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#19 スタディ

 すっからかんになって、拠点に帰ってくる。

 すると師匠は、いつも机に向かっていて、丁寧に魔法陣を描いているのだ。

 その円の中は、図形に埋め尽くされていく。


 疲れていた私は、なんとなく黙って部屋に入ってみた。

 そのおかげで、まだ師匠に気付かれてない。

 特に意味は無いけど、しめしめ……である。


「……どうかしてますわ、これ」


 私がここに居ると知らない師匠が、たまに独りごちる。

 魔法陣に関することだろうけど、詳しくは分からない。

 見ても分からないし、あんまり覗きこんだらバレるから、もうちょっとこのまま。


「ハクサはスケールを無視し過ぎですわ……まったく理論的じゃありませんわ」


 あ、師匠、ちょっとレアな顔してる。

 呆れてるのは見たけど、困ってるとこを見るのは初めてかも。

 というか、怒ってるのかな?


「もう、なんですの……? 他人が再解釈することなんて考えてませんのね、きっと」


 お父さん、かなり怒られてるなぁ。

 こんな時、もしも本人がここにいたら、どんな顔をするんだろう。

 謝るのかな?


「ハクサのことですもの。わたくしが困ってるのを見て、楽しそうに笑ってるんでしょう」


 なるほど、そういう反応するんだ。

 なんとなくだけど、ニョッタ師匠とお父さんがどんな関係だったか分かる。

 きっと師匠は、いつもお父さんを叱ってたんだろうな。

 それで、お父さんは笑ってたんだろうな。


「……難しい配置ばかり。こんなもの、どうやって解析すれば……? 変なコードばかりで、ルートがはっきりしませんわね……」


 私にとって偉大な師匠でも、お父さんの魔法陣は難しいものらしい。

 「はぁ」なんて溜め息を吐きながらも、解析を続ける師匠。

 その姿からは、今までの尊敬とは違う、親近感みたいなものが感じられた。


 でも、それだけじゃない。


 こうしてお父さんのことを知るのは、嬉しいけど、寂しい。

 嫌じゃないけど、長くは続けられない。

 とても楽しいのに、どこか辛くもある。

 独りごちる師匠に対して、無意識に悪い感情を向けてしまう。


 ……もうやめておこう。

 私、師匠に対しては、おかしな気持ちを持ちたくない。

 だって、間違いなく尊敬している人なのだ。

 憧れそのもので、近付きたくてしょうがない人。

 少しでも遠ざかると、堪らなくなってしまう。


「――師匠、ただいま」


 笑みを浮かべて、その肩越しに声を掛ける。

 前と同じような小さな声でも、師匠は気付いてくれた。

 そして、大袈裟にイスから飛び退く。


「い、いつからそこに……!」

「えっと……えへへ、さっき帰ってきたばっかりだよ」

「まあ! それじゃ、わたくしが気付かなかっただけ?」

「うん」


 彼女は自分の額を押さえて、そのあとに頬を叩く。

 しばらく瞑想したあと、次に口を開いたときには、もう冷静だった。


「おかえり、パトナ」


 それだけ言うと、すぐにイスに座り直す。

 せっかく切り上げるチャンスだったのに、まだやる気らしい。

 師匠は頑張り過ぎる人だ……ノエッタに負けないほど。


 でも、そんなに根詰めると身体に悪いよ。

 ちゃんと食べてるのかな……なんか心配になる。


「ねぇ師匠、もう寝ようよ。体調、崩しちゃうよ」

「ひとりで寝なさい。わたくしはまだ……」

「師匠。今日、なにか食べた?」

「…………言われてみれば、なにも食べてませんわね」


 やっぱり!

 無理しすぎだよ、もう!


「お腹とか空くでしょ? 今からでも食べて、ぐっすり寝よう!」

「そんな時間はありませんの」

「師匠ってば……せっかくの美人なのに、肌とか荒れちゃうじゃん!」

「消滅の魔法陣が完成するなら、それで構いませんわ」


 本人が構わなくても、私は構いたいのである。

 そんな言葉、もったいない!

 よーっし、こうなったら……私が意地でも寝かせてあげるからね!


 ✡✡✡


 朝、起きると、隣に師匠の肩があった。

 いつの間にか、眠ってしまったらしい。

 結局、師匠を寝かせることは出来なかった……


 と、思いきや。

 ふと気付くと、師匠も寝息を立てている。

 頬に息がかかって、ちょっとくすぐったかった。


 やっぱり疲れてたんだね。

 頑張るのも入れ替わり制にすればいいんじゃないかな。

 てわけで、今日も頑張らないと。


「おやすみ、師匠。行ってきますっ」


 師匠の頭を枕に置いて、毛布をかけてあげる。

 そうしてから、適当な服に着替えて、図書館に出掛けた。


 ――学園の門は、朝早くから開いている。

 私は通ったことがないから、あんまり知らないけど、学生の朝は早いようだ。

 制服を着た男の子たちが、ふざけながら歩いていた。


 前と同じに、怪しい人をチェックしてる人に睨まれる。

 一回は通した人でも、出たらリセットされちゃうみたいだ。

 ルードおじいちゃんもリセットしてたのかもしれない。


 図書館に入る。

 見覚えのある異世界が、その扉の先に広がっていた。

 何度見てもワクワクさせてくれる景色である。

 でも、実際のとこ、そんなに楽しい場所とは思わない。


「…………あ、いた!」


 もちろん、私の目的は本を読むことじゃない。

 勉強すること……ひいては、ノエッタに会うことだ。


「おーい、ノエッタ!」


 本の山、その隙間からメガネを輝かせる彼女に、大きく手を振る。


「あっ……」


 気付いてくれた。

 『あっ』ていうのは、変な返事だと思うけど……

 まあいっか!


「今日も頑張ってるんだね、ノエッタ!」

「また来たの? 本も読まないくせに」

「まーノエッタに会いに来たからねぇ」


 私の言葉に、面倒そうな顔をする彼女。

 昨日、あんなに親密にしたのに、あまり好印象を持たれてないらしい。

 こっちとしては、もう友達だと思ってるんだけど。


 だけど、それは置いといて。

 さて、ここからが本題なのだよ、ノエッタちゃん。


「ね、ノエッタ。ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」

「は? な、なによ」

「私に勉強を教えてほしいんだ!」


 友達らしく、深々と頭を下げる私。

 相手の反応があまり良くないのは、見なくても分かることだ。

 でも、私はもう気付いている。


「な、なんであんたに勉強を教えなきゃ……」

「お願い! このとーりだよ!」

「ちょ、やめてよ……周りに人が居るんだから、そんな――」

「お願い! お願い! お願い!」

「うわっ、ちょっと、あんたねぇ……!」


 ノエッタは押しに弱い。

 強引に行くと、意外と乗ってくれる子だ。

 だからこそ、拝み倒す!


「お願い! お願い! お願い! お願い! お願い!」

「もういいわよ!」

「えっ、いいの!?」

「は!? ち、違う! そっちの意味じゃ……」

「えーっ、じゃあ、お願い! お願い! お願い! お願い! お願い!」

「あーもー、うるさいわね! 押しきろうとしないでよ!」


 散々、鬱陶しそうな顔をしたノエッタ。

 でも、最後には本を開いて、怒ったように言ってくれる。


「……で? なにを教えればいいのよ?」

「いいの!?」

「うるさいから仕方ないでしょうが。どっちにしろ迷惑だけど」


 ふっふっふ、私の勝ちだね。

 迷惑だろうがなんだろうが、やり切ったもの勝ちなのさ。

 こういうのは度胸が大切なのだ。


「ありがとー、ノエッタ! えっとね、魔法のコントロールについて教えて欲しいんだけど!」

「魔法のコントロール? 魔法制御にも色々とあるけど、具体的にはどの辺を知りたいの?」

「え?」


 いや、そんなとこまで考えてなかったよ。

 詳しいからノエッタの勝ちだ。


「ったく、『え?』じゃないわよ。なにがしたいのよ、あんた」

「だ、だって分からないから……とにかく、脈打つ情熱(フレイム・ヴェイン)まっすぐ撃つ方法とか、自縛の金剛星(ジュピター)に潰されない方法を教えて!」

「…………あんたの実力がだいたい分かるわね」


 パラパラと本をめくって、二冊も同時に読みながら、目当てのページを探すノエッタ。

 かくして、彼女はある文章を読み上げた。


「えーと、『詠唱時、魔法を制御するのは人である。これは魔法陣における図形の役割に相当する。図形のような精密な制御を行えない我々は、代わりに感覚的な制御を求められるが、この感覚的な制御には、いくつか重要な点がある』…………」

「ふむふむ」

「続けていいのよね?」

「うん」


 要するに、感覚でコントロールする時のコツを教えてくれるんでしょ?

 ちゃんと分かってるよ。

 そんなに不安そうな顔しないで、ノエッタってば。


「じゃあ……『まず第一に、最も重要なのは、精神の強靭さである。数式のみで構成された魔法とは、いわば自然現象と同義である。自然は人に譲歩などせず、あるがままの猛威を振るう。それゆえ、それに耐えうる屈強な精神がなければ、いかなる魔法も扱うことは不可能である』」


 ほー。

 うん、心を強く持ちなさいってことだね。


「――『第二に、イメージを再現する能力が必要である。数式によって作られた魔法は流動的であり、人が望むような一定の流れを持たない。常に変化するマナの割合、周囲の環境、その他あらゆる状況に対応し、具体的な人的操作を行わなければならない。よって、頭の中にある操作イメージを、すばやく感覚に落とし込む必要がある』」


 へー。

 うんうん、想像を現実にしようってことだね。


「――『第三に、正しく詠唱すること。詠唱とは、魔法陣における魔法式の部分を担っている。それゆえ、もしも詠唱文を誤ると、魔法は予期せぬ流動を起こし、人にとっては暴発の形で発動してしまう。制御が粘土をこねる作業だとすれば、魔法式は粘土そのものを形作る素材である。最低でも固形の状態にし、下地として安定させなければ、いかなる制御も役に立たないであろう』」


 はー。

 うんうん、うん、うんうん!


「ありがとう、ノエッタ。それじゃ、早速ダンジョンに行ってみる――」

「は? まだなにも教えてないでしょ?」

「うげーっ…………もういいかなって」

「良くないわよ!」


 聞いてるだけでお腹いっぱいだったけど、まだあるんだ。

 いや、でも、頑張らなきゃダメだよね。

 実践だけじゃ上手くならないって、自分でそう考えたんだから!


「ごめん、ノエッタ! やっぱ良くないよね!」

「そうよ。じゃ、とりあえず……第一は気持ちの話だから、第二の再現力から教えるわ」

「うん! バッチこい!」


 努力。

 口で言うのは簡単だけど、時にはやりたくないことも頑張らなきゃいけない。

 それでも、目標があれば、そこに向かって行こうと思える。


 消滅の魔法陣完成に向けて、私は頑張る。

 期待してくれる師匠のためにも、私の復帰を待ってるサンロードのみんなのためにも!

 私、絶対にくじけないぞ!


「いい? 再現力っていうのは、いわば――」

「ぐー……すぴー……」

「寝てんじゃないわよっ!!」


 目標への道のりは、まだまだ険しそうだ。

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そういった反響が、いつか世界を変えます。

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