盗難事件の目撃者。
『一つだけヒントをやろう。アロンナは忠実だ。ゴルドレイと同様にな』
屋敷に戻る際、エイデスはそう告げた。
ーーーどういうことだろう?
エルネスト伯爵家で家令をしていて、今は辺境の地にいるらしいゴルドレイは、正当なエルネストの血統であるお義姉様に忠実だった。
そういう人物だというのなら、エイデスに忠実、ということになるのか。
あるいは、エイデスを認めず、彼の父である前侯爵に忠実、ということになるのか。
ーーーヘーゼルを虐めている件と、何か関係があるのかしら?
忠実、の中身が読めなくて、ウェルミィは首を傾げる。
オルミラージュ侯爵家の方針に忠実、ということである可能性もあるし。
ーーー分からないわね……。
そんな風に思いながら過ごしている間に、そろそろ侍女の選定を終える時期に差し掛かった辺りで。
アロンナの名によって、今、200人の侍女や従僕、下働きを含めた使用人達が一同に集められた。
いよいよ決まるのか……そんな空気に包まれている使用人達に向かって、家令と共に現れたアロンナは、無表情に言った。
「オルミラージュ本邸の中で、盗難が発生しました」
と。
「上級侍女に与えられた部屋です。上級侍女部屋の掃除は、下働きの掃除人の仕事でした。当日の目撃証言もあり、ある人物の部屋を捜索したところ、盗まれた物が見つかりました」
と、彼女が示したのは、小さな宝石のついたあまり目立たないネックレスだった。
売ればそれなりの値段にはなるだろうけれど、質素なもの。
「これには、デスターム伯爵家が使用する、探知に反応する魔術が施されていましたので、すぐに見つかりました」
そう告げて、アロンナはこちらに目を向ける。
「ヘーゼル。貴女の部屋からです」
※※※
そう告げられて、ヘーゼルは息を呑んだ。
「あたしは、盗んだりしてません!」
真っ向から、キッパリと否定する。
だってヘーゼルには、そんなことをする理由がない。
物を盗んだりしなくても、生活には困っていないし、生活に使うようなものはきちんと支給される。
化粧品なんかの高価な物だって、自分で買ったりしない。
しかし、アロンナは表情を変えなかった。
「盗まれたというネックレスが、貴女の手荷物の中から見つかったのは事実です。当日、貴女が掃除にその部屋の中に入ったこと、自分の部屋に入ったことも、目撃証言と記録があります」
「そもそも、あたしはあの日、掃除しに本邸に入ったりしてません! 誰なんですか、その目撃者って!」
「わたくしよ」
ヘーゼルの言葉に答えたのは、アロンナの娘と仲良くしている上級侍女だった。
ーーーローレラル・ガワメイダ伯爵令嬢。
見下すようにヘーゼルを見て、彼女は言葉を重ねる。
「盗みを働いて言い逃れしようなんて、顔の傷も醜ければ、心根まで醜いのね。そのおぞましい顔を、こちらに向けないでちょうだいな」
そう言ってせせら笑うローレラルに、ヘーゼルは額に青筋を浮かべた。
彼女は、確かに美しい顔立ちをしている。
鮮やかな紫の髪に、黒目がちな緑の瞳をしていて、所作も優雅だ。
しかしその目に宿る濁った光や、下卑た嘲りに染まった表情は全然美しくない。
ーーー心根が卑しいのは、どっちよ!
ローレラルは、人の顔のこと言えるような優れた人格じゃない、と、ヘーゼルは内心でそう吐き捨てる。
ミィや他の使用人たちの話を聞いて、アロンナの娘であるエサノヴァや、目の前のローレラルが、下級侍女を使って自分に仕事を押し付けている筆頭だということを知っていた。
こっちの仕事に関係ないくせに、使用人頭達を脅すようなことを言ったり、懐柔したりしていたらしい。
ミザリやミィ、アロイが手伝ってくれるから、ここ最近は楽にこなせるようになっていたけれど、手持ち無沙汰になるくらい、一部の彼女たちに気に入られた使用人たちが、楽をしているのも知っていた。
でも、犯罪を起こしたと冤罪を押し付けられるのは、納得がいかない。
ヘーゼルは、それだけは死んでもしないと決めているのだ。
ーーートールダムと同じところにだけは、堕ちない。アイツと同じには、絶対にならない。
どれだけ不快な相手に対しても。
その執念とも言えるような自戒だけは、ヘーゼルは破らない。
ヘーゼルは侮蔑には取り合わず、低く唸るように問いかけた。
「貴女が、一体いつ、あたしを見たって言うんですか?」
「今朝の10時頃よ。貴女が上級侍女の部屋の方に、掃除道具を持って歩いているのを見たわ」
「その後、昼に一度部屋に寄ってみたら、わたくしの鏡台の引き出しが、少しだけ開いていたの。中を見たら、入れていたはずのネックレスがなくなってたのよ!」
ローレラルの言葉に、ネックレスを盗まれたと主張するエサノヴァが、こちらを睨みつけながら言葉を引き継ぐ。
「でも、残念だったわね。アレに探知魔術が掛かっていることなんか、知らなかったんでしょう?」
「そもそも盗んでないし、あんた、鍵も掛けずにネックレスを置いておいたの?」
「口の利き方に気をつけなさいよ、平民落ちがッ!」
ーーーあんたも似たようなもんでしょうが。
アロンナ侍女長は、離縁した後、実家に戻ったわけではないと聞いている。
デスタームの姓を名乗れるのは、現当主の妹であるアロンナまでで、エサノヴァはそうではない。
しかしそんな事を言っても話がまた逸れるだけなので、ヘーゼルは黙っていた。
エサノヴァは、ふん、と鼻を鳴らして口角を上げる。
「それにあなたの荷物を皆で見に行った時に、本邸で使われている肌荒れ用のクリームも持っていたわね。それも盗んだんでしょう! 卑しいのよ、やることが!」
「その時間、あたしは鶏小屋に居たわ。そこで鶏たちの世話をしていた。クリームは人に貰ったものよ」
「誰から貰ったって言うのよ!?」
「あんたに関係ないでしょ。今の話にも関係ないわ」
ミィに貰ったものだけれど、ここでコイツらにわざわざそれを言ってやる義理はない。
「それとも、何? 話を逸らして人に冤罪かけてるのを、勢いで有耶無耶にしようっての? 深く突っつかれると、都合が悪いのかしら? それともあんたらの頭が悪いのかしら?」
「「っ!!」」
一瞬、二人揃ってスッと表情を消してヘーゼルを睨みつけてくるが、彼女たちは目を見かわした後、また見下すように顎を上げる。
「鶏小屋の掃除ねぇ……?」
「それを、証言できる人はいるのかしら?」
まるで、いないだろうとでも言いたげな口調に、訝しんだ。
もしかしたら、その時間はヘーゼルが一人きりになって誰にも見られないように、何か小細工でもしていたのかもしれない。
ーーー少し前までなら、上手くいってたかもしれないけど……。
そう思って、ヘーゼルが口を開くよりも先に。
「私が見てますわ、ローレラル様、エサノヴァ様」
と、柔らかく愛らしく、よく通る声が話に割り込んだ。
「だって、その時間はヘーゼルと私が、二人で鶏小屋の掃除をしていたんですもの」
クスクスと笑いそうな口調で言った、彼女の顔には、どこか不敵な笑みが浮かんでいる。
「それに、ヘーゼルの持っていた肌保護用のクリームは、私とお義姉様が差し上げたものよ。彼女の手が荒れていたから。……何か問題があるかしら?」
と、これ見よがしに水仕事や力仕事をしているのに、肌荒れどころか手の皮すら硬くなっていない手を見せつけている。
そういえば、ここ最近、何故か直毛の三つ編みにしていたミィの髪型が、今日は何故か元に戻っていることに、ヘーゼルは気がついた。
どうでも良いことなのだけれど。
何故か彼女が出しゃばってくるだけで、そんな事にも意識が向いてしまうくらい自分が余裕を取り戻していることに、思わず苦笑する。
冤罪は、まだ何も晴れた訳ではないのに。
「ねぇ、お二方。人に、身に覚えのない罪をなすりつけるのは、よろしくありませんわよ?」
ニッコリと笑うミィが、背筋を伸ばして美しく立っている姿に、不思議と安心感を覚えていた。
さてさて、ついに第三章の断罪劇の始まりです!
ウェルミィvs愛人狙いの侍女連中、どうぞお楽しみ下さい!
盗難事件の冤罪を着せられたヘーゼル、彼女の運命やいかに!? と思われた方は、ブックマークやいいね、↓の☆☆☆☆☆評価等、どうぞよろしくお願いしますー。




