公爵夫人の秘密。【前編】
「ようこそ、おいで下さいました」
先触れを出して訪ねたヤハンナ様は、温室の中で待っていた。
「お久しぶりでございます」
ウェルミィは優雅に礼儀を取ると、勧められるままに用意された白塗りの椅子に腰掛けて、テーブルを挟んで彼女を見る。
滑らかな茶色のストレートヘアに、金の混じった同色の瞳は相変わらず。
ラウドンに似た柔らかなタレ目の美貌と、年相応にふっくらとした色気も、変わっていない。
―――全く、あのチョロそうな様子が、ラウドンと合わせて全部演技だったなんてね。
すっかり騙されたウェルミィは、最近、自分の『目』が役に立たない相手が多いことに違和感を覚えていた。
ヤハンナ様に、ラウドン、そしてエサノヴァ。
ズミアーノもそうだけれど、誰も彼も、初見の印象は大したことがなかった筈なのに。
侍女の手によってお茶が注がれ、ヤハンナ様が温室の中に目を向けた。
「そろそろ時期も終わりなのですけれど、我が公爵家の温室にはまだ慎ましく咲いている花がございますの。ウェルミィ様にもお気に召していただけると嬉しいのですけれど」
と、示された先に目を向けると、そこには月魅香。
お義姉様とイングレイ前侯爵が口になさっていた、〝危険な遊び〟〝私は気づいている〟と言う花言葉を持つ花だ。
エサノヴァのメッセージでもある花をわざわざ口にして紹介したのは、偶然じゃない。
向こうと繋がっていることを、示しているのだろう。
「それで、お話というのは?」
ヤハンナ様は、今日は落ち着いた深い青の下地に白の縫い取り、同様に白いレースで首を詰めたドレスで装っており、胸元を開いていた以前の夜会に比べてこちらの方がよく似合っている。
対するウェルミィは、今日は真紅のドレスに金糸の縫い取りという、昼の訪問にしては華美と自分でも感じる装い。
こちらのドレスは、臨戦態勢の意思表示である。
それをどう取ったのか、ヤハンナ様が柔らかく笑みを深める。
敵意は感じない。
でも、感じないことが罠ではないとは言い切れない。
「当初から、目的は私に御子息を仕えさせることでしたか?」
以前の衆人環視の中と違い、ウェルミィはヤハンナ様相手に腹芸をするつもりはなかった。
すると、軽く瞬きをした後に、ヤハンナ様が首を横に振る。
「少し違う、かしら。わたくしとしては、どちらでも良かったの。王室でも、オルミラージュ侯爵家でも、繋がりが出来れば」
「あの人工宝石も仕込み、ということですね」
「それは、ええ。そうと言えば、そうかもしれないわね」
「目的は、何だったのでしょう?」
ウェルミィの問いかけに、ヤハンナ様は首を傾げる。
「そうね、監視、かしら」
「監視?」
「ええ。実際に、不穏な動きがあったでしょう? ラウドンから報告は受けているわ」
「エサノヴァの件ですね」
ウェルミィが知っているのは、彼女が何らかの目的でローレラルを利用してこちらにちょっかいをかけ、目的が済んだら脱走して大公国に逃げた、ということだけだ。
それについてエサノヴァは明かさなかったらしいけれど、ウェルミィはオレイアとラウドンに『会いに行く』と唸った時に、彼女に伝言だけ頼んで放置した。
レオも一枚噛んでいる、という話だったので、お義姉様に危険は及ばない。
エイデスも放置する方向のようだったから、ウェルミィが口を出す領域ではないと判断した。
けれど。
「私、良いように一方的にやられるのは、性に合わないんですの。何か彼女について、ご存知かと思って面会に来ましたが、当たったと考えてよろしいでしょうか?」
ウェルミィの問いかけに、ヤハンナ様は穏やかに頷いた。
「わたくしは、あの子のように、裏で動く人たちの動きを知りたかったの。間に合ったみたいで良かったわ」
「エサノヴァとヤハンナ様に、繋がりはないのですね?」
「多少は、といったところね。でも、わたくしは、彼女ほど様々な物事を深く知っているわけではないわ。それでもよければ、少し、昔話に付き合っていただけるかしら?」
「ええ」
ウェルミィとしても、少しでも情報が得られるならありがたいと思ってヤハンナ様に面会を望んだのだ。
ヤハンナ様は、月魅香に再び目を向けて、静かに語り出した。
「私の実家は、自らを〝夢見の一族〟と名乗っているの」
古来不思議な夢を見る力を授かった一族で、それは遠見の力であったり、あるいは予知の力であったりするのだという。
力の強さは、魔術と一緒でまちまちで、ヤハンナ様自身は多少、『虫の知らせ』がある程度の弱い力だという。
「あのイミテーションのネックレスも、身につけている夢を見た、という程度のことだったわ。だから、仕込んだのかと問われれば仕込んだけれど、それが何を意味するかは知らなかったの」
〝夢見の一族〟と呼ばれたヤハンナ様の遠い祖先は、遊牧民であったと言われているそうだ。
「そして、大公国の〝地水火風〟の四公も同じ一族を血統に持っているの」
「……それは、ヤハンナ様が元は隣国の出身という話ですか?」
「いいえ。わたくしの祖父の代に多少〝土〟の血が混じっているけれど、その程度よ。その話は後でするけれど……とりあえず、最初から順を追って話すわね。まずわたくしの祖先は、前王国が立つよりも前に、この地に根ざしたの」
〝夢見の一族〟は遊牧民であった頃、十二の氏族に分かれていたのだ、という。
「氏族というのは、今でいう貴族家のようなものね。同じ能力を持つ血統の者で固まっていて、それぞれに先駆けであったり、家を守ったり、傷を癒したりと言った役割があり、その役に立つ固有の血統魔術を持った一族が十二あった、という意味よ」
「血統魔術を、十二個も……?」
一つの集団の中で、そこまで大量に保有していた国など、未だかつてないだろう。
「恐ろしいほどの力を持った一族だったのは、間違いないわ。だって、今も残る多くの強力な血統魔術は、〝夢見の一族〟からもたらされたものなのだもの」
氏族は、貴族家のようなもの、というより、現在の貴族そのものなのではないだろうか。
リロウドの血統が、解呪の力を受け継いでいるように、氏族の力を継ぐ者も、その力を持って貴族になったのだろう。
ウェルミィの考えを読んだように、ヤハンナ様は頷く。
「お察しの通りよ。元来強い魔術を操ることが出来た十二氏族の内、四つは大公国の四公に。四つはバルザム帝国、アトランテ王国、ライオネルの前にあったアバッカム公爵家の前王国、そしてオルミラージュ侯爵家となったの」
「エイデスも、氏族なのですか?」
ウェルミィは驚いた。
いくら筆頭侯爵家とはいえ、ライオネル王家を差し置いてそこで名前が出てくるとは思っていなかった。
「ええ。もしかしたらあの家にも、氏族であった記録は残されているかもしれないわ。知恵と魔術に長けた氏族の末裔であり、前王国からの古い血筋だから……」
そもそも、現在ライオネル王家に受け継がれる紫の髪は、本来であれば強い魔力と共にオルミラージュ侯爵家のものだったらしい。
が、最も力の強い娘が当時のライオネル辺境伯家に嫁ぐことで、現在のライオネル王家に移ったのだと。
今挙げられた名前で、氏族の数は八つ。
「残りの四つは、どうなったのですか?」
「一つは、表舞台から隠れることを選んだ、私の実家である語り部の血統。今は自分たちだけを〝夢見の一族〟と呼んでいるけれど、元は十二氏族全ての語りを、知識として蓄える氏族だったの。残りの二つは特殊で……巫女と呼ばれる者の力が適性のある者に受け継がれて、その番を長とする氏族だったわ。片方は傷を癒やす力が、もう片方は他者にも夢を見せる力があったの」
「巫女……」
治癒の力を持つ巫女を頂き、番を持つ一族、と言われて、ウェルミィは一つ思い至る。
「〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟……そして、〝光の戦士〟」
「正解よ」
ヤハンナ様は、微笑みと共に頷いた。
そして特定の血筋ではなく、力を継いでいくということは、多分、現在の聖教会の原型となった氏族なのだろう。
「もう一つ、夢を見せる側は〝紫紺の髪と瞳を持つ魔女〟の氏族だったというわね。こちらは〝闇の聖女〟とも呼ばれていて、その二つの氏族は十二氏族の中でも医療と祭事を司る特殊な立ち位置にあったのよ。けれど、時を経る内に聖教会と魔女の氏族は反目し合うことが増えてきて、ついには魔女側が迫害されたことで、私の実家同様に、闇に潜ったと言われているわ」
四つの大公家と、三つの王国、オルミラージュ侯爵家と、二人の聖女の氏族。
そして、〝夢見の一族〟。
「なら、後一つは?」
ここまでで十一。
一つ足りない。
そう思っていると、ヤハンナ様は静かに紅茶に口をつけて唇を湿らせると、真っ直ぐにウェルミィを見る。
「最後の一つは、十二氏族を纏め上げていた氏族よ。あらゆる加護を一身に受けた、一人の長を輩出する血筋……その貴族家は、今はないの」
「そうなのですか?」
「ええ。最後の氏族と、私の実家である〝夢見の一族〟は、似たような結末を辿っているわ。最後の氏族は、長たる資格を持つ者は受け継いでいたけれど、その能力を遥か昔に分かたれて失ってしまった」
逆に〝夢見の一族〟は、夢見の能力は残っていたものの、『語り部』の力を持つ長の資格を失ってしまったのだという。
そう説明して、ヤハンナ様はおかしそうに笑った。
「最後の氏族の能力は、解呪の力。長以外は朱色の瞳を持ち、精霊に好まれる血脈よ。この国では、リロウドの血がそれに当たるわね」
他国に行けば、同じように朱色の瞳を持ち、解呪の力を備える血脈が幾つかあるのだという。
「私も、お父様も氏族……?」
「ええ。リロウドの血は遥か昔に直系からは分かたれているけれど、相変わらず精霊には好まれるようね」
「……では、長の方は、どうなったのですか?」
リロウドを含む、朱色の瞳を持つ一族から離れてしまったという、十二氏族の長は。
ウェルミィの問いに、ヤハンナ様は少し悲しげに目を伏せた。
「今はない、ということは、血は絶えたのですか?」
「いいえ。爵位を継ぐ者が突然の流行り病によって消え去ったけれど、ただ一人だけ、直系血族の女性が残っていたわ。けれど、彼女は実家が消滅した時には、既に嫁いでしまった後だったの」
「どこに嫁がれたのです?」
ウェルミィの質問に、ヤハンナ様は深く息を吸って、答えを口にした。
「エルネスト伯爵家。ーーー十二氏族の長とは、真なる紫の瞳を持つ〝精霊の愛し子〟のことなのよ」
「……!」
「何が、誰に受け継がれたのか。ここまで話せば、分かるのではないかしら?」
言われて、ウェルミィは悟った。
「お義姉様、なのね? その、『長』の血筋、最後の生き残りは……」
「そう。イオーラ様の……彼女の母である人が、他家に嫁いでしまった最後の直系であり、我が子の加護を多くの人と精霊の目から隠した張本人」
おかげで、ヤハンナ様自身は、見つけるのに時間が掛かってしまったのだという。
彼女はウェルミィをジッと見つめて、どこか愛おしそうに、首を傾げる。
「リロウドであるウェルミィ様と、長であるイオーラ様。今となっては全く血の繋がりがないお二人が、エルネスト伯爵家で出会ったことを知った時は、運命なんていうものの存在を信じそうになったわ」
運命的な出会いを果〜たした二人を結ぶ赤い糸〜♪(シド/妄想日記)
というわけで、まぁここのところ、諸々ぶっ込んで行ってますが、興味のない人は聞き流してくれてオッケーです。
この話は。
①イオーラは血筋と能力が凄くてエイデスも血筋が凄くて、ウェルミィはどっちもそこまで凄くないよ!
って、ことと。
②ヤハンナ様は〝夢見の一族〟で、エサノヴァと同じように〝土〟の一族と繋がりがあるけど、この二人は協力関係にはないよ。黒幕は〝土〟の中にいるっぽいよ!
ってことだけ分かっていればOKです。そんな細かい繋がりとか諸々は、本筋に全然関係ないです。作者がせっかく考えてたこと語りたかっただけです←
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