罪を背負った伯爵令嬢の絶望。【中編】
残酷描写があります。ご注意下さい。
ローレラルは、失意の内にラウドンの元へと引き取られることになった。
その馬車の中で、ポツリと漏らす。
「せめて貴方が、家督を継げばよろしいのに」
ホリーロ公爵家は、公爵家の中では格に劣る。
自身の派閥を率いるといっても、王室派の対抗勢力である。
親王室派よりも勢力が小さく、また権力が二代下がった公爵家ということは、ラウドンの弟が継ぐ時には侯爵家となるからだ。
となれば、王室にすら匹敵する権勢を誇る筆頭侯爵家であるオルミラージュ侯爵家よりも、格下になる。
それでも、そのオルミラージュ侯爵家の使用人とホリーロ侯爵家当主では、比べるべくもなく当主の方が立場は上なのだ。
「今からでも遅くはないのではなくて?」
ローレラルは、ラウドンが自分を娶ることになったことを彼への『罰』だと認識していた。
オルミラージュ女主人に害をなそうとした、表向き裁けない女を当てがわれるということは、これより先に出世を望めないということだ。
ラウドンは、ローレラルがウェルミィを襲うのを手引きした男である。
その罪を背負って飼い殺されるくらいなら、先に家督争いに負けたのだとしても、汚い手段を使っても良いから家督を取り返すことを目指すべきでは……、と仄めかした。
そちらの方が、ローレラルとしても利益になるのだし。
ラウドンは自分に擦り寄ってきた。
それを便利に使ったが、内心では自分の持つ紫の髪の価値に靡いてきたと、下に見ていたのである。
元々、彼の女好きの噂は、きちんとローレラルの耳に届いていたのだから。
「それとも、こうしてわたくしを娶ることが、貴方の狙い通りだったのかしら?」
ローレラルは阿呆ではない。
もしかしたら、ラウドンが裏切ったのでは、という可能性にもちゃんと気づいている。
その上で、自分を手に入れる為という目的で裏切っていたのなら、まだ自分の言うことを聞くだろう、と、思っていた。
上手く操れば、この【魔封じの腕輪】もすぐに外させることが出来るかもしれない、と。
しかし。
「良いですね。まだ折れていないんですか。やっぱり、エサノヴァ嬢ではなく貴女を選んで正解でしたね」
と、柔和な微笑みを浮かべたまま、ラウドンは満足そうに頷いた。
どういう意味かと問い返す前に、馬車が止まる。
そして案内されたのは、真新しいが子爵家程度の大きさの屋敷だった。
しかし外壁は高く、内側にはさらに目隠しなのだろう木々が植わっていて、屋敷や庭で過ごす者達の姿は見えないように配慮されている。
「家督を継がない、と決まった時に、与えられた家です。最近完成しましてね。個人的には気に入っていますよ」
と、使用人達に出迎えられながら、ラウドンはローレラルをエスコートして屋敷に入った。
しかしそのまま、どこに案内されるでもなく、一直線に二階に向かうと、招き入れられた先は寝室だった。
「……? これはどういう……」
「〝痺れなさい〟」
と、問いかけようとした所で、まるで金縛りにあったようにジィン、と体が痺れて動かなくなり、声が出なくなる。
力が抜けて倒れそうになったところをラウドンに抱え上げられ、寝台にそっと横たえられたローレラルは、混乱しながら自分を見下ろすラウドンを凝視する。
その柔和な笑みが、酷く不気味に感じて、背筋が怖気だった。
「勘違いなさっていたことを、一つ訂正しましょう。貴女を望んだのは真実ですが、それは褒美としてです。私はそもそも、リロウド嬢側の人間ですから」
「ーーーッ!?」
そうして、ガシャリ、と足に冷たい何かが嵌められ、ジャラリと鎖の音がした後、もう一つカシャン、と音が鳴る。
「出てきて良いよ、ズミ」
「あ、終わった?」
ラウドンがローレラルの頭にそっと手を添えて、横を向かせる。
そこに、どこから現れたのか、浅黒い肌をした美貌の青年……ズミアーノ・オルブラン侯爵令息が立っていた。
「【不死の腕輪】は、ちゃんと機能してるみたいだねぇ? いやー、上手くいって良かった良かった」
「本当に、言葉ひとつで体の自由を奪えるなんて凄いな。どういう魔導具なんだい?」
「んー、【服従の腕輪】と違って、言葉一つで相手を殺せるようなものじゃないよー。むしろ、自殺とか出来なくするヤツだねー。ご飯を食べろと命じれば、ちゃんと生命維持に必要なだけ強制的に食べさせるし、魔力を封じるのと、後、自傷も出来ないようにしてあるよー」
「魅了や魅惑の魔術よりも効果が高いように聞こえるけど」
「あはは、そっちと違って、何でも言うことを聞かせられる訳じゃないよー? 自由を奪う命令とそれだけしか出来ないし。ただ、生存本能って生き物の中で何よりも強力だからさー。魔力を封じた分を『生存本能に纏わる暗示』に転用してるだけだねー」
「十分凄いと思うけど。犯罪奴隷とかに使えるんじゃない?」
「個人の魔力波形に合わせた調整が必要だから、大衆化にはちょっと時間が掛かるかなー。それに、ミィやニニーナがダメって言いそうだから、実現しないかも!」
二人は、まるで実験動物でも見るようにローレラルを見下ろしながら、楽しそうに会話を交わす。
「テレサロを知ってる? 聖女なんだけどさー。彼女、魔力の波動が見えるらしくて、その歪みを治せるんだよねー。それ便利だなーと思って研究して、波形の可視化はある程度の精度で出来る様になってさー」
ズミアーノは、無邪気に続けた。
「治すより歪ませて壊す方が簡単だから、そっちを先に実用化しちゃった♪」
「頭おかしいの治ったって聞いたんだけど、デマだったのかな?」
「色々楽しいと思えるようになっても、人格まで変わる訳じゃないしねー。実験は今でも好きだよー。結果出たら教えてねー?」
それじゃーね! とズミアーノは悠々と寝室から姿を消した。
「さて、それじゃローレラル。貴女は今日からここで過ごすんですよ。ああ、その前に麻痺を解いてあげますね。抵抗されないとつまらないですし」
と、いつもと変わらない様子で告げるラウドンに……ローレラルは、初めて激しい恐怖を覚えた。
「貴女はもう人間じゃありません。……私の愛玩動物として、ちゃんと躾けて差し上げますよ」
「ーーー!!」
ローレラルは、彼の言葉に、声にならない絶叫を上げた。
※※※
その日から、地獄が始まった。
尊厳を徹底的に奪われた。
足を寝台の柱に繋がれたまま、無理やり純潔を散らされた。
その後、服は奪われて裸でずっと過ごすことになった。
食事は両手を後ろ手に縛られて、床に這いつくばらされて、ラウドンの手ずから、あるいは犬のように椀から口で食べさせられた。
排泄は庭で、それもある程度は決まった時間にしか行かせて貰えず、使用人やラウドンに見られながらしなければならなかった。
そして、毎晩抱き潰された。
気絶も抵抗も無意味だった。
自尊心をズタズタに引き裂かれてなお、自害すら許されない生活。
一日のほとんどを寝室で過ごすことになり、手足はみるみる衰えた。
それでも、体と過ごす部屋だけは清潔に保たれた。
娯楽もなく、ただラウドンを見送り抱き潰される夜を待つだけの生活に、体が耐えきれず熱を出せば、甲斐甲斐しく看病をされた。
ーーーもう、人ではない。人の扱いをされない。
その事実を理解するのに、半月が掛かった。
気が狂うような屈辱と絶望の中で、三ヶ月。
ローレラルは、ついに懇願した。
「殺して……殺して下さい。……お願いします……どうか」
「おや。この程度しか保たないのですか?」
ラウドンは、呆れたようにため息を吐く。
「貴女が他人に、それも気軽にやろうとした事が自分の身に降りかかっただけなのに、何を絶望することがあるのです? それも、私はまだ手加減していますよ?」
ウェルミィの尊厳を奪おうとしたから、奪われた。
「彼女が社交界に出られず、婚姻も出来ぬように噂をばら撒こうとしたのでは? ご当主様の妻になれないだけではなく、社会的に抹殺しようとしたのでしょう? 貴女は私の妻です。そこまで酷い扱いはされていない」
ウーヲンの家族を人質に取り、その尊厳を無視した扱いをしたから、そうされた。
「平民を人だと思わなかったのでしょう? 命を奪われるか、それより酷い心の傷を受けるか、それとも言うことに従うかの選択を突きつけたのでは? その中で、貴女は命を奪って欲しいと望むのですか?」
ヘーゼルに冤罪を突きつけて、オルミラージュ侯爵家から追い出そうとした。
「何の罪も犯していない相手を、牢獄に送ろうとしたのでしょう? その後、一人で市井に降りたとて、そんな犯罪者がまともな職につけるとでも? この寝室はそれよりも遥かにマシな場所では?」
全部お前がしようとしたことだと、ラウドンは突きつける。
「散々罪を犯して、他国との問題にまで発展させて、本当にその罰が私の妻になることだけだと思ったのですか? ……家畜以下の人間を愛玩してあげているだけ、ありがたいと思うべきでは?」
彼の言うことが、何一つ理解出来なかった。
いや、理解したくなかった。
お前がやろうとしたのはそういう事だと、そんな言葉を認めたくなかった。
ーーーわたくしが。
「……殺して下さい……」
それでも、こんな扱いに耐えれなかった。
己の醜さを突きつけられて、本当に気が狂いかける寸前で、ローレラルにはもう、何かを考える力が残っていなかった。
するとラウドンは、少し思案した後。
「考えておきます」
と告げて、数日後。
ローレラルを裸のまま馬車に乗せて、ある場所へと連れて行った。
目元だけを覆う仮面を着けて首輪に繋がれ、萎えた手足で這うようにリードを引かれた。
誰とも会わないように配慮された通路の先にあったVIPルームから、促されて下を見下ろすと。
その先で見せられた光景は、自らの地獄が本当に軽いものなのだと思い知らされるもの。
「貴女のような者を育てた方の受けている罰です。どうぞ、ご覧ください」
ーーー舞台の上で衆人環視の中、淫猥なショーの見せ物になる母の姿。
その腕には、ローレラルと同じ腕輪が嵌まっていた。
「殺しませんし、腕輪を外すこともありませんが、貴女もあのような扱いを受ける立場になるというのなら、私から解放して差し上げますよ? もしかしたら死ねるかもしれませんし。その代わり、貴女の母の居場所はなくなります。枠は一つしかないので」
それは、自分がそれを選択すれば母も死ぬ、という脅しだった。
あのような扱いを受けた女性が身一つで放り出されたら、さらに下層の娼婦として貧民街にでも行かされるのだろう。
自分の身一つならともかく、母まで殺すというその言葉を、受け入れられなかった。
ローレラルは、彼の足に縋り付く。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……捨てないで下さい……お願いします……!」
「おや、貴女でも母親は大事ですか? では、帰りましょう」
屋敷に戻った後は、もう反抗する気力も懇願する気力も残っていなかった。
狂えたら、と思いながら、何度も母の惨状を悪夢で見る。
「狂ってもいいですよ。その時は、捨てますけどね」
狂いたい。狂えない。
もう何日経ったのかも、分からない。
やがて耐えかねて、またラウドンに懇願する。
大切なものなど全部なくなったと思っていたのに。
「受け入れます。このまま罰を受け入れますから……ですから、お母様を、せめて、せめて……もう少し」
あんな、人前で辱められるような形ではなくて。
「貴女は、その対価に何を支払えるのです?」
「……」
「では、貴女と立場を入れ替えますか?」
「……それ、でも、いい、ですか、ら……」
ここよりも落ちれば、狂えるだろうか。
目の前でなければ、狂っても許してくれるだろうか。
そんなローレラルを、ラウドンはまた、ジッと見つめた。
「ふむ。考えておきます」
そうして、また数日。
考える時間だけは、たくさんあった。
変わり映えのしない、生きながら死んでいるような生活の中で。
ふと、表情も変えずに黙々と自分の体を拭いてくれる侍女に目を向ける。
そういえば、この寝室では彼女と他数人しか侍女を見かけないし、男は一切いない。
彼女は平民だろうか。
少し汗臭さを感じたのは、ローレラルの世話を懸命にしてくれているからだろう。
動かないローレラルを丁寧に拭う彼女の額には、汗が滲んでいる。
彼女達は、こんな自分を決して粗雑には扱わない。
服すらも貰えない自分を、ラウドンに人以下の扱いしか受けていない自分を、蔑んでもおかしくはないのに。
ラウドンに何かを言い含められているのだろうか。
話はしないけれど、だからといって手を抜かないのは、給金をたくさん貰っているのか。
こんな扱いの口止め料を含んでいるのか。
それとも、家族を養うために懸命に働いているのだろうか。
ーーーウーヲンみたいに。
そう考えた瞬間、全身に鳥肌が立った。
侍女が、驚いたのか手を止めるが、すぐにまた体を拭き始める。
ーーーわたくしは、何を。
自分が何をしたのか、唐突に理解した。
家族を人質に取られて逆らえないまま、どんな扱いを受けても黙って従った彼が、どんな気持ちだったのか。
同じ扱いを自分が受けるまで、気付きもしなくて。
ローレラルは、体を拭き終えて去ろうとする侍女に、ぽつりと告げた。
「あり……がとう……」
侍女が、バッと振り向いて驚愕の表情を浮かべる。
そして何故か、涙を滲ませた。
「お嬢様……」
「……?」
名前でも、奥様、でもなく、お嬢様、と呼んだ彼女に問い返す前に、彼女は慌てて姿を消した。
その日の夜。
現れたラウドンが、やはり笑みを浮かべたままベッドに乗ってくる。
手に持った食事の盆をサイドテーブルに置いた彼は、いつもの穏やかな微笑みを浮かべていた。
それが見たままのものではないことを、ローレラルはもう知っている。
仮面のように張り付いたままの表情は、どんな悪辣なことを言う時も、そのままだったから。
植え付けられている、逆らえない相手への恐怖に口が乾くローレラルに。
「侍女にお礼を言ったそうですね。何故?」
「……申し訳ありません……」
「私は理由を聞いているんですよ。何故ですか?」
「……分かりません」
本当に分からなかった。
でも、それが口をついて出ただけだった。
するとラウドンは、一つ頷いて、こう告げた。
「君の世話をする寝室の侍女は、領地でお父上の世話をしていた方々だ。ヤッフェ様に恩があるらしくてね。全ての事情を知り、なぜ君がこのような扱いを受けているかを知った上で、それでも志願してくれた人たちだ」
ローレラルは、目を見開いた。
「君が改心したら、待遇を改善すると伝えた。だけど、礼を言った理由も分からないんじゃ、まだ改心したとは言えないね」
それからは、いつも通り。
後ろ手に縛られて、ラウドンの手で食事を与えられ、抱かれる。
「君がここに来て、半年が経った。そろそろ頃合いかもね」
ラウドンがそう告げたその日から、少しだけ変わったのは。
ーーー下着と、トイレの使用許可を、与えられたことだった。
なるべく簡潔な描写を心がけましたが、終わりませんでした。
結構エゲツない感じですが、ウェルミィがそうしろと言ったわけではないことを付け加えておきますねー。あくまでもやり方はラウドンに一任されてます。
ちなみに母親がショーに出されたのは、ローレラルに見せられたあの一回だけで、ラウドンの手回しです。普段はどっちかっていうと年齢の割に高級娼婦の扱いです。
ヤベェ扱いによるザマァはここで終わりなので、後編は安心してお楽しみ下さい。
ラウドン、味方にすると怖いけど敵には絶対したくない、と思った方は、ブックマークやいいね、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、どうぞよろしくお願い致しますー。




