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#36 ウィスパー

 今日のクエスト。

 レベル7のダンジョン、“春思う樹木(ネヴァーマインド)”の攻略。

 ここのダンジョンボスである“コダマ”という魔物の、白い着物を素材として持って帰る。


 桃色の葉を満開に咲かせた樹木が、冷たい風にゆらゆら揺れている。

 色付いた葉はひらりと舞い落ちて、風と遊びながら、至る所へ散乱していく。

 木々に挟まれた通り道は、足の踏み場もないほど桃色に染まっていた。


 美しいゲートを通る私たち。

 見惚れるけど、完全に惹きつけられたら、別の世界へ連れて行かれそうだ。

 あまりにも綺麗過ぎると、なんだか恐ろしく感じる。


 ラーンもセンコウも、ちょっと歩幅が縮んでいた。

 唯一、ウィングだけは張り切って進んで行く。

 なにも感じてないか、気にしてないか……どっちにしろ彼は勇敢だ。


 そんなクエスト中、私はたくさん考えていた。

 シムに頼まれたことについて。


「うーん…………」


 気持ちだけで言えば、昨日よりも乗り気になっていた。

 彼を魔導師ウィザードにすることは、私にとって良い経験になると思うから。

 上手くいくかは分からないけど、挑戦してみたいのだ。


 だけど、それはあくまで自分の都合だ。

 今度のことは、それだけで考えたら良くない気がする。

 シムとエルグにとっては、きっと和解するチャンスでもあるから。


 もちろん、完全に縁が切れる可能性だってあるけど。

 それでも、もしシムが自分の生存を隠し続ければ、彼はずっと頭を抱えながら生きることになる。

 エルグだって、みんな死んだのだと思い込んで、必要以上に悲しむだろう。

 そうなるよりも、ふたりが本当のことを分かり合えるほうが、きっと気持ちいい。

 少なくとも、私はそう思う。


 ……だから、やっぱり半々だ。

 協力したい気持ちと、したくない気持ちが半々。

 どっちに転んでも、良いか悪いかは今後次第だった。


 不安を加速させるような、鮮やかな絨毯。

 嫌にドキドキして、逃れるように空を見たら、そこも満開に埋め尽くされている。

 まるでネガティブの出口を奪うようなダンジョンだ。


「――……さん! パトナさん!」

「へっ?」


 ふと、ラーンの声が隣から聞こえた。

 そこでようやく、考えることを忘れる。


「どうしたんですか? なんだか考え事をしてたみたいですが……」

「う、ううん。なんでもないよ」

「とにかく、気を付けましょう。このダンジョンは特に、油断しないほうが良い気がします」


 確かに、このダンジョンには独特の魅力がある。

 なにもないのに、ただ歩いているだけで、不思議と心がざわつく。

 もし立ち止まって休憩なんかしたら、そのまま世界に取り込まれてしまいそうだ。


 よし、悩むのは仕事が終わってからにしよう。

 酒場に行って、シムにと顔を合わせて、またパフェを奢ってもらって……それから考えよう。

 楽しみだなぁ、ナバナパフェ。


 ✡✡✡


 今回のダンジョンは、思っていた以上に不思議な場所だった。

 それに全体が広くて、一日で踏破するのは難しい。

 というわけで、クエストの完了は明日に持ち越しになった。


 で。

 私の目の前には、待ちに待ったスイーツが運ばれてくる。

 キラキラと輝く、淡い黄色のフルーツ。

 たっぷりのクリームの上に、ちょこんとトッピングされていた。


「じゅるる……シム、真面目に聞いてね」

「そんならヨダレをなんとかしろよ」


 向かい合うシムは、昨日よりスッキリした顔になっていた。

 昨日見たときは、もっと不健康っぽかった気がする。

 ちょっとマシになってるような?


「それで――答えを聞かせてくれ。昨日の件…………」

「うん」


 スプーンが止まらない私は、一旦ガマンした。

 ペルパジュースを飲んで、味覚を落ち着ける。

 それから、真剣にシムを見た。


「シム。もう一回だけ確認するけど、エルグとはもう仲直りしない気なの?」

「…………まあな。許されるはずもねェ」

「分からないよ。謝ってみたら、もしかすると……」

「俺には今更、そんな期待をする権利はねェんだ。お前にゃ分からねェだろうがな」


 やっぱり、仲直りについては考えてないみたいだ。

 でも、したくないワケじゃなくて、行動できないだけだと思う。

 彼の言う「期待する権利」さえあれば、期待したいのは山々なはずだ。


 よし、決めた。

 多分だけど、これが一番良いよね!


 私はシムに小指を差し出した。


「約束してくれるなら、喜んで協力するよ」

「あ?……約束ってのァなんだ」

「この共同クエストが無事に終わったら、期待する権利が手に入ることにしよう!」

「は?? お、お前よ……ンなモン、手に入るモンじゃ……」


 シムは戸惑って、困ったように頬を掻く。

 そして色々と言葉を並べたけど、私は全部、適当に聞き流した。


 権利とか、本当にあるワケがない。

 ただ単に、シムがその気になりさえすれば、仲直り自体はできる。

 そこからエルグとどういう話になるかは、ちょっと分からないけど……


 とにかく、迷ったら行動あるのみだ。

 悩みがあるなら、考えながら動けばいいのだ。

 進むのに忙しくなれば、余計に抱えてた悩みは消えていくから。


「ったくよォ…………強引だな」

「えへへ、時には強引な姿勢も大切なんだよ?」

「へェ」


 約束するために、小指を差し出し続ける。

 シムは呆れた顔をした。


 でも、それから、そっと人差し指を結んでくれた。


「……半分は、約束したってことで」

「えー? なにこの中途半端な指!」

「いやァ、指切りなんざガキっぽいだろ。照れるよな」

「はぐらかしてるじゃん!」


 ふざけてる風に見せかけて、意外とマジメな人差し指なのだろう。

 結ぶとき、ちょっとだけ躊躇っていたのを、私は見逃さなかった。


 よし……引き受けた。

 本気で頑張るぞ!


「ゆーびきーりげーんまーん」

「嘘ついたら針千本か?」

「もちろん!」

「現実的じゃねェよな、それ。どっから持ってくるんだ」


 茶化そうとするシムだけど、その表情は緊張している。

 針を飲まされたくない人の顔だった。


 ✡✡✡


 シム用の魔法陣を作るために、図書館に向かう。

 いつもの席に、本の大陸が出来ていた。

 ノエッタは私を見つけると、なぜかサッと視線を逸らした。


「来たよー、ノエッタ先生!」

「…………」


 返事がない。

 彼女はなぜか、私を無視しようとしているらしかった。

 なにが不満なのさ。


「ねえ、ノエッター」

「勉強のジャマしないでくれない?」

「してないよ」

「今日は帰って」


 ひとりで勉強したい日なんだろうか。

 冷たいなぁ。


「でも、ちょっと教えて欲しいことが……」

「たまには自主勉強しなさいよ。私、ちょっと忙しいの」


 残念だけど、教えてくれる気はないらしい。


 なにかあったのかな?

 そう思って、彼女の読んでいる本をちらっと覗いてみた。

 書いてあったのは――どうやら剣の事だ。


 なんで剣?


「ノエッタ、もしかして剣士になるの?」

「……放っておいてよ」

「今までそんなの読んでたっけ?」

「別にいいでしょ! あっち行け!」


 今日はなんだか一段と拒まれる。

 質問のひとつも許してもらえない。

 そんなに鬱陶しいかな、私ってば。


 ――仕方ないから、言われた通りに自主勉にした。

 魔法陣についての本を物色して、とりあえず色々と開いてみる。

 描き方についてとか、ダンジョンと魔法陣の関係とか、詠唱への変換についてとか……

 知りたいこととは違う文献ばかりだ。


 図書館の本って、どうやって探すのが正解?


「うーん、なんか違うよね……」


 魔法の歴史とかが載ってるのもあるけど、変わった魔法陣については言及されてない。

 魔力の無い人でも扱える、普通じゃない魔法陣が知りたいんだけどなぁ。

 無いのかな、そういうの。


「やっぱりノエッタに聞かざるを得ないかぁ」


 ――仕方ないから、またノエッタのとこに行く。

 こっそり隣に座って、集中してる彼女を見つめてみた。

 気付く様子はない。


 それにしても、なにを熱心に学んでるんだろう。

 ノエッタ、剣なんて興味なかった気がするけど……


「……ぶつぶつ…………ということは、ぶつぶつルーンぶつぶつ」


 あ、ルーンがなんとかって言ってる。

 ルーンと言えば、魔法式の別形態で、より古い文字だ。

 まあ、私はそれくらいしか知らないけど。


「ぶつぶつ剣に刻んだら、ぶつぶつだわ」


 ルーンを剣に刻む……?

 なるほど、そういうことがしたいのか。

 なんのためかは分からないけど……装飾じゃないとは思う。


「そしたらぶつぶつで、ぶつぶつだから、ウィングぶつぶつ」


 ウィング!?

 あ、ウィングなんだ!


 私はピンと来た。

 つまり、彼女はウィングのために、この本を読んでたんだ。

 わざわざルーンなんて古いものまで学んで!


 よし、思いついた。

 ここは交換条件でいこう。


「ね、ノエッタ?」

「きゃっ!? な、なによ……?」

「ウィングのことなら、私がなんでも教えてあげるよ!」


 私がそう持ち掛けると、彼女の顔は赤くなった。

 緑の瞳を見開いて、強気な眉は悩ましげになる。

 そして、すぐに顔を逸らした。


「ばばば、バッカじゃないの!? 誰がウィングくんのことなんか、か、かか、考えてたってのよ!?」 

「え、うん……? 声に出てたから」

「なっ……なに盗み聞きしてんのよ、このヘンタイっ!」

「えっ!? ヘンタイかな!?」


 彼女は慌てながら、図書館の人たちに聞こえる声量で捲し立てる。

 盗み聞きした私は、ヘンタイということになってしまった。

 いや、いくらなんでも大げさな反応な気がする。


 ウィングのこと考えてたって、そんなにバレたくないかな?

 知り合いなんだから、そういうこともあると思うよ。


「ノエッタ――」

「ぜ、絶対にウィングくんに言わないでっ! そんな、こういうことしてたとか、もう絶対に言ったら殺すわよっ!?」

「殺すの!?!?」


 かなり気が動転してるみたいだ。

 こっちを見た司書さんが、やけにニコニコしている。

 追い出される前に、こっちから出て行ったほうが良いかもしれない。


 ――というわけで、廊下へノエッタを連れ出す。

 彼女は顔を手で覆って、ずっと俯いていた。


 しばらく待った。

 それから、改めて声を掛けてみる。


「ノエッタ……」


 と、呼んだ時。

 今まで顔を覆っていた彼女は、いきなり動く。

 なんと、いきなり私の肩を掴んできたのだ。


 何事かと思って、今度はこっちが戸惑ってしまう。

 それにもお構いなく、彼女は口を開いた。


「なにが目的なのよ!? ウィングくんのこと教えなさいよっ!!」

「えっ、いやぁ……ま、魔法式ってさ……その、魔力が無くても使えるかな」

「魔力だけなら遠隔で送り込むこともできるわよ!! ウィングくんの誕生日から教えなさいよ、パトナっ!!」


 思っていたより百倍くらい食いつきが良い。


 聞きたいことは聞けたけど、この勢い……ついて行けないよ。

 ウィングの名前を出したのは、もはや失敗かもしれない。

 なにがノエッタをそこまで動かしているの……?


 でも、とにかく魔法陣のことは教えてもらったから、良しとしたい。

 ウィングの好きなものとか、嫌いなものとか、パーティではどんな感じなのかとか、魔物と戦うときはどんなとか、どういう時に笑ったり、どういう時に怒ったり、昔のこととか、どんな女の子に興味があるのかとか、ノエッタがウィングにどう思われてるかとか、話題に出たりするのかとか、やっぱり今の質問には答えるなとか――


 たくさん聞かれたけど、まあ良いんだ。

 とりあえず疲れた。

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