表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/66

#32 イビル

 エルグ・アヴェンと名乗った少女は、私たちに頭を下げる。

 どうやら私たちのパーティに、一時的に加入したいようだ。


「自分だけでは、レベル7のダンジョンに挑めないのであります! どうかお願いするであります!」


 原則として冒険者は、ランク+1レベルを超えるダンジョンへは挑めない。

 例外的に、ランク1のみレベル3に挑むことができるけど、他のランクに例外はない。


 彼女は自分をランク5だと言った。

 つまり、レベル7のダンジョンへ入ることを禁じられている。

 もしも入ったことがバレたら、冒険者ライセンスを剥奪されることは間違いない。

 ……私はまだバレてないから、剥奪されてないけど。


 だけど、私たちサンロードの一員になれば、その条件を満たすことができるかもしれない。

 パーティでの活動範囲は、個人のランクではなく、パーティランクによって判断される。

 サンロードの現在のパーティランクは6だ。

 エルグが一時的に加入しても、ランクが6のままだったら、レベル7へ挑戦しても問題ないのだ。


 なんだか困ってるみたいだし、パーティに入れてあげたいけど……

 こういうことは私が判断することじゃない。

 リーダーであるウィングに、自分の意見を言うだけだ。

 最終的には彼に決定してもらうんだから。


「いいんじゃないかな、ウィング。悪い子じゃなさそうだよ?」

「待たれよ、パトナ殿。名前だけでは信用できんでござる」


 センコウはそう言うと、ちょっと厳しめな口調でエルグに質問した。


「なぜレベル7に挑もうとするでござる? はっきりとした理由を語らねば、お主を信用することはできん」


 相手の真意を確かめるように、鋭い眼を細めるセンコウ。

 そんな彼に圧倒されながらも、エルグは口を開く。


「……人に言えるようなことでは、ないであります…………」


 自信なさげにそう言った後、補足するように語調を強めた。


「しかし、サンロードの皆さんへ害意を持っているわけではないであります。ただ、自分はどうしても、レベル7のダンジョンへ行きたくて……!」


 なんとなく、なにか思い詰めたような雰囲気がある。

 放っておいたら、自分だけで行ってしまいそうな感じだ。

 ノエッタが前にそうしたみたいに。


 思ってる以上に、ここは真剣に説得したほうが良さそうだね。

 よーし。


「ウィング、きっと悪い子じゃないよ! 理由なんて誰にでも言えるとは限らな――」

「よしっ、行こうぜエルグ! 俺のことはリーダーと呼べよ!」

「聞いてないんかい」


 センコウの警戒も、私の心配も、ウィングには関係なかった。

 まあ、そういうリーダーだってことは分かってるけどね?


「おい貴様、考えも無しに……」

「なんだよ、俺の決定に文句あるか!? リーダーに従え、センコウ!」

「つくづく頭目に向かん男だ……この馬鹿」

「おいテメェ! バカって言ったほうがバカなんだぞ!?」


 案の定、センコウとウィングで喧嘩し始める。

 それは置いといて、深々と頭を下げるエルグ。


「感謝するであります……! 自分、精いっぱい頑張るであります!」

「うん、よろしくねエルグ! 私は――」

「パトナ・グレム氏でありますね! 皆さんのお名前は、きっちり覚えているでありますよ!」


 なんと、名乗る前に名前を当てられた。

 もしかして勉強してきたの?


「す、すごいね……なんで知ってるの?」

「サンロードは有名なパーティでありますから。結成して間もないのに、いくつものダンジョンを攻略して、瞬く間にランク6になった天才集団であります!」

「そうなんだ……えへへ、なんか照れるなぁ」


 天才集団だなんて、大げさな誉め言葉だよ。

 私たち、そんなに大したもんじゃないよ?


「私たち天才なんだって、ラーン!」

「確かに私たち、かなりの早さでランクアップしてきましたから……周りから見ると、そんなふうに見えるのかもしれません」

「まあ本当の天才は、拠点でずっと魔法陣を描いてるんだけどね!」

「ふふっ、そうですね」


 なんにしても、褒められるのは気持ちいい。

 ラウンジに居る人たち、みんなそういう風に思ってたんだ。

 最近、視線を集めるようになってきたなぁとは感じてたけど……むふふ。


「……まあ、いい。拙者はもうなにも言わん」

「よし、じゃあ行くぞ! エルグ、準備万端か!?」

「は、はい! 自分、出来る限りサポートしますので、よろしくお願いするであります!」


 そんなわけで、今回のクエストは5人で攻略することになった。


 ✡✡✡


「……ラーン殿は、今のリーダーに不服はござらんのか?」

「はい、ござらないです。みんなを引っ張ってくれる、良いリーダーさんですよ」

「ふん……相変わらず、甘いでござるな」


 『なにも言わん』と言ったのに、まだ不満そうなセンコウ。

 彼はラーンに愚痴をこぼして、しかめ面になっている。

 対して、ラーンのほうは楽しそうに笑っていた。


 やって来たダンジョンは「“地上溺水ベンズ”」。


 湖のような入り口を抜けると、水の中に埋もれた世界へ出てくる。

 なぜか呼吸はできるけど、水の感触は確かにあって、ちょっと歩きにくいダンジョンだ。

 なのに泳げるわけじゃなくて、空気が丸ごと水になったような感覚である。


 海底を呼吸しながら歩いていると、なんだか不安になってくる。

 あまり光が届かないせいか、周りはけっこう暗めだ。

 周辺には沈没船や魚の魔物が泳いでいて、少し気味が悪い。


 でも、そんなのは関係無いウィングであった。


「よーし、エルグ! 俺らから離れるんじゃねーぞ?」

「はい! 自分、離れないであります!」

「しっかり見とけよ、俺の剣捌きを!」

「はい! 勉強させていただくであります!」


 いつも通り、ばっちり調子に乗ってる。

 後輩がいるからって、はしゃぎ過ぎなんじゃないかな?

 エルグはどう見ても剣士じゃないよね。


 エルグも素直に言うことを聞く子だ。

 彼女が瞳に宿している光――尊敬の光である。

 その人、そんなに尊敬しないほうが良い気がするけど……


 先輩ぶりたいウィングを見ながら歩いていると、遠くに黒い影が見えた。

 こういう場合、大抵は魔物だ。

 私は構えて、みんなに注意を呼びかける。


「前方に魔物だよ、みんな!」


 ウィングが剣を構え、センコウが刀に手をかけ、ラーンが杖を構える。

 やがて、こちらへと真っ直ぐ向かってくる影は、その像を明瞭に表した。

 高速で泳いでくるそいつは――魚だ。


「なんだ、あの魚!?」

「ソードフィッシュです! 尻尾が鋭い刃になっていて、高速で斬りつけてきます! 突進攻撃にも気をつけてください!」

「……一体ではない様でござるな」


 細く揺らめく尻尾は、確かにひとつではなかった。

 群れだ。

 そのすべてが同じ速度で、一直線に移動してくる。


 向こうがパーティと接触する前に、ウィングが踏み込む。


「でりゃあッ!!」


 素早く剣を振りぬいて、先頭の一体を斬り倒した。

 すると、もう目の前まで来たソードフィッシュたちも、ピタリと動きを止める。


「す、すごいであります……!」

「下がってろ、エルグっ!」

「は、はい!」


 前線の仲間を一匹失った群れは、いきなり解散する。

 バタバタと尻尾を動かして、私たちそれぞれを斬りつけに来たのだ。


「うおっ……!?」

「ウィング、まず尾を斬るでござる!」

「おうよ!!」


 後衛に被害が及ばないよう、敵を無力化するふたり。

 それでも、漏れてくるやつも数匹いる。

 そういうやつには……


「“沈黙よ、応答願う! 愛しい距離、弓渡るガラス玉、唄う瘡蓋と落ちる塔! 望まぬことを望み、消えぬ命の最期に触れる!”」


 向かってくることを予期して、先に詠唱を構えておいた。

 私の頭上に大きな魔法の球体が現れ、それを取り巻くように小さな球体が回り出す。

 

「“届かぬ光よ、花を選んで、私に会いに来て”――失われし世廻鳥(オービタル・ピリオド)っ!!」


 詠唱が終わると同時に、小さな球体は弾け飛んだ。

 向かってくるソードフィッシュたちを、無差別に一網打尽にする。

 小粒の爆発があたりを埋め尽くして、魔法の光で海底を明るくした。


「パトナさん、左です!」

「うんっ!」

「後ろにも居ます!」

「オッケー!」


 失われし世廻鳥(オービタル・ピリオド)は、楽に使える魔法じゃない。

 小さな球体すべての弾道を、素早く計算する必要がある。

 ランク5の頃はまるで使えなかったけど、最近になって、ようやく感覚を掴み始めた。


 自動で追尾してくれるわけじゃないから、視野を広くしてなきゃいけない。

 敵が増えたら、その都度、増幅で魔力を足さなきゃいけない。

 ひとりで扱うにはあまりにも大変だから、ラーンのアシストが必要不可欠なのだ。


 でも、いずれは師匠みたいに、ひとりで扱えるようになりたい。


「……すごすぎるであります、皆さん…………」


 エルグが呆然と呟く頃には、すべてのソードフィッシュがマナに還っていた。

 私たちはそれぞれ武器を仕舞って、お互いに声をかける。


「後衛、ケガはねーな?」

「平気だよ。魔力もけっこう温存できたし、まだ全然イケる!」

「私も平気です。ソードフィッシュは背後を狙ってくるみたいなので、気をつけてください」

「尻尾を使う瞬間、身体を傾けるようでござる。斬るには絶好の機会でござるな」


 手早く報告を済まして、先へ進む。

 そこでエルグが、慌ててウィングの肩を掴んだ。


「ま、待って欲しいであります……! いつもこんな感じなのでありますか!?」

「おう! ま、俺の剣捌きも昔よりキレが増してっからな……ホレボレすんのも分かる」

「自分、なんの役にも立てないでありますよ……!」


 あ、そうか……今はエルグもいるんだから、慣れだけで戦ってちゃダメだよね。

 ちゃんとエルグにも指示を出さないと。


「えーと、エルグは……なにが得意なの?」


 私がそう聞くと、彼女はここぞとばかりに声を張る。


「はいっ! 自分、探索支援が得意であります! ダンジョンに落ちている道具を見つけたり、ギルドで買い取ってもらえる素材を見つけたり……」

「戦闘はできんでござるな」

「ああっ、そんなことは!! 短剣を持っていますので、その……魔物が攻撃に使う部位を、封じる技術くらいは……」


 なるほど。

 はっきり言えば、うーん。

 微妙かも。


「その技術、俺らのパーティにゃ要らねーな」

「そんなぁ!?」

「探索の手伝いだけしてくれりゃ、後は別にいいや。魔物から隠れる技術とかあるか?」

「い、一応あります……ですが自分、そんな臆病な技は使いたくないでありますっ!」


 エルグはシャキッと背中を伸ばして、固く眼を瞑りながら話す。

 勇ましいけど、魔物との戦闘は命のやり取りなのだ。

 プライドのせいで殺されてしまったら、それこそ意味がないと思う。


「エルグ。戦闘面では、私たちを援助する必要はないと思うよ?」

「し、しかし、パトナ氏……!」

「探索を有利にしてくれるだけで、もう十分な貢献だよ。だから、戦闘では――」

「それでは……っ!! 自分が生きている意味が、ないのでありますっ!!」


 私が諭そうとすると、急に大きな声を上げるエルグ。

 眼を見開いた彼女は、その瞳をまっすぐ私に向けて、懸命に声を続けた。


「魔物に立ち向かえない自分では……生き残った意味を、果たせないのであります……ッ」


 拳をギュッと握って、悔しそうに俯く。

 そんな彼女の手を、ふとセンコウが掴んだ。


「その手を開くでござる」

「……!?」


 彼はその手を無理やりに開かせた。

 抵抗するエルグだけど、力では勝てない。

 そうして、彼女の手のひらの中から――紫色の石が転がり落ちた。


「あっ……!」

「……?」


 なんだろう?

 透き通っててキレイだけど……なんとなく、触りたくない感じだ。


 センコウは石を拾い上げて、小さく溜め息を吐いた。


「…………魔石でござるな」

「あん? なんだそれ?」


 首を傾げるウィング。

 そんな彼とは対照的に、エルグは怯えた眼をして、石を見据えていた。

この作品が気に入った方は、評価・感想・ブックマーク・いいねなど、応援よろしくお願いします。

そういった反響が、なによりも励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ