聖女の神託。
国王陛下に指名された宰相の息子シゾルダに、エイデスが目を向けると、彼は口を開いた。
「陛下には以前ご報告致しました通り、リロウド伯爵令嬢に贈らせていただいた〝希望の朱魔珠〟と〝太古の紫魔晶〟に関してましては、最高級の品をご用意させていただいた以外に、他意はございません」
シゾルダは歯切れ良く答え、ちらりとこちらに目を向ける。
「元々、かの朱魔珠が『未来を予言する』と言い伝えられる宝玉であることは、存じ上げております。それに関しては、オルミラージュ侯爵の方が詳しいかと。当然魔力を内包しておりますが、呪いの品である等の不審な検査結果、曰くがある等の調査結果は出ておりません」
それは事実だった。
再検査を行ったのは、ズミアーノ、イオーラ、そしてエイデス自身である。
検査しても何も出てこず、ウェルミィの瞳も危険を感じていない。
大丈夫だと、信じたくはあるが。
エイデスが目を細めると、次にヒルデントライが話を先に進めた。
「国王陛下よりご下命を賜りました〝希望の朱魔珠〟に関する再調査につきましては、元々は帝国の魔鉱山より出土したものと聞いており、相違はございません。調査を命じられて後、外務卿補佐ユラフ・アヴェロ伯爵様と共に、帝国現地に赴き、詳細を伺いました。当該の魔鉱山は帝都近くにあるウェグムンド侯爵家……現・帝国宰相閣下が所有しているものです」
彼女の口から名前が出たことで、現在はエイデスの部下である彼に、陛下が声を掛ける。
「アヴェロ卿。相違ないか」
「ま、間違いはございません。イングレイ・オルミラージュ前侯爵より預かった紹介状にて、ウェグムンド宰相閣下と面会致しました。掘り出した者も、莫大な対価と帝国男爵位を与えられており、所在は明らかです」
どこかおどおどとした態度で、アヴェロ卿は頷いた。
元々優しい気性の人物で、頭は悪くない。
平時の外交を陛下から一任されていたことでも分かる通りだが、人の機嫌に敏感で気の弱い一面があるのだ。
しかし最初につっかえた以外、報告に澱みはなかった。
「その男爵の身辺に怪しい点は」
「特にない、というお返事をウェグムンド宰相閣下よりいただいております。ですが元が平民ですので、出自に関する詳細な記録もなく、自前での調査には少々時間が足りませんでした。しかし、一つだけ気になる点がございます」
「内容は」
あくまでも淡々と報告を受け続ける陛下に、アヴェロ卿は一呼吸置いてから告げる。
「採掘した人物の一族には、稀に朱色の瞳を持つ者が現れる、と……」
初めて聞くその情報に、エイデスの父イングレイと、ガワメイダ伯爵が短く言葉を漏らした。
「リロウドの……?」
「あそこと何か繋がりが……?」
リロウドの朱色の瞳は、精霊に好まれる一族に現れる特徴である。
が、リロウド公爵家自体がそれに関する詳しいことは明かしていない為、エイデスは口をつぐんでおく。
代わりに、今得た情報を加えて思索した。
ーーー〝希望の朱魔珠〟を採掘したのが、精霊術士の血統の者……。
果たして、それは偶然か。
精霊の導き、あるいは、精霊を利用した何者かが採掘させたか。
エイデスは、夢の中に現れた異形の自分を思い出していた。
ーーー『お前は、守れ』。
その言葉は、守れなかった者の言葉なのだ。
ーーー何らかの魔術で、アレが過去や未来、あるいは別の何処かから送られて来たのだとすれば。
それが可能なことであるかどうかは、この際置いておく。
正直、あれの引き起こした現象は、明らかに人智を超えたものだからだ。
しかしただの夢であり関係がない、と考えるよりも、あの夢には何らかの理由があると考えて動くべきだとエイデスは判断した。
その考えを捨て置いたことで、ウェルミィに危険が及ぶ事態は避けねばならない。
「こちらの報告は以上になります。採掘から加工まで、特別不審な点は現状ございません」
「ふむ。では〝太古の紫魔晶〟については」
それ以上深く突っ込んでも何も出ないと判断したのか、陛下が次の質問を重ねた。
ヒルデントライと目を見交わしてから、アヴェロ卿が引き続き答える。
「紫魔晶に関しては、大公国より流れて来た品である、と伺っております。かの国には、ガワメイダ伯爵とオルブラン侯爵様が調査に赴いて下さいました」
すると、名指しされたハビィ・オルブラン侯爵が、間髪入れずに口を開いた。
「全く、ズミが結婚するって言うから余計な仕事させられてめんどくさかったよねー。あの子が使えないと、僕がわざわざ出向かなきゃいけないしさー。スーファと旅行できたのは良かったけどねー」
「……ハビィ。陛下の御前だ。口の利き方に気をつけよ」
ズミアーノの父、ハビィのぼやきに、軍団長ネテが半眼で苦言を呈する。
その横で、宰相ノトルドも渋面を浮かべていた。
ーーーこの親にしてあの子あり、だな。
ハビィは、妻であるスーファ・オルブラン夫人を甘やかすこと以外に興味がなく、全く状況に頓着しない性格をしている。
顔立ちや背格好はズミアーノによく似ているが、彼の肌が帝国王族である母親由来の浅黒いものであるのに対し、ハビィはライオネル王国の貴族によく居る白い肌の持ち主だ。
エイデスは、ハビィが陛下や軍団長、宰相と幼馴染みで仲が良いことや、政治や経営に興味がないだけで能力が高いことも把握している。
しかし政治中枢に関わることなく、有事の際にしか彼を動かさないのは、そうした性格面の問題が大きいのだろう。
おそらく次代、ズミアーノも同じような立ち位置になるだろうことは想像に難くない。
案の定、全く気にした様子もなくハビィは答えた。
「ああ、ごめんねネテ。じゃ、調査結果はヤッフェからどうぞ?」
丸投げで水を向けられたガワメイダ伯爵は、感情を読ませない笑顔で頷くと、話し始める。
「〝太古の紫魔晶〟に関しては、結論から申し上げますと出所は不明でした。が、元々の所持者に関しては、ある程度掴めております」
〝希望の朱魔珠〟が『未来を見せる』力を持つとされるのと同様に。
〝太古の紫魔晶〟は、『持ち主の誓いを叶える』力を持つと言われている。
「かの宝玉は、大公国の四公の一つ、〝土〟の公爵家由来の品であるという由緒で、幾人かの商人を手を渡り、最終的にローンダート商会から宰相閣下の御子息の手に渡ったものです」
ローンダート商会は、イオーラの友人であるカーラの実家であり、品質に関しては信頼が置ける。
しかし。
ーーー〝地〟の公爵家、か。
その一点が、引っかかった。
ウェルミィから聞いた、ヤハンナ・ホリーロ夫人の生家より〝夢見の一族〟の当主の素質が受け継がれてしまった、という先である。
紫魔晶が、ライオネル王国で暗躍していた少女……エサノヴァと、彼女の属する勢力由来の品である可能性が、かなり高まった。
〝夢見の一族〟と関わりのある者は、敵かそうでないのかが読みづらい。
一見行動は敵対的であるように見えるが、助言や手助けを与えていたり、目的が今ひとつ分からないのだ。
大公国の跡目争いに関係があるのか、ないのかすら分かっていない。
エイデスは、初めて会議で発言した。
「〝太古の紫魔晶〟が、地の公爵家由来の品であるのならば、最初にそれを売った人物の情報は?」
「絵姿などは存在しませんが、証言だけで良ければ……地公の所有する屋敷に住む黒髪黒目の貴人と、成人するかしないかの年頃の侍女を介して、やり取りをしていたそうです」
少女。
「その侍女の特徴は?」
「残念ながら、そこまでは……髪色が茶色である、という程度は覚えているようですが」
年頃と髪色はエサノヴァと一致する。
が、断定できる程ではない。
あの少女が、父親と共に幾度も大公国に赴いていることは掴んでいるが……時期などを正確に把握するのは、骨が折れるだろう。
ーーーどうするべきか。
〝太古の紫魔晶〟自体に、エイデスらにも見抜けないような何らかの細工が施されている可能性も、なくはない。
しかし理屈とは別の部分でも、『あれ自体に危険はない』という直感もある。
何より、ウェルミィがあれを身につけるのを楽しみにしている様子を、何度も見ていた。
友人から贈られた、お互いの瞳の色をした品。
それを『身につけるな』と言えば、ウェルミィは従うだろう。
だが、落胆させてしまうのは全くもって本意ではない。
ーーー連中の目的さえ掴めればな。
危険はない、と断定する要素を自分が無意識に求めていることを理解して、エイデスは内心で自嘲する。
結論ありきで物を考えるのは、危険だ。
ことがウェルミィの楽しみにしていることに関わっているせいで、正常な判断力が鈍っている。
エイデスがかすかに頭を横に振った時。
ガワメイダ伯爵の解答後、場が沈黙したのを狙っていたように、タイグリム第二王子が口を開いた。
「あれらの宝玉に、力があるのは間違いないでしょう。ですが、おそらくはこれ以上気にする必要はない、と思いますね」
「そう口にする根拠は、何かあるのですかな!?」
声の大きいアバランテ辺境伯がタイグリムの言葉に応じると、彼は肩をすくめた。
「先立って教会の司教位に叙されたので、昨日、その報告がてら聖女テレサロと面会しましてね」
タイグリムは現在、王位継承権を返上して帝国にある聖教会の総本山に居を移している。
その彼から、合同結婚式の主役の一人であるテレサロ・トラフの名が出たことで、視線が集まった。
「彼女はあれらの宝玉を目にしたことがあり……また昨日、『神託』を受けたと」
彼の発言で、皆が視線の質が変わった。
ーーー神託。
それは、聖なる力を有する者が稀に受けるという、神の啓示である。
予言に類するものや、窮状を打破するものなどであることが多いが、詩の形式を取って賜るのだという。
読み解くことが求められる故に、それが真に『神託』であるのか、また何を意味するのかを慎重に考える必要があるのだが……もしそれが真実ならば、テレサロは大聖女に叙される可能性が高い。
国際的な一大事である。
「報告を受けていないが」
「昨晩、国王陛下と面会する時間はなかったので……申し訳ありません」
タイグリムは悪びれもせずに答えた。
神託自体も、疑ってはいないようだ。
相手がテレサロなので、確かに欺瞞はないだろうとエイデスも思えるが。
「今、教会上層部に連絡を取っています。調査前なので、確秘事項にしておいて下さい」
タイグリムの言葉に、伯爵位以下の者たちが顔色を悪くした。
秘匿、極秘のさらに上である。
軽くその存在を他者に匂わせることがバレただけで処刑まであり得る、という制約だった。
後ほど、契約魔術が掛けられることはほぼ確定だろう。
タイグリムは、内容を口にした。
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導くは双玉
破滅の対価に祝福を
絶望に臨みし希望を
深淵こそ安寧を望む
紫月花は呑まれ堕ち
朱花魁に穿たれ開き
青玉簾が支えし時に
黄陽菊は覇道を征く
其は、森羅にして万象故に
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「以上です」
幾人か、そうしたものに馴染みの薄い面々が、戸惑ったような表情を浮かべ、理解のある者達が難しい顔になる。
「花……?」
「いや、家名だ……」
ざわめく彼らの中で、エイデスは1人思案する。
ーーー色と、意味。
それぞれの花は、元意の中にエレメントを含んでいる。
同様に、複数の公爵家に由来する単語だ。
紫月花は水瓶の意。
朱花魁は火炎の意。
青玉簾は西風の意。
黄陽菊は豊穣の意。
つまり。
「……大公選定の行く末、か」
陛下の呟きに、エイデスは内心で頷いた。
それら花の名は、ノーブレン大公国、四公各家の家名である。
サンセマ、即ち『土の公爵』が大公位につく、と読み取れる。
『水が呑まれる』という部分も、現大公がその座を降りると読めた。
残りの詳しい読解は分からないが、もう一つ気になるのが。
「導くは双玉、とあります。このタイミングでライオネル王国の地で『神託』が降り、彼の地に赴くのがオルミラージュ外務卿と夫人となるリロウド伯爵令嬢。そして今日の議題と合わせれば……」
「……二人がその宝玉を身につけて赴くこと、と読めるか。早計ではあるが、一理ある」
陛下は、眉根を寄せた。
分からぬ未来への決断は、常に薄闇の中にある。
そこから蛇が顔を見せることを恐れようとも、何らかの決断をせねばならないのが為政者という存在だった。
「……宝玉の処遇については、保留とする。現状、危険な要素は一切見当たらぬのであれば、失うことだけはなきよう努めよ」
「仰せのままに」
陛下の決断に、エイデスは短く答えた。
『神託』に逆らえば、おそらく結末が変わるだろう。
だが従えば、現状は悪いようには働かない。
繋がりの深い〝水〟や〝風〟の公爵家ではなく、一番懸念すべき〝土〟の公爵と手を結ぶことを考えなければならないのは、頭の痛い話だが。
エイデスは、同時に安堵もしていた。
『神託』に従うのであれば、宝玉はむしろ肌身離さず持たねばならないだろう。
なら、今回のパレードでウェルミィがあれを身につけることは、むしろ当然。
ーーーガッカリさせずに済む。
ウェルミィと出会う前であれば考えられないような心の動きに、エイデスは再び自嘲した。
が、悪い気分ではなかった。
人智を超えた存在によるAAA! な回。
人間の世界を介して、人外が空中戦をやりあってる感ありますね。
ていうところで、ようやくエイデスとウェルミィのイチャイチャに入れます。
次回、あまあま!




