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#37 メモリー

失踪していました。

すみませんでした。

 人に頼り過ぎるのは良くない。

 でも、自分の力だけではどうにもならない、作業時間というのもある。


「レベル8ともなると、コアの並行操作くらいできそうよね」

「師匠並みかな?」

「それも考えられるけど、ナグニレンさんの力は計り知れないし、目安にはならないわ」


 図書館にて、ノエッタと一緒に本を読みながら、レベル8に相応しい魔法を探す。

 できるだけ強そうで、できるだけ魔法陣にするのが簡単な魔法を。


「それにしても、コアふたつ以上を同時に操作するのかぁ」

「それも魔法陣で……そんなこと出来るのかしら? 机上の空論どころの話じゃないわ」

「コアひとつの失われし世廻鳥(オービタル・ピリオド)も、最近になってようやく使えるようになったのに……」


 失われし世廻鳥(オービタル・ピリオド)は、小粒を生み出す中心の魔弾にしかコアが存在しない。

 魔弾の体積を削って、小さな弾を生み出しているイメージだ。

 撃ち出したあとも、小粒とは同質の魔力で繋がっているから、やろうと思えばコントロールできる。

 だからコアはひとつで済むのだ。


 簡単で強い魔法という、わりと無茶なオーダー。

 そして、そんなものは存在しないということが、だんだんと分かってきた。

 本を捲る手に、だんだんと気怠さが宿る。


「これは?」

「苗木を咲かせて、周囲の悪しき魔力を吸い取って成長する……成長に合わせて吸収範囲を広げ、一網打尽にする。確かに派手な魔法かもね」

「良さそう」

「少なくとも、この魔法はコアひとつで済みそうだわ」


 気付けば、第一位階の魔法を諦めていた。

 もちろん第二位階もちゃんと難しい。

 でも、コアの数が増えるよりマシだと思う。


「あっ、こっちも良さそうだよね。特殊な発動方法だし」

「声で操作する魔法! 面白いわね……魔力を通してから、大声で発動させるんだって」


 発動方法についても、まだ遠隔で魔力を送ること一択じゃない。

 遠隔の問題点は、私がいないと魔法陣が使えないことだ。

 となると必然的に、私もシムについて行くことになる。

 エルグにバレないように、こそこそと……ほぼ不審者だよ。


 もっと使いやすいのがあるなら、そのほうがいい。

 発動のさせ方なら、他にも……


「これも良いよね。魔物の攻撃をトリガーにして発動する魔法!」

「相手の攻撃の威力を倍にして返すのね。最強のカウンター……」

「うんっ」


 ちょっと身体を張ることになるかもだけど、強い魔法はたくさんある。

 作ることができれば、共同クエストを有利に進めることは間違いない。


 ……作ることができれば。


「でも、魔法陣を描くのはどれも大変そうね」

「そこなんだよねぇ」


 相談を受けてから、もう二日経ってしまった。

 明日なのだ、共同クエストの開始は!

 あまり時間もないから、描くものはさっさと決めて、急いで取り掛からないと。


 けど、どうしようかな……

 今のところ、私の技術で描けそうなのは、自縛の金剛星(ジュピター)くらいのレベルだ。

 ぎりぎり第二位階だけど、限りなく第三位階に近い魔法である。


「……よしっ、決めた!」

「ん? なにを?」


 首を傾げるノエッタに対して、私は大きく胸を張った。


「大事なのは威力じゃなくて、演出だと思いますっ!」

「…………」

「要するにさぁ! シムにさぁ! 演技指導しよう!」


 こうなったら、手軽な準備から進めるべきである。

 だからシムだ。

 冒険者ギルドに突入だ。


「あ、それとノエッタ。ごめんけど、明日の朝、すぐ拠点に来て欲しいんだ」

「なんでよ」

「見せたいものがあるから。先生として来てね」


 ✡✡✡


 色んな人に声をかけて、シムの所在を探す。

 受付のお姉さんから、飲んだくれおじさんまで。


「棒を咥えた黒ずくめの人、知りませんか?」

「ああ、やる気なさそうな男なら向こうに居たよ」

「ありがとうございます!」


 シムは酒場にいた。

 少量のレバーとお酒だけ、テーブルの上にポツンと置いてある。

 今日もクエストに行くわけでもなく、チビチビ飲んでいるらしい。


 そんな彼の前に、私は颯爽と座る。

 対面にいきなり現れた私へ、彼は驚きの眼を向けた。


「私ね、シムが役者に向いてると思うんだけど」

「なんだいきなり」


 さっそく本題に入らなきゃいけない。

 もう余ってる時間なんてないのだから。


「ごめん、第三位階の魔法しか用意できそうにないんだ」

「ああ、そうかい。まあ魔法ならなんでも……」

「そうはいかないよ、だってレベル8の魔導士ウィザードだよ? ヘボ魔法しか使わないのは変じゃん」

「そうかねェ。そういうヤツもいるだろ、うん。頼む、降りるのはやめてくれ」


 彼は勢いよく頭を下げた。

 テーブルにおでこがぶつかって、すごく痛そうだ。

 私が依頼を放棄しに来たんだと勘違いしているらしい。


「違うよ、降りる気で来たんじゃないよ?」

「は? あんだよ、紛らわしい。じゃあ描いてくれ、なんでもいいから……」

「演技してもらいに来たんだ」


 人差指を立てる私に、シムは首を傾げた。


 ――私の作戦はこうだ。

 魔法陣はインパクトの弱いのしか用意できないから、レベル8っぽくない。

 だから、シムには『そういう魔法しか使わない理由のある人』を演じてもらう。


 こうすれば、万事オッケーだよ。


 話を聞いたシムは、ニコっと引き攣った笑みを浮かべる。


「なに言ってんの、お前?」

「役を考えてきたから、頑張って演技しといてね」

「どんな役だ」

「暗い過去を抱えてて、強い魔法を使うのにトラウマがあって、弱い魔法しか使いたくないっていう役」


 その暗い過去について、詳しいことは知らない。

 そんなの考えるより、表面的な印象を整えるのが先なのである。

 作っても、言う機会があるか分からないし。


「その変なヤツをどう演じるんだよ」

「自己紹介とかで言おう! あらかじめ」

「じゃあ一回やっとくか」


 意外と飲み込みのいいシムは、立ち上がって演技した。


「ぼ、僕……強い魔法が使いたくねェんです……だって、なんか、疲れるし……怖い…………疲れるのが」

「……」


 ひどい演技だ。


「設定が甘いよね、うん」

「お前が考えたんだろうが」

「もっと頑張りましょう! それじゃよろしく!」

「ひっでェ指導だな……」


 とりあえずダメ出しだけして、酒場から立ち去る。

 準備はまだあるから、次はそっちをやらなきゃいけない。


 ✡✡✡


 作る魔法は決めた。

 作れるだけの第三位階魔法と、別にもうひとつ、大作を作ろうと思う。

 もちろん、間に合えばの話だけど……


 一から作るとなると、寝る時間は取れないと思う。

 師匠の気持ちが、なんか微妙に分かった気がしないでもない。

 時間が迫ってくると、夜更かしせざるを得ないのかも。


 机の上に羊皮紙を広げて、張り切ってペンを手に取る。

 一番最初の円を描いてから、魔法陣と真剣に向き合った。


 五芒星を描くと、魔法陣の中にお父さんの姿が見えた。

 ほとんど話した記憶もないのに、ありありと浮かんできた。


『パトナは将来、どんな子になるんだろうなぁ』

『わたし、おとーさんのおよめさんになる!』

『おおっ、そうか! 嬉しいなぁ、可愛いお嫁さんだ!』


 こんな会話、いつしたっけ?

 遠い昔のことのようで、なんだか嘘みたいにも思える。


 陣を描くことに集中しながらも、映像は進む。

 私の眼は、思い出と今を同じだけ鮮明に見た。


 思い出は魔法陣の中に込められているように、少しずつ動いた。

 時の流れに準じていた。

 すべての感覚で、浴びるように眺めた。


『でも、お父さんはパトナをお嫁にもらうことは出来ないな』

『えー? やだ、わたしなる!』

『俺のお嫁さんには、寂しい思いをさせるだけだ』


 お父さんの横顔は、その言葉を寂しそうに呟いた。

 きっとお母さんのことを考えていたのだろう。

 私とずっとふたりきり、置いて行ってしまったお母さんのことを。


『パトナ。お母さんを頼む』

『?』

『俺を信じていて欲しい。大丈夫、約束は必ず守る』


 五芒星の上に、ノートを配置していく。

 コンパスを使って、ひとつずつ、丁寧に丸を置いていく。

 少しでも位置がズレたら、それで台無しだから。


『――おとうさん、かえってこないね。おかあさん、へいき?』

『心配してくれてありがとう、パトナ。私は大丈夫よ』

『ほんとに? ムリしてない?』

『ええ……お父さんはきっと帰ってくるわ。だから平気』


 もうひとつ、七芒星を重ねる。

 これも位置が重要で、誤ることは許されない。

 定規で測って、左右が非対称にならないように、地道に描く。


『――ねえ、ユウちゃん』

『んー?』

『私のお父さんって、いつ帰ってくるんだろう……』

『ふふ、家族に会いたくないパパなんて居ないよ。そのうちひょこっと帰ってくるよ』

『……そうかな。うん、そうだね』


 手元に細心の注意をはらう。

 集中している今、失敗する未来は過らなかった。

 必ず完成させることが出来るんだって、私には分かっていた。


 あと三つ、芒星を重ねることになる。

 ひとつ重なるたびに、着実に完成へ近付いていくはずだ。

 疲れを感じることなんてない。


『――俺の父さんは偉大な冒険者だ。ダンジョンから取ってきた希少な素材で、何人もの人を助けた』

『人を助けたら、家族に寂しい思いをさせても、全部チャラになるってこと?』

『…………そんなこと、俺には分からない。それをいちいち口にする気持ちも』

『なにさ』

『いつまで寂しがってるんだよ、お前』

『そういう気持ちになったらダメなの? じゃあ、トラフは寂しくないの?』

『ああ』

『絶対ウソだよ』

『ウソじゃない』

『強がってるだけだよ。トラフも寂しいに決まってるんだ』

『うるさいんだよ。俺の邪魔をしに来たのか?』


 順番にノートを重ねていく。

 左下に描いたら、同じものを右上にも描かなければならない。


 魔法陣を描く時は、陣全体がシンメトリーになるように作るのが良い。

 魔法式や制御を処理する速度が、左右でバラバラになってしまうと、高確率で暴発・不発になる。

 それを防ぐために、処理速度を均等にして、魔力の演算に誤差を生じさせないようにするのだ。


『――脈打つ情熱(フレイム・ヴェイン)!!』

『あ、飛んでいったねー。鳥みたいに……』

『ユウちゃあん、まっすぐ飛ばないよぉ…………』

『んー、ファイト! 頑張ろう!』


 制御はすべて描き終えた。

 次は二重にした円と円の間に、魔法式を書き込んでいく。


 ここで式を間違えたら、魔法の内容自体に影響が出てしまう。

 だから、より慎重に。


 今の私には見える。

 まっすぐ、先の未来が。

 曇っているだけの気持ちとは、もう別れたんだ。


『期待してますわよ、パトナ』


 待っててね、ニョッタ師匠。

 いつか絶対、肩を並べて見せるから。

 私に期待したのが間違いじゃなかったって、証明してみせるからね。


 ――流れる思い出を、未来への力に変えながら。

 ずっと魔法陣と向き合っていたら、夜が明けた。


 魔法陣は完成した。


 背伸びをして、外へ出てみると、朝の光が影を切り裂いていた。

 快晴だ。

とりあえず投稿ペースは二日に一話で、とりあえず完結まで書きます。

お付き合いいただければ嬉しいです。


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