表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/66

#31 ランク

 初めてレベル6のダンジョンに足を踏み入れてから、早くも四ヶ月。

 サンロードは毎日、欠かさずダンジョンを攻略した。

 時間の許す限り、体力の続く限り。


 冒険者ライセンスに書かれた項目のひとつに、『クエスト完了数の累計』がある。

 今、改めて確認すると、数字は300を超えていた。


 現在、私はランク6の冒険者だ。

 このあたりになると、もうベテラン冒険者と言ってもいい。

 ひとたびギルドの中を歩けば、誰もがウワサするくらいの有名人である。


「……パトナがランク6、ねぇ。先生としては不安だわ」

「なんでさっ!?」


 ――図書館にて。

 今日も今日とて、ノエッタに勉強を教えてもらっている。

 その間の、ちょっとした休憩時間に、ライセンスの見せあいっこをしていた。


 訝しげに眉を寄せるノエッタは、私のライセンスを凝視する。

 何度か眼を擦ったりして、頻りになにかを確認しているらしい。


「やっぱり6みたいね……」

「疑わないで!」

「前まで3だったのに、いきなり6になった気がするのよ」

「違うよ! ノエッタの見てないところで、ちゃんとクエストをこなしてるよ!」


 そりゃあ、ノエッタからすれば、まだまだ知識不足の魔導師ウィザードに過ぎない私だ。

 だけど、冒険者としては侮られたくないもんだね。

 クエストってものは、山あり谷あり、崖も峠も海も超えてきたんだよ。

 ちなみに、未だに海は見たことない。


「ところで、ノエッタのライセンスは……」

「ああ、見たいの? はい」

「わーい」


 振り返りもそこそこに、今度はノエッタのライセンスを借りる。

 えーと、クエスト完了数22、現在ランク3……

 前に見た時と比べて、ランクが上がってるみたいだ。


「すごい! もうソロで活動できるランクだね!」

「ふん、まあね」

「ノエッタならダンジョン攻略も手際良いんだろうなぁ……」

「サンロードはラーンちゃん以外が力押し過ぎるのよ。ま、だからこそ高レベルのダンジョンが攻略できるんだろうけど」


 ノエッタの言う通り、私たちサンロードのスタイルは、基本的にゴリ押しである。

 ラーンを中心に作戦を立てて、だいたいの動きを組み立てた後、あとは各自で魔物を掃討するだけ。

 それでも前は、私の魔法をウィングが打ったり、なるべくセンコウが前に出たりとかしたけど……

 最近、そういう立ち回りを考えなくても、なんとかなっているのだ。


 もしも良いことか悪いことかと聞かれたら、すぐに答えられそうにない。

 仲間に対しての信用だけで連携してるのも事実だ。

 日に日に戦いやすくなってる感覚もあって、もうサンロードを解散するとか誰も言わないけど、だからこそ自信過剰になってる可能性もあるし。


 まあ、いいよね?

 自分たちの調子がいいのは、けっこう前から肌で感じてる。

 私たちのパーティランクは6――このままランク7になるのも、時間の問題だ。


「あたしがあんたたちに追い付くのは、もう少し時間が掛かりそうだわ」

「だけど待たないよ?」

「ふん。あんまりナメてたら、足元掬われるんじゃない?」

「えへへ……高みで会おうぜ!」


 わあ、ノエッタとこんな会話が出来るようになるなんて。

 ていうか、今の私のセリフ、カッコよくない?

 チャンスがあったらウィングたちにも使おっと。


「じゃ、勉強再開するわよ」

「えー、もう? もうちょっと喋ろーよー」

「意欲低すぎでしょ、あんた……」


 勉強の高みは目指してないからオッケー。

 ノエッタ先生には敵わないよねぇ。


 ✡✡✡


 今日の勉強も、よく頑張った!

 帰ったら復習するように言われてるから、まだ頑張るけどね。


 クエスト、勉強、そして帰宅……最近の生活サイクルは、だいたいこんな感じ。

 拠点に着いて、いつも通りの挨拶をする。


「ただいま、師匠!」


 扉を開けると、師匠は机に着いて、消滅の魔法陣と向かい合っている。

 私がここで暮らし始めてから、まったく変わらない光景だ。

 いつからか、こうでないと落ち着かない気になっていた。


 声に気付いた彼女は、そっと私のほうを見た。


「おかえり、パトナ。クエストは無事に完了しましたの?」

「うん! 師匠とノエッタに教えてもらった魔法、めっちゃ役に立ったよ!」

「そう」


 短い会話をしたら、すぐにまた魔法陣に向き合う。

 師匠はあまりお喋りな人じゃないけど、冷たいわけじゃなかった。

 ただ、『消滅の魔法陣』に対する真剣さが、他人を置き去りにしているだけだ。


 いつでも私は、そんな師匠に憧れていた。

 やっとランク6になったけど、それでも追い付けている気がしない。

 相変わらず、消滅の魔法陣については、ちっとも理解できてないし。


 帰ってきて、彼女を見たら、出来ることをやらないことは甘えなのだと気付かされる。

 だから、明日も頑張るしかないのだ。

 師匠の傍へ、少しでも近付くためにも。


「ところで、パトナ」

「ん?」


 ふと、師匠から話しかけられた。

 拠点用の過ごしやすい服に着替えながら、私は返事をする。

 師匠は私を見ないまま、言葉を続けた。


「魔法陣の描き方は、少しは覚えたのかしら」

「えーと、うん。昔よりは断然、描けるようになったと思うけど」

「そう。それじゃ……ルートはエスエニア、ノートはペンタ・エスヘキサ・エスオクタの場合、コードサインはなにになりますの?」

「え? ちょ、えっと……」


 ヤバい、いきなりだ。

 たまにノエッタにもやられる、抜き打ちテストってやつ!


 えっと、ルートがエスエニアってことは、九芒星のディライブだから……

 ペンタまでの白調が、1、2、3……3度で、黒調が4だ。

 てことは、ペンタはメジャートリス。


 で、オクタの白調が……1、2、3、4、5?

 あ、違う……4だ、4。

 黒調は……えーっと、うーんと。


 なんだか頭が痛くなってきました。


「ポーエスエニアトリデカスッ!!」

「違いますわね」


 途中で考えることをやめた結果、見事に不正解だ。

 だって、インターバルがパッと頭に出てこないんだもん。

 いちいち数えなきゃ分からないんだもん。


「スケール表を見ながら描いてますの?」

「……うん」

「いい加減、覚えたほうがいいんじゃないかしら。あなたはランク6ですもの」

「そうだね……」


 魔法陣を描くときは、家から持ってきたスケール表と睨めっこしている。

 だけど、いつまでもそれじゃダメだよね。

 描くのに無駄に時間がかかるし、このままじゃ師匠の邪魔をするだけだ。


 魔法陣、覚えないとなぁ。


 ✡✡✡


 ひとつ描き上げるだけでも、大変な労力がかかる魔法陣。

 ただでさえ作業が苦手な私には、とても耐えられない苦しさである。

 だからといって、音を上げてフテ寝なんてしても、それは逃げてるだけだ。

 辛くても逃げちゃダメなのだ。


「…………えっと、ルートがペンタで……ネガサインにしたいから、中間のノートはマイナートリスで――」


 コツというか、慣れてくれば、なにを描けばいいかも簡単に分かるのだろう。

 集中力がもたないのも、きっと補助用の表なんかに視線を移してるからだ。


 定規を使いながら、少しずつ円の中を埋める。

 今、試しに作っている魔法陣は、まだ半分も完成していない。

 重ねるサインは数個で済む魔法なのに、どうしても精緻に描けなくて、最初からやり直していた。


 やっぱり、詠唱のほうが簡単なんじゃないかな?


「…………あっ!?」


 考え事をしながら作業していると、ふと手が滑る。

 これで5枚目の魔法陣が台無しになった。

 

「…………はぁ」


 身体を動かすのは楽しい。

 ノエッタや師匠みたいに、机に向かい合ってるのは、あんまり向いていない。

 とか、自分のことをきっぱり評価して、作業から逃げようとしてみたり。

 「それはダメよ」って、どこかから声が聞こえる気もした。

 私の心の中にいるノエッタかな?


 ペンを投げ出す。

 すると、ペンの後ろについてる羽が、ふわりと机に落ちた。

 質量を感じさせない。


 私も自由になりたいな。

 とか、考えてみたり。


「ディライブサインは45度~♪ ノートサインは30度~♪」


 寝転がって、自分で作った歌を口ずさんでみた。

 酷い出来だ。

 でも、疲れた頭にはちょうど良いかもしれない。


「ペンター、ヘキサー、ヘプター、オクター、エニアー、デカからのぉ……ヘンデカー♪」


 ワケ分からないや。

 ああ、もう眠いかも……


 ✡✡✡


 ……翌日。

 ある不安な眠りから目覚めた私は、気付くと甲殻類になっていた。

 向かい合っていたテーブルと一体化して、動けなくなっているではないか!


 さらに、もっと不幸な事には、テーブルの上が片付いていない。

 失敗した5枚目が、そこに乗っかっていた。

 見たくもないよね。


 ――そんなこんなで、今朝は調子が出ない。

 ギルドにて、サンロードのみんなと集まっても、テンションは上がらなかった。


「どうしたんですか、パトナさん」

「ラーン……私、魔法陣を作る才能が無いんだと思う。どう?」

「ど、どうって……うーん、きっとありますよ?」

「無いよ…………」

「えぇ……?」


 無いって言ってくれたら、諦めがつきそうだったけどなぁ。

 いや、まあ諦めるわけにはいかないんだけど。

 魔法陣、魔法陣、魔法陣……ちゃんと描かなきゃ……


「なにショげてんだよ、パトナ。今日はすげークエストやるぞっ!」

「それ、なんか毎日聞いてる気がするんだけど?」

「そりゃそうだろ。毎日すげーんだから」


 ウィングは相変わらず元気だ。

 よし、毎日すげーウィングにあやかって、私もすげー元気になろう。

 そうだよね、毎日すげーよね。

 うん!


 不思議なことに、ウィングの笑顔を見てたら、だんだんやる気が出てきた。

 いったん魔法陣のことは忘れて、仕事に集中しようじゃないか。

 最近ちょっと弛んでる気がするし、この機会に気を引き締めなおそう!


「それじゃ今日も頑張ろうね、リーダー!」

「おうよ! んじゃ、レベル7行くぞー!」

「よーし、行こうっ!」


 ウィングと一緒に拳を突き上げて、気持ちを押し上げた。

 レベル7でもなんでも、見事に攻略してみせる!

 だって私、ランク6冒険者だからね!


「――サンロードの皆さん、ちょっといいでありますか?」


 その時、横から誰かが声を掛けてきた。

 見ると、知らない子だ。

 動きやすそうな軽装で、腰に布を巻いている……盗賊シーフだろうか。


 エルフのような長い耳。

 額を斜めに横切る、大きな傷。

 綺麗な白い瞳に、さっぱりした短めの緑髪。

 人好きのしそうな笑みを浮かべて、彼女は言った。


「レベル7のダンジョンに行くなら、自分も同行させて欲しいのであります」


 メンバーの誰かの知り合いかと思って、ひとりずつ顔を見合わせる。

 まったく知らないって雰囲気だった。


「あっ、自分はエルグ・アヴェンであります! ランク5のソロ冒険者であります!」

「……うん、よろしくね!」


 とりあえず悪い子じゃなさそうだから、笑顔を返す。

 でも、名前を聞いても誰か分からない。

 とにかく、かわいくてステキな笑顔をする子だ。

この作品が気に入った方は、評価・感想・ブックマーク・いいねなど、応援よろしくお願いします。

そういった反響が、なによりも励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ