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#22 パス オア フェイル

 キレイに積み重なった石の壁が、魔法の暴威に削られる。

 私の放った球体は、スピードを衰えさせることもなく、ただまっすぐに進んだ。


 少なくとも、私にはそう見えた。

 けれど、次の瞬間――右側の壁に接触して、大爆発を起こした。


「――ッ!!」


 衝撃が襲いかかってくる。

 とっさに伏せて、吹き飛ばされないよう、地面にへばりついた。

 だというのに、あまりにも強い魔法の波が、身体を煽ってくる。


「う、うわっ…………!?」

「きゃ……!? ちょ、パトナ!!」


 あえなく後方へと飛ばされた私は、とにかく手の届くものへ掴まった。

 それはノエッタの服だったらしい。

 必死で踏ん張ってた彼女は、飛ばされていく私に引かれて、一緒に転がった。


「ぎゃーっっ」

「いやーっ!?」


 身体を止める方法もなく、どんどん奥へと飛ばされる。

 色んなところへ身体をぶつけながら、ふたりで足掻いた。

 なににも掴まれなかったけど、そのうちに衝撃は止んだ。


「い、いてて……」


 頭をおさえつつ、後ろを振り向くと……そこには壁。

 あともう少し転がってたら、ここにぶつかってたらしい。

 ギリギリで止まることができたのは、不幸中の幸いってやつ?


「うっ……パ、パトナ…………」

「あっ、ノエッタ!」


 隣で身体を起こすノエッタ。

 垂れ下がった前髪越しに、私を睨んできた。

 こ、怖い……


「え、えっと……その、止まろうとして……つい……!」

「そんなこと、どうだっていい……」

「う、うわあっ!」


 彼女はいきなり、私の胸倉を掴んでくる。

 そうして、緑色の瞳を大きく見開いた。


「今の魔法……! 本当にあんたが使ったの!?」

「えっ? う、うん……見てたよね?」

「…………ッ!! 信じらんない…………っ」


 な、なにを訊かれてるのか分からないけど……

 どうしてノエッタは、こんなに焦ってるんだろう?

 苦しそうな顔……怒ってるんじゃないの?


 彼女は私から手を離す。

 スッと立ち上がると、ひとりで元の場所に歩いて行った。


 なんか違和感がある。

 けど、ノエッタの態度を気にしてる場合でもない。

 すぐに試験を再開するため、私も慌てて戻った。


 ✡✡✡


 再び定位置について、詠唱の準備をする。


「一発目は外れですわ、パトナ」

「わ、分かってるよ」

「次。早くしなさい」


 師匠はまったくダメージを負った様子がない。

 防御したのだろうか。

 でも、あれだけの衝撃があったのに……どうやって?

 まあ、師匠ならなんでもアリかな。


 様子のおかしいノエッタも、また私の後ろで見ている。

 ちなみに、さっきと比べて、かなり距離を取られてしまった。

 同じ目に遭わないためだろう。


 いや、もう失敗しないから、無意味だけどね……!

 よしっ!!


「“夢錻力、紫苑の花! 覗けば見落とし、掴めば旗……谷底に咲く、濡れた咆哮!”――自縛の金剛星(ジュピター)っ!」


 まずはイメージ!


 さっき逸れたのは、おそらく投げ方が悪かったせいだ。

 決してイメージが中途半端だったわけじゃない。

 だから、さっきの通りやるだけ。


 そして、相殺!

 この魔法は相殺が肝心なのだ。

 できるだけ軽く、短時間で作業を終わらせる!

 魔力の流れに身を委ねる!


「よ、よっし……っ! あとは、投げる、だけぇっ」


 コントロール!


 魔法を扱うのに重要なのは、強い精神力。

 絶対に成功するって信じなきゃ、当たるものも当たらないのだ。

 私は絶対に、この試験をクリアしてみせるんだ!!


 師匠の居る場所を、きちんと見据えろ!

 まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ……!!


「おっ、おんどりゃあああーーーッ!!」


 ブン投げる球体。

 本日二度目の投球!

 お願いだから、どうか当たってください!!


 まっすぐに進んで、壁を抉る魔法……威力は上々。

 魔法の流れも悪くなかった……質もかなり上手く調節できたと思う。

 あとは、私の投球がどれだけ精細にできたか!

 私がどれだけ、心を強く持つことができたか!!


 周りの壁は、最初のやつが抉りまくったおかげで、ほとんど邪魔してこない。

 そのおかげか、さっきよりも良い勢いのまま、魔法は進んで行った。

 誰の手も借りずに、いつの間にか点火していた蝋燭も、またまた吹き消されていく。


 ここも失敗したら、またノエッタに迷惑かかるし!

 終わりになってくれたら嬉しいなぁっ!?


「……“描くは黄金の海……”」


 ギュッと手を合わせていると、魔法が起こす破壊音の中で、師匠の声が聞こえた。

 まるでマナの振動を伝うように、小さな声が届いてくる。


 この魔法は覚えてる。

 ゴブリンに襲われた私を助けてくれた……


「“振れぬ手で芯に触れ、優しい嘘を温めよ。おいで”――死に際の騎士(リヴィング・デッド)


 詠唱が終わる。

 その時、まっすぐに飛んだ自縛の金剛星(ジュピター)が、師匠へぶつかろうとしていた。

 だけどそれは、私の瞬きの間に――夜空のような、黒い闇に包まれる。


 やがて、あれだけの破壊をまき散らしていた球体は、跡形もなく消え去った。

 神秘的な闇は、風景へと静かに溶けていく。

 まるで魔法を焼き尽くしたかのように。


「……え、え? これ……」


 当たってないけど……

 でも、まっすぐは撃てたんだよね?


 ポカンとしてると、師匠がこっちに歩いてくる。

 箒を手入れしながら、彼女は私の前へ、ゆっくりと近付いてきた。


「パトナ」

「は、はいっ」


 目の前までくると、おもむろに私を呼ぶ師匠。

 これからなにを言われるか……合格か、不合格か?


「――一発目で当てて欲しいですわ。コントロールが右に逸れすぎですわよ」

「えぇっ!? それって、もしかして……」

「まあ、合格ですけれど」

「や、やったー……って、なんか嬉しいような、嬉しくないような……」


 私の気持ちを弄ばないでよ、師匠。

 まあ、なにはともあれ合格……!


「お気に召しませんの? では、不合格にしてさしあげましょう」

「ちょっ、なんで!? 合格でいい!! わ、わーーーいっ!!」


 なにはともあらず合格だよっ!

 相変わらず厳しめの師匠だけど、とにかく合格にしてもらえた!

 めでたい以外に、なにもないよね!!


 嬉しさのままに、私は後ろを振り返る。


「おーいっ、ノエッターーー!!」


 手を振りながら、めっちゃ遠くにいるノエッタに駆け寄った。

 私が近付くのを見た彼女も、立ち上がって歩いてくる。


「合格だよ! 見た? イエーイっ!」

「…………おめでと」


 合流と同時に、ハイタッチを試みる。

 でも、なぜかノエッタは暗い顔をして、反応してくれない。

 言葉では祝ってくれたけど、俯いたままだった。


「の、ノエッタ……? どうしたの?」

「なんでもないわよ」

「どこか体調が悪いとか?」

「なんでもないってば」


 熱を測ろうとして、おでこに手を差し伸べる。

 すると、彼女はそれを手の甲で弾いて、拒絶した。


「……あんたは勉強も頑張ってたし、当然の結果よ」

「う、うん……ありがとう?」


 どうして眼を合わせてくれないんだろう。

 せっかく褒めてくれるのに、素直に喜んでいいのか分からない。


「それじゃ、あたしは帰るから」


 冷たく言い放って、彼女は身を翻した。

 引き留めようかと考えたけど、さっき拒絶されたこともあって、できなかった。


 私はまた、師匠のほうを見る。


「師匠。ノエッタ、なにかあったのかな」

「さあ。友達なら、後で話せばいいんじゃないかしら?」

「う、うん」

「とにかく、試験が終わったからと言って、勉強を怠らないように」

「もも、もちろんっ!」


 ノエッタのことは気になるけど、試験はクリアだ。

 よーし、すぐにでもサンロードのみんなに報告しないと!


 ✡✡✡


 夕方。

 みんながクエストから帰ってくるのを待って、ギルドにスタンバイ。

 ラウンジの入り口を眺めながら、イスに座ってのんびりする。


「……ノエッタ、どうしたんだろう」


 のんびり、したい。

 でも、さっきのノエッタが気になってしまう。

 彼女はどうして、あんなに苦しそうな顔をしてたんだろう。


《当然の結果よ》


 あれは私を祝ってくれただけ……言葉だけなら、そう捉えても良さそうだ。

 だけど、あの表情は、そういう明るい気持ちだけじゃなかった。


 ノエッタは嬉しい時、メガネを触る。

 照れ隠しするときは、俯いて頬を赤く染める。

 でも、今日はどちらでもなく、首から下げた銀のペンダントを握っていた。


 なにか不安を感じているように見えた。

 なんだろう?

 そうだ……あの子、たしか私の魔法を見てから――


「……パトナさん?」

「ひえっ!?」

「あ、ごめんなさい……」


 悩む私に声をかけたのは、シスターベールがよく似合うラーン。

 その後ろには、ウィングとセンコウが立っていた。


「か、帰ってきたんだ! おかえり!」

「ええ。それより、どうかしたんですか……? とても真剣な顔をしてましたよ」

「えぇ? そ、そうかなぁ……」


 隠すこともないけど、話すほどでもない。

 いや、ノエッタのことは私だけで考えればいいよね。

 それより! ハッピーニュースを伝えなきゃ!


「でさっ、みんな!! 聞いてよっ!!」

「きゃっ」


 いきなり大きな声を出したら、ラーンにびっくりされた。

 ので、もうちょっと音量を絞る。


「聞いてよ、みんな」

「なんだよ、パトナ。あ、もしかして別れの挨拶じゃ……」

「ふふーん、逆だよ。私のこと見くびりすぎ!」

「あ? んじゃ、お前、もしかして……」


 ウィングの驚いた顔……しめしめ、予想外だったらしいぞ。

 今から発表するから、泣いて驚け!


「実は私!! 合格したんだーーっ!!」


 もっかい声の音量を上げて、盛大に発表する。

 うーん、周りからの拍手が聞こえてくるよ!

 わーっ、パトナ・グレム! バンザイ!


 一番最初に反応したのはラーン。

 彼女はパッと明るい顔になって、こちらへ抱き着いてくる。


「パトナさんっ!!」

「う、うひゃあっ!? ラーンってば!」

「また一緒に冒険できますね……! 本当に良かった……っ!」


 あ、ちょっと涙声になってる。

 えへへ……なんか照れるかも。

 でも、嬉しいな。


「パトナ殿、天晴でござる」

「アッパレ? どういう意味?」

「見事という意味でござるよ」


 センコウも褒めてくれた。

 どうせならセンコウも抱き着けばいいのに。

 そしたら、ちょっと面白い……けど、本当にやられたら怖いかも。

 うん、アッパレだけでいいや。


 ふとウィングに眼を向けると、彼は腕を組んで、後ろを向いていた。

 なにやってるんだろう。


「ウィング? どしたの?」

「……なんでもねーよっ」

「あ! もしかして、感動してる?」

「してねぇ! とにかく、サンロード続行だってんだよ!!」


 まったく、ウィングってば素直じゃないなぁ。

 それくらい隠したってお見通しだよ。

 伊達にパーティ組んでないんだから。


「パトナさん! 明日から復帰ですか?」

「うん、その予定だよ」

「よっしゃ、これで高レベルのダンジョンに行けるな!」

「……貴様のお守りもせずに済むでござる」

「あ!? なんか言ったか、センコウ!!」


 よーし、明日からもまた頑張ろう!

 久しぶりの冒険だし、気を引き締めて……


「…………」

「パトナさん?」

「あっ、ううん。なんでも」


 うっかり考え込む私に、心配そうな顔をするラーン。

 それを誤魔化しながらも、頭の中ではノエッタのことを考えていた。


《なんでもないわよ》


 今の私と同じように、彼女もなにか誤魔化したのかな。

 なにを考えてたんだろう、ノエッタ……

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