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#34 シークレット

 レベル7ダンジョン“地上溺水ベンズ”から、無事に帰還を果たした私たち。

 ダンジョンボスのヒッポカムポスから採取した、魚みたいな鱗を納品した。

 いつも通り、受付のお姉さんに「お疲れ様でした」と労われて、今日の仕事は終了。


 さて、ラウンジのテーブルに着いた私たち。

 良かろうが悪かろうが、まずは反省会である。

 得た報酬を分配しながら、ラーンが口を開いた。


「今日もお疲れ様でした、皆さん。大きな被害もなく、安定した攻略でしたね」

「うむ」

「俺の剣技が冴え渡ってたおかげだな!」


 今回はみんな満足の連携を取ることが出来た。

 とはいえ、最近はあまり足並みが崩れることもない。

 それよりも、私が気になってるのは……


「エルグ!」

「はいっ! エルグであります!」

「私ね……魔石に頼るのはやめたほうが良いと思うんだ!」

「!」


 単刀直入に言うと、エルグの顔が曇った。

 そして彼女は口ごもる。


「――それは出来ないであります」

「どうして? このまま魔石を使ってたら、いつか命を落とす可能性だって……」

「それでも出来ないのであります。その理由を言うわけにはいかないのであります」


 頑なに首を振って、背中にポシェットを隠す。

 もちろん、無理やり魔石を取り上げる気はない。

 でも、そこまで『出来ない』と繰り返す理由が、私には分からない。

 ちゃんと教えてもらえないと、どうしても引き下がれなかった。


「ね、エルグ。私たちを信用して欲しいんだ……なんでも相談に乗るよ!」

「言えないのであります。その旨、どうか分かって頂きたいのであります」

「誰にも言わないから! 仲間のヒミツをペラペラ話すほど、口は軽く――」

「言えないものは言えないのであります! 誰にも口外出来ない秘密なのであります!」


 頼み込み過ぎたことで、エルグは席を立って、ギルドから飛び出してしまう。


「あっ、エルグ!? 待って!」


 その瞬間、私は失敗したことを悟った。

 焦るあまり、彼女に無理を言ってしまったのだ。

 手を伸ばしたけど、腕を掴むことはできない。


「……やっちゃった」

「パトナにはありがちなことだろ」

「なにさ。ウィングに言われたくないよ」


 追いかけようと席を立つと、センコウが「待たれよ」と一言。

 それで少し冷静になる。

 ここで深追いしたら、余計に逃げられるだけだ。

 それどころか最悪、顔を合わせてくれなくなる可能性もあるし……


 うん、今はジッとしてよう。


「んじゃま、今日は解散だな。俺は新しい武器買ってくる」

「あ、ウィングさん。それなら一緒に行きませんか? 私の杖も傷んできたんです」

「拙者は宿で刀を研がねば……では、失礼する」


 反省会が終わったら、みんな予定を持ってギルドを出て行く。

 私は特にやることもないから、ひとりでラウンジに残った。


 身体の疲れを感じつつ、エルグのことを考える。

 今度会ったら、あんまり「魔石ガー」って言わないようにしなきゃ。

 ここぞ! なタイミングで言うようにしよう。


 活気のあるギルドを眺めつつ、グラスの水を飲む。

 水って、喉が渇いてると神懸る。

 命の源が身体に流れ込んでくる、聖なる感覚だよ……


「――嬢ちゃん、エルグとクエストに行ってたなぁ……」


 ふと、誰かの声が耳元を掠める。

 嬢ちゃんって私のことかな?

 そう思って振り向くと、そこには見知らぬ男性が。


「喉が乾いてんだろ。酒場に行こう、奢ってやる」


 灰色のヨレヨレなコート、頭に被ったササクレだらけのニット。

 整えて無さそうな長い黒髪に、やる気なさそうに弛んだ目元と眉。

 なにか変な棒を口に咥えて、ポヤーンとした顔をしている。


 そんな彼の黒い瞳は、やっぱり私を捉えていた。

 なんの用だろう?

 いきなり酒場に誘われて、着いて行くわけないじゃん……


 ✡✡✡


 というわけで、私は彼のお誘いを受けた。

 酒場に着いて行くと、目の前には大ジョッキに注がれたペルパジュースが!

 うーん、なんておいしそうなんだろう。


「ね、なんでも頼んでいいの?」

「ああ。俺の懐を越えない程度にな」

「やったー! じゃあ、とりあえずペルパケーキと、ナバナパフェと、それからそれから――」


 気前の良い彼は、シム・ペスカというらしい。

 見た目に寄らず、レベル8の冒険者だそうだ。

 すごい。


 レベル8の人って太っ腹なんだなぁ……

 なんか、すごい家に住んでそう!

 使用人だらけの豪邸かな!?

 こんな食事を毎日食べられるなんて、すっごく羨ましい……


「でな、嬢ちゃん。俺がなんであんたを食事に誘ったか……」

「うん、親切だよね?」

「違ェよ。いや、エルグについて話してェのさ」


 ……エルグ?

 シムは彼女の知り合いなのかな。

 それにしても、本人の居ないとこで話すってことは……もしかして悪口とか?


「ごめん、陰口なら別の人とやってよ。私、お金払って帰るね」

「おい、んな下らねーことじゃねェよ。座れ」


 彼は口から棒を抜いて、私を宥める。

 すかさず確認すると、棒の先端には飴みたいのが付いていた。

 あれを舐めてたらしい……変なお菓子だなぁ。


 改めて落ち着くと、彼はこちらに身を乗り出して囁く。


「秘密――あいつの秘密、知りたくねェか?」

「……え?」


 唐突にそう言われて、私は戸惑った。

 エルグが隠そうとしていたことを、教えてくれるのだろうか。

 どうしてそれを知ってるのか、なぜ教えてくれるのか……冒険者特有の用心で、色々と勘繰る。


 でも、なんにしたって、ここで言うべきはひとつ。


「いい。あの子から教えてもらうから」

「……あいつ、絶対に話さねェぞ?」

「だとしても、ここでシムから聞く気はないよ」


 隠し事をするには、それなりの理由があるはずなのだ。

 特に、彼女は『誰にも口外出来ない』とまで言い切った。

 そんな彼女にとって重大な秘密を、人伝にこっそり知るわけにはいかない。

 いくら気になるといっても、そんな知り方は卑怯だから。


「それじゃ帰るね。よく分かんないけど、お金は払って……」

「んなこたァ気にするな。それより座れよ、もうエルグの話はしねェから」


 再び席を立った私を、また宥めるシム。

 内緒話を撥ねつけたのに、どうしても逃がしたくないらしい。

 なにが目的なんだろう、この人……


 でも、奢ってもらった手前、さっさと帰るのも薄情な気がする。

 なんか自分で払いたくなってきたけど、とりあえず座ってみた。

 ふと運ばれてきたナバナパフェにも、口をつける気にならない。


 とにかく、言うことを聞いた私を見て、シムは満足そうに頷いた。


「よし。じゃ、ある架空の話を聞かせてやる」

「なにそれ」

「むかしむかし、あるところに冒険者パーティが居ました」

「なんか胡散臭いよ?」


 私が遮ろうとしても、話を止めないシム。

 意地でも語り切るつもりらしい。

 なんなの?


「そいつらは調子よくダンジョンを攻略して、あっという間にパーティランク7に上り詰めました」

「…………」

「しかし、ある時、ダンジョンで強い魔物に出くわしました。そいつらは勇敢に戦ったものの、歯が立たなかったため、何人か死にました」

「ちょっと、本当になんの話してるの……? 怖いんだけどさ、ねぇ」


 急ぎ過ぎなストーリーの中で、流れるように死人が出た。

 唐突すぎて反応に困ってしまう。

 せめて、もうちょっと落ち着いて語ればいいのに……


 もちろん私の困惑なんか無視して、シムは雄弁に口を動かす。


「生き残ったやつのうち、ひとりは仲間を見捨てて逃げました」

「…………あのさぁ」

「もう一人は死にかけでしたが、奇跡の復活を遂げ、奇跡のパワーアップをして、孤独に魔物と戦いました。しかし、勝てませんでした。勝てませんが、生還しました」

「シム!」

「以上、昔話でした」


 意味が分かんない。

 でも、当の本人は満足そうな顔をして、また飴付き棒を咥える。

 意味が分かんない。


「なんの話だったの!?」

「今、俺が話したのは――エルグが秘密にしてる過去だ」

「うおぉぉーいっ!?!?」


 まさかのエルグの過去。

 チクショー、騙された……!

 聞きたくなかったのに、無理やり聞かされた!!


「奇跡の復活をしたほうがエルグだ」

「聞きたくないよ、そんな補足情報っ!」

「面白かっただろ? 興味出てきたろ?」

「ふざけんなっ! 私は信じないからね、今の話……!」


 ニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべるシム。

 「してやったり」と顔に書いてあった。


 でも、なにも聞かなかったことにするんだ。

 ていうか今の話は、完全なるシムの創作話だよね。

 そうだよ、別に本当だっていう証拠があるわけでもなし。

 信じるか信じないかは、私次第ですよーだ。


 …………もし本当だったら、エルグの辛い過去だけど。


 ――い、いや!

 ダメだよ、興味なんか持っちゃダメだ!

 頭から終わりまで、ぜーんぶ嘘だって信じるんだ!


 …………!!


「………………ところでさ――仲間を見捨てたのは?」

「この俺だ」

「……やっぱりね」


 親指でキリッと自分を指差すシムだった。


 普通、そんなことを知らない人に話すかな。

 ああダメだ、もう聞いちゃったから……

 信じるもなにも、頭から離れてくれないや。

 これじゃ思うツボじゃん、悔しい。


 ここまで聞いてしまったのだから、もう卑怯もなにもない。

 この際、洗いざらい全部聞いてしまったほうが、潔い気さえする。

 決して好奇心に負けたわけじゃなく……まったく興味深々ではなく……

 罪は罪で洗い流すべし、という言葉もあるのだ(知らないけど)。


「で?」

「お! よし、話そう。すぐ話そう」

「うん」

「お前に頼みがある、パトナ・グレム」


 急に畏まったシムは、弛んでいた顔を少しだけ引き締めた。

 さっきまでと対照的な顔つきが、真剣な雰囲気を際立たせる。

 私はゴクリと生唾を飲んで、彼の言葉を待った。


 やがて彼は、重い蓋が開くように、神妙に口を開いた。


「俺を魔導師ウィザードにしてくれ」


 …………?

 なに言ってんの?


「無理です」


 私がそう答えると、シムは信じられないものを見るかのように、極限まで眼を見開いた。

 そんなことされても、無理なものは無理だ。


 いや。

 ……もしかしたら、ノエッタみたいなタイプかも?


「魔力とか持ってるの?」

「ない」

「魔法の勉強とかしてるの?」

「いや」

「ちょっとでも自分で頑張った?」

「まったく」


 なるほど。


「無理です」


 私がそう答えると、シムは信じられないものを見るかのように、極限まで眼を見開いた。

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