ほっつき歩く王女様。
ーーー王城の三階廊下。
「ふふ、うちのご主人様は、本当に次から次へと厄介ごとを引き込んで来るねぇ」
「笑い事じゃないですよ、ラウドン様……」
ヘーゼルの報告を聞いて、合鍵の話をしに行って戻る道すがら、快活に笑うラウドン様に、セイファルトはため息を吐いた。
本当に笑い事ではない。
国家の威信を掛けたレベルの祝祭の折に、王宮内で盗難事件など、外に漏れたら大問題である。
「ウェルミィ様も、別に好きで厄介ごとに巻き込まれているわけではないでしょうし」
「ま、そうかもね」
肩を竦めたラウドン様に、セイファルトは歩きながら話を戻した。
「合鍵はある、けど、使用人長預かり。マスターキーは王族と宰相預かり。疑わしいと思うことすら馬鹿馬鹿しい相手でしたね」
「それらがなくなっていないことは、まだ確認されていないけどね」
「なくなってないでしょう。警備のレベルが、人的にも魔術的にも桁違いですよ」
合鍵を預かる使用人長でギリギリ疑えるくらいだが、外出の際の持ち出しは厳禁で、そもそもここ一ヶ月ほど王宮の外に出ていないらしい。
部屋の捜索はされるようだが、もし仮に彼が盗んだとしたなら、そんな杜撰な真似はしないだろう。
使用人長は元々が高位貴族の次男であり、長いこと王室に仕えている人物でもあるそうだ。
話を伝えた時に『王家のお膝元で……!!』と呻いて放った怒気は、セイファルトが気圧されるくらいだった。
アレが演技なら、大したものだと思う。
「でも、そうなると誰も出入り出来ないことになりますね」
「最初から中に潜んでいた、ってこともあり得るんじゃないかな」
「どうやって出ていくんですか」
夜最後に出たのも朝最初に入ったのも、ヘーゼルとヌーア様だったという。
「ヌーア様の目を掻い潜って、ラウドン様なら盗み出せると思いますか?」
「まず無理だろうね」
「……真面目に話してもらえませんか?」
ズミアーノ様もそうだが、どうにも軽薄組の年長は、真剣さというものをどこかに置き忘れてきている感がある。
セイファルトがそう苦言を呈した時、道の向こうからトコトコと歩いてきた少女がいた。
何気なく目を向けて、一瞬行き過ぎたが、バッと思わず二度見してしまう。
対するラウドン様は、既にそつなく頭を下げていた。
「これはこれは。久方ぶりにお目にかかります。……ヒャオン・ライオネル第一王女殿下」
ーーー何でこんなところを、一人でほっつき歩いてるんだよ!?
そう、そこに居たのは、今日の主役であるレオニール殿下の妹君、ヒャオン王女だった。
腕に黒猫を抱いて、今日は兄のパレードだというのに外に出る気もないのか、高級な布地ではあるが動きやすそうなワンピースドレス姿である。
一見、凛とした気品を纏う彼女は、焦点の合わない淡い緑の瞳をぼぉっとこちらに向けて、薄い紫色の髪をサラリと流す。
「……ラウドン?」
「そうですよ。こんなところで何をなさっておられるのです?」
ラウドン様が頭を上げて問いかけると、ヒャオン王女は胸元に……そこにいる黒猫に目を落とした。
「いなくなったから、探しておりました」
「なるほど、供の者は?」
「〝影〟がついております。今から、アダムス様のところに参ります」
その言葉に、セイファルトの頬が引き攣る。
公爵令息であるラウドン様と違って、話しかけられてもいないのに、自分から口を開くことは出来ない。
出来ないが。
ーーー王女が、こんな時に一人で外に出るとか正気じゃねぇ……!!
いや、話は聞いている。
ヒャオン王女は神出鬼没で、アダムス様がいるところにはどこにでもついて行こうとする為、アダムス様には『王都からの外出禁止令』が出ている、という話は。
だけど、今日はパレードで人がごった返している……裏を返せば、外から来た者や、良からぬことを企んでいる連中も多く混じっているということで。
するとラウドンは慣れているのか、肯定するように頷いてから、言葉を返す。
「なるほど、好きな方に会いに行かれるのは……少々ご令嬢として、はしたなくはありますが……良いことですね」
「そうでしょう?」
「ええ。ですが、アダムスは今日は忙しいのではないでしょうか」
「あら、何故?」
「双子の弟君であるツルギス・デルトラーデ侯爵令息が、本日の主役の一人であるから、ですよ」
アダムス・デルトラーデ様とヒャオン王女には、共通点がある。
どちらも双子であるという点だ。
「わたくしは、お兄様がパレードに出るけれど、忙しくないわ」
「確かに、確かに。ですが、ヒャオン殿下はレオニール殿下の側近、というわけではありません。しかしアダムスは、双子の弟ツルギスの側近として、パレードに従われる筈です」
「それは知っているけれど」
ーーー知ってんのかよ!
というセイファルトのツッコミは、もちろん心の中だけである。
「ええ、ですからアダムスと一緒に居たいのなら、どうでしょう? ツルギスの竜車に乗って、一緒にパレードに参加されては。今から準備を整えれば、間に合うのでは?」
ラウドンの言葉にやっぱり焦点の合わない瞳で、どうやら思案している様子のヒャオン王女は。
「そうね。そうするわ」
と、あっさり納得して踵を返した。
するとほぼ同時に、慌ただしい足音と、ヒャオン王女を呼ぶ声が遠くから響いてくる。
「……やっぱり、目を盗んで抜け出してたみたいだね? こんな日に王女が暇なわけがないと思ったんだよ」
ラウドン様が、ヒャオン王女の背中を見送りながら、やれやれと髪を掻き上げる。
「今からツルギス様の竜車に乗る、となると、周りの人間の苦労がとんでもないことになるのでは?」
セイファルトは、彼の提案で振り回されることになる人々に同情した。
しかしラウドン様は、首を横に振る。
「彼女の性格は、王家の方が把握してるだろ。心配しなくても、最初からアダムスと同じ竜車に乗せる予定だっただろうよ」
じゃなきゃ管理が出来ないからね、と彼は事もなげに口にするが、それは王族としてどうなのか。
『没落伯爵家のご令嬢を嫁に』と望んで周りを大騒ぎの渦に叩き込んだレオニール殿下が、真面目な人間に見えてくる程である。
ヒャオン王女付きは、気が休まらないに違いない。
「……彼女の近くにいたら、痩せそうですね。ストレスで」
「冷や汗で服が濡れる方かもしれないよ? ……ん?」
ラウドン様は、何気なく向けたらしい廊下の外に、何かを見つけたようだった。
「見なよ、セイファルト。あそこに君と僕の愛しの人がいるように見えるんだけど」
「は?」
言われて、中庭の方に向いたラウドン様の人差し指の先を、セイファルトが目線で辿ると。
確かにそこにあったのは、ラウドンと結婚したという……痩せた上に性格が変わりすぎて別人かと思った……ローレラルと。
イオーラの友人としてパレードの貴族観覧に招かれているという、カーラの姿だった。
髪飾りは……? というわけで、相変わらずストーカーしてるらしい王女様の登場でした。
そしてローレラルとカーラは何をしてるのでしょうかね?




