公爵夫人の秘密。【後編】
ーーーお義姉様と出会ったのが、運命。
そう言われて。
「……素敵だわ!」
ウェルミィは、思わず両手の指を絡めて、うっとりと声を上げていた。
「え?」
「だって、私とお義姉様が、運命の赤い糸で結ばれていたということなのでしょう!? ああ、なんて幸せなのかしら……!!」
「……」
ウェルミィはすぐに呆気に取られているヤハンナ様に気づいて、慌てて表面を取り繕う。
「あ、申し訳ありません。つい」
「いえ、ウェルミィ様は本当に、イオーラ様のことが好きなのね。とても微笑ましいわ」
ヤハンナ様も我に返り、気を取り直したように少し居住まいを正した。
「それだと、私がヤハンナ様やエサノヴァの演技を見抜けなかったのは……でも、エイデスのことが分かるのはおかしくないかしら?」
話によると、エイデスも氏族の末裔である。
でも、ヤハンナ様は首を横に振る。
「いいえ。十二氏族の者たちは少し特殊だから、貴女の本質を見抜く〝精霊の瞳〟の力が利き辛いのは間違いないわ。オルミラージュ侯爵については……多分、ウェルミィ様に嘘をつこうとしないから、分かるのではないかしら?」
そう言われて思い返してみると、最初に対峙した夜会では、最後の瞬間まで彼の演技を見抜けていなかったことに、ウェルミィは気づく。
お義姉様も分からなくはないけど分かりづらいし、確かにヤハンナ様の言っていることには沿っているようだ。
「それで、実家の話ね。〝夢見の一族〟は、夢見の能力は残っていたものの、『語り部』の力を持つ長の資格を失ってしまったと言ったわね。それは、祖母の代に起こったの」
〝夢見の一族〟は、十二氏族の語り部として、様々な氏族の末裔と交流を図り、今でも密やかに血を交わしているのだという。
「〝土〟の一族との交流を深める為の結婚では、お互いに一族の者を一人づつ相手側に出した。その、〝土〟に婿入りした人物の息子に、『語り部』の力が継がれてしまったのよ」
語り部は、〝夢見の一族〟の中でもただでさえ特別な能力を持つのに、よりによって他国に現れてしまった今代の『語り部』が、歴代でも随一の力を持っていることが発覚した。
「その時、代わりにこちらに嫁いで来た〝土〟の女性が、私の祖母よ。当時、〝土〟の公爵家側に『語り部』が生まれてしまった時は、随分と実家は焦ったようよ。必死で取り戻そうとしたけれど、叶わなかったらしいわ」
四公の力を持つ者を縛る法、ウーヲンの時にも出てきたそれが、『語り部』を取り戻そうとする動きを阻んでしまったのだという。
〝夢見の一族〟では、汚い手段を使ったとしても、〝土〟の力を持つ氏族には敵わない為、結局断念したそうだ。
「『語り部』を取り戻せたとしても、自分たちが、再び表舞台で注目されてしまうことを恐れたの。夢見の力も四公や聖女同様、使い方によっては、幾らでも悪用出来てしまうし……継いできた十二氏族の記録を奪われてしまえば、世界が混乱に陥りかねない」
貴族の祖とも言える十二氏族の記録となれば、確かにそうかもしれない。
特にお義姉様のことがバレてしまえば……良いように利用しようとする連中が、今までの比ではないくらいに出てきてしまうことだろう。
それはウェルミィにとっても、良いこととは言えない。
「……エサノヴァは、その『語り部』と繋がりがあるのでしょうか?」
「おそらくは、としか言えないわ。どんな目的で動いているのかも分からないし、わたくしも実家の指示という形で、『語り部』とは間接的に関わりがある程度なの。わたくしの話は、これで全てよ」
結局、エサノヴァの目的は分からない、ということだ。
「何故、その話を私にしてくれたのですか?」
「実家の方が、ウェルミィ様に注目しているようだったから。氏族の末裔でもあるし……何より、わたくしは貴女を好ましいと思っているの」
と、ヤハンナ様はまた、月魅香の花に目を向ける。
「あの花は、〝夢見の一族〟と事実を知る氏族の末裔が連絡を取り合う時に使うのよ。元々〝私は気づいている〟という花言葉は、『愛し子の正体に』という意味が込められているの。遇すれば精霊が益を、害すれば精霊が破滅をもたらす十二氏族の長、〝精霊の愛し子〟を守る者が誰なのかを、お互いが知るための証なのよ」
ーーーお義姉様を。
つまりエサノヴァは。
「守る側の人間、ということですか? お義姉様を?」
「あくまでもわたくしの推測でしかないけれど。オルミラージュ本邸で花を目にした者は、皆守る側であり、守られる側の人だったのでしょう?」
そして貴女も、とヤハンナ様は笑う。
「エサノヴァや『語り部』の目的は、わたくしには分からないわ。二人の間に繋がりがあるかどうかも。……でも、わたくしは、ウェルミィ様と今後末永くお付き合いして行きたい。その為に、知っていることを話す必要があると思ったのです。ラウドンも、上手く使ってやって下さいな」
「ありがとうございます、ヤハンナ様。そして、最後に一つだけ……ヤハンナ様に、危険はないのですか?」
こんな事を話してしまって本当に良いのか、という問いかけに。
「わたくしは、もうほとんど実家とは繋がりが切れているの。今のわたくしは、ホリーロ公爵夫人ヤハンナよ」
背筋を正しながらも、ヤハンナ様の瞳には悪戯っぽい光が宿っている。
「臣下として、未来のライオネル王妃陛下を守る為の行動を、非難される謂れはないわ」
その態度に、ウェルミィも思わず顔を綻ばせる。
「そうですわね。私たちは、ライオネル貴族ですものね」
「そうよ」
ふふ、と笑みを交わし合った後、しばらくたわいもない雑談をして。
ウェルミィは、二人きりのお茶会を後にした。
というわけで、ウェルミィも陰謀の外殻に触れました。
ちなみにヤハンナ様は、本当に『向こう側』ではない人ですね。ラウドンからある程度は情報を得ていても、ウェルミィの味方です。
『お義姉様を守る』という最上の目的にブレがないので、ウェルミィ的には今後も最大のパフォーマンスを発揮するのではないでしょうか。
後は、エイデスとウェルミィの話をして、某選ばれた男の話をして、結婚式の話をしたいです。第三章終わるまでどのくらいかかるんだろう……。
余談ですが、チャームルナの名前の由来は『月に魅せられて=銀の髪と紫の瞳を持つ精霊の愛し子に魅せられている』という意味です。
そしてアーバインとゴルドレイの実家の商売が上手く行くようになったのは、ゴルドレイがイオーラに忠実であり、実家はゴルドレイ側だったので祝福がありました。アーバインだけが破滅したのはイオーラをあんな風に扱ったから。
愛し子だと知らなかったけど主人に忠実であったが故に愛し子の風によって桶屋として儲かったゴルドレイさんマジゴルドレイさん。
後、ズミに目が利かなかったのはまた別の理由があるっす。
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