#20 レッスン
ノエッタ先生による、楽しい魔法のレッスンです。
まず最初の授業は、“頭の中にあるイメージを具現化する方法について”です。
「パトナは脈打つ情熱をまっすぐ撃てないのよね」
「うん!」
「それはおそらく、魔法を撃ち出すイメージが固まってないせいだわ」
手に持ったペンをクルクルと回すノエッタ先生。
ランプの明かりで、メガネのレンズが煌めく。
「さっき読んだ文章の中に、魔法とは自然現象だって文があったでしょ?」
「あー、うん……あったっけ」
「覚えなさいよ!」
あんまり聴いてなかったもん、あの文章。
今、絶賛忘れ中だよ。
「……まあいいわ。とにかく、あやふやなイメージで魔法を撃っても、制御しきるのは難しいってこと。なんとなくで操れるものじゃないのよ」
ふむふむ……言われてみれば確かに、感覚に頼ってたかも。
脈打つ情熱とかも、ノリで撃ってた気がする。
だから上手く行かなかったのかな?
「つまり、イメージを固めてから撃てばいいの?」
「ま、そういうこと……イメージって言うより、プランニングって感じだけど」
そう言って、白紙にペンを走らせるノエッタ先生。
説明のために、絵を描いてくれた。
「さっき『魔法を撃ち出すイメージ』って言ったけど、それは魔法の軌道だけを意識しろってことじゃないわ」
よく見ると、説明に使われてるのは私だ。
かわいい絵だけど、髪型とか黒丸の眼とか、けっこう似てるかも。
えへへ、なんか嬉しいな。
で、そんな絵の前に、四角が描き足される。
「例えば、こういった障害物がある場合。まっすぐ撃ったら、そのまま障害物に当たっちゃう」
「そうだね。こういう時はまっすぐ撃たないほうが良いよ」
「だから、魔法が障害物を避けるイメージで撃つの。そうすると、魔法は詠唱者の意思に従って、曲がった軌道で撃ち出されるわ」
ということは、周りのことを考えながら撃つのが大事なのかな?
魔法の軌道を考えるというより、この障害物と魔法がどんなふうに擦れ違うのかをイメージするべきなんだ。
なるほど……ベンキョーになるなぁ。
「それじゃ、実際にやってみて。やりやすくするコツは、気持ちを落ち着けて目を瞑ることね」
「目を瞑る?」
ノエッタはおもむろに深呼吸をすると、静かにまぶたを閉じる。
「こうすることで、精神の集中にも繋がるわ。第一の気持ちの問題も、同時に克服しやすい――今回の狙いは、入り口の扉よ」
見倣って、私も同じようにしてみた。
視界が暗闇に閉ざされると、その代わりに、頭はたくさん働いた。
さっき深呼吸をしたから、どこか沈むような感覚もある。
そのまま、だんだん集中が深まってきて、気づけば周りの音は聞こえなくなっていった。
まず思い浮かべるのは、さっきまで見ていた図書館の風景。
とりあえずの着弾地点は、入り口の扉……言われた通り、障害物を思い出してみる。
まず、ここには結構な人がいる。
歩いている人に当たる可能性が高い……
次に、イスやテーブルもある――それ自体は上を通り過ぎるだけでいいけど、問題はテーブルに置かれてる物だ。
植物チックなランプとか、積まれた本とか、色々あり過ぎ。
あと、もちろん本棚だってある。
壁みたいになってるから、どうにか隙間を潜り抜けないと。
「…………」
いけるの?
無理でしょ。
早々に諦めて、もっかい眼を開ける。
だいたい、思い出すにも限界があるのだ。
覚えてないんじゃ、イメージどころじゃない。
「ね、ノエッタ。ここは障害物が多すぎると思うな」
声をかけると、ノエッタは片目を開けた。
「できない?」
「うん。扉に当てる難易度が高過ぎるよ……」
「ま、障害物だらけだしね」
彼女はおもむろに立ち上がると、私の手を引く。
一緒に立たされた私は、その歩調に連れて行かれた。
「え? ど、どこ行くの?」
「障害物の少ないところ。ジャマの少ないところに移動すれば、難易度も下がるでしょ?」
そっか、賢い!
こういう時は、イメージしやすい場所に移動すればいいんだ!
てなわけで、あまり人が通らない場所へ行く(扉の前に行ったら当てられるけど、それは反則だ)。
本棚に挟まれて窮屈ではあるけど、テーブルから見るよりも格段に見晴らしが良い。
「ここなら当てられそう!」
よーっし、再チャレンジ!
深呼吸、眼を瞑って、イメージをする。
……。
…………。
……………………。
そうして、しばらく考えたあと。
私はゆっくりと眼を開けた。
「…………ノエッタ。ここ、遠いね」
「あんまり近くに行き過ぎたら、練習にならないわよ」
「そうだけどぉ」
遠くにある物との距離感が掴めずに、イメージがあやふやになってしまう。
だから厳しい……もっと近くに行きたい。
「せめて、扉が大きく見える位置まで……」
「なにごとも、まずは近い目標からよ」
「え?」
得意げにペンを構えたノエッタは、さっき描いた絵を持ち出す。
そして、絵の前に、たくさんの障害物を描いた。
「今、あんたはこういう状態になってるの。目標が遠く、障害物も多すぎて、なにをすればいいか分からない」
「う、うん」
彼女はおもむろにペンを走らせて、障害物にぺけ印を付けていく。
やがて、六つある障害物のうち、三つくらいに目印が付けられた。
「到達地点まで一気に飛ばそうとしないで。そこを目指すには、目印が必要なの」
「これはなんなの?」
「そうね……到達地点が目的だとしたら、この目印は目標よ」
紙の上に並んだ目標。
それをペンで差すノエッタ。
「出来るだけ分かりやすい目標を見つけて、まずはそこを目指す。それがイメージできたら、また次の目標を目指す。そうやって順番にイメージしていけば、いつか目的にたどり着けるわ」
なるほど……近い所から、コツコツ通過していくんだね。
これ、なんかパズルみたいで面白いかも。
イメージが綺麗に繋がったら、目的の地点にたどり着けるんだ。
「やり方が分かったよ! ありがと、ノエッタ!」
よし!
教えてもらった方法で、図書館の扉をブチ破るぞ!
「えーっと、まずはあの座ってる人の頭でしょ? 次に、机のランプを通り過ぎて……」
「人の頭を目標にしたら、居なくなった時に困るでしょ」
「あ、確かに」
イメージは眼を閉じてやるけど、実際に撃つときは眼を開けるのだ。
それで、景色に合わせて軌道を修正する。
その時に目標が居なくなってたら、修正もなにもない。
よし、移動する人や物を目印にしたらダメなんだね。
ていうか、よく考えたら、人を目標にしちゃダメだよね……当たったらヤバいし。
「それじゃ、あのランプと……あと……」
「あそこの積みあがってる本は?」
「じゃ、それ! よし、これでイメージ!」
深呼吸。
眼を瞑る。
そしてイメージ!
ギュイーン、ギューン、ズドドドド…………よしっ、完璧だ!
――頭で描いた軌道とともに、勢いよく開眼!
そして、両腕を構える!
詠唱は間違えないように!
「“唄え、短き命! 勇気の欠片、誓いを守っ――”」
「あの…………」
自信とともに、今まさに撃ちだそうとした、その時。
後ろからトントンと肩を叩かれた。
「ほえっ!?」
振り向くと、そこには長いスカートの慎ましい女性が。
司書さんである。
彼女は淑やかに微笑んで、優しく言う。
「図書館ではお静かにお願いします。それと、魔法は撃たないでください」
「あ……」
そりゃそーだね。
私もノエッタも、「ごめんなさい」と頭を下げた。
✡✡✡
仕方ないから、私はダンジョンに来た。
ノエッタは「まだ勉強したい」と言って、図書館に残った。
また孤独な特訓になってしまった……寂しい。
「けど、今の私は一味違うんだなぁ」
もう徒労に用はないよ。
教えてもらったことを、全身全霊で実行するのみ。
“神秘なる逆光”の森は、また風に騒めく。
すると、私の目の前には、一匹のフォレストラビットが現れた。
おあつらえ向きの獲物である。
ちょっと近すぎるから、急いで距離を取った。
そして、さっきの扉くらいの距離を隔ててから、改めて戦闘開始。
「逃がすもんかっ!」
――深呼吸、眼を瞑り、イメージ!
バンッ、ドカンッ、ぐわーっ!!……完璧だ!
軌道良し、開眼!
両腕を構え、詠唱は間違えないように!
「“唄え、短き命! 勇気の欠片、誓いを守れ!”――脈打つ情熱!!」
いつもの通り、突き出した手のひらから、熱い火球が放たれる。
それは初めに、近くの樹にぶら下がるナバナの、映えるような黄色の下を抜けた。
それから、並び立つ茶色の中でも目立つ、曲がりくねった幹のそばを通った。
そうして、いくつもの景色を駆け抜けた後――ついに、フォレストラビットへと向かっていく。
「うわぁーっ! いっけーっ!!」
私は成功を願った。
思わず叫ぶほどに。
散っていく火の粉が、火球の軌道を示して消える。
まっすぐ……恐ろしいほどブレない。
最後、一瞬、フォレストラビットは逃げようとした。
けれど、もう間に合わない。
魔球はその背中に迫って、次の瞬間、白い毛に引火したのである。
「あっ――」
私の声と爆音は、まったく同じタイミングで鳴った。
掻き消されて、遠くから爆風が襲いかかる。
森を吹き飛ばすかのような、災害のような突風が、周りの自然を破壊した。
「…………うわッ!?」
飛ばされた私は、樹の幹にしがみついた。
それがすぐに折れて、さらに飛ばされる。
地面に手が触れても、止まることはできない。
そのまま、何度も身体を打ち付けながら、ようやく勢いに抗う。
這いつくばって前を見ると、そこには焼け野原。
そして、その爆心地には、フォレストラビットの姿は跡形もない。
もはや倒したのかどうかも分からないけど……
たぶん、倒した?
「や、やった……」
踊るような気持ちが湧き上がってきて、それはあまり声に変換されない。
でも、嬉しい。
この上の喜びが思いつかないくらい、本当に嬉しい。
今、私はやったのだ。
自分の力で、魔法をまっすぐ飛ばした。
しかも、けっこう遠い距離。
威力も凄かった。
「合格だ……」
いや、まだ合格じゃないけど…………
でも、同じことすれば合格だ。
つまり、やっぱり合格だ。
私、合格した!
「師匠!! 合格したよ、私っ!!」
私はダンジョンでひとり、変なダンスをした。
心の赴くままに、村娘特有のステップを踏んだ。
まだ合格してない!
でも、これが合格せずにいられるか!
わーーーーーっ!!
わーっ、だったのだ…………
ノエッタのおかげだよ…………!
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