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#24 エンヴィ

「このダンジョンの中には、“ソーマ”と呼ばれる秘宝が眠っているの」


 怯えるような笑みを浮かべながら、そう語るノエッタ。

 その間も私との距離を測って、いつでも動けるように構えていた。


「なんでも、ウワサでは――飲んだ者に絶大なる調和力ハーモニティを与えるそうよ。ふふ……まさに伝説の飲料だわ」


 彼女はその視線を、羽帽子の男へと投げかけた。


「彼が協力してくれるの。あたしと同じく、ソーマを狙ってる冒険者よ」


 怪しく笑うその男は、目深に帽子を被っている。

 どこからどう見たって、信用できそうな人じゃない。


「そのソーマって、ウワサで聞いたんだよね……? 本当にあるかも分からないんだよね?」

「それがなに? どうであろうと、あたしには必要なものよ。力が欲しいの」

「怪しいよ! このダンジョンだって明らかに危険そうだし……! どんな所かは知らないけど、たったふたりで攻略するつもりなの!?」


 とにかく、今は彼女を説得しなきゃ。

 なにがなんでも、こんな怪しい男とダンジョンに入らせちゃいけない。


「ノエッタにソーマなんて必要ないよ。だって、ノエッタはすごく頑張ってるじゃん! ウワサとか、そんなインチキっぽい話に乗らなくても、いつか――」


 歩み寄って、言葉を重ねる。

 すると、それまで逃げ腰だったノエッタが、急に大きな声を上げた。


「――あたしがどれだけの時間をかけたかも知らないくせに……ッ!」

「!!」


 その眼には、どう見ても敵意が感じられた。

 明らかに、私は拒絶されていた。


 どうして……?

 ノエッタ、なんで私を睨むの?


「の、ノエッタ……!」

「あんた、なにを知ってるつもりなの!? 味方ヅラして近付いて、簡単に友達とか言って……あたしの覚悟をジャマしないでよッ!!」

「ジャマ……!? そ、そんなこと……!」


 待ってよ……覚悟ってなにさ?

 この危険そうなダンジョンに、無謀に飛び込むこと?

 ジャマしてるつもりなんてない……私はただ、ノエッタを止めたくて……!


「あんたみたいな天才に、あたしの気持ちなんて分かるわけない……! どれだけ努力したところで、あんたほどの力が手に入るはずないの! 才能を軽く見過ぎだわ!」

「で、でも…………努力は報われるって、そう言ったのはノエッタでしょ!?」

「…………ッ、あんなの!! ウソよ……!!」


 顔を歪めて、彼女はそう言い切った。

 私には、そんなこと……信じられない。

 あの時、眼を輝かせていた彼女の言葉が、ウソだったなんて思えない。


 けれど、私の縋るような想いを、他でもない彼女自身が踏みにじった。


「現実を見ないために、バカみたいな言葉に頼ってただけよ……!!」


 違う……

 そんなの、ノエッタが本当に思ってる事じゃない。

 私の見てたノエッタは、バカなんかじゃなかった。


 言葉を返そうとして、口を開く。

 その時――


「君が現れなければ、ノエッタは今も努力を続けていただろうね」


 いきなり帽子の男が喋った。

 私とノエッタの間に割り込んだ彼は、大げさな身振り手振りで話す。


「時間をかけて、必死で頑張ってさえいれば、いつか報われる……努力に期待する人間は、誰でもそう思うさ」


 薄笑いを浮かべて、流暢に口を動かす。

 その眼はいつでも、私を嘲っていた。


「だけど、現実は違う……才能のない人間は、君のような才能の塊に出会うと、どうしようもなく無力だ」


 才能……そんなの、関係ないじゃないか。

 私は今まで、才能で魔法を扱ってきた覚えはない。

 ……もしもノエッタの言うように、仮に私が『天才』だったとしても……才能なんかで試験をクリアしたわけじゃない。


 私には、ノエッタのような努力が足りてなかったんだ。

 試験に合格できたのは、間違いなく努力のおかげ……!

 ノエッタが教えてくれた、諦めない気持ちのおかげだった!!


「あなたの言ってることは間違ってるよ!! 才能なんかあったって、なにも頑張れないなら意味ないんだ!! 報われるのは、必死に頑張った人だけ――」

「いやぁ、天才はいいねェ!!」

「!?」


 振り絞った私の声を、帽子の男は最後まで聞かなかった。

 彼はノエッタのほうを振り返ると、その横顔に歪な笑みを浮かべる。


「ノエッタ……撃ってみなよ」

「え……? で、でも……」

「いいから。この無自覚な天才に、才能の差ってやつを思い知らせてあげよう」

「…………下らないけど、名案かもね……」


 ノエッタは静かに頷いて、私に人差し指を向ける。

 なにをするつもりなのかと、質問する隙もなく――彼女は眼を瞑る。


「“……唄え、短き命。勇気の欠片、誓いを守れ”――脈打つ情熱(フレイム・ヴェイン)


 その魔法は、明らかに私を狙っていた。


「の、ノエッタ!? やめてっ!」


 彼女の指先に、小さな火球が出来上がる。

 それは詠唱が終わると同時、勢いよく撃ちだされた。


「……!!」


 危険を感じて、私は咄嗟に伏せる。

 眼を瞑って、頭の上を魔法が通り過ぎるように願いながら。


 ――けれど、いつまで経っても、着弾の音は聞こえてこない。

 伏せた頭を上げるタイミングは、待っていても来なかった。

 恐る恐る、眼を開けてみる。


「……前に言ったでしょ、パトナ。あたしの魔法は、本を燃やせるかも怪しいって」


 ふと、彼女の悲しそうな声が聞こえる。


「…………こ、これって……!?」


 私が見たのは、まるでホタルのような、とても小さい火の玉だった。

 それはフラフラと前進するけれど、勢いはだんだんと衰えていく。

 やがて、始めから無かったもののように、フッと消えた。


 さっきまで火の玉が飛んでいたあたりを、呆然と眺める。

 すると、その位置へ羽帽子の男がやってきた。


「こんな短い距離でも、飛ばせるようになるまで一年かけたそうだよ。あれだけの勉強をして、やっとだ……」


 そう言う彼の視線は、さっき私が折った、凍った枯れ木の幹へ注がれていた。


「パトナ、君はすごいねぇ。少し頑張っただけで、もうアレだ……」


 折れた幹を見た瞬間、自分の言ったことが、根本から折られるような気がした。


 ノエッタが魔法の威力を気にしてるって、初対面の時に聞いたはずだ。

 なのに私は……あんなことを、無遠慮にしてしまったのだ。

 試験の時も、今も。


「凡人を遥かに超えているよ、君の魔法的素養は! これを天才と言わずして、なんと呼ぼうか!?」

「ち、違う……ノエッタ、私は…………そんなつもりじゃ」


 あなたを傷付けるために、こんなことをしたんじゃない。

 そう言いたくて、ノエッタのほうを見た。


 だけど、言い訳なんてする権利は、私にはないのだと分かった。

 こちらに背中を見せるノエッタは、地面に雫を跳ねさせて、ただ黙っていたから。


「あーあ……君は友達を泣かせてしまったみたいだね。まあ、それも当然か」

「…………ッ」

「天才なんだ。凡人の彼女を追い詰めたって気が付くわけがない。壁を見せつけて、努力が正攻法じゃないってことを教えても、まだ綺麗事を言えるんだろう?」

「そ……そんな、こと…………っ!!」


 見知らぬ帽子の男に詰られても、なにも言い返せない。

 今、こうして言われていることに対して、口を開くことができなかった。


 どうすれば……どうすればいいんだろう?

 こんな風になって、私に言えることなんて……


「――……エンヴィ、あとは任せるわ…………」

「ふふ、いいよ。ノエッタは先に行くといい」


 下を向いていた私は、走り出すノエッタに気付けなかった。

 彼女はダンジョンへと入っていく。


「あっ、ノエッタ……!? 待っ……!!」


 慌てて追いかけようとした。

 けれど、目の前には羽帽子の男が立ち塞がる。


「そういえば、自己紹介がまだだったね? 僕はエンヴィ・チャイプリム」


 彼の相手なんか、悠長にしてる場合じゃない。

 構わず横を抜けようとした――その時。


「――うあぁッ!!?」


 私の身体に、突如として衝撃が襲いかかる。

 なにをされたかも分からないまま、後方へ吹っ飛ばされた。


 死んだ森の渦中を飛んで、凍った枯れ木に身を切られる。

 悲惨な痛みの末、止まった地点は、やはり渦中に過ぎなかった。


「う、痛ァ……っ」

「あれ? まだ本気でやってないのに、大げさなんだね……」


 立ち上がれない私に、彼は一瞬で追い付いてくる。

 かなり飛ばされたと思ったのに、ほとんど瞬間移動だ。

 どうなってるのか分からない。


「参ったな。これから君の力を見せて貰おうと思ってるんだけど……」


 血だらけの私を見下ろして、また嫌な笑みを浮かべてくる。


 くそ……!

 こんなヤツに好き放題やられてたまるもんか!

 私はノエッタを助けにきたんだ……っ!


「“唄え、短き命ッ! 勇気の欠片、誓いを守れェ!”――脈打つ情熱(フレイム・ヴェイン)!!」


 咄嗟に両腕を突き出して、力の限りの魔力を捻出する。

 すると、一気に増幅した魔法は、支えきれないほどの大きさになった。

 コントロールするとか、そういう問題じゃないレベルにまで。


「なにッ!?」


 エンヴィはすぐに避けようとした。

 さっきの瞬間移動が、どれくらいの距離まで逃げれるのか知らないけど……

 これが爆発したら、生半可な逃げ方じゃ意味がない。


「これで、どうだァ……!!」


 これでもかってくらい、とにかく魔力を流し込む。

 すっからかんになったって、エンヴィさえ倒せれば構わない。

 この爆発に巻き込まれたって、私は絶対にノエッタを助けに行ってみせるんだ!!


 さっき受けた身体の痛みが、荒れ狂う魔力の流れで、イタズラに熱を持ち始める。

 ダメだ、このままじゃ……じゃないっ、絶対にノエッタを……!

 ありがとうって言わなきゃ!! ごめんなさいって言わなきゃ……!!


「……ふふ、確かに。これじゃ逃げても仕方なさそうだな」


 半身になって逃走しかけていたエンヴィが、ふと身体を戻す。

 彼はなにかを諦めたように笑うと、膨らんでいく火球に手を当てた。


「え……? 一体、なにを――」


 私の疑問には、すぐに解答が与えられた。

 もはや爆発寸前まで膨張していた火球が、いきなり萎み始めたことによって。


「え!?」


 なにが起こっているのか、見当もつかない。

 けれど、緊急事態だ。

 このまま魔法が無くなったら、戦う方法が……!


「天才の君に、ひとつ面白いことを教えてあげるよ」

「う、うるさい……っ!!」

「相殺という技術はね……なにも不純なマナを取り除くだけじゃないんだ。使い方によっちゃ、こんなふうに……」


 やめろ。

 私の魔法を、勝手に消すな。


「魔法自体を構成してるマナに、アンチマナをぶつけることによって、魔法そのものを消滅させることが出来る。コントロールに気を取られてると、なかなか思いつかないだろう?」


 すでに私の呼吸と同化している魔法に、嫌なマナが流れ込んでくる。

 死んでいく魔法の鼓動が、痛みとなって私へ流れ込んできた。


「う、うああああっ!?」

「おっ? あはは、これも面白いな! そうか、君は調和力ハーモニティが高過ぎるから、魔法の消滅に痛みを感じてしまうんだね!」

「や、やめ、ろぉ…………!!」


 抵抗しても、絶え間ない痛みに耐えきれない。

 そして、ついに私は、自分の魔法を手放してしまった。

 その瞬間、制御を失った魔法は、見た目にそぐわない小さな爆発を起こす。

 とっくの前に、主要なマナを殺されていたのだ。


 色の付いた霧みたいに、空気へと混じっていくマナ。

 それを手で払いながら、エンヴィは余裕の表情を見せた。


「で?」


 なんの覇気もない、飄々とした声。

 それだけで、私は直感させられた。


 勝てない。

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