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【10/7 コミカライズ3巻発売!】悪役令嬢の矜持〜婚約者を奪い取って義姉を追い出した私は、どうやら今から破滅するようです。〜  作者: メアリー=ドゥ
第三部・表 深淵の虚ろより。

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名誉伯爵夫人の楽しみ。


「あら、ダメよウェルミィ。そんな力任せにしたら生地が伸びてしまうわ」

「み、水を含んだ布ってすっごく重いのね……! 腕が痛いわ……!」


 その日。

 ウェルミィはお義姉様と共に、王家の私宮(・・・・・)の庭で、洗濯の練習をしていた。


 二人して、下級侍女のお仕着せを着てエプロンをしている。

 その後ろには、椅子に座って足を組み、当然のようにくつろいで見守る、ウェルミィ送り迎え担当兼、この後の予定の為に待機中のエイデス。

 

 昼食前に、今日は早めに仕事を切り上げたというレオが現れ、目の前の光景に呆然としていた。

 周りにいる、王妃から貸し出された数少ない侍女達は、表情こそ変えないものの、先ほどからずっと信じ難いものを見るような目でダラダラと冷や汗を流している。


「侍女になる練習をしてたんじゃ……? 何で洗濯……?」


 掃除洗濯などの家事は、下働きの仕事である。

 レオの疑問は至極当然なのだが。


「料理は無理だけど、これから掃除とかもお義姉様に習うわ! 私とお義姉様は、下働きとして侍女の仕事を見定めるんだもの。最低限の仕事が出来ないと話にならないでしょう?」

「いや何で!? 何で下働き!?」

「そりゃ、下の人間への対応が一番人間性出るからよ。それに、下級の侍女の中にも良い人材がいるかもしれないし」


 ウェルミィは、プラプラと疲れた腕を振りながら答えた。

 より多くを雇うため、下働きに関しても、下級貴族の出身者達を使っているとエイデスから聞いている。


「お疲れ様、レオ」


 同じように洗濯をしていたお義姉様が、いつも通りに麗しい笑みをレオに向けていた。


「ああ、ありがとう……じゃなくて、イオーラまで!? 洗濯なんかしたら、手が荒れるだろう!?」

「あら、最近は洗濯も楽なのよ? 水を媒介に汚れを落とす魔術を込めた魔導具があるし、小さい頃やってたことを思い出して懐かしいわ」


 うふふ、とお義姉様が笑うけれど、その経験は笑い事にしていい話ではない。

 案の定、レオは納得しなかった。しても良かったんだけど。


「いやだから、そういう問題じゃないだろ!? 王太子妃だぞ!? 式典前に怪我でもしたら! それに日焼けも!」

「手荒れだけじゃなくて、きちんと魔力で全身の肌を日焼けや傷みから保護する魔導具も使っているから、大丈夫よ。薬草を練った肌ケアクリームも、ちゃんとわたくしが調合して夜に使っているし、万全よ!」


 得意の物作りで作り上げたものについて、キラキラと目を輝かせて、むん! と小さく両手を握るお義姉様は、崇めたくなるほど可愛らしい。


 ーーー今日もお義姉様が尊い……!


 そう思いながら、うっとりとため息を吐いたウェルミィだったが。


「いやそういう問題でもないから!」

「相変わらずうるさい男ねぇ。落ち着きなさいよ」


 いい気分を大声で邪魔されてしまった。

 ウェルミィは半眼で睨むが、レオは口を閉じない。


「落ち着けるかっ! 何で次期王太子妃と筆頭侯爵夫人が! 下働きなんだよ! エイデスも何で止めない!?」


 こちらも、うるさい、と言いたげな顔で顔をしかめながら耳に手を当てるエイデスが、ふん、と鼻を鳴らして答える。


「お前が学校でやってたことと変わらんだろう。逆に何で大騒ぎしているんだ? 男爵令息(・・・・)殿?」

「っ……懐かしい呼び方だな……」

「あの頃の、貴方の【変化の指輪】を元に開発した魔導具も、改良を加えたのよ! ほら!」


 シャラン、とお義姉様が腕を振って、そこに嵌ったいくつかの輪を重ねた腕輪を鳴らすと、髪と瞳が変化する。


 髪は色合いがくすんで茶色に、瞳も同じ色になった。

 顔立ちは変わらないが、印象はかなり違う。


 その状態で、学校時代に使っていた度のない黒縁メガネを掛けると、レオは目をぱちくりさせた後、笑みを浮かべる。


「そういう姿も、たまに見ると新鮮だな……」

「そう?」


 少し照れたように、お義姉様が首を傾げて二人の世界に入り込もうとしたので、ムッとしたウェルミィは。


「ふふん、見なさいレオ! 私はお義姉様とお揃いなのよ!」


 と、同様にくすんだ茶色の髪と瞳に変化して、ウェルミィはお義姉様に抱きつく。

 クク、と喉を鳴らしたエイデスが、口元に手を当てて小さくつぶやいた。


「そうして同じ色合いになると、血も繋がっていないのに、どこか似ているな。所作か……?」

「似てる!? エイデス、本当!?」

「ああ」

「ふふ、嬉しいわね、ウェルミィ」


 そんなやり取りをしていると、その場に旧知の侍女オレイアを従えた、お義姉様付きのルリッソ侍女長が姿を見せる。


「失礼致します。そろそろ、昼餐会の準備のお時間でございます」


 言われて、ウェルミィとお義姉様が着替えの為に立ち上がると、素早く待機していた侍女達が洗濯道具を片付けていく。


「あの方にお会いするのも久しぶりね、お義姉様」

「ええ。またご指導いただかないように気合を入れなければいけないわね」

「お義姉様は大丈夫よ! 問題は私だわ……」


 流石に幼少の頃しか習っていないので、お義姉様と似ていると言われても、きっとかなり無作法なはず。

 ウェルミィは少し緊張していたが、お義姉様は、ふふ、と笑って頭を撫でてくれた。


「大丈夫よ。ウェルミィの所作はとても綺麗だもの」


 これから会うのは、本邸での選考会に参加することを承諾してくれた、二人の礼節の師。

 そして王妃様の教育係であった女性。


 ーーーコールウェラ伯爵夫人、である。


 着替えを終えて、昼餐の場に向かって待っていると、侍女に連れられてやってきたご夫人は深く頭を下げた。


 染める気はないのだろう、白髪混じりの灰色の髪を引っ詰めに。

 背筋に鋼鉄の棒でも埋め込んでいるのかと思うような、一分の隙もない所作で、上半身が一切ブレない惚れ惚れするような歩き方で現れた彼女は。


 皺の深くなった顔に、慈愛を体現したような柔和な笑みを浮かべて、深く礼儀(カーテシー)の姿勢を取る。


「お顔をお上げ下さい。どうぞ、楽に」

「ライオネル王国の次代を担う小太陽、レオニール王太子殿下、並びに、青く慈しみ深き小満月、イオーラ様にご挨拶申し上げます。本日はお招きに預かり、誠にありがとうございます。そして、王国の叡智の光を守り来り、今また聡明を以て諸国円満の絆となられますオルミラージュ外務卿と、ご婚約者にあらせられますリロウド伯爵令嬢にお目通り願えましたこと、深く感謝を申し上げます」


 ゆっくりと頭を上げたコールウェラ夫人の完璧な臣下の礼に、ウェルミィは内心冷や汗を流しつつ、皆と共に挨拶を返した。


「コールウェラ夫人。招きに応じていただいたことに感謝致します」

「レオニール王太子殿下と共に、深く感謝致します」

「いと気高き誉れ、ドレスタの名を冠す貴婦人との昼餐を共に出来ること、喜ばしく思います」

「オルミラージュ侯爵家当主と共に、尊敬を捧げ、再会の喜びに感謝いたします」


 レオは立ったまま胸に手を当てて感謝を述べ、エイデスは魔導卿の正装である長いローブの袖を一巻きした賢者の礼(ボウアンドウィッチ)を、お義姉様とウェルミィは礼儀(カーテシー)の姿勢を取る。


 三人に合わせて頭を上げると、コールウェラ夫人は静かに頷いた。


 ーーーどうやら及第点は貰えたみたいね……。


 夫人の外面に騙されてはいけない。

 あの淑女の微笑みの下には、礼儀と教養の鬼が棲んでいるのだ。


 顔は笑っていて、声は穏やかなのに、何かを間違えると、言いしれぬ圧を感じる目線に貫かれて体が動かなくなるのである。


 彼女は伯爵夫人の称号を持つ、歳経てなお美貌の女性ではあるが、独身だ。


 子爵家の三女に生まれながら、その類稀な知性と努力によって、下級宮廷侍女から先代王妃の私宮付き上級侍女へと成り上がった。

 そして現王妃の教育係として任命された際に、職業女性最高の名誉称号である『ドレスタ伯爵夫人』を賜ったのだ。


 そのまま十数年、現王妃の侍女長として勤めた彼女は、生前仲が良かったお義姉様の母上との約束を守るために惜しまれながら職を辞し、家庭教師(ガヴァネス)として生計を立てつつ、エルネスト家に教育係として訪れたのだ。


 食事を摂りながら歓談しつつ、計画を説明する。

 

「最初は驚きましたのよ。イオーラ様が、王太子妃として立つことも、そして今また侍女の選出にわたくしを頼っていただいたことも。年甲斐もなくワクワクしておりますの」

「お声がけを思いついたのはウェルミィです。ご迷惑でなくて良かったとホッとしております」

「迷惑だなどと。二人とも立派な淑女になられましたね」


 本当に嬉しそうに褒めてくれるコールウェラ夫人に、嬉しくもこそばゆい気持ちを感じながら、ウェルミィも笑みを返す。


 すると夫人は笑みの種類を変えて、どこか視線に鋭さを覗かせた。


「ところで、侍女の選出に当たってはどこまで深く適性を見ればよろしいのですの?」


 問いかけられたウェルミィは、ニッコリと笑って告げる。


「容赦なく、ご指導まで賜れれば幸いですわ」

「なるほど。それは下働きとして入るイオーラ様やウェルミィ様を含めて、ですわね。了承いたしました」


 ーーーえ゛。


 内心、ビシィ! とウェルミィは固まったが、すんでのところで表に出すのは抑える。

 もしここで動揺を見せたら、指導が余計厳しくなるのは目に見えていた。


 とんだ藪蛇。


 しかしウェルミィと違い、お義姉様はニコニコと嬉しそうに答えた。


「もちろん、そうしていただければ嬉しく思いますわ」


 ーーーおおおお、お義姉様ぁあああああ!?


 そんな余計なことを!! と思うけれど、勿論表には出せない。

 

 表面上は穏やかに、しかしどこか愉しそうにニヤニヤとこちらを見つめるエイデスを睨み返しながら、昼餐は滞りなく終わった。


 そうしてコールウェラ夫人が場を辞した後、ウェルミィは部屋で泣き伏したのだった。

 

という訳で、藪蛇食らったウェルミィのザマァ回でした。


そりゃ、自分だけ難を逃れるなんてことはあるわけがないのですよ。


コールウェラ伯爵夫人は、『癇癪幼女も淑女と化す』とまで言われるほどの辣腕です。

ウェルミィの悪女仮面はこの人によって叩き台を造られました。


名前だけでなく、ようやく登場させられた夫人の活躍に期待! と思われた方は、ブックマークやいいね、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、どうぞよろしくお願いいたします!


忙しくて返信滞ってますが、感想は全部読ませていただいてます! いつもありがとうございますー!

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― 新着の感想 ―
[一言] この国にはウェルミィすら慄かせる傑物がどんだけいるんだ…… それとも万魔殿の面々からしたらウェルミィでもまだヒヨコなのか……?
[気になる点] コールウェラ夫人視点ではウェルミィってどういう存在なん? 離れのイオーラの所に左遷させたクソガキって認識ではなさそうやけど。 イオーラの説明を受けて当時から状況認識してた?あるいは最近…
[一言] コールウェラ伯爵夫人の挨拶の言葉、シビれました。 太陽と月の例え、普段のウェルミイなら「逆でしょ!」と心の中でツッコミ入れているのではないかと。それができないほど緊張しているのかな?と思った…
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