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#26 リゾルヴ

 師匠に倒されたエンヴィ。

 だけど、彼の生命力は強かった。

 あれだけのダメージを負ったのに、まだ立ち上がってくる。


「ぐうっ…………、くくっ……!」


 歪んだ笑みを浮かべながら、ニョッタ師匠を睨む。

 当の師匠は、それに不愉快そうな表情を返した。


「なにを笑っていますの?」

「貴様、怒ってるな……!! ハクサが死んだ時と同じように!!」


 ハクサ……?

 どうしてエンヴィの口から、お父さんの名前が……?


 ――私が驚いている間に、風を裂くような音が、エンヴィの横を通り過ぎた。

 まったく加減のない師匠の魔法は、それだけでも十分に怖い。


 彼の頬は切れ、深く被っていた帽子も飛ぶ。

 初めて見たその頭には……二本の角が聳えていた。


「あぁ、ははっ……外してるねぇ……?」

「黙りなさい。殺しますわよ」

「おぉ、怖い……がはっ!」


 挑発されて、躊躇なく二発目を打ち込む師匠。

 眼で捉えるヒマもない速度で、その魔弾が砂煙を舞い上げる。

 再び晴れた時、そこにもうエンヴィは居なかった。


「し、師匠……? まさか、本当に……」

「…………逃げられましたわ。臆病なお方ですこと」


 こちらに振り向いた師匠は、あまり怒ってるように見えなかった。

 普段通りのクールさで、彼女は箒の手入れを始める。


 色々と聞きたいことがあるけど……

 でも、今は質問してる場合じゃない。

 エンヴィと師匠の関係、お父さんとの関係、とりあえず端に置いとこう。


「さ、帰りますわよ。なぜこんな場所に来たのかは、拠点で聞かせもらいます――」

「待って、師匠! まだ帰れないよ!」

「?」


 帰ろうとする師匠の両手を取る。

 このまま帰るわけにはいかないから。


「ここから近いダンジョンに、ノエッタがひとりで入って行っちゃったんだよ! 助けに行かなきゃ!」

「……ノエッタって、試験の時にいた彼女かしら」

「そう! 私の友達なんだ……! お願い師匠、一緒に来て!」


 事情を語りつつ、ぐいぐいと師匠を引っ張る。

 すると、私の手の中から、引っ張ってた手が逃げた。

 「あっ」とか漏れるのも束の間、頭の上に箒が落ちてくる。


「あうっ」

「この近くのダンジョンと言えば、“死に留まる白(レガッタ・デ・ブラン)”ですわね? 事情は分かったから、サンロードは大人しく帰りなさい」

「な、なんで!?」

「あそこはレベル6ですもの」


 レベルを聞いて、ゾッとした。

 ノエッタがそんな場所に入ったなんて、考えるだけでも恐ろしい。

 師匠の判断は当然のものだ。


 ……だけど、それでも、私が止めなきゃいけない。

 ここでなにもかも師匠に任せたら、仮にノエッタが助かっても、もう友達じゃいられない気がするから。

 だって彼女は暗い眼をして、まっすぐ私を睨んでいた。


「……師匠、お願い。一緒に行かせて」

「ダメですわ」

「ううん、これは私のせいなの。今すぐあの子に謝らなくちゃ、手遅れになる……」


 会って、ちゃんと謝りたい。

 そして、お礼を言いたいんだ。

 せめてそれだけでも、きっちり伝えられなきゃ……哀しくてしょうがないよ。


 師匠は困ったように眉を垂らすと、上目遣いだった私の顔を覗き込む。

 深い青色を湛えた瞳で、まっすぐ見つめられた。


「なにがあったか知らないけれど、ダンジョンに飛び込んだのはノエッタさんでしょう?」

「え……? そ、そうだよ。だから、早く助けに――」

「冒険者なのだから、危険度の判断くらいは自分ですべきですわ。パトナだけが悪いわけじゃありません」


 ……そう言われると、なんとなく正論っぽい気もするけど。

 いや、でも、そういう判断ができる状況じゃなかったよね……た、たぶん。

 きっとエンヴィにそそのかされたりしたんだろうし。


「で、でもね、師匠! ノエッタは――」

「罪悪感なんかで、身の丈以上のダンジョンに飛び込まないこと。命に関わりますのよ」

「あ、うぅ……」

「それでも、どうしても引き下がれないのでしたら――」


 ふと、師匠の人差し指が、私の胸の真ん中へ置かれる。


「――死ぬ覚悟をしなさい」

「…………っ!」


 触れているだけの彼女の指先が、私の心音を加速させる。

 その時、真剣な瞳に当てられて、問答無用で生死を考えさせられた。

 レベル6という数字から、その顛末もすぐに想像できた。


 6だ。

 甘くない。

 でも、私はノエッタと仲直りしたいんだ。


 仲直りのために、なんで命を懸けられないの?

 友達が死にかけてたら、死んでも助けなきゃダメだろ……!


「おい、パトナ……行くなよ」


 後ろから、ウィングが肩を叩く。

 だけど、もう私の決意は固まった。


「ごめん、行くよっ!!」


 そう言い放った瞬間、私の身体は師匠の腕に抱かれる。

 そして、サンロードのみんなを置いて、一瞬にしてダンジョンへと突入した。


 ✡✡✡


 ダンジョンの中には、街が広がっていた。

 もちろん、そこに活気があるわけじゃない。

 並ぶ民家も、商品のない市場も、すべて白く染まっている。


「……さ、寒いっ……」


 しんしんと降る雪は、私の身体を氷漬けにするべく、悪魔のように踊り続ける。

 こんなに震えている私に構わず、師匠はなぜか平気そうだった。


「ししししっ、師匠はなんで平気なの……!?」

「“グローウィノ”によって、身体が進化しているからですわ」

「そそ、それなに!?」


 口が震えて、うまく喋れないや。

 ていうか、グローウィノって確か、エンヴィも言ってたような?


 私のほうを見て、口を開く師匠。

 その説明が語られかけた時……別のほうから声がした。


「――“グローウィノ”は、テレポーターが創り出す物質のことよ。人間の細胞を超進化させることが出来るから、摂取したものに超人的な力を与えるの。現在の仮説では、摂取者がダンジョンで経験したことを、テレポーター内部でグローウィノへと変換しているらしいわ」


 へぇ、そうなんだ。

 テレポーターって、ダンジョンから帰る時に使う、あの便利現象のことだよね?

 知れば知るほど不思議だなぁ、アレ……


 って、解説してくれたのは誰!?

 振り向くと、そこには――ノエッタが立っていた。


「ノエッタ!! 無事だったんだね!!」

「……ふん。そうね、無事よ…………この辺には、まだ魔物も出ないしね……」

「そ、そうなんだ……! じゃあ今のうちに引き返――」


 急いで彼女の手を引こうとする。

 すると、伸ばした手は、また弾かれた。


「さっき言ったでしょ!? あたしは帰る気なんてないのよっ!!」

「で……でも、危険で……!」

「うるさいっ!! そんなの知ったことじゃないわよ……! あたしはソーマを手に入れて、才能を越えるの……!」


 またしても拒絶されて、私は手を差し伸べられない。

 彼女がこうして意固地になっているのも、元は私のせいなのだ。

 助けたくて追いかけても、少し壁を隔てられただけで、気持ちが萎れてしまう。


 そんな私に代わって、師匠が口を開く。


「ソーマ……それはウワサの産物ですわ。実在しませんことよ」

「なっ……!?」


 その単刀直入な言葉に、ノエッタが動揺する。

 でも、彼女はすぐ、無理やり笑った。


「……ああ、あなた、パトナの師匠さんよね! じゃ、弟子を越えられるのが怖いんだわ!」

「はぁ?」

「パトナは天才だもんね!! 目を掛けてるんでしょ!? そうやって期待してた子が、ただソーマを飲んだだけのあたしに――むぐっ!?」


 言い返すノエッタの口を、師匠は――いきなり手で覆った。

 彼女はノエッタに怖い眼を向けて、静かに言う。


「大変お元気な方ですのね」

「んう…………ッ!」

「夢を追いたいのなら、こんなところで躊躇っていないで、お先にどうぞ。わたくしは止めませんわ」


 ……師匠。

 ど、どう見ても怒ってるよね……でも、ここに来た理由、忘れてない?

 『お先にどうぞ』は、マズいよね……?


 師匠の手を乱暴にどかして、また喋り出すノエッタ。

 身体も、声も、さっきより震えていた。


「……っ、そうする、わよ……!! あんた達なんか、大っ嫌いよ!!」

「ノエッタ!?」


 そうして、彼女はまた走り出してしまう。

 私は追おうとしたけれど、すぐに足が重くなる。

 地面に積もった雪のせいじゃなくて、自分の気持ちが曖昧なせいで。


「……ノエッタ…………」


 さっき、彼女が叫んだ。

 大嫌い……今まで、そう言われたことなんて、一度もなかった気がする。

 胸が抉られるような感覚……こんなに辛いんだな。


 立ち止まった私に、また歩き出す覚悟はできない。

 望まれていない手を、差し伸べる意味はあるのかな……?


「パトナ」

「……師匠?」


 私の隣に、師匠が立つ。

 それだけで、なんだか自分は弱くなってしまう気がした。

 喉の奥にある弱音も、師匠なら受け止めてくれるだろうか。


「……あの子を止めることなんて、私にはできない。ずっと頑張ってきたあの子に、努力の足りない私が言えることなんて……」


 死ぬ覚悟はしても、彼女と仲直りできる気がしない。

 ダンジョンに来た理由を、果たせる自信がない。

 弱音なんて吐いたって、仕方ないのかもしれないけど……


「――言いたいことはあるはずですわ」


 頭の上に、優しい師匠の手が降りてきた。

 見ると、その表情はとても真剣で……静かに力を秘めている。


「言いたいこと……?」


 聞き返すと、彼女の手は頭上を離れて、私の背中を弱く叩く。


「あの子の行動が正しいと思うなら、ここで立ち止まってもいい。けれど、もしも間違ってると思うなら、ちゃんと追いかけなさい」


 正しいか、間違いか。

 そう問われて、自分の中で考えてみる。


 私は、綺麗事みたいな軽い言葉で、ノエッタを傷付けた。

 それはきっと、私の間違いだ。

 でも、ノエッタの言動は……


《現実を見ないために、バカみたいな言葉に頼ってただけよ……!!》


 あの言葉だけは、どう考えても、やっぱり間違ってる。

 だって、ああ言った時の彼女は、とても苦しそうな顔をしていたから。

 無理に作っていた笑いさえ、あの時だけは崩れていた。


 私はノエッタをバカだなんて思ったこと、一度もない。

 現実を見てないとか、一瞬だって考えたことない。

 彼女は楽しそうで、ひとつの目標に一途で、誰よりも輝いていたのだから。


 私は、そんなノエッタのことが大好きだったんだ。

 こんなことで、あの時の彼女を失いたくないよ。


「師匠……ありがとう」


 どんなに寒くても、背中から伝わる師匠の温かさが、すべてを和らげてくれる。

 今、足は動くし、雪なんて白いだけだ。

 迷う必要なんて、最初からなかったんだ……!


「私――絶対にノエッタを止める。あの子を死なせたくないっ!!」


 言い放った時、師匠はポンと背中を押してくれた。

 ほんの少しだけ微笑みながら。

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