#25 ブーリー
折れた枯れ木の上。
倒れ込む私を、エンヴィが見下ろす。
彼はふと、こちらへ手を差し出してきた。
「立てないなら、手を貸してあげようか?」
優しい声で言うけど、わざとらしい。
こんなのはトラップに決まってる。
私はどうにか踏ん張って、自分の力で立ち上がった。
「お前の手なんか……誰がッ!」
「ああ、そう」
すると、差し出されていた手が、私の腹部に翳される。
「う……っ!?」
背中に走る寒気。
すぐに回避しようとしたけれど、間に合わない。
「唄え、短き命……勇気を…………あー、なんだっけ。まあいいや」
中途半端な詠唱。
彼の手には、火球なんて生成されなかった。
その代わりに現れたのは、見たこともない、黒い魔法の塊だ。
ヤバい、また吹き飛ばされる……!
「べいん!」
「うあッ……!!」
黒い魔法は撃ち出され、私のお腹に減り込んだ。
その勢いに連れ去られた私は、背中で枯れ木を突っ切っていく。
さっき開いた切り傷は、今度は私の急所となって、皮膚の内に枝を抉り込ませた。
「ぃい…………ッッ!!」
どれだけ痛みを堪えても、魔法は止まってはくれない。
やがて、枯れ木の中さえも抜けていった。
ダンジョンの冷気が及ばない、普通の森林地帯まで来て――いきなり、派手に弾ける。
「ぐあああぁッ!!」
強烈な爆発が、私の身体を襲ってきた。
音、光、衝撃……エネルギーの拡散が、骨まで砕きにくる。
人ひとりの身体が耐えきるなんて、まず不可能なほどの威力だ。
あえなく地面に打ち付けられる。
全身を苛む痛みは、焼けるように疼いた。
「うっ……く、はァ…………! はァ…………!」
痛い。
熱い。
これじゃ、立ち上がることも……
ううん。
ノエッタを、助けなきゃ……
私は、こんなところで、負けてちゃダメなのに……!
「さすがランク3冒険者。しぶといねぇ」
頭上から声が聞こえてくる。
見なくても、ほくそ笑んでいるエンヴィを想像できた。
力の差は圧倒的で、相手はまだダメージを負ってさえいない。
こっちはボロボロで、あっちには余裕がある。
考えたって、勝てる見込みがないことは明らかだ。
「はは、幾つものテレポーターを潜ったんだろうね……君の身体には“グローウィノ”が満ちているようだ。やっぱり冒険者って良いなぁ! エネルギーの塊だ! 現代の魔法技術だって、冒険者を解剖すれば、もっと発展するだろうに――」
「“う……っ、唄え、短き命! 勇気の欠片、誓いを守れ!!”」
それでも、戦わない理由にはならない!
偶然だろうと、奇跡だろうと、なにかあるって信じるんだ!
「おっ! まだやれるの?」
痛みのせいで、もはや両腕を上げる力はない。
けど、片手だって魔法は撃てる。
火球は右手に現れて、絶え絶えな私の呼吸に合わせて、頼もしい熱を帯びた。
当たれェ!!
「――脈打つ情熱ッ!!」
イメージも、増幅も、相殺も、する余裕がない。
けれど、相手との距離的に外すことは考えられない。
いくらなんでも、これなら当たってくれるはず!!
「凄いねぇ」
――火球は、いとも簡単に弾き飛ばされた。
エンヴィの腕の一振りによって。
「こんなにボロボロになったのに、まだ動けるのか。これもグローウィノのおかげなのかな? もしくは、ただ君が頑丈なだけ?」
「あっ、がァ……ッ!」
喋りながら、私に馬乗りになって、首を絞めてくる。
撃たれた魔法のことなんて、彼にはどうでもいいらしかった。
「魔大陸のやつらにも、君くらいの根性があればいいのに。もし君が災厄の復活を支持してたなら、僕らは良いチームになれただろうね……」
「かはっ……や、め……っ」
「睨むねぇ。僕はずっと、そういう眼をした協力者が欲しかったんだ。それに加えて、手懐けられる程度のザコが望ましいんだけど……そういう意味でも、君は最高だな」
さっきから、ワケ分かんないことばっかり。
ふざけるな。
お前なんか、お前なんか…………!
《こんな短い距離でも、飛ばせるようになるまで一年かけたそうだよ。あれだけの勉強をして、やっとだ……》
どうせこの人は、ノエッタの努力のことなんて知らないんだ。
彼女が頑張ってきたのを、傍観してただけのくせに……!
《ノエッタ……撃ってみなよ》
軽々しく、分かったようなことを言って!
本当にあの子の気持ちを弄んでたのは、コイツだっ…………!!
「あはは、もっと来なよ! 僕を楽しませてくれよ!」
「う、あ……っ」
なんとかして、自縛の金剛星が撃てれば……!
だ、だけど……もう、魔力が…………
動けっ、身体…………!
だめ…………
このままじゃ、殺される……
ノエッタ…………
「“――…………”」
その時、私の耳に、誰かの声が聞こえた。
少し女性的な……
「“……おいで”――死に際の騎士」
大好きな声だ。
刹那、閉じかけた私の眼が、闇を捉える。
エンヴィがそこに閉じ込められていくのを、はっきりと見た。
「なんだとッ!? こ、これは……!!」
彼は私の首から手を離して、身体から飛び退く。
身を起こせない私は、その姿を追うことはできない。
けれど、苦しみの叫びだけは聞こえてきた。
「ぬあ……ッ!! くそっ……ぎゃあああッ!?」
なにが起こっているのか分からない。
それに、私はもう意識がもちそうになかった。
もはや意思もなく、ゆっくりと眼を閉じていく。
ふと、背中に優しい感触が訪れる。
熱い身体でも、温かいと感じられた。
「“遺失、破壊、枯れた花……不感に満ちた者へ、神の指輪を授ける”――無限の清浄」
突然、焼けつく温度に麻痺していた身体が、心地良さを得る。
眠りに落ちかけていた意識が、少しだけ回復していくのを感じた。
どういうわけか、苦しさを感じない。
そのまま、ステキな感覚に身を委ねてみる。
しばらくすると、自然に眼を開くことができた。
どうやら私は、誰かに抱きかかえられていたみたいで……
光の中で、最初に眼が合ったのはラーンだった。
「パトナさん、大丈夫ですか……っ!? 身体は…………!」
「…………? どうして、ラーンが……?」
「集合時間になっても、パトナさんがラウンジに来ないので……みんなで探しに来たんです!」
みんな……ということは。
顔を動かして、姿を探してみる。
期待した通り、周りにはウィングとセンコウが居た。
「……パトナ、後でなにがあったか話してくれよな」
「ござる」
ふたりとも、私を守ってくれるように、両脇に構えてくれていた。
綻ぶ頬とともに、私は頷く。
みんなが助けに来てくれたんだ。
救援に安心しながら、ラーンが施してくれる回復に、もう少し身を委ねる。
その間に新しい疑問が浮かんだ。
ところで、さっきエンヴィを攻撃したのは……
「――ニョッタ・ナグニレン……!! 弟子を殺されかけて、かなりご立腹みたいだね!?」
エンヴィが呼んだ名前は、紛れもなく私の師匠の名前だった。
「……師匠っ!?」
「あっ、パトナさん!?」
その名前を聞いちゃったら、おちおち気持ち良く寝てられないじゃん!
勢いよく上体を持ち上げて、目の前の光景に眼を見張る。
「あら、パトナ。思ったよりも元気そうですのね……安心しましたわ」
こちらをチラッと見た彼女は、麗しい金髪をかき上げながら、すまし顔をした。
びっくりするくらい、いつも通りである。
「し、師匠……! 来てくれ……あっ、それより気をつけて!」
「?」
「そこのヤツ、めっちゃ強いからっ!」
私が慌てて指差すと、彼女の目線はエンヴィに向く。
「ああ……」
な、なんて気のない返事なんだろう。
どうでも良さそうだよ……
そんな師匠を見たエンヴィ。
さっきまで闇に包まれていた彼は、血相を変えて怒りをあらわにする。
「貴様、この僕を舐めているなァ……!? 死ねェッ!!」
そう言い放った彼が、ドーナツ状の平べったい魔法を投げ飛ばす。
それはまっすぐ、師匠の腕に張り付いた。
見たこともない、拘束の魔法だ。
「まあ」
「師匠っ!」
マズいよ!
いくら師匠が強くても、あんな状態じゃ……!
「それは回転することによってマナを増やし、自らの重量を上げていく! じき、貴様は立っていられなくなるのさ!!」
「……相変わらず、卑怯なお方ですこと」
「あははっ、あははははっ!!」
エンヴィの言葉通り、師匠は手から地に屈する。
どうやら本当に腕が重くなっているようだ。
「大丈夫!? 師匠!!」
「死ねェーーッ、ニョッタ・ナグニレン!!」
歪んだ笑みとともに叫んだエンヴィは、その手からいくつもの魔法弾を撃ち出した。
高速で生成される弾は、ひとつ残らず師匠を襲う。
あっという間に、師匠の姿は土煙の中へ消えていった。
「し、師匠ーーっ!」
あんな攻撃を喰らって、無事で済むはずがない。
エンヴィの攻撃は、ただでさえ重いのに……!
居ても立っても居られなくて、考えもなく走り出そうとした私。
「待てよ、パトナ!」
「うぅっ……! ししょお、ししょおー……!」
片腕をウィングに掴まれて、制止される。
それでも、ただ師匠の名前を呼び続けた。
ウソだ。
私が不甲斐ないばっかりに、師匠が……!
こんなの悪夢以外のなにものでも――
「静かになさいな、パトナ。傷が開きますわよ」
「……えっ?」
土煙を箒で払う師匠に、諫められる私。
あ、ちょっとうるさくし過ぎたかな。
って、あれ?
ししょお?
「さ、さっき、なんかヤバい攻撃を……」
「大したことありませんわ」
「いや、でも、重い拘束とかされて……」
「解除しましたわ」
……ぜんぜん効いてないじゃん。
心配する意味、いっこも無いじゃん。
私があれだけボコボコにされた相手なのに。
師匠……頼もしいを通り越して、怖いよ。
「き、貴様……! なぜ生きてる!?」
私と同じように、エンヴィもびっくりしてる。
そりゃそうだよね……アイツと同じ気持ちなのはイヤだけど。
そんなエンヴィに対して、師匠は一瞥を送る。
その後――一瞬にして、相手の前へと移動した。
「“沈黙よ、応答願う”」
「な、なぁっ……!?」
「“愛しい距離、弓渡るガラス玉、唄う瘡蓋と落ちる塔”」
淀みない詠唱から、師匠の頭上に魔法が生み出される。
「“望まぬことを望み、消えぬ命の最期に触れる”」
中心に大きな球体が現れ、その周りを小さな球体がクルクル回りだす。
まるで、巣を飛び回る鳥のように。
「“届かぬ光よ、花を選んで、私に会いに来て”」
「や、やめっ」
「――失われし世廻鳥」
それらは、魔法の名を呼んだ瞬間、高速でエンヴィを狙撃した。
「あ、あぎゃああッ!!?」
威力の凝縮された魔法の粒を、何発も受けたエンヴィ。
身体中に小さな爆発を喰らって、ほぼ戦闘不能に追い詰められた。
けれど、まだ攻撃は終わりじゃないらしい。
最後の一発は、中心にあった大きな球。
私が撃つ脈打つ情熱と同じくらいのサイズだ。
それが、同じ速度でエンヴィを襲う。
着弾すれば、無事で済むはずもない――
「ぎゃアああアあアァァッ!!」
人のものとは思えない絶叫で、エンヴィは魔法の爆散に飲まれた。
凄惨すぎる光景に、私は瞬きをやめられない。
すると、師匠は何事もなかったかのように、こちらに歩いてきた。
衣服の焦げたエンヴィが、背後で倒れかけているのに。
「パトナ、身体は動きますの?」
「う、うん……ありがとう、師匠…………」
「今度からは、こっそり出て行かないこと。どこに行くか伝えてほしいですわ」
呆然としてる間に、叱られてしまった。
そこにラーンが補足を入れる。
「お師匠様が魔力探知してくださったおかげで、パトナさんを見つけられたんですよ」
「へぇ、そうなんだ。なんか、すごいやぁ」
師匠、そんなこと出来たんだ。
てことは、私がどこ行ってるかとか、全部バレるのかな……
やっぱり頼もしいを通り越して、怖いよ。
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