#33 デモニゼーション
「魔石」なる石ころを手にしたセンコウは、かなり渋い顔をした。
そして、エルグの尋常じゃない動揺の仕方……
只事じゃないと思った私たちは、詳しく話を聞くことにした。
ダンジョンに必ずひとつは存在する、魔物の入れない領域。
まずはそこを探し当てて、休息を取る。
その間に、改めてセンコウに尋ねた。
「その魔石っていうの、なんなの?」
彼は刀の手入れをしながら答える。
抜き身の刀を持ち手から外していた。
それ、外れるんだ……
「死んだ魔物が大気中のマナへと還る時、極稀に結晶化することで出来上がるものでござる」
「?」
「結晶化の詳しい原理など、拙者は知らんでござるよ」
「へー……魔石ってすごいねぇ」
説明されたけど、ぜんぜん分からない。
この石がマナの塊だってことでオッケー?
ほえー、マナの塊ってキレイなんだなぁ……
「……そろそろ返して欲しいのであります、センコウ氏」
「む」
不服そうなエルグを見て、センコウは魔石を放り投げる。
無事に帰ってきた魔石を、すぐさまポシェットに仕舞うエルグ。
あまり人前に出したくないのだろうか。
すると、彼女はすっと立ち上がった。
さっきまでの暗い表情をやめて、ニコリと笑って見せる。
「魔物の力に頼っている自分を、センコウ氏が信用できないのは当然でありますよ」
そう言いつつ、背中のほうで手を組んだ。
……なんだか可哀想だよ。
センコウってば、人を疑い過ぎなんじゃないかな?
そりゃ、そういう性格に助けられたこともあるけど……エルグに対しては必要ないと思う。
「大丈夫だよ、センコウ。エルグは悪い子じゃないって」
「そう言い切る根拠は?」
「私がそう思うから!」
「拙者はパトナ殿のそういう部分が苦手でござる」
「えっ」
な、なんか傷付く……苦手とか思われてたの……?
でも、思うんだから仕方ないじゃん。
なにかしらの工程を挟みながら、刀身を二度ほど拭いて、刀を元の状態に戻す。
それを再び鞘に納めたセンコウは、エルグと同じように立ち上がった。
「魔物の力によって暴走する者は、拙者の故郷では珍しくないでござる」
「……センコウ氏の故郷はジャンパでありますか? 魔石を使った刀、通称『妖刀』という代物が出回っていると聞いたであります」
「表立った代物ではござらん。しかし、その切れ味に魅了される愚か者も多い……魔物の力など、碌なモノではなかろうに」
厳しい眼つきで腕を組む彼。
それを見て、私は直感した。
これは……相手の本質を試すときのセンコウだ。
「人体にとって、過度の魔力供給は毒となる。頼り過ぎれば、命の保証はござらん」
「それは理解しているであります。しかし、自分には必要な力であります……」
「然らば、その覚悟を見せてもらいたい。魔物の魂をその身に帯びて、なお精神を保てるかどうか」
なんか、危ないこと言ってない?
命の保証とか、覚悟とか、精神を保てるとか。
止めたほうが良いのでは?
「ちょ、ちょっとセンコウ!」
「口出し無用。一時的であれ、彼女はサンロードの一員でござる。我を失い、パーティに仇なすのならば、厄介事を起こす前に叩き斬るのみ」
「ウソでしょ!? そんなことしたらエルグが――」
必死でセンコウを止めようとした時、私の前にスッと腕が伸びる。
それはエルグ自身のものだった。
「自分、サンロードの皆さんに信用してもらいたいであります。魔石の力を自在に扱えることを証明すれば、認めてもらえるでありますね?」
「うむ」
「では、見ていてください……」
覚悟を決めたエルグは、おもむろに私たちから離れると、また魔石を取り出す。
それをギュッと手のひらに握ると、静かに眼を閉じた。
すぐに変化は起こらなかった。
少ししてから、大気中に浮遊しているマナが、肌で感じる程度には蠢き始める。
なにかの法則性を得ているらしい。
「……っ! こ、これは……!?」
「ラーン? どうしたの?」
その瞬間、ラーンが鼻を手で覆う。
「酷い臭い……! これが魔物の力なんでしょうか……?」
「な、なんの臭いもしないよ?」
私もクンクンしてみたけど、なにも感じない。
その代わりに、エルグの周りに渦巻く、微かな魔力の流れは感じられた。
うっすらと肉眼でも見える、乱れた流れ……いや、それは少しずつ、束になっていく。
どうやら、あの魔石が魔力を拡散しているようだ。
流れ出す魔力の大元は、エルグの手の中にある。
「――くっ、うぅ……ッ」
魔力の流れがまとまっていく度に、エルグは苦しそうな顔になる。
ラーンも臭いに耐えきれないのか、慌てて距離を取った。
やがて、少しずつ力を強めていく魔力が、大地を震わせ始めた。
「う、うわ……!」
「うおおっ、地面が揺れてるぞ!?」
地面を打ち付けるのは、流れに混じれなかった魔力。
その衝撃は、海底のさらに奥へ、直に振動を与えている。
揺れが大きくなっていく。
「う、うわぁっ!?」
「おいっ! しっかりしろ、パトナ!」
座っていたのにバランスを崩してしまった私は、地面へ身体を打ち付ける前に、ウィングに掴んでもらった。
お礼を言いつつ、体幹のある彼にしがみつく。
頬に僅かな痛みさえ走るような、不思議なマナの奔流を感じる。
集まっていく先は、禍々しい紫の魔力を纏うエルグだった。
「ぐうぅッ、うおおオオ……ッ!!」
やがて、エルグの魔物じみた咆哮が、水の世界を悉く揺らし始める。
先があまり見えない暗い世界でも、遠くのものが振動しているのが分かった。
気が付いて、後ろを振り向くと、センコウがラーンを支えている。
このまま被害が大きくなると、ダンジョンが破壊されてもおかしくない。
私たちの身の危険は、考えるまでもなかった。
このまま魔物の力が治まらないのなら、力尽くで止めるしかないとも思った。
……もちろん、エルグが死なない程度に。
――だけど、そういう考えは杞憂に終わった。
衝撃は突如として、エルグ自身の身体へ吸収されていく。
魔力の流れは水流を引き連れて、すべて彼女のお腹に蓄積された。
そして、揺れはあっという間に治まってしまった。
「ウガアアアッッ!!!」
最後、エルグの声とは思えない絶叫とともに、彼女の身体は暗黒の柱へ飲まれた。
耳の中を掻きむしるような雑音の後で、再びそれが晴れる。
改めて姿を現した彼女は――別の存在になっていた。
まず身体の大きさが、さっきの三倍以上あった。
長かった耳も、今や身体に比例して大きくなり、存在感を増している。
頭からは黒い角が生え、開いた口からは、およそ人間のものではない牙が覗く。
白かった眼は赤く染まり、皮膚は黒く艶めき、手足の爪は凶器のように伸びていた。
呼気の漏れる口元に、獰猛な本性が見え隠れしている。
さっきまでのマジメで可愛いエルグ・アヴェンは、どこにも見当たらない。
凶暴な魔物そのものと言っても、なんら差支えは無かった。
「え、エルグ……?」
私は異形の彼女へ呼びかけてみる。
返事があるとは思わずに。
獲物を探るための赤い眼は、ギョロリと私のほうを見て…………
「はいっ、パトナ氏! 自分、エルグであります!」
「ぎゃあーっ!?」
シャベッタァァァァァーーーーーー!!
「この通り、自我はしっかりと保っているでありますよ!」
「うわーっ! う、うわぁーーっ! うわぁーー!?」
「エルグ・アヴェンであります!」
「ヴぇあああああーーーっ」
度を失うのは私のほうだった。
あれがエルグだなんて、信じられない……
さっきまで平気だったけど、たった今から信用できなくなったよ……
――気を持ち直すのに、“神秘なる逆光”三回攻略分はかかった。
でも、無事に攻略し終わったら、エルグの姿にも意外と慣れた。
「エルグさん、本当に大丈夫なんですか……?」
「心配ご無用であります、ラーン氏! 自分、鍛えてますので!」
鼻を隠しながら、魔物化したエルグの様子を窺うラーン。
どうしても臭いが我慢できないみたいだ。
「なんでラーンだけ臭いのかな?」
「私の身体は聖属性のみを受け入れるので、マナの属性には皆さんより敏感なんです。特に魔属性や闇属性には、身体が拒否反応を起こすレベルで……」
「そうなんだ……じゃあエルグ、早く元に戻ったほうが良いよ」
エルグは頷くと、慌てて魔石を握った。
すると、今まで彼女の中にあった魔力が、すべて魔石の中へ吸い込まれていく。
そのうち禍々しい雰囲気は消え失せて、ただのエルグになった。
「申し訳ないであります、ラーン殿……」
「いえ、気にしないでください。生まれつきですから、もう慣れてますよ」
ようやく鼻から手を離したラーンは、何でもないように微笑む。
でも、涙目になってるのを見逃す私じゃない。
ホントに優しいよねぇ、ラーンってば。
さて、これでセンコウも認めてくれるはず。
私は声を掛ける。
「これでいいよね!」
すると、センコウは頷いた。
「認めるでござる。感服致した」
「出た、感服! よっ!」
「鬱陶しいでござるな」
「認める」という一言を聞いて、エルグは勢いよく頭を下げた。
今まで疑われていた分、嬉しかったのだろう。
ふふ、微笑ましいなぁ。
「ところでよ、お前ら」
「ん? どしたのウィング」
「どうかしましたか?」
「む……」
一件落着していると、ウィングがふと言った。
その手にぶら下がっているのは、尻尾を掴まれて動けないソードフィッシュ。
「ここ、もう安全地帯じゃねーらしいぞ?」
……なんで魔物が?
さっきまで一体も遭遇しなかったのに。
ポカンとして、ラーンのほうを見る。
説明してください。
「え、えっと……もしかすると、領域が汚染されたのかも?」
「オセン?」
「エルグさんの魔石が放出した魔力で、この一帯に元々あったマナが侵されたんです。マナ分子は周囲の影響を受けやすいですから」
「そんなことあり得るの!?」
てことは、安全地帯が壊されたってことだよね。
じゃあ休憩なんかしてる場合じゃないじゃん!
さっさとダンジョン攻略に戻らなきゃ、あっという間に魔物の餌食だよ!
「こーしてる場合じゃないね! みんな、ダンジョンの最奥を目指して頑張ろー!」
「よし、行こうぜ!」
ウィングはソードフィッシュを持ったまま、元気よく拳を突き上げる。
それ、捨てようよ。
「あの、ウィング氏。その魔物、ちょっと頂けるでありましょうか?」
「あん?……お、喰うのか!?」
「一般的な食事ではありませんが、その通りでありますよ」
なにを思ったか、ソードフィッシュを欲しがるエルグ。
ウィングがなにかを期待しながら譲ると、エルグはすぐに魔石を取り出した。
そして、無抵抗にのまま宙吊りされたソードフィッシュへ、それをくっつける。
すると――ソードフィッシュは、一瞬にして魔石へと吸い込まれた。
さっきまであった魚の姿は、残像を遺して消えた。
エルグは嬉しそうに笑う。
「より魔石に力を溜め込むため、強力な魔物を吸収したかったのであります。皆さんに同行させて頂いたのも、これが目的であります!」
もはや魔石の所持がバレて、隠す意味も無いのだろう。
スッキリした笑みを浮かべる彼女だった。
私はチラッとセンコウを見る。
案の定、眉間に皺を寄せて、エルグを睨んでいた。
魔石に頼っている姿を、良くは捉えられないのだ。
正直、私も同じ感想だった。
だけど、今すぐに彼女を問い詰める気はない。
そういうのはダンジョンを攻略してからである。
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