#28 パワー アンド パワー
言いたいことはすべて言い切った。
けれど、ノエッタの返事はない。
「ノエッタ……?」
「…………」
その時、彼女の体温が冷めているのを感じた。
このままじゃ、本格的に危ない。
「の、ノエッタ!……しっかりしてっ!」
返事はない。
彼女は苦しそうな顔をして、私にしがみついている。
意識は朦朧としているようだけど、まだ助かるはずだ。
助けに来たんだ。
はやく、ダンジョンの外へ……!
そうだ、今は温めるものが必要だよね。
よし、それなら!
「“唄え、短き命……勇気の欠片、誓いを守れ!”――脈打つ情熱……!」
手のひらに小さな灯火を作って、出来るだけノエッタの身体に近づける。
どれだけ効果があるか分からないけど、なにもしないよりマシだ。
これで少しでも、ノエッタを守れるんだったら。
「くぅ、うっ、動きにくい……」
この格好、両手が使えないから疲れる……
いや、やめやめ!
弱音は死を招くと思おう。
まったくもって平気だよ、私ってば頑丈だもん。
雪の上で、自分の体温も奪われていく。
願わくば魔物が立ち塞がりませんように――そんなことも考えた。
当然、叶うものとは思わない。
目の前に、一羽の丸っこい鳥が飛んできた。
白くてフワフワの体毛をしていて、あざとく小首を傾げている。
でも、ダンジョンにいるなら魔物に決まってる。
「チュリ……」
ひと鳴きの後、つぶらな瞳がこちらに向く。
私が左腕で追い払うと、すぐに逃げていった。
まるで普通の小鳥みたいだ……でも、油断はできない。
「ジュリ、ジュリ、ジュルル」
頭の上にまだ鳴き声が飛び回っている。
まだ私たちに興味津々なのだ。
出来れば襲われたくない……そうなったら、逃げられる可能性は低い。
師匠が退治してくれるなら、その限りじゃなさそうだけど。
でも師匠は今、ほとんどの魔物を引き受けて戦っている。
地上のネージュウルフだけでも厄介なのに、上空までカバーするのは厳しいだろう。
私が彼女のところまで辿り着くには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
「うっ……ハァ、ハァッ……」
なんであれ、前方に師匠は見えている。
命の危険を感じながらも、私は体力勝負を続けた。
辛くても、希望はちゃんと見えるから。
そこを目指すだけだ。
「ジュルル」
「ジュリ」
「チチチ……」
気付くと、頭上で鳴く鳥の数が、だんだん増えている気がする。
さっきまで一匹だったはずが、今は……同時に鳴いたのを聴き分けても、三匹は居る。
それに加えて、先の風景、大通りの真ん中に二羽も見つけた。
どう考えても、これは……なにか準備されてる?
こうなったら、今さら躊躇っていられない。
大きな声は魔物を引き寄せるけど、気にしてちゃ命に係わるし。
よく考えると、けっこう今さらな躊躇だ。
「師匠っ、ノエッタ見つけたよーーっ!!」
「――…………!」
呼びかけると、師匠はすぐに振り向いてくれた。
それと同時に、ネージュウルフの群れが、足音を立てて襲ってくる。
姿が見えないだけに、いきなり食い千切られそうで怖い。
脅かされながら、とにかく前進を続ける。
私には戦う術なんてない。
分かり切っているから、師匠を信じて進むだけだ。
「――失われし世廻鳥!」
響く声と一緒に、色んな場所で爆発が起こった。
倒れていくネージュウルフ……当然、私の近くでも、そういうことが起こったりする。
正直、小さい悲鳴とか上げそうになったけど、眼を見開いてなんとか堪えた。
「ッ……師匠っ!」
「パトナ……! ノエッタさんはわたくしが預かりますわ!」
脅威をとりあえず掃討した師匠が、そう言いながら駆けてくる。
心の底から安堵して、私は大きく頷いた。
私の背中にしがみつくノエッタを、素早く連れ去る師匠。
体力的に、もうノエッタは限界だ。
師匠の背中でぐったりして、身体に力が入っていないように見える。
だけど、もう安心だよ。
頼れる師匠の背中こそ、一番の安全地帯だからね。
あとはエンヴィの時みたいに、瞬間移動みたいなのを使ってもらえば……!
「師匠、瞬間移動しよう!」
「無理ですわっ! それより、立てるの!?」
「むりっ!?」
なんで無理なの!?
って、説明してもらうヒマはないらしい。
師匠はかなり急いでいる。
ふと、彼女は私の足元にしゃがんだ。
「“遺失、破壊、枯れた花。不感に満ちた者へ、神の指輪を授ける”――無限の清浄」
すると、じくじくと痛む右足の指が、温かい光に包まれていく。
それに合わせて、心なしか精神的にも元気になっていく感じがした。
「あ、ありがと、師匠……」
「パトナ、上空にラ・フェ・デ・スノーが集まってますわ」
「え?」
『上空』と言われたから、空を見上げてみる。
すると、さっき見た白い体毛が、十か二十くらいの集合になっているではないか。
「あれ、ラ・フェ・デ・スノーって言うの……?」
「単体ではそれほど強くありませんけれど、ああして群れを成すことで、強大な攻撃を放ってきますわ」
「そうなの!?」
「今、あの魔物たちがやろうとしているのは――自縛の金剛星レベルの大技ですの」
『自縛の金剛星レベル』……そんな物騒な。
冗談じゃないよ、その辺の魔物が自縛の金剛星撃ってくるとか。
使うにしても、ダンジョンボスの技じゃないかな?
片腕での回復を終えた師匠は、背後の気配を感じ取って振り向く。
氷の路地裏から顔を出す、夥しい数のネージュウルフ。
そんな新たな脅威を確認しながら、凛とした声で言い放った。
「私は他の魔物で手一杯ですので、ラ・フェ・デ・スノーは任せますわよ」
「うええっ!? いや、えっ、どどどっ、」
「周りを飛んでいる個体は、強力な防御壁ですわ! すべてブチ壊す自縛の金剛星で対抗しなさい!……“沈黙よ、応答願う。愛しい距離、弓渡るガラス玉――”」
ぎゃああ、完全に任されてるよ?!
ど、どどど、どうすれば!!
いや、だから自縛の金剛星で対抗しなさいってこと!?
空を見上げたら、集まっていたラ・フェ・デ・スノーが、いつの間にか球形になっている。
飛び交う鳥たちの隙間から、なにか魔法の輝き的なものが垣間見えた。
円状の集合、その内側で、攻撃の準備が行われているらしい。
やるっきゃない?
無理っぽいけど……あっ、でも、無理だったら死んじゃう。
私たち、みんなオシマイってわけだね……うん、最悪じゃん。
――じゃ、やるっ!!
「“夢錻力、紫苑の花っ! 覗けば見落とし、掴めば旗ァ!”」
やけくそで詠唱しながら、それでも冷静に眼を瞑った。
まだまだ得意な魔法じゃないけど、試験の時とやり方は同じなのだ。
ノエッタが教えてくれた通り、順番にやるだけだよ!
さあ、まっすぐ飛んでいくイメージ……!
目的はラ・フェ・デ・スノーたちの中心、目標は……
え、目標とかないじゃん。
吹き出す冷や汗に急かされて、いったん眼を開ける。
案の定、空中にはなにもなかった。
強いて言うなら、雪は降ってたし、雲はあるし……意味無いけど。
だからと言って、詠唱をやめるわけにはいかない。
なんでもいいから、とにかく見えるものを探した。
「…………っ!!」
ない。
なにもない!
このままじゃ、詠唱が切れる!
上空では、既に攻撃の準備が整いかけている。
あと数秒で襲いかかってくるだろう。
詠唱をやり直す時間が勿体ない……ヤバい、ヤバい!
――その時、いきなり、小さな粒が空に制止した。
それは長蛇の列となって、空高くへと続いていく。
最終目標であるラ・フェ・デ・スノーへ、私の視線を導くように。
「……! “谷底に咲く、濡れた咆哮……!”」
私は眼を瞑って、詠唱を再開する。
辿ることが出来たのだ……颯爽と現れた、失われし世廻鳥たちを。
ありがとう、師匠!
「――自縛の金剛星ーーっ!!」
空高く掲げた両手に、大きな球体が乗っかってくる。
途轍もない重さが、私の身体を潰しにかかる。
その暴力的な魔力の流れに、少しずつ合わせていく。
「……よし、よし……!」
相殺も無事にこなして、完璧に飼い慣らした。
急造でも、きちんと育てた魔法は、軽くて強い。
これを、今回は上に放り投げるのだ。
もちろん、まっすぐ…………
「……うぐっ」
まっすぐ。
コントロールにおいて、私が一番苦手なことである。
《コントロールが右に逸れすぎですわよ》
合格した時も、師匠に言われた。
いくら目標があっても、上空までの長い距離を、キッチリ飛ばせる自信はない。
雪で視界も悪いし、こればっかりは勢いじゃどうにも……
……?
あ、そうだ。
思い付くと同時に、私は身体を捻る。
そうして、わざと発射地点を左側にズラしてみた。
「これなら…………!! なんとかなるっ!?」
なんとかなれーーーっ!!
「うわあああああーーーーーーッ!!!」
イメージを反芻しながら、絶叫と一緒に撃ち出す。
それと同時、ラ・フェ・デ・スノーの攻撃が、隕石の如く降り注ぐ。
その軌道は、私の魔法の軌道とは、どう見ても相容れない。
だけど、自分を信じるだけだ…………!!
魔法が右に逸れるって、別に望んでないけど、立派な軌道なはずだから!
今の私の、頑張った成果なんだ……!
空中を進む、ふたつの球体。
片や隕石、片や迎え撃つ巨星。
それは一見、交わらないように思えたけど――その軌道には、だんだんとズレが生じる。
隕石はまっすぐ。
巨星は少しずつ右へ折れる。
やがて、ふたつのエネルギーは邂逅を果たした。
「や、やった……うわぁっ!?」
喜んだのも束の間。
その分厚い衝撃は、地上にまで伝播してくる。
まだ体力が回復しきったわけじゃない私は、それに軽く吹き飛ばされた。
吹き荒ぶ突風に、この身体は紙のように遊ばれる。
いつ壁にぶつかるかと、痛みを覚悟した……その時。
「うわああーっ……あう!?」
「大丈夫ですの? パトナ」
「し、師匠……!」
涼しい顔した師匠が、片腕で私を受け止めてくれた。
この荒れ狂う衝撃の中、まったく平気そうな顔をしている。
背中のノエッタも、片腕なのに、しっかり支えられていた。
どうやら、魔物たちは衝撃から退避したらしい。
今までたくさん居たはずなのに、すっかり消え去っていた。
「コントロールは成功したみたいですわね」
「う、うん…………! なんとかねっ」
「あとは威力……ぶつかりあって、勝てるかどうか」
「!」
威力……そう聞いて、再び空を見上げる。
衝突は激しさを増して、球体はお互いの表皮を削っていた。
確かにコントロールには成功したけれど、それで終わりじゃない。
せめぎ合いに勝てなければ、結局は同じことだ。
私の魔法と、魔物の攻撃……レベル6にどれだけ通用するだろう?
固唾を飲んで、衝突の行く末を見守る。
両手を強く握って、魔法を応援しようとした時――いきなり師匠が走り出す。
「えっ!? し、師匠!?」
「今のうちに逃げますわよ。魔物がいなくて好都合ですもの」
「で、でも、あれが勝てなかったら、どのみち――」
「そちらは心配ありませんことよ」
衝撃の嵐を駆ける師匠は、脇に抱えた私へ、チラッと眼を向ける。
そして、事もなげに言ってのけた。
「わたくしの弟子が、魔物如きに負けるはずないもの」
確信に満ちた眼と、自信だけの口調。
その声に連なるみたいに、背後で轟雷のような音がする。
そして天は、眼を疑うほどに赤く染まるのだった。
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