#32 イビル
エルグ・アヴェンと名乗った少女は、私たちに頭を下げる。
どうやら私たちのパーティに、一時的に加入したいようだ。
「自分だけでは、レベル7のダンジョンに挑めないのであります! どうかお願いするであります!」
原則として冒険者は、ランク+1レベルを超えるダンジョンへは挑めない。
例外的に、ランク1のみレベル3に挑むことができるけど、他のランクに例外はない。
彼女は自分をランク5だと言った。
つまり、レベル7のダンジョンへ入ることを禁じられている。
もしも入ったことがバレたら、冒険者ライセンスを剥奪されることは間違いない。
……私はまだバレてないから、剥奪されてないけど。
だけど、私たちサンロードの一員になれば、その条件を満たすことができるかもしれない。
パーティでの活動範囲は、個人のランクではなく、パーティランクによって判断される。
サンロードの現在のパーティランクは6だ。
エルグが一時的に加入しても、ランクが6のままだったら、レベル7へ挑戦しても問題ないのだ。
なんだか困ってるみたいだし、パーティに入れてあげたいけど……
こういうことは私が判断することじゃない。
リーダーであるウィングに、自分の意見を言うだけだ。
最終的には彼に決定してもらうんだから。
「いいんじゃないかな、ウィング。悪い子じゃなさそうだよ?」
「待たれよ、パトナ殿。名前だけでは信用できんでござる」
センコウはそう言うと、ちょっと厳しめな口調でエルグに質問した。
「なぜレベル7に挑もうとするでござる? はっきりとした理由を語らねば、お主を信用することはできん」
相手の真意を確かめるように、鋭い眼を細めるセンコウ。
そんな彼に圧倒されながらも、エルグは口を開く。
「……人に言えるようなことでは、ないであります…………」
自信なさげにそう言った後、補足するように語調を強めた。
「しかし、サンロードの皆さんへ害意を持っているわけではないであります。ただ、自分はどうしても、レベル7のダンジョンへ行きたくて……!」
なんとなく、なにか思い詰めたような雰囲気がある。
放っておいたら、自分だけで行ってしまいそうな感じだ。
ノエッタが前にそうしたみたいに。
思ってる以上に、ここは真剣に説得したほうが良さそうだね。
よーし。
「ウィング、きっと悪い子じゃないよ! 理由なんて誰にでも言えるとは限らな――」
「よしっ、行こうぜエルグ! 俺のことはリーダーと呼べよ!」
「聞いてないんかい」
センコウの警戒も、私の心配も、ウィングには関係なかった。
まあ、そういうリーダーだってことは分かってるけどね?
「おい貴様、考えも無しに……」
「なんだよ、俺の決定に文句あるか!? リーダーに従え、センコウ!」
「つくづく頭目に向かん男だ……この馬鹿」
「おいテメェ! バカって言ったほうがバカなんだぞ!?」
案の定、センコウとウィングで喧嘩し始める。
それは置いといて、深々と頭を下げるエルグ。
「感謝するであります……! 自分、精いっぱい頑張るであります!」
「うん、よろしくねエルグ! 私は――」
「パトナ・グレム氏でありますね! 皆さんのお名前は、きっちり覚えているでありますよ!」
なんと、名乗る前に名前を当てられた。
もしかして勉強してきたの?
「す、すごいね……なんで知ってるの?」
「サンロードは有名なパーティでありますから。結成して間もないのに、いくつものダンジョンを攻略して、瞬く間にランク6になった天才集団であります!」
「そうなんだ……えへへ、なんか照れるなぁ」
天才集団だなんて、大げさな誉め言葉だよ。
私たち、そんなに大したもんじゃないよ?
「私たち天才なんだって、ラーン!」
「確かに私たち、かなりの早さでランクアップしてきましたから……周りから見ると、そんなふうに見えるのかもしれません」
「まあ本当の天才は、拠点でずっと魔法陣を描いてるんだけどね!」
「ふふっ、そうですね」
なんにしても、褒められるのは気持ちいい。
ラウンジに居る人たち、みんなそういう風に思ってたんだ。
最近、視線を集めるようになってきたなぁとは感じてたけど……むふふ。
「……まあ、いい。拙者はもうなにも言わん」
「よし、じゃあ行くぞ! エルグ、準備万端か!?」
「は、はい! 自分、出来る限りサポートしますので、よろしくお願いするであります!」
そんなわけで、今回のクエストは5人で攻略することになった。
✡✡✡
「……ラーン殿は、今のリーダーに不服はござらんのか?」
「はい、ござらないです。みんなを引っ張ってくれる、良いリーダーさんですよ」
「ふん……相変わらず、甘いでござるな」
『なにも言わん』と言ったのに、まだ不満そうなセンコウ。
彼はラーンに愚痴をこぼして、しかめ面になっている。
対して、ラーンのほうは楽しそうに笑っていた。
やって来たダンジョンは「“地上溺水”」。
湖のような入り口を抜けると、水の中に埋もれた世界へ出てくる。
なぜか呼吸はできるけど、水の感触は確かにあって、ちょっと歩きにくいダンジョンだ。
なのに泳げるわけじゃなくて、空気が丸ごと水になったような感覚である。
海底を呼吸しながら歩いていると、なんだか不安になってくる。
あまり光が届かないせいか、周りはけっこう暗めだ。
周辺には沈没船や魚の魔物が泳いでいて、少し気味が悪い。
でも、そんなのは関係無いウィングであった。
「よーし、エルグ! 俺らから離れるんじゃねーぞ?」
「はい! 自分、離れないであります!」
「しっかり見とけよ、俺の剣捌きを!」
「はい! 勉強させていただくであります!」
いつも通り、ばっちり調子に乗ってる。
後輩がいるからって、はしゃぎ過ぎなんじゃないかな?
エルグはどう見ても剣士じゃないよね。
エルグも素直に言うことを聞く子だ。
彼女が瞳に宿している光――尊敬の光である。
その人、そんなに尊敬しないほうが良い気がするけど……
先輩ぶりたいウィングを見ながら歩いていると、遠くに黒い影が見えた。
こういう場合、大抵は魔物だ。
私は構えて、みんなに注意を呼びかける。
「前方に魔物だよ、みんな!」
ウィングが剣を構え、センコウが刀に手をかけ、ラーンが杖を構える。
やがて、こちらへと真っ直ぐ向かってくる影は、その像を明瞭に表した。
高速で泳いでくるそいつは――魚だ。
「なんだ、あの魚!?」
「ソードフィッシュです! 尻尾が鋭い刃になっていて、高速で斬りつけてきます! 突進攻撃にも気をつけてください!」
「……一体ではない様でござるな」
細く揺らめく尻尾は、確かにひとつではなかった。
群れだ。
そのすべてが同じ速度で、一直線に移動してくる。
向こうがパーティと接触する前に、ウィングが踏み込む。
「でりゃあッ!!」
素早く剣を振りぬいて、先頭の一体を斬り倒した。
すると、もう目の前まで来たソードフィッシュたちも、ピタリと動きを止める。
「す、すごいであります……!」
「下がってろ、エルグっ!」
「は、はい!」
前線の仲間を一匹失った群れは、いきなり解散する。
バタバタと尻尾を動かして、私たちそれぞれを斬りつけに来たのだ。
「うおっ……!?」
「ウィング、まず尾を斬るでござる!」
「おうよ!!」
後衛に被害が及ばないよう、敵を無力化するふたり。
それでも、漏れてくるやつも数匹いる。
そういうやつには……
「“沈黙よ、応答願う! 愛しい距離、弓渡るガラス玉、唄う瘡蓋と落ちる塔! 望まぬことを望み、消えぬ命の最期に触れる!”」
向かってくることを予期して、先に詠唱を構えておいた。
私の頭上に大きな魔法の球体が現れ、それを取り巻くように小さな球体が回り出す。
「“届かぬ光よ、花を選んで、私に会いに来て”――失われし世廻鳥っ!!」
詠唱が終わると同時に、小さな球体は弾け飛んだ。
向かってくるソードフィッシュたちを、無差別に一網打尽にする。
小粒の爆発があたりを埋め尽くして、魔法の光で海底を明るくした。
「パトナさん、左です!」
「うんっ!」
「後ろにも居ます!」
「オッケー!」
失われし世廻鳥は、楽に使える魔法じゃない。
小さな球体すべての弾道を、素早く計算する必要がある。
ランク5の頃はまるで使えなかったけど、最近になって、ようやく感覚を掴み始めた。
自動で追尾してくれるわけじゃないから、視野を広くしてなきゃいけない。
敵が増えたら、その都度、増幅で魔力を足さなきゃいけない。
ひとりで扱うにはあまりにも大変だから、ラーンのアシストが必要不可欠なのだ。
でも、いずれは師匠みたいに、ひとりで扱えるようになりたい。
「……すごすぎるであります、皆さん…………」
エルグが呆然と呟く頃には、すべてのソードフィッシュがマナに還っていた。
私たちはそれぞれ武器を仕舞って、お互いに声をかける。
「後衛、ケガはねーな?」
「平気だよ。魔力もけっこう温存できたし、まだ全然イケる!」
「私も平気です。ソードフィッシュは背後を狙ってくるみたいなので、気をつけてください」
「尻尾を使う瞬間、身体を傾けるようでござる。斬るには絶好の機会でござるな」
手早く報告を済まして、先へ進む。
そこでエルグが、慌ててウィングの肩を掴んだ。
「ま、待って欲しいであります……! いつもこんな感じなのでありますか!?」
「おう! ま、俺の剣捌きも昔よりキレが増してっからな……ホレボレすんのも分かる」
「自分、なんの役にも立てないでありますよ……!」
あ、そうか……今はエルグもいるんだから、慣れだけで戦ってちゃダメだよね。
ちゃんとエルグにも指示を出さないと。
「えーと、エルグは……なにが得意なの?」
私がそう聞くと、彼女はここぞとばかりに声を張る。
「はいっ! 自分、探索支援が得意であります! ダンジョンに落ちている道具を見つけたり、ギルドで買い取ってもらえる素材を見つけたり……」
「戦闘はできんでござるな」
「ああっ、そんなことは!! 短剣を持っていますので、その……魔物が攻撃に使う部位を、封じる技術くらいは……」
なるほど。
はっきり言えば、うーん。
微妙かも。
「その技術、俺らのパーティにゃ要らねーな」
「そんなぁ!?」
「探索の手伝いだけしてくれりゃ、後は別にいいや。魔物から隠れる技術とかあるか?」
「い、一応あります……ですが自分、そんな臆病な技は使いたくないでありますっ!」
エルグはシャキッと背中を伸ばして、固く眼を瞑りながら話す。
勇ましいけど、魔物との戦闘は命のやり取りなのだ。
プライドのせいで殺されてしまったら、それこそ意味がないと思う。
「エルグ。戦闘面では、私たちを援助する必要はないと思うよ?」
「し、しかし、パトナ氏……!」
「探索を有利にしてくれるだけで、もう十分な貢献だよ。だから、戦闘では――」
「それでは……っ!! 自分が生きている意味が、ないのでありますっ!!」
私が諭そうとすると、急に大きな声を上げるエルグ。
眼を見開いた彼女は、その瞳をまっすぐ私に向けて、懸命に声を続けた。
「魔物に立ち向かえない自分では……生き残った意味を、果たせないのであります……ッ」
拳をギュッと握って、悔しそうに俯く。
そんな彼女の手を、ふとセンコウが掴んだ。
「その手を開くでござる」
「……!?」
彼はその手を無理やりに開かせた。
抵抗するエルグだけど、力では勝てない。
そうして、彼女の手のひらの中から――紫色の石が転がり落ちた。
「あっ……!」
「……?」
なんだろう?
透き通っててキレイだけど……なんとなく、触りたくない感じだ。
センコウは石を拾い上げて、小さく溜め息を吐いた。
「…………魔石でござるな」
「あん? なんだそれ?」
首を傾げるウィング。
そんな彼とは対照的に、エルグは怯えた眼をして、石を見据えていた。
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