私は師匠からロクサーヌを借りて、急いで現場に向かった。
乗馬はしたことないけど……
「走れ、ロクサーヌ!」
朝日の街を嘶きながら走る、優雅なロクサーヌ。
街中の視線を集めて、彼女は輝いている。
私はその背中にしがみついて、風になった気分でいた。
――そうして、集合場所に近い宿でロクサーヌを預かってもらう。
そこからは走って向かった。
しばらくすると深い森の中へ入って、やがて大きなお城が現れた。
棺城の女王と呼ばれるダンジョン。
そのお城は人工的な外観をしているにも関わらず、城壁は山肌のようにゴツい。
というよりも、まるで山が城の形を成したかのようだ。
形だけがそうで、城壁は緑に覆われていたり、木が突き出ていたりする。
どう見ても斜面にはなってないから、あれを登るのは絶望的だろう。
ウワサでは、黄金の蛙の姿をした女王が住んでいるらしい。
といっても、もちろん魔物だろうから、人間みたいに喋ったりはしないと思う。
口やお腹から強い魔物を生み出して、戦わせるそうだ。
生み出された魔物は高熱や激痛などを与えてくるから、攻略には高度な耐性がたくさん必要になる。
そびえる城の入り口に、何人かの冒険者の姿が見えた。
不審に思われないように、見つからないように……
と、思ったけど、その心配はなさそうだ。
その人たちは熱心に話していて、私に気付く様子もない。
声が聞こえるあたりまで近付いて、状況を確認する。
回り込んで、お城の入り口に生えまくってる茂みへ隠れた。
「てめーら、あたしの足を引っ張るんじゃねーぞ!」
「おいら、協力したいだ……よろしくおねげぇしますだ、みなさん」
「くく……貴様らのチカラなど借りずとも、この俺様がすべて蹴散らしてくれようではないか」
……個性豊かだなぁ。
冒険者の人たちって、こういうところがあるよね。
あれを見てると、サンロードってちょっと、個性が弱い気がする。
ウィングに帽子被せようかな?
それか、センコウに……ウサミミとかね、ぷぷー。
あとラーンにネコミミ……メイド服も良いかな。
似合いそうー。
「んじゃ、適当に自己紹介を……俺ァ、シム・ペスカだ。弱い魔法しか使わねェんで、よろしく頼まァ」
「自分はエルグ・アヴェンと申します! クエスト完了に尽力しますので、皆さん、どうかよろしくお願いするでありますっ!」
あ……シムとエルグ!
もう会ってたんだ、ふたりとも……大丈夫かな?
ホント、どうやって渡そうかな……魔法陣。
ていうかシム、もうちょっと張り切って自己紹介しなよ。
それじゃただの「弱い魔法しか使わない人」だよ。
設定に深みが足りないよね。
「あたしは“盗賊王”フーシャ・ティールス! レベル7だッ! てめーらの全財産、今すぐ奪ってやろうか!?」
「おいらはヒック・ラスティだべな。戦闘以外じゃあんま役に立たねぇけんど、よろしくだべ」
「ふん、貴様らと慣れ合うつもりはない……“孤高”と呼ばれたこの俺、ウルフ・ローン……この世のすべてが下らん、フハハハハ」
個性的な人たちとも挨拶を終えて、一応みんな名前は知ったみたいだ。
エルグがシムに気付いてないってことは、きっと『シム・ペスカ』って名前自体が偽名なのだろう。
リーダーだった頃の名前は、しっかり隠してるらしい。
「ところでだべ、みなさん。クエストの内容は把握してるべか?」
「ああん!? 当たり前だろうが!」
「自分はバッチリでありますよ、ヒック氏! いつでも出発できるであります!」
「下らなすぎて忘れた……くく」
「普通に忘れた」
やる気なしの男ふたりのために、盗賊王の人が説明役を買って出る。
彼女は大きな声で、誰にでも聞こえるように話してくれた。
「最近、魔物どもがダンジョンを出て、その辺をうろついてんのは知ってんだろ!?」
「くくく……もちろん」
「そいつらが厄介なことに、この近くの鉱山を巣窟にしやがったらしいぜ!! これじゃ鉱石が取れないから、さっさと殲滅しやがれってことだッ、オイッ!!」
「へェ、そりゃ大変だ」
「チッ」と舌打ちした後、盗賊王の人は剣を抜く。
見たところ、短剣使いのようだ。
「盗賊のあたしが先導してやるッ!! てめーらは精々、死なねーように着いてこいよ!!」
「あ、俺は魔導師だ。後衛に回らせてもらうぜ」
「クク……俺様は聖騎士だが……聖など下らん、闇騎士と呼べ。前衛ククク……」
「自分は、その……探索支援が得意であります! 戦闘は下手なので、後衛が良いと思われます!」
「おいらは武闘家だべさ。頭は使えねぇから、そこだけ分かってくんろ。前衛に行かせてもらうだよ」
みんな、それぞれ自分のポジションに着く。
シムは後衛だから、魔法陣も渡しやすい……けど。
「シム氏、よろしくお願いするであります!」
「……ああ、おう。ま、期待しねェでくれよ」
「謙遜する必要はないでありますよ! 魔導師の方はとても頼りになるであります!」
エルグと同じポジションっていうのは、かなりマズい。
後衛ふたりだけだから、もう話しかけられてるし……
なんとか誤魔化してよ、シム!
歩き出す冒険者たち。
私は移動して、なるべくシムに近い位置を確保する。
幸い、ここは茂みが続いていて、隠れるところには困らなかった。
今は横からシムが見えるところ。
とりあえず、なんとか気付いてもらわないと。
焦る私に構わず、シムはエルグと談笑していた。
実際、そんな関係じゃないくせに。
「いくつもの魔法の弾を、別々に動かしたりしていました――パトナ氏は天才でありますよ!」
「……ふーん、すげェな。会いたいもんだなァ、今すぐ」
「あはは、今すぐは難しいでありましょう。こんなところにパトナ氏が居るわけないでありますから」
うひゃあ、私の話しちゃってるじゃん。
嬉しい……じゃなくて、ドキドキする。
それなりに近く……私の大股4歩くらいの距離に、シムがいる。
今のうちに気付いてもらいたいけど、どうすれば……むむむ。
その時、私は足元に木の枝を見つけた。
こ、これだ!
「やあっ」
即、投擲。
コントロール抜群な私は、それをシムの頭にぶつけた。
と、思っていた。
「いってェな……オイ、誰だよ!! あたしを殺そうとしたのは!!」
でも実際、シムじゃない人に当たってしまったらしい。
振り向いたのは盗賊王さんだ。
失敗しちゃったよ……
「ククク……殺すなど下らん……貴様ごとき、赤子の手を捻るように殺せるというのに」
「てめーかコラ、ぼっち野郎ッ!!」
「クゥーッ!? 貴様ぁ、この俺様がぼっちだと!?」
慌てて隠れたけど、クククさんと喧嘩してくれて助かった。
それに、結果オーライだ。
突然のおかしな出来事に、シムはキョロキョロして、ふと私を見つけてくれたのだ。
彼はニヤリと笑って、咥えていた飴を取ると、口をパクパク動かした。
(会えた)
そう言ったらしい。
人差指をクイクイ動かして、魔法陣を催促する彼だった。
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