かつて選ばれなかった男。④
目覚めた後、どうやらアーバインはかなり重症だったことを聞かされた。
アバラ数本にヒビが入っていて、内臓も破裂寸前になっていたようで。
治癒術士による回復は、骨よりそちらが優先されたらしい。
今回治癒術士に説明されて初めて知ったのだが、高い能力を持つ聖女でない治癒術士が重傷を一気に治療してしまうと、治される側にかかる体の負担が大きいらしい。
それこそ、英雄と呼ばれる頑強な体があれば話は別なようだが、アーバインは元々健康ではあるが、凡人である。
神の奇跡のような一瞬の治癒が実現するには、治す側にも治される側にも才能が必要だということだ。
なのでアーバインは、可能な限り治癒する部位を段階的に分けた上で、ある程度は薬草と自然治癒に任せるという方針を提示された。
当然、拒否権はない。
それでも、完全に自然治癒に任せるよりはだいぶ早く治るので、文句は言えなかった。
そして当然ながら、アーバインはしこたま怒られた。
青筋を立てた辺境伯には『以後、ハクアに近づく時は必ず二名の騎士の立ち会い』を命じられ。
『必要もないのに命を無駄にする奴に騎士は務まらん』と、浴びてるだけで死にそうな殺気と共に説教された。
それに関しては言い訳させて欲しい。
事情も知らないのに、あんなに怒ると思わないだろう、普通。
次に、冷たい圧を放つレイデンには、護身に関する部分の訓練を増やすと宣言された。
身体強化だけでなく防御魔術まで常時展開を習得させられるらしい。
なので、その前準備として魔力を徐々に増やすと言うクソマズイ薬草茶を毎日飲むことと、ベッドに寝ていても出来る、魔力放出の精度を上げる訓練を言いつけられた。
怪我人になってノルマが増えるって、どういうことだ?
最後に、いつもと変わらないゴルドレイは本を持ってきた。
天井に届きそうな量の教本である。
それらは、飛竜の生態を記したもの、魔匠の飼育に関するもの、後は何故か竜騎士の飛竜との連携の取り方などなど、飛竜と関わるに当たって必要そうなありったけの知識をみっちり叩き込まれた。
それはもう、治療院へ入院している一週間の間、枕元で朝から晩までみっちりと。
全然休んでいる気がしない、むしろ地獄のような一週間だった。
だが、終わったと思っていたら違った。
復帰したアーバインが挨拶に行くと、いきなりクレシオラに平手打ちを食らったのだ。
「心配させないでよ!! 死んだかと思ったでしょ!? それに、ハクアがもっと凹んじゃって大変だったのよ!!!」
めちゃくちゃ怒っていた。
下手すると辺境伯より怒っていたかもしれない。
でも、皆最後には『無事で良かった』と、口を揃えて言うのだ。
「悪かった。本当に軽率だった。すまない」
心からそう思っていたので、ボロボロ泣いているクレシオラに誠心誠意、謝った。
どうやら、軍人専用の病棟は妻など親類しか女性は入れないらしく、見舞いにこれなかったらしい。
ハクアは、処分などの事態にはならなかった。
ただ、何故かアーバインを次の主人だと認めたようで。
〝アーバイン、乗セル。飛ブ〟
〝くれしおら、良イ匂イ。落チ着ク〟
〝オ腹、撫デラレル。気持チ良イ〟
など、今までの無視は何だったのかと思えるほど、懐いて隙間もないほど喋っている。
どうやら元々は人懐っこく明るい性格で、だから余計に心配だったのだ、というのはクレシオラの談だ。
最初は竜騎士なんか務まらない、とアーバインは辞退を申し出たのだが、どうやら飛竜が二人目の主人を決めるなど、あまりないことらしい。
-
『他に乗れる奴がいないんだからやれ。じゃなきゃクビだ』
と、辺境伯、レイデン、副団長に口を揃えられてしまっては、アーバインに逆らうことなど出来るわけもなく。
アーバインは飛竜槍の扱いや、飛ぶ生き物の操り方まで覚えるハメになった。
ゴルドレイの詰め込み知識が役に立ったので、きっとこの為だったのだろう。
そして意外な効能として、どうやら飛竜と意思疎通が出来る魔匠の素質があるアーバインは、ハクアと魔力の共有が出来るらしい。
心を通わせたからだ、とレイデンは言っていたが、覚えがなかった。
頑張って思い出すと、どうやらハクアに頭突きされた時に頭の中に流れ込んできた意識、アレがそういう現象だったらしい、と気づいた。
ハクアも逆にアーバインの記憶を見たようで。
〝アーバイン、最低〟
〝クズ〟
〝クレシオラ泣カス、許サナイ〟
等も、最初の頃はよく言われた。
ーーークレシオラを泣かすってどういう意味だ?
いまいちよく分からなかったが、騎士団に来てから気づけば一年半。
怒涛の日々が過ぎ去り過ぎて、本当にあっという間だった。
すっかり皆からも認められたようで、竜騎兵(まだ騎士の称号は貰ってない)でレイデンの従者、という事実や、ハクアと連携が取れるようになって、ごく最近、また魔獣退治への随行許可が出ていた。
親しくなって聞いたところによると、レイデンはアーバインの一つ年下だったらしい。
散々強さを目にしてきたので、今更それを気にするようなことはないが。
歳が下でも、師は師だ。
キツいことの方が多かったが、ここまでアーバインを鍛えてくれたのはレイデンである。
逆に、レイデンが苦手として避けてきたらしい社交に関することなどは、アーバインが教え返すことが出来るくらいには、親しい仲になった。
流石に、レイデンは口下手ではあるが、物覚えが桁違いに良い。
特に高位貴族の所作に関しては、剣の修行の成果なのか、体に一瞬で馴染ませたのに目を見張ったこともあったくらいだ。
そんなこんなで、ある日、竜舎近くの訓練場で剣の素振りをしていると。
遠くで、レイデンと辺境伯が何やら話している姿が見えた。
辺境伯とレイデンに頼んでいることがあるアーバインは、ちょっと緊張してチラチラとそちらに目を向ける。
ゴルドレイは、最近は何か言う訳でもなく、ひっそりとアーバインの近くで佇んでいた。
ーーー許可、されっかな。
アーバインは、休暇の申請を出しているのだ。
それも、王都まで行くので、長い休暇である。
その理由は、ゴルドレイが持ってきた一つの手紙だった。
差出人は、イオーラと、レオ……レオニール殿下、そしてエイデスの連名だった。
ゴルドレイはただ一人イオーラだけを主人と仰いでおり、マメに連絡を取っているのは知っていたが……まさか、その内容にアーバインのことが含まれているとは思わなかった。
イオーラから、アーバイン更生の話を聞いたレオニール殿下が、彼女の許可を受けて『謝罪の機会を設ける』という伝言を渡してきたのだ。
ーーー結婚式の招待状と共に。
それも、ウェルミィも同時に魔導卿と結婚し、さらに複数名が結婚するという、とんでもない規模の結婚式だという。
アーバインは、自分とウェルミィの式が、あの夜会のほんの数ヶ月後まで迫っていて、その無駄になった準備費用も両親に返していないことに気づいた。
正直、悩んだ。
今更合わせる顔などない。
向こうも忘れたいんじゃないか、と、正直思う。
思うが。
『アーバイン様。過ちは誰にでもございます。貴方は口さがない言葉と行動でイオーラ様の心と名誉を傷つけましたが、それすらも、ウェルミィ様とイオーラ様の掌の上であり、貴方ご自身は暴力などを振るった訳ではありません』
レオニール殿下の件についても……まぁ、自分は不貞をしておきながら、という事実はあるが……『婚約者に近づくな』というのは当然のことだと、ゴルドレイは言葉を重ねた。
『お二人が貴方を許すと言い、招待状を送られたのです。堂々と、立派になった今のお姿を見せて来て下さい。……貴方は気づいていないかもしれませんが、私めが才能を見込んだからこそ、アーバイン様には家督を継がせぬよう、シュナイガー当主に伝えたのですよ』
本来なら、アーバインがゴルドレイの……最も才ある者が継いできたという〝エルネスト伯爵家執事〟の後継者であったのだと。
『イオーラ様は、国母になられます。であれば、シュナイガーの者が守るべきはこの国の全てになる、ということです。辺境を支える騎士団長の右腕として、臣下の礼を示してきては如何でしょうか』
『……ゴルドレイ』
アーバインが呟くと、老執事は、何故か眩しそうに目を細めた。
『たった一年半で、貴方は私が満足するほどに、成長されましたよ』
その言葉に、何故か涙が溢れた。
『……伯父上。……俺、は……』
『もう、罪を精算して来なさい。ケジメをつけて、辺境の盾として立つのなら』
『……はい……!』
そうして、今。
訓練場で二人の返事を待っているアーバインの元に、珍しく竜丁姿ではなく、白いワンピースに麦わら帽子姿のクレシオラが、満面の笑みで駆け寄ってくる。
「アーバイン!」
こちらもすっかり親しくなって、そのまま飛びついて来た彼女を支えて、アーバインは呆れる。
「クレシオラ。婚前の女性が人前でそれは、はしたないだろう」
「何よ、分かってないわね、もう!」
注意すると、何故かクレシオラがむくれる。
これだけ可愛くて明るいなら、さぞかし社交の場でモテるだろう。
たかが一騎兵に懐いているところなど見られて、評価を下げてはもったいないだろうに、分かっていないのはどっちだ、と思った。
「それよりアーバイン! 貴方〝騎竜〟の称号を貰うんですって!? 凄いじゃない!」
「全然実感ないけどな……」
ハクアと魔力共有が出来るようになってから、アーバインの魔術の腕はとんでもなく伸びた。
それこそ、身体強化魔術と防御魔術を展開すればレイデンともある程度打ち合えるようになり、ハクアは今では手足のように意思が通じ合っている。
竜騎士固有の跳躍スキルも得て、足回りは特に筋肉がついたし、体全体も引き締まった。
魔匠で竜騎士という、国内に他にはいない兵士として。
その技量や実績も鑑みて、辺境伯からの働きかけでアーバインに与えられることになった、らしいが。
正直、辺境伯のレイデンに対する箔付けの一環なのじゃないか、と疑っている。
〝殲騎〟の騎士団長の右腕が〝騎竜〟だと、称号持ちが南部辺境伯騎士団の要なのだと、対外的に示す意味合いが強いのだろうと。
実力で与えられたなどと、全く思っていないアーバインである。
「でも、それ貰ったら、一緒にもらう褒賞で、親に借金が返せるからさ……」
別に利用されていたところで、利益がない訳じゃない。
クレシオラには、アーバインの過去のことを話していた。
彼女は、そのゴミのような所業を聞いても『今は違うんでしょ? なら良いじゃない』と、全く気にしていなかったようだが。
「あー、無駄になった結婚式の費用ってやつ? まぁ、確かにさっさと返しておいた方がいいかもね。……私もそれ、気分よくないし……」
「なんか言ったか?」
「何もないわよ! 私、ハクアのところに行ってくるわね!」
「ああ、気をつけてな」
クレシオラを見送ると、辺境伯とレイデンが近づいてきて、なんとハクアを使う許可までもらえた。
それなら、旅程がだいぶ楽になるからだ。
と、思ったアーバインに、その日の夜、竜騎兵仲間がさらにとんでもない提案をしてきた。
「全員で王都に行く……!?」
「そうだよ! でな、何でか、って計画なんだが……」
彼らが話した計画に、アーバインは乗り気になる。
「それ、良いな」
「だろ? 南部辺境伯竜騎士の威信を見せつけられるしよ! 後は辺境伯の許可だけだが、まぁ、五騎くらいなら許してくれるだろ!」
結局。
『派手にやってこい!』と、アーバインたちは送り出され。
ーーー王都五家合同結婚式の数日前に、白い飛竜を先頭にした編隊が、飛び立ったのだった。
ということで、アーバインくん更生話は、終わり!
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
一応、ここまでで三章完結としまして、なるべく早く再開して結婚式編をやりたいのですが……少々状況が立て込んでまして、予定が未定です。
一ヶ月は待たせないと思うので、どうぞお楽しみに!
待ってるよ! と思って下さった方は、ブックマークやいいね、↓の☆☆☆☆☆評価等、どうぞよろしくお願いいたしますー!




