#29 ルーマー
あり得ない爆風を追い風にして、さっさとダンジョンを出る。
ノエッタを助け出せば、こんなところに用はない。
早く温かい場所に行きたかった。
――魔物たちに睨まれながらも、なんとか洞窟状の入り口へと戻ってくる。
ダンジョン内と比べると、冷気が漏れ出すだけの外側は、ぜんぜんマシだ。
洞窟から離れるほど、安心できる温度を感じられた。
帰ってきて最初に見たのは、私が折った木。
改めて見ると、近くにある他の木も巻き添えになっていた。
右のやつが三日月みたいな抉れ方をしてる。
「ハァ……良かったぁ、帰って来れて……!」
師匠に降ろされた私は、外の空気をいっぱい吸った。
命があったことに、まず安堵。
そして、すぐにノエッタの具合が気になった。
「師匠、ノエッタは大丈夫かな?」
「道中、回復魔法は掛けましたわ。大丈夫、息はあります」
「そ、そっかぁ……! なら安心だね、えへへ……」
ノエッタはまだ、眼を覚まさない。
でも、師匠の背中で眠る彼女は、気持ちよさそうな表情をしている。
きっと回復魔法が効いているのだ。
一時はどうなることかと思ったけど……みんな無事だった。
誰も死ななくて済んだんだ。
「とりあえず、拠点に帰りましょう。ノエッタさんも一緒に」
「うん!……あれ?」
師匠と話しながら歩いて行くと、道の先に誰かの姿があった。
見慣れた三人……サンロードのみんなだ。
「み、みんな!?」
「あら。待ってたのね、あの子たち」
もしかして、ずっとあそこに立ってたのかな?
私たちが無事に帰ってくるまで……?
な、なんて仲間思いのパーティなんだ……!
感極まって、思わず涙ぐんでしまった。
やっぱり無敵なんだね、サンロードって……!
「おーい、みんなぁ!」
思いっきり手を振ると、三人とも駆け寄ってくる。
近くまで来るなり、ウィングが口を開いた。
「バカヤローっ、俺は『行くな』って言っただろうがぁ!」
「え!? え、えっと……ごめん」
「ま、無事だったからいいけどよ……!」
彼は腕を組んで、ちょっと怒った様子だ。
確かに、あの時はノエッタのことで頭がいっぱいだったけど……
リーダーの言うことを無視して行っちゃったのは、反省しなきゃ。
これだって単独行動だもんね。
だけど、怒ってるのはウィングだけみたいだ。
ラーンは逆に、瞳を潤ませていた。
「ぱ、パトナさん……っ! ケガはありませんか!? どこもケガしてませんか!?」
「んーん、ケガなんか無いよ。ほら、この通り!」
心配そうな彼女に、私は元気モリモリポーズを見せる。
両腕の力こぶを誇示した(そんなに鍛えてないけど)。
そしたら、今度は師匠にも同じ質問をするラーンだった。
そんな慌ただしいふたりとは対照的に、センコウはいつも通りである。
「レベル6からの生還……感服致す」
「え、えへへ……そう?」
「改めて、パトナ殿の胆力を見せつけられたでござるな」
ベタ褒め、嬉しい。
センコウってば、私のこと評価し過ぎだよぉ。
「ね、センコウ。もしかして私のこと尊敬してる?」
「一部」
「一部……?」
一部だった。
仲間に迎えられると、なんだか平和に戻ってきた気がした。
正直、もうレベル6はコリゴリだ。
早く拠点に帰って、ぐっすり寝たい。
「それじゃ、みんなで帰ろう!」
「よしっ、パトナ! 帰ったらクエストを――」
「ウソ!? 今日はもう休みじゃないの!?」
「なに言ってんだよ! 今日の宿代くらい稼ぐぞ!」
元気いっぱいのウィングは、クエストに行く気マンマンだった。
よく考えたら、これが私たちの仕事だもんね。
でも、しばらく日常はお休みしたいなぁ……
✡✡✡
結局、私はクエストに行ってきた。
ウィングときたら、寄りにも寄って魔物素材を採取するクエストなんか引き受けて……
もうちょっと身体に優しいやつにして欲しかったよ、まったく。
――夜。
クタクタになって、拠点に帰ってくる。
「ふへー。ただいま……」
扉を開くと、師匠――じゃなくて、ノエッタが眼に入る。
彼女はマジメな顔をして、扉の前に座っていた。
「わっ」
びっくりする。
でも、そんな私に関わらず、ノエッタは口を開く。
「…………パトナ」
「ど、どうしたの?」
扉を閉めた後、なんとなく座らなきゃいけない気がした。
丁寧に靴を揃えて、丁寧に靴入れの中へ仕舞う。
そして、床の上に正座する。
ノエッタの緑色の瞳が、躊躇いがちに私を見る。
割れたメガネは、今は掛けてないようだ。
「…………その」
「うん」
「あのね……」
「ん?」
「…………やっぱ、なんでもない……」
なにか言おうとしていたノエッタだったけど、途中でやめてしまった。
彼女は立ち上がって、私に背を向ける。
「の、ノエッタ? なにか怒ってる?」
あんまり意味深だったから、私はちょっと不安になった。
けど、別にそういうわけじゃないらしい。
首を振って応答された。
「…………ごめん」
ふと、小さな声で呟くノエッタ。
「あんたに酷いこと言ったから。色々……」
少し項垂れてる肩で、そう言ってくれた。
それが言いたかったから、入り口で待っててくれたんだ。
あんなに真剣な顔して………
なんか、すごく嬉しい。
仲直りできる嬉しさも相まって、込み上げてくる気持ち。
私はしばらく返事できずに、身体いっぱいにそれを感じた。
「まだ怒ってる?」
「ぜんっぜん!!」
不安そうな横顔を覗かせたノエッタに、私は大きな声でそう返した。
そしたら、ちょっと驚いて、また顔を隠す彼女。
「そ、それなら……良かった」
きっと隠したつもりだろう。
だけど、俯いたりするから、手に取るように分かった。
ノエッタってば、仲直りに照れてるんだ。
もっと照れさせたくなった私は、いきなり後ろから抱き着いてみる。
……その後、頭にチョップをくらってしまった。
✡✡✡
ハグの甲斐もあって、私たちの仲は、すっかり元通りだ。
というわけで、今日の夕食は三人で食べることになった。
師匠が散らかしてる羊皮紙を片付けて、小さなテーブルを運んでくる。
収納ラクラク、折り畳み式の食卓用のテーブルだ。
ちなみにコレ、お父さんの遺品らしい。
食卓の上は、いつもより賑やかだった。
まあ、お皿と食器がひとつ増えただけなんだけど……
そんな些細な変化が、驚くほど新鮮に映る。
第一、食べる前から、なにもかも違う。
「それでは、いただきます」
「いただきますっ!」
「……いただきます」
「いただきます」の数が、ひとつ多い!
世界が変わるよ、うん。
ところで、今日の晩御飯はカレーだ。
師匠は料理が上手だから、なんでもおいしいけど、カレーは特においしい。
特に今日のは、一さじ口に入れただけで、今までで一番おいしいと確信できた。
「おいしーっ! ノエッタ、おいしい!?」
「ま、まだ食べてないわよ……」
「早く食べてみてよ、めっちゃおいしいから!!」
まだ遠慮がちなノエッタは、スプーンの使い方も丁寧……というか、ぎこちない。
ゆっくり口へ運んで、ゆっくりと噛むのだった。
そして、私の期待した通り、驚きの表情を浮かべてくれる。
「うん、おいしい……!」
「でしょっ!?」
「宿のカレーと全然違う……なんでこんなに差があるの?」
「ふっふっふ。それはねぇ!」
勢い良く腕を振り上げた私は、まっすぐ師匠を指差した。
「なんと言っても、師匠が作ったから――」
「パトナ、人様を指で差すものではありませんわよ」
「あ、ごめんなさい……」
称えようとしたら、怒られちゃった。
食事中も師匠は厳しいなぁ。
「あの、ナグニレンさん……」
「なにかしら、ノエッタさん」
「お食事の面倒まで見てもらって、本当にありがとうございます」
ノエッタは緊張気味な態度で、深く頭を下げる。
それを受けても、いつものクールさを崩さない師匠。
彼女は口の中にあるものを食べきって、至って冷静に答えた。
「構いませんわ」
うん、こういうところがカッコいい。
私、たまに師匠から男らしさを感じる。
「私も構わないよ、ノエッタ!」
「うん……」
憧れるままにマネしてみたけど、ノエッタにはスルーされた。
ぱくりと一口、小さく噛みながら、彼女は頬を綻ばせる。
そんな姿を見れただけでも、今日の私は大満足だ。
ついつい口元がにやけて、カレーが食べにくくなる。
「えへへ……今日はホントにおいしいね、師匠っ!」
「そうね……自信作ですもの。よく味わって食べなさい」
「うんっ!」
このまま、ノエッタがここに住んでくれたらいいのに。
……なんて思ってしまうほど、楽しい食事の時間だった。
✡✡✡
ご飯を食べ終わった後も、ずっとノエッタと話していた。
すると、彼女はおもむろに立ち上がって、
「ちょっと夜風に当たりたいわ」
と、一言。
「一緒に行っていい?」と聞くと、快く頷いてくれた。
――しばし、ふたりで夜の街を散歩する。
あまり遠くに行かないように気をつけながら。
宿屋にはまだ明かりが点いているけど、武器屋なんかはもう開いてない。
遠く見えるお城の光は、遥か彼方から街を照らしているようだった。
夜空を見上げてみれば、星と月が浮かんでいる。
滑らかな光たちが、闇を静かに照らしていた。
「実はあたし、ナグニレンさんに怒られたのよ」
「そうなの?」
「うん。パトナがクエストに行ってる間に」
肩を並べて歩いていると、不意にノエッタが語る。
「『死ぬ気だったのでしょう』って、痛い所を突かれちゃって……素直に頷いたら、言われたの」
「なんて?」
「『ソーマなんてものがあるのなら、誰も魔法の威力で悩んだりしませんわ』……言われてみれば、その通りじゃない?」
……なんだか師匠らしい言葉だ。
ノエッタが欲しがってるものを、なんの遠慮もなく、正面から否定するところとか。
それでいて説得力があるから、言われたほうは足掻くこともできない。
「あたしって、自分が思ってた以上にバカね」
クスッと笑いながら、自虐するノエッタ。
だけど、もう無理に笑ってない。
心の中にあったわだかまりが、すべて払拭されたような表情だ。
夜の中でも明るい、そのオレンジ色の髪に、よく似合っている。
大通りの先に、いつでも開いてる冒険者ギルドが見えた。
わだかまりか……
そういえば私、ちゃんと謝ってないかも。
あの時、ノエッタを傷付けたこと。
「ねぇ、ノエッタ……」
「ん?」
「ごめんね。私、ノエッタの気持ちも考えないで、軽々しいことばっかり――」
そこまで言いかけた私の口元は、ノエッタの手のひらに覆われる。
「んむ……っ?」
「助けてくれてありがとう、パトナ」
謝罪の言葉を遮って、彼女は微笑んだ。
すると、すぐに私の口を解放して、背中側で両手を組む。
「パトナに会えて良かったよ、あたし」
「え?」
「自分の未熟さが、よーく分かったし。こんなんじゃダメね」
私の謝りたい気持ちをよそに、晴れやかな笑み。
ギルドの近くを通りかかった時、その横顔が照らされる。
空を見上げた彼女の瞳が、エメラルドみたいに輝いた。
「バカみたいなウワサに頼っちゃったな」
そんな何気ない呟きが、私の耳をくすぐった。
こっから本番の本番の本番です(まだ書けてないけど)。
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