狙われた伯爵令嬢。【前編】
「気分はいかが? ローレラル。少しは反省したかしら」
事件の後。
一日、オルミラージュ侯爵家護衛騎士棟の地下にある牢屋に放り込まれていたローレラルは、エイデスを伴って現れたウェルミィに恨めしげな目を向けていた。
「……わたくしにこんな事をして、タダで済むと思っているの?」
「貴女こそ、未来の侯爵夫人の貞操を狙った上に他国に喧嘩を売ったせいで、今この瞬間もタダで済んでないけど?」
すっかり侯爵夫人に相応しいドレスを身につけて鼻で笑うウェルミィに、ローレラルはハッ、と醜悪な笑みの形に顔を歪める。
ーーーあら、思ったより根性あるじゃない。
目論見を暴かれて不貞腐れているか、牢屋に一晩入れられてしょぼくれていると思っていた。
もしかしたら、本当に助けを期待しているのかもしれない。
と、考えていると、ローレラルは予想外のことを言ってきた。
「あなたこそ、自分の立場が分かってないわね。ねぇ、オルミラージュ侯爵様? その女は、既に他の男に犯されて傷物ですのよ? そんな女を娶るだなんて、家名に傷がつくのでは?」
「ほう」
沈むなら道連れにしてやる……そんな気配を漂わせる彼女に、エイデスは笑みも浮かべず、嗜虐的に目を細める。
「そうなのか? ウェルミィ」
エイデスの問いかけに、軽く肩をすくめて見せた。
「もしそうなら、私は生きてここに居ないわね」
「だろうな」
ウェルミィ達の余裕のあるやり取りを不審に思ったのか、ローレラルが表情を怪訝そうなものに変えた。
「オルミラージュ侯爵様? その女は本当に……」
「貴女、目の前にいるのが誰だと思っているの?」
まさか、掴ませた偽情報をまだ信じているとは思わなかった。
「エイデスは、当代最高と称される魔導卿よ? 私たちの婚約書にはね、契約魔術によって『ウェルミィ・リロウドが婚姻まで貞操を守らなかった場合、死を賜る』という制約が盛り込まれているの」
「何ですって……!?」
普通の貴族は、そうした事象を契約魔術で縛ったりはしない。
が、王位に近い者や、権力の中枢にある者は姦通による情報漏洩や既成事実による権力奪取を防ぐために、そうした条項が盛り込まれているのだ。
寝物語で、ポロッと大切な情報を漏らしてしまうのは、古今東西良くある話だから。
「つまり貞操を奪われていたら、私は生きてここにいないのよ。お分かり?」
代わりに、エイデス側は制約として、ウェルミィに嘘はつけないようになっている。
本音を言わないことは出来ても、嘘はつけない。
それを破れば、エイデスもまた死を賜る。
が、ウェルミィとエイデスにとっては、お互いに特別デメリットのある契約ではなかった。
「……お得意の解呪の力でも使ったのではなくて?」
「エイデスに気づかれないように? この人の能力を疑うなんて、命知らずね」
死を制約とする契約を解呪などしたら、術者にバレるに決まっている。
まして、その婚約の保証人は国王陛下である。
ーーーまぁ、侯爵家の婚姻で生死を賭けるまでは、本当はやり過ぎだと思うけど。
というか、エイデスがうっかり嘘をついて死んだらどうするのかと思ったけれど『真の魔導士は、言葉を大切にするので問題ない』と言われて、そういうものなのか、と受け入れた。
結局、契約魔術を使ったのは、他国にまで影響力のある筆頭侯爵家だからこその措置なのか、『何でも言うことを聞く』約束をしているウェルミィが提案にあっさり頷いたせいだからなのかは、よく分からない。
「つまり、私が生きてこの場所にいることそのものが、貴女が私に騙されたってことの証拠なの。差し向けたウーヲンは失敗して、こちらに寝返ったのよ。ああ、もちろん、彼を縛り付けていた懸念はとっくに排除してあるわ」
「ぐっ……あの、役立たず……!」
悔しそうなローレラルに、ウェルミィは告げる。
「本来なら、貴女自身も王家に引き渡して沙汰をつけないとダメなんだけど……事が大き過ぎて、マトモに処理するとお金の問題だけじゃ済まなくなっちゃうのよね」
野放しにしたライオネル王国が責を問われるのは当然だけれど。
巻き込まれただけのオルミラージュ侯爵家や、管理責任を遂行出来なかったという点で、大公国側にも国際世論からの非難が集まる可能性がある。
話を聞くところによると、怠慢と言われても仕方のない経緯で、ウーヲンはライオネル王国に取り残されていた。
それを、ローレラルがたまたま見つけて、手駒にしたのである。
ウェルミィの言葉をどう解釈したのか、ローレラルは顔に笑みを戻す。
「じゃあ、わたくしをあなた方は裁けないという訳ね。残念だったわね」
「あら、秘密裏に処理すると言っただけよ。秘密裏に、貴女を処分することも出来るのよ? 毒杯を賜りたいのかしら?」
途端に、ローレラルは青ざめた。
強気な態度を取っていても、死ぬのは怖いらしい。
表情がコロコロ変わってちょっと面白いとは思うけれど、残念ながら救う心算はサラサラない。
ーーーでも、この世には死ぬより辛い目に遭わせる方法なんて、いくらでもあること、分かってるのかしら?
事の重大さを鑑みれば、毒杯など、むしろ軽い処分の部類だ。
きっと娼館に行かせるだけでも、生粋の貴族令嬢である彼女には耐え難い地獄となるだろうし。
「まぁ、楽しみにしていることね」
多少、面白いと思ったとはいえ。
「人を道具のように扱い、尊厳を踏み躙る貴女みたいな人間が、私はこの世で一番嫌いなの」
だから、そう。
ウェルミィは、この件の話し合いが済んでローレラルの処遇を決める段になったら、ラウドンの提案を受け入れようと思っていた。
『あの手の人間は、尊厳を踏み躙られるのが一番耐え難いでしょう。そういう目に遭わせて差し上げますよ。心が壊れる寸前まで追い詰めて、本当に反省するまで』
と、言っていたから。
その話し合いをしたのは、ちょうど、ローレラルがウェルミィを襲わせるという計画を立てていた時のことだった。
※※※
「セイファルト、ちょっと問題が起こりそうなんだけど……裏で時間貰えない?」
その日、ラウドンにそう問いかけられて、ちょっと面食らった。
裏、というのは、『ウェルミィが下働きに混ざっていること』を知っている人たちのことだ。
目ぼしい人たちの情報収集の為、二人は執事見習いとして……ラウドンはどうするつもりか知らないが、セイファルトは普通にこのまま居座るつもりで……勤めていた。
つまり、この話を長々として誰かに聞かれるのは立場的にマズい。
「繋げますよ。昼に、『部屋』でよろしいですか?」
問いかけると、ラウドンが頷いたので、セイファルトは急いでカーラを探した。
「厄介ごとね。……良いわ。お伝えしておきます」
彼女を通じて連絡を取る先は、ウェルミィの影武者をしているダリステア様だ。
その手段を知るのはカーラ一人で、多分、屋敷の中を自由に動けるコールウェラ夫人から繋いでいるのだろうと目星はつけているけど、確信はない。
そうして、昼休みに、屋敷の中に魔術で隠された通路の一つ……行き止まりに飾られた絵画に潜り込んで、セイファルトはカーラやラウドンと合流した。
そこに、ダリステア様と、護衛をしているヌーア、コールウェラ夫人、それにウェルミィとイオーラ様が姿を見せる。
カーラとラウドンは、セイファルトの後から姿を見せた。
「魔導卿は、野暮用で留守をなさっておられるわ」
ダリステア様が、ウェルミィを見て親しげに目を細めながら、小首を傾げる。
睦まじさを見せるという体で、朝一にダリステア様の居室を魔導卿が訪ねて情報を交換しているのだ。
「……逃げたわね、アイツ」
ウェルミィが半眼で言うので理由を尋ねると、腕輪を外していて見つかった時にキスをされたという。
「見ておりましたよ。熱烈で仲睦まじいご様子で」
「たまたま近くを離れていたのが悔やまれますね」
「そ、それは今は関係ないでしょう!」
コールウェラ夫人とイオーラ様のからかうようなやり取りに、ウェルミィが顔を真っ赤にする。
「関係ない、とも言えないかな。それが厄介ごとの種だから」
ラウドンの言葉に、全員が一斉に注目し。
ウェルミィがため息を吐いて、パチン、と指を鳴らした。
「出て来て、ツルギス様、ズミアーノ。状況によっては、貴方たちの意見も聞きたいわ」
「御意」
ツルギス様が音もなくイオーラ様の影から、ズミアーノ様がウェルミィの影から姿を見せて、セイファルトは目を見張った。
「あれ……? ツルギス様、謹慎を終えて騎士団業務に戻られたはずでは……?」
それに、何でニニーナ嬢に【服従の腕輪】の権利が渡った筈のズミアーノ様まで? と思っていると。
「王太子殿下の命により、イオーラ様の身辺警護の任に当たっている」
「オレは、イオちゃんに噛ませて貰った魔道負担軽減の魔導具人体実験中〜。ついでにミィが面白いことやってるからくっついてる感じ?」
「未来の王太子妃であるお義姉様に対して不敬よっ! イオーラ王太子妃殿下と呼びなさいよ!」
「良いのよ、ウェルミィ。それに長いわ」
「ツルギス様。ご無沙汰しております」
「はい、ダリステア様も、息災のようで何よりです」
ーーー何だこれ。
こっちでは喧嘩が勃発して、こっちではちょっと甘い空気が流れている。
しかも自由過ぎる。
話が一向に進まない、と横にいるカーラを見ると、彼女も同じように思っていたのか、うんざりした様子で言った。
「おそれながら、皆様。あまり時間がないのですけれど」
「ああ、ごめん」
この場に皆を集めたはずのラウドンが、楽しそうに目の前の光景を眺めるのをやめて、口を開く。
「どうも、ローレラル嬢とエサノヴァ嬢が、不穏なことを企んでいるのを立ち聞きしてね」
と、彼はヒラヒラと耳の横で手を振る。
「ちょっと、口説いてもいいかな? って聞きに来たんだ」
裏語り始まり始まり。
章タイトルは、ウェルミィとローレラルのダブルミーニング。誰が誰を狙っているのか!
というわけで、影が薄かった上位侍女とかに潜んでいた方の人たちの話をボチボチして参りますよって。
ズミの人体実験は、ツルギスの影潜みに興味を持って習得した彼が、得意じゃない魔術でどんだけ長く影の中に潜めるかを、軽減魔導具を使って実験してます。
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