#21 オーディール
ノエッタとの勉強のおかげで、まっすぐ魔法を撃てた。
それからというもの、私は図書館とダンジョンを行き来する毎日を送った。
「それじゃ、今日は魔法制御の基本からやるわよ」
「うん、先生!」
「や、やめてよ……」
口ではそう言いつつ、ちょっと照れてるノエッタ先生。
彼女は頭が良くて、おまけに教え方がとても上手だ。
あまり飲み込みが良くない私にも、分かりやすい要約で話してくれる。
「パトナは“増幅と相殺”って知ってる?」
「なにそれ?」
「簡単に言うと……増幅は魔法の威力を高める技術で、相殺は魔法の質を高める技術ね」
ノエッタは話しながら、緑色したメガネのブリッジを、クイクイと上下させる。
これは彼女のクセらしくて、魔法の話をしている時はいつもこうだ。
多分だけど、楽しくて仕方ないのだろう。
度があってないワケじゃない。
「前提の話をするわ。よく聞くのよ」
「うんっ」
「まず、魔法とは、大気中のマナが集まって出来るものなの。この世には、大抵どこにでもマナが漂ってるわ。だから魔法も色んな場所で扱える」
「うんっ」
「だけど、たとえ同じ魔法でも、質や威力は場所によって変わる。なぜなら、大気に含まれているマナの比率や濃度は、場所によって違うから」
回されていたノエッタのペンが、私のほうへビシッと向けられる。
「生成される魔法の質が変わると、どうなると思う?」
「え? うーん……イヤな気持ちになる?」
「バカね、違うわよ。正解は、魔法を制御する感覚にズレが生じる……」
これ系の質問、まだ一回も正解したことない。
たまには簡単な計算問題でも出してくれればいいんだけど。
1ボゼルン+1ライヴァーズ=11ボゼルンだよ!
「こういう感覚のズレは、それに慣れれば制御しきれないこともない。でも、魔法を使うダンジョンなんて決まってないし、いちいち下見に行くわけにもいかないでしょ?」
「うんっ」
「だから、増幅と相殺って技術が必要になってくるの。これは魔法陣には無い、詠唱者の感覚を補助するための技術よ」
右手も左手も、パラパラと本を捲っている。
どうやって読んでるか分からない、ノエッタの特殊技術だ。
それぞれの眼が反対の方向に……ってこともないけど、じゃあなおさら、どうやって読んでるんだろう。
で、その手が同時にピタッと止まると、彼女は文章を読み始めるのである。
「さっきは簡単に言ったけど、今度はもっと詳しく教えるわ。まず、増幅について」
「うんっ」
「これは、生成された魔法の“魔力の流れ”に対して、詠唱者の魔力を乗せる技術よ。こうすることによって、魔法の威力は底上げされる。大抵の場合は、魔法自体が大きくなったりするわ」
「うんっ」
「次に相殺。生成された魔法に含まれる“不純なマナ”に対して、それを打ち消す魔力を送り込む技術よ。これで魔法の質を一定にしながら、魔法自体の暴発も防ぐことができるわ」
なるほど……そういう技術を使い分けて、自分の扱いやすい魔法にしていくんだね。
今まで私、詠唱だけで出来た魔法を、そのまま撃ち出してたわけだけど。
色んなところを冒険するようになった今、それじゃ通用しないんだ。
――みたいに、ここで学んだことを、しっかり頭に入れる。
で、次にダンジョンへ行く。
✡✡✡
「えーと、増幅と相殺……とりあえず、増幅の練習からやってみよっと」
馴染みのダンジョンである“神秘なる逆光”にて、実践練習をする。
学んだことはすぐに身体で試すべきだと、ノエッタに散々言われているのだ。
ちなみに彼女は着いてこない、ひとりで勉強したいから。
「増幅のコツは……魔法の魔力の流れを掴んで、自分の魔力の流れと少しずつ合わせていくこと」
木陰に座って、紙にメモしてきたことをなぞる。
色々とコツを教えてもらったから、それを見返して練習するのだ。
「よし……っ! “唄え、短き命! 勇気の欠片、誓いを守れ……!”――脈打つ情熱!」
今回は手を突き出さずに、水を掬うような姿勢で魔法を生成する。
そうして現れた火球を、そのまま撃ち出さないように制御しながら、増幅を試してみた。
「よ、よぉし……このまま…………」
でも、魔法を手の中に留めておくのは、けっこう難しい。
油断すると撃ち出してしまいそうだ。
そしたら、きっとあらぬ方向へと旅立って、いつか私に牙を剥いてくると思う。
うーん、まるで野生動物の相手をしてるみたいだよ。
ともかく、流れ…………
こ、この辺の、感じ……?
いや、違う……こういうアレで、そこは…………うん、全然違うよね。
ううん、考えちゃダメだ、感じろ……!
掴もうとしてみる、魔法の流れ。
一向に掴める気配がない。
こればっかりは感覚で、勉強だけで克服できるものでもない。
「うぅ、えいっ……! この辺の、なんか、穴? こっちの突起? これ? あっ、穴じゃない……これ、なんか……虫さされの跡みたいなやつ」
こうしてじっくり触ってると、魔法にも色んな手触りがある。
えへへ、ちょっと面白くなってきたかも。
「こ、こっちは……うわっ、わぁっ…………えへへ…………じゃ、こっちは?……うひゃー、穴! 穴ばっかだねぇ」
なにこれ、楽しい……!
ささやか過ぎるけど、意外と楽しい!
ずっと撫でまわしてたいかも。
あ、やっぱ無理かな、ずっとは――
「あっ、ヤバッ」
油断した私は、ちょっと制御を緩めた。
二の腕から、小さななにかが零れたような感覚。
それに応じて、火球は空へと飛び立っていった。
火の粉は遥か高くへ。
バイ――――ンッ!! みたいな。
「……やっちゃったよ。もっかい!」
とにかく、何度も繰り返すしかない。
これも努力!
ノエッタが本を積み重ねて、紙を書き散らしてるように!
私も途轍もなく頑張るっ!
いっぱいね!!
――これが、私の積み重ねた日々。
そして、ついに来たるは……ニョッタ師匠の試験、その当日である。
✡✡✡
イメージ!
増幅、相殺!
魔力の流れ、そして質!
覚えたことを、頭の中で反復させる。
ひたすら反復させて、一緒に今までのことを思い出す。
たまにノエッタのメガネとか、ペン回しとか、おちゃめな思い出も入ってくる。
そのたびにクスクス笑っていた。
そんな私、試験当日!
「ずいぶん余裕ですこと」
「うひゃっ!?」
試験のためのダンジョンに向かう道中。
ニョッタ師匠の冷然とした視線が、笑ってる私に注がれた。
怖い。
「分かってると思うけれど、三発以内に的に当てられなければ……」
「ふ、不合格! 村に帰されちゃう! イヤだよっ!」
「そうですわね。ですので、今日は頑張ってもらいますわ」
そうやってプレッシャーをかけられると、変な力が入っちゃうよね。
でも、きっと大丈夫……たくさん練習してきたし、前よりコントロールにも自信がある。
なにより、皆が期待してくれているのだ。
思い出せ……この試験前に、みんなからもらった言葉を……
『パトナ、今までありがとな! 俺はお前のこと忘れねーからな!』
『パトナさん……私、あなたと会えて良かったって……ぐすっ、本当に思ってますぅ……!』
『さらばでござる、パトナ殿』
そりゃもう、すんごい期待だ。
まるで物語のクライマックスだよ、うん。
失敗したら忘れられるかもしれないし、もっと気を引き締めないと!
『今まであんたに教えて来たこと、ムダにしたら承知しないんだからね』
昨日、ノエッタにもそう言われた。
この一言に、もはや先生の風格が漂ってる。
前の3人が言ったことは忘れて、これだけ覚えとこうかな。
ノエッタの期待を背負いながら、師匠の隣を歩く。
やがて森の奥に、ダンジョンの入り口である遺跡が見えてきた。
「さ、着きましたわね……あら」
「? どしたの、師匠」
「どなたかしら」
ふと、師匠の目線がダンジョンの入り口に突き刺さる。
私も見ると、そこには……見覚えのある少女の姿が。
「え!? な、なんで!?」
彼女――ノエッタは、遺跡の前で腕を組んで立っている。
その視線で私を捉えると、彼女はいきなりソッポを向いた。
「べ、別に心配になって来たわけじゃないんだからね!! 勘違いしないでよね!!」
そう言いつつ、顔を赤くしている。
まだなにも訊いてないんだけど……心配になって来たってことでオッケー?
「パトナ。あなたのお友達かしら」
「うん! ていうか、先生!」
「……先生?」
私の言葉を聞いたニョッタ師匠は、じろりとノエッタを見る。
それを受けて、一時は退いたノエッタも、負けじと見返す。
「…………え? な、なに……? どーしたの、師匠?」
急になにしてるの、ふたりとも。
「……パトナの師匠さん、なんですか。あたしになにか?」
「いいえ、なんでもございませんわ」
「い、いきなり睨んできて――」
「試験がご覧になりたいのなら、ご自由になさってくださいませ」
師匠はグイっと私の手を引いて、ダンジョンへと歩いて行く。
私はこけそうになりつつ、それに着いて行った。
そのままノエッタの横を通りがかる。
そして、ダンジョンに踏み入ろうとした時、彼女は呟いた。
「たくさん師がいますのね、パトナ」
「えっ」
まさか呼び方が気に入らなかったの?
でも師匠ってば、師匠って呼ばれるの嫌だったんじゃ……?
あっ、でも、ノエッタも口では嫌がってたっけ。
まんざらでもなさそうだけど。
分かった、師匠は表情に出ないんだ。
――ともかく、ダンジョン内へ。
今回の試験に使われるダンジョンは、あまり馴染みのない場所だ。
事前に聞かされていたものの、練習は“神秘なる逆光”のほうがやりやすかったから、ここには来なかった。
「この“聖なる灯火”は、内部が迷宮のようになっていて、どの通路もまっすぐですわ。ゆえに、魔法もまっすぐ飛ばさなければ、目標には到底当てられない……マグレはありませんことよ」
そういうことらしい。
相変わらず、師匠は厳しいことばかり言うんだから。
……でも、今の私なら望むところだよ。
「オッケー、師匠!!」
私は距離のある師匠に向かって、大声と指マルを送る。
それから振り返って、見届け人のノエッタにサムズアップを送った。
「パトナ……絶対に合格するのよ。あたしにあれだけ時間を使わせたんだから!」
「まー見ててよ、ノエッタ。私……今回は失敗する気がしないんだ」
素直じゃない応援を受け、有り余る自信とともに、的へと向き直る。
いつぞやのゴブリンキングより遠い位置に、師匠は仁王立ちしていた。
その表情はいつもより厳しいような、いつも通りなような……
「……」
少し緊張しながら、腕を掲げる。
撃ち慣れてる脈打つ情熱なら、きっと当てられると思うけど……
残念ながら、自縛の金剛星はまだ完璧に制御できてない。
だけど大丈夫っ!
「“夢錻力、紫苑の花! 覗けば見落とし、掴めば旗!”」
詠唱と同時、眼を瞑る。
まっすぐ飛んでいくイメージ……目的は師匠、目標は壁にかかった蝋燭。
パッと見分かりにくい目標だけど、数が少ないし、間隔も測りやすい。
そもそも、ここにはそれしかないし。
「“谷底に咲く、濡れた咆哮っ!”――自縛の金剛星!!」
高めの天井に向かって伸ばした手のひら、そこへ魔力が集まってくる。
それは魔法として形を持って、どんどん重量を増していった。
私を圧し潰すように、遠慮なく肥大化していく。
「ぐうっ……!」
魔力の流れがぶつかり合うことで、魔法の制御は難しくなるのだ。
この重さは、それが一因となっている。
魔法の成長に耐えながら、魔力の流れを同調させていく。
やがて、だんだんと馴染んできた。
それに伴って、重さもマシになってくる。
よし、それが出来たら、次は……
「くっ……こ、こうだぁ……っ」
魔力を送り込んで、相殺を試みる。
不純なマナの中でも、比率の高いやつから潰していく。
この魔法の特徴は、周りにあるものを無差別に吸収してしまうこと。
マナも例外じゃない……つまり、この肥大化の原因は、無駄なマナの吸収とも言える。
逆に言えば、相殺という技術をマスターするだけで、格段に扱いやすくなるということだ。
魔力の流れを感じれば、自然とマナの判別もできる。
身体の中に流れ込んでくる……温度、味、痛み。
その些細な感覚の移り変わりが、蓄えている不純物を洗い出す。
かくして、魔法の球体は荒れ狂いながらも、かなり軽くなった。
あとは――
「撃ち、だすっ、だけぇ……!! だぁぁーーッ!!」
重量に苦しみつつも、掲げた腕を振り下ろして、魔法の球体をブン投げる。
私の手を離れたそれは、直線の通路を猛進していった。
わずかに抉れる、床と壁。
蝋燭は、触れたものから火が消えていく。
その暴威は、ひたすらニョッタ師匠だけを求めた。
「当ったれェーーー!!」
ここで当てれば、もう合格!
一発合格!
お願いだから、まっすぐ飛んでーーーー!!
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