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#23 ハーモニティ

ブクマ・評価、嬉しいです。

ありがとうございます。

 街も眠る時間。


「…………」


 私はベッドから起き上がって、窓の外を見る。

 夜明けの空には、曖昧に暮れる青が広がっていた。


 眠れない。

 浅い眠りだ。

 ロクな夢も見なかった気がする。

 フシギなことに、内容は覚えてないけど。


 もう一度寝ようとしても、きっとムダだろう。

 こういう時は気分転換するのが一番なのだ。


 陰る雲に誘われて、私はなんとなく、外出用の服に着替える。

 師匠から借りた外套を羽織って、寒くないように準備した。


「……ちょっと散歩してくるね、師匠」


 まだ寝ている師匠に、小さな声でそう告げる。

 こっそりと扉を開けて、物音を立てないように外へ出た。


 ✡✡✡


 まだ夜も明けきってないけれど、街は半覚醒って感じだ。

 ちらほらと起きている人たちを見かける。

 私のようにのんびりしてる人もいれば、なんだか忙しない人ともすれ違う。

 こんな朝っぱらから、もう働いている人もいるんだなぁ。


「――よっと!」


 街角を曲がると、弓なりの石橋。

 あっちの通りと、こっちの通りを繋いでいる。


 気まぐれに飛び乗ってみると、少しだけ楽しい気分になった。

 河川はサラサラと流れて、夜明けの底を彩っていた。


 それなりに長い橋を渡りながら、河川を眺め……ながら、考えごとをする。

 ボーっと、思い出すように。


《あんたは勉強も頑張ってたし――》


 昨日のノエッタは、どうしてあんなに苦しそうだったんだろう。

 頻りに銀のペンダントを触って、気持ちを抑えているようでもあった。

 あの仕草のきっかけは……きっと、私の魔法だったのだ。


 魔法。

 試験は合格だったけど……

 合格できたのは、紛れもなくノエッタのおかげだ。

 そりゃ頑張ったのは自分だけど、ノエッタが居なかったら、そもそも頑張れなかった。


 そうだ。

 私、まだノエッタにお礼も言えてない。

 今日は図書館にいるかな……パーティの集合時間までに、会いに行ってみよう。


 そう決めて、ちょうど橋を抜ける。

 通りは淡く照らされることで、より影を強めていた。

 頭の上で、微々たる明滅を感じる……緩やかな点滅が、私を弄ぶ。

 大小の陰りに惑わされながら歩くのも、非日常って感じだ。


 民家と民家が、互いに寄り添うような形で建っていた。

 おかしな感想かもしれないけど、仲の良い友達みたいで、少し微笑ましい。

 この街が美しく見えるのは、こういう些細な景色のおかげだと思う。


 陽はだんだんと昇り始めて、影を退かせていく。

 そろそろ本格的に夜が明けるらしい。


「気分も良くなったし、帰ろっかな」


 ちょっと外套が暑くなってきた。

 あまり遅くなっても、師匠に心配をかけるかもしれない。

 そう思って、進行方向を反転させる。


 ちょっと戻ると、またさっきの石橋に出くわした。

 今度は普通に通ろうかな……なんて考えていると――


「……あれ?」


 石橋の向こうには、街の出口が見える。

 この通路をまっすぐ行けば、そのうち外へ出られるのだ。


 そんな直線の光景に、見覚えのある後ろ姿を確認した。


「ノエッタ?」


 赤みの強いオレンジの髪と、特徴的なポニーテール。

 紫寄りの赤い服とか、髪色に似たチェック柄のスカートとか、見覚えしかない。


 そんな彼女の隣に、またも見覚えのある人物。

 というか、謎の羽があしらわれた帽子に、既視感があるだけだ。

 どことなく怪しい……気になった私は、急いでふたりに近づく。


「あのふたり、どこ行くつもりなのかな……」


 あの帽子の人、たしか……そうだ!

 学園の廊下で、私に話しかけてきた変な人!

 努力なんてムダだよ! とか言ってた人だよね。

 どうしてあんな人と一緒にいるの、ノエッタ?


 考えながら走る。

 そんな私に構わず、ふたりは街の外へ歩いて行った。

 まだ会話の内容も聞き取れない距離なのに。


「や、ヤバい! 待って!」


 頑張って追い付くために、ひた走る。


 けど、その時、ある考えが過った。

 あんなに怪しい人物に、不用意に近付いたら良くないのでは?

 もしも急に襲われたりしたら、それこそ危険なような?


 いや、だとしたら、ノエッタのほうが危険な状態?

 まあ今のところ、謎帽子さんは彼女に手を出してない。

 少なくとも、まだ襲ったりするつもりはないようだ。


 となると、私が「待ったー!」なんて飛び出すほうが良くないかも。

 そうだ。きっとあの人、誘拐犯かなにかだ。

 ノエッタが人質に取られてる可能性だってある。


「よ、よし……それなら作戦はひとつ!」


 隠れながら追跡して、ノエッタが危なくなったら魔法を撃とう!

 いつでも助けに入れるように!


 考えをまとめて、身を隠しつつ追う。

 私も街を出て、そのままふたりの足取りについて行った。


 ――そうして、陽が登りきった頃。

 彼らはあるダンジョンの前で立ち止まる。


 森の奥、凍った枯れ木の並ぶ場所。

 その周辺には、冷たい空気が充満していた。

 きっとダンジョン内部から漏れ出しているものだ。


 洞窟のような入り口。

 名前も知らないものの、危険な空気だけは十二分に感じ取れる。


 隠れながら移動して、かなり運動した私。

 もうヘトヘトだった。

 でも、腕だけは前方に構えている。

 羽帽子さんを狙撃する準備はバッチリだ。


「…………ここが、目的の――なの?」

「そうだよ。君の――は、この奥だ」


 かなり近付いたおかげで、羽帽子さんとノエッタの会話が聞こえた。

 多少聞き落としもあるけど、だいたい分かる。

 おそらくだけど、やっぱりふたりはダンジョンに用があるらしい。


 よし……この距離からなら、いつでも当てられそうだ。

 ノエッタに手を出したら、ただじゃおかないぞ。


「それじゃ……行きましょう」


 って、ノエッタ!

 そんな簡単にダンジョンにへ入っちゃうの!?


 ダンジョンの中に入られたら、特に装備も固めてない私じゃ、深追いできない。

 い、今しかない! 止めるチャンス!

 よ、よく分かんないけど……怪しいから、とりあえず撃つっ!


「“唄え、短き命! 勇気の欠片、誓いを守れ!”――脈打つ情熱(フレイム・ヴェイン)っ!」


 眼を瞑って、イメージ!

 魔力と流れを合わせて、増幅、相殺……!

 そして、撃ち出す!


「やあッ!!」


 飛び出した火球は、まっすぐ羽帽子の男へと向かっていく。

 かなりのスピードで、避けることは不可能に思われた。


「――誰だ!?」


 けれど、その予想は外れる。

 狙った羽帽子は、大きく横にズレたのだ。

 その結果、火球は凍った枯れ木のひとつに衝突して、爆散を起こす。


「う、うぅ……っ!」


 衝撃がこちらまで飛んでくる。

 幸い、自縛の金剛星(ジュピター)ほどの威力はないから、遠くまで吹き飛ばされることはない。

 とはいえ、かなり踏ん張らないと、身体を持っていかれそうだ。


 私より魔法の近くにいた羽帽子の男は、後ろ足で身体を支えながら、両手で帽子を押さえる。


「くっ、なんて威力だ……っ!!」


 ダンジョンの洞窟状の入り口にいたノエッタには、衝撃は当たらなかった。

 計算はしてないけど、結果的には彼女を襲わないで済んだらしい。


「パトナ……!?」


 彼女は私の存在に気付くと、驚きの表情を見せる。

 なぜここに? って、そう言いたいのだろう。

 だけど、訊きたいことがあるのは私のほうなんだよね!


「ノエッタっ! そんなダンジョンに、なにしに行くつもりなの!?」


 そう問うと、また苦しそうな顔をした彼女。

 眼を逸らして、ぎりぎり聞き取れるような声量で喋る。


「……あんたに――でしょ」

「え!?」


 ダメだ、ちゃんと聞き取れない。

 もっと近づいてみる。

 すると、彼女は余計に身を引いた。


「今、なんて言ったの?」

「……! 何度でも言ってあげるわよっ!」


 怒るノエッタは、声を張り上げた。

 私は耳を澄ませて、その声を拾おうとした。


「あたしがどこに行こうが、あんたには関係ないでしょ!?」


 ――聞こえてきたのは、拒絶の言葉。

 前よりも明確なものだった。

 だけど、それが本心でないことは、すぐに分かった。


 本気で言ってるなら、声が震えたりはしないから。


「関係ある! 友達が危ないことしようとしてるなら、止めるのは当たり前だよっ!」

「…………っ!!」


 こちらが歩み寄るたびに、ノエッタの足は退いていく。

 まるで逃げようとしているみたいに。

 その右手で、また銀のペンダントを握りしめていた。


 不意に彼女は、無理をするみたいに笑う。


「……パトナ。今の魔法、大したものね」

「え……?」

「あれが脈打つ情熱(フレイム・ヴェイン)だなんて、正直言って信じらんない。あんな威力は見たことないもん」


 なにを言おうとしているの?

 きっと、私を褒めているわけじゃない。

 そんな明るいニュアンスは読み取れない。


 こちらに向いた彼女の瞳は、どこかくすんだ色をしている。

 前髪の影のせいだろうか?


「まだ教えてなかったけど――知ってる?」

「ノエッタ……?」


 なぜ、ノエッタの瞳から敵意を感じてしまうのだろう。

 そんなこと、思いたくもないのに。


「魔法の威力を決定するのは、増幅による底上げと、魔法の質だけじゃない。そんな誰でも操作できるものより、もっと重大な要素があるのよ」

「ねぇ、なんの話をしてるの!?」

「最も大事なのは調和力ハーモニティ……魔法に流れる魔力を、自分の呼吸と調和させる才能。これさえあれば、増幅なんてするまでもなく、魔法の能力を最大まで引き出せる」


 語る彼女の、なにかを堪えるような眉の痙攣。

 次に口を開いたとき、それは決壊した。


「――あたしじゃ絶対に無理よッ!!」


 それは悲痛な叫びで、私の鼓膜を揺らす。

 悲壮に暮れるノエッタの表情は、今にも泣き出しそうだ。

 そして、また言葉を続ける。


調和力ハーモニティを手に入れたいって、何度願ったか分からない……! 私には無かったのよ、そんなものっ!! どれだけ必死に勉強したって、その事実は変わらなかった!! 暗唱できそうなくらい読みこんだ文章を、それでも読み返して……新しいことも頑張って学んで、練習して……! だけど、なにをしたって…………っ!!」


 彼女の抱えていた気持ちが、行き場もなく爆発していた。

 その声が周りに響いて、ただ私は立ち尽くしてしまう。


 魔法について楽しそうに語るノエッタと、今の彼女は正反対だ。

 当てられた気持ちの波に、驚くことしかできない。


 そんな時、ノエッタが少しだけ冷静さを取り戻す。

 そして彼女は、また無理に笑った。


「でも……そんな苦しみも、今日でおしまいなのよ」


 声に、なにか忌まわしい気配を感じる。

 この先、彼女が言うことは――きっと、苦しみの中に続いている。

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