#30 サンキュー
閑話。
冒険者にも、休息は必要である。
ということで、今日はなにもない日だ。
私は拠点に引きこもって、昼間からだらけていた。
「わー」
「あんたって休みの日はいつもこうなの?」
「うん!」
布団の上でゴロゴロしてたら、読書中のノエッタに呆れられた。
彼女は体力が回復するまで、この拠点に居候している。
一緒に居られて嬉しい……師匠の寛大な措置に感謝!
「毎日ダンジョンに行ってたら、身がもたないよねぇ」
「そういうもんかしら」
「そーいうもんだよー」
会話しつつも、ノエッタは本を読んでいる。
毎日読んでいる。
表紙を見ると、だいたい魔法の教本だったり。
なんだかんだ、彼女は魔法を好きでいてくれてる。
集中してるときに話しかけたら怒られるけど、そういう姿を見られるのが嬉しかった。
「やっぱり家が一番だよね。ノエッタもそう思わない?」
「なによ。たまには外に出るわよ」
「ずっと家はないけど、たまには家でいいじゃん?」
「……あたしだって、外出する日もあるし。ずっと家にいるわけじゃないし」
適当に話してると、玄関のほうから声が聞こえてきた。
『おーーーいっ、パトナぁーーーーー!!』
「うわっ!?」
この声……ウィング?
なんで?
今日はお休みなのに、私を呼びにくるなんて。
扉を開けると、彼は肩で息をしながら、急ぐように口を開く。
「特訓に付き合ってくれ!!」
「え? なにそれ?」
「センコウに勝たなきゃいけねーんだよ、俺は!!」
そう言うなり、私を引っ張っていこうとする。
なんのこっちゃ。
「ちょ、今日はお休みだよね……?」
「うるせェ!! 行こう!!」
「行かないよっ!」
強引過ぎるよ!
ウィングってば、自分の都合で動きすぎ!
私は休みたいんだからね!
「なんだよ、お前! ノリ悪いぞ!?」
「いや、ノリとかじゃないよ! 行きたくないの!」
「うるせェ!!」
「その『うるせェ』ってやつやめてよ! 怖いよ!」
「あ!? なんでだよ、俺とお前の仲だろうが! なにが怖いんだよ!?」
「言葉が強くてイヤなの! もっと穏やかな言い方ってないの?」
「穏やか!? じゃ、静かにしろっ!」
「まだ命令口調じゃん、それ穏やかじゃないから!」
「んなこと、今はどうでもいいだろ――」
玄関のとこで口論してたら、後ろから『バンッ』という音が。
振り向くと、師匠が机を叩いて立ち上がっていた。
「騒がしいですわね……」
睨まれて、私もウィングも黙る。
言い方は穏やかなのに、ウィングより怖い。
「……外に行こっか、ウィング」
「おう」
というわけで、私たちは外出することになった。
拠点から出ようとした時、「待った」と声がかかる。
もう一回振り向くと、そこには腕を組んだノエッタが。
「あたし、そろそろ外出しようと思ってたところよ」
「そうなの?」
「ええ。でも、外に行く理由がないから連れてって」
理由ないのに、なんで外に行くんだろう。
まあいっか、ノエッタがいると楽しそうだし。
✡✡✡
で、やって来ました“神秘なる逆光”。
もはやおなじみ過ぎて、実家のような安心感がある。
特訓するとなったら、やっぱりここだよね!
ところで、どんな特訓するつもりなんだろう。
「知ってるか、パトナ」
「なにを?」
「センコウのヤロー、魔法を斬れるんだぜ」
「えっ! そりゃすごいね!」
「だから、俺が斬れないのは許せねぇ! 今日中に斬るっ!」
「…………」
つまり。
魔法が斬りたいから、お前は魔法を撃て!……ってことか。
困ったリーダーだよ、まったくもう。
満足するまで付き合わされるなぁ……
――観念した私は、さっさと終わらせるために、さっさと魔法を撃つ。
ウィングは何度も剣を振って、魔法を斬ろうとした。
「“唄え、短き命! 勇気の欠片、誓いを守れ!”――脈打つ情熱!」
「でりゃあああッ!!」
気合い十分で振りぬかれたブレードが、私の魔法を撃ち返す。
そして、周りの木が爆発するのだった。
怒ってるみたいに荒れる風が、いかにも徒労って感じだ。
とりあえず、三発くらい撃った。
全部同じ末路。
「ね、このまま続けるの?」
「当たり前だァ!!」
「……なんか、意味ない気がするんだけどさー」
「そんなこと、お前が勝手に決めんなァ!!」
セリフだけやたらと勇ましいけど、ウィングの剣筋が変わる気配はない。
腕力に任せて振って、魔法を遠くに飛ばす。
打ち返せば打ち返すほど、飛距離が伸びてはいるけど。
やがて、脈打つ情熱は青空に弾けるまで上がるようになった。
なにかおめでたい気持ちになるし、なかなか綺麗な光景だと思う。
でも、それだけだ。
「ハァ…………ハァ…………!」
「ねぇ……もうさ、諦めよう? このまま続けても、なにも……」
「……飛距離が伸びてんだろーがッ! 俺は星を燃やす!!」
「目的が変わってるんだけど!?」
これ、なにをやってるんだか忘れちゃうよ。
打ち返すのが楽しくなってるでしょ、ウィングってば。
こっちは魔法を撃つだけで、あんまり面白くないのに。
不毛さに耐えかねて、私はノエッタを見る。
なぜか彼女は本を読んでいた。
それ、外でやることじゃないよね?
「ノエッタもなんとか言ってあげてよー……」
「え? なによ?」
「き、聞いてなかったんだ……」
本の世界に入り過ぎだよ。
もしかして、特訓の始めから無関心だったのかな?
簡単に説明してあげよっと。
「ウィングが魔法斬りたい、斬れない、見込みないのに続けてる。オッケー?」
「なるほどね。ま、力任せにやってたら一生無理よ」
事情を把握した彼女は、ようやく本を閉じてくれた。
おもむろにウィングのほうを向くと、クイッとメガネ(新調したやつ)のブリッジを上げる。
この仕草は……彼女が本気を出す合図だ!
「魔法を斬るためには、まずコアを探し当てることね」
「は? ココア?」
「コア。魔力の流れを発生させる、いわば魔法の心臓よ。すべての魔法にはコアが存在しているわ」
うんうん、やっぱこれだね。
ノエッタと言えば、この知識量!
なんでも知ってるからホレボレしちゃうよ。
ウィングはぽかーんとしている。
理解してるか怪しい。
「魔法を斬るということは、本質的に言うなら、コアを破壊することなの。だから、まずはそれを探る」
「なに言ってんだ」
「そんなに難しいことじゃないわ。魔力の流れを見るの……魔力とは、コアを中心として循環しているからね」
へー、魔法ってコアなんてものがあったんだ。
初めて知ったよ、私……
てことは、魔法って生きてる?
「パトナ」
「あ、はい! えーっと、E=LEDです!」
「なにも聞いてないわよ。ちょっと脈打つ情熱を出してみて。手の中に留めるように」
「はい、ノエッタ先生っ! “唄え、短き命――”」
言われた通り、脈打つ情熱を手の中に創り出す。
最近はこの使い方にも慣れてきた。
明かりの代わりにもなるし、意外と便利だったりする。
ノエッタはウィングを手招きして、魔法をよく見るように指示した。
訝し気な顔をするウィングだけど、とりあえず言われた通りに動く。
「ウィングくん、見える?」
「……魔力の流れってやつか? 見えねぇ」
「もっと眼を凝らしてみて。確かに存在してるものよ」
「んなこと言ったってよ……お?」
火球を覗き込むウィングは、ふとなにかに気付いたように、眼を丸くする。
すると、彼はおもむろに剣を構えつつ、だんだんと私から離れていった。
その間も、視線は火球に釘付けだ。
「お、おお……なんか斬れる気がするぞ! よし、パトナ! 動くなよ!?」
「え? え、ちょ……」
なにを思ったか、いきなり剣を振りかぶるウィング。
「うおらァ!!」
「うえぇぇっ!?」
私は咄嗟に身体だけ退いたけど、火球を持つ手だけは残す。
剣は私の手のひらの上を通過した。
そして――なんと、火球を横から真っ二つにしてしまった。
コアを斬れ裂かれた火球は、一瞬で霧散する。
魔物が死んだ時と、まったく同じように。
「き、斬れたぞ……っ!! 斬れたぁーーーー!!」
「それはいいけど、私のことも考えてよっ!」
「よっしゃあああああああ」
雄叫びを上げるウィングは、私のことなんて眼中にない。
でも、ノエッタのほうへは向き直って、満面の笑みとともに言った。
「ありがとよ、ノエッタ!! お前のおかげで魔法が斬れたっ!!」
「え……? そ、そう……ふん、良かったんじゃない?」
「おうっ!」
彼のまっすぐな瞳に当てられて、俯きがちに返事をするノエッタ。
微かに頬が赤らんでいる……照れてるなぁ。
私は彼女の傍に近づいて、小さく声をかける。
「意味ないなんて、もう思わないよね?」
その時、彼女はハッとした顔で私を見た。
恥ずかしそうに、少しだけ眼を泳がせた後で、また俯く。
「…………そうね」
小さくそう呟くと、剣を振り回すウィングの姿を、嬉しそうに見るのだった。
✡✡✡
その後も私は、延々とウィングに付き合わされた。
飛んでくる魔法も斬りたいとか、死角から来ても斬れるようにしたいとか……
注文が多すぎて、結局のところ、いつもより魔力を使ってしまった。
そんなこんなで、どっと疲れつつも、拠点に帰ってくる。
扉を開けると、いつも通りの師匠の姿があった。
「ただいまー、師匠……」
「ただいま帰りました、ナグニレンさん」
「あら。おかえり」
拠点になだれ込んで、床の上に身体を投げ出す。
弾みでそうしたけど、思ったより板が固かった。
あんまり疲れが取れない。
「うー……」
「なんだよ、情けねーやつだな! もう疲れたのかよ?」
「うるさいなー、言っとくけどウィングのせいだからね? ほら、もう帰って!」
「明日はクエストだからな! やべーやつ! んじゃ、今日はありがとよ!」
見送りに着いてきてくれたウィングは、まだまだ元気が有り余っていた。
あれだけ動いたのに、よくそんな大声で喋れるなぁ。
彼は帰り際、ノエッタのほうを見て、一言だけ放った。
「ノエッタ、また剣術について教えてくれよなっ」
「へ……? なにそれっ、剣術なんて教えた覚えは――」
「またなー! へへっ!」
「あ、ちょっと……!」
困ったように彼を見送るノエッタ。
だけど、その背中が街角に消えると、嬉しそうに笑った。
「なんなのよ、あいつ……」
そうして、ちょっと早足で拠点の中に入る。
ダラける私を無視して、さっさと奥の部屋にこもってしまった。
「……?」
なんだか気になる態度。
扉はついていないから、隅からそーっと覗いてみる。
なんと部屋のテーブルには、すでに羊皮紙が広がっているではないか。
ノエッタは完全に勉強モードに入っていて、ジャマできない感じである。
メガネの奥に潜む、彼女の新緑を思わせる瞳は、いっそうキラキラと輝いていた。
次の章が思ったより長引いたので、次から2日に1話投稿にします。
ペースが戻ったら毎日投稿に戻します。
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ドクシャのオウエン気持ちよすぎだろ!




