公爵令息の含意。【前編】
時間は、茶会に戻る。
ーーーホリーロ公爵令息、ラウドン。
先日の夜会でウェルミィの流し目に喉を鳴らしていた青年は、見目だけであればそう悪くない人物だった。
母親似の茶色の髪に、同色の瞳。
歳はウェルミィの二つ上で、ズミアーノ達と同年代。
その甘く優しげな面差しに、騙される婦人や令嬢は多いのだろう。
ーーー『来る者拒まず、って感じかなー』
夜会の後でズミアーノに尋ねると、そんな返事があった。
「セイファルトも、久しぶり」
「お久しぶりでございます。ご無沙汰しております」
にこやかに言われて、セイファルトは同じく笑みを浮かべながらも、どこか居心地悪そうに答える。
ーーーああ、遊び仲間なのね。
ズミアーノやセイファルトが『軽薄組』であったことは知っているので、そちらの繋がりだろう。
実際に女性に手を出しているか、出していないかの差はあるだろうけれど。
お茶会の途中で割り込んできたラウドンに、イリィとヴィネドが同時に眉根を寄せて、扇を顔の前に当てている。
ーーーイリィの方は、明確に嫌っていそうね。ヴィネドは……ちょっと違うかしら?
彼女は、ラウドンに対する嫌悪よりも、怒りや苛立ちの方が強そうだ。
「毒バチが蜜を集めに参りましたわよ、イリィ様」
「あら嫌だ。刺される前にどこかに行って下さらないかしら」
仮にも公爵令息相手に、随分な物言いだとウェルミィは思ったが、彼のやっている事自体は確かに、雑な扱いを受けても仕方がないことだ。
何せ彼のやっていることはただの噂ではなく、ズミアーノ曰く『ガチでヤってるよー』という話だったので。
「ははは、無害な雑草ですよ、イリィ嬢、それにヴィネド嬢」
本人は心底気にした様子もなく、肩をすくめた。
どうやらプライドが高いタイプではないようで、それはそれで追い払うのが厄介なのだろう。
「少々、ウェルミィ嬢にお話したいことがありましてね」
「あら、名前呼びするのを許したことがあったかしら……」
明後日の方を向きながら応じると、ラウドンはわざとらしく目を丸くした。
「おや、これは失礼しましたリロウド嬢。先日の夜会の件なのですが」
「夜会の? あら、私の流し目にホリーロ公爵令息様が喉を鳴らしていた件かしら?」
そう口にすると、イリィが冷めた目つきになり、ヴィネドの雰囲気がますます険を帯びる。
「そちらの件も、非常に魅力的ではありますけどね。流石に既に親しい方がいらっしゃるご令嬢に手を出すほど、無粋ではありません」
「あら、花が日に向けて咲けば、お優しい手を差し出すとお聞きしているのですけれど?」
「美しく擬態するのが得意な食虫花であれば、こちらとしても手折るのに罪悪感はございませんので」
悪びれることもなくラウドンは認めるが、ウェルミィの評価は上方修正された。
ーーー来る者拒まず、ね。
無理に口説くことはない、という話だ。
その上で、一夜のお遊びを望む方しか相手にしないということだろう。
チラリとヴィネドに目を向けたラウドンは、すぐに視線をこちらに戻した。
「母の薦める花が、どうにも気に染まぬもので。学友にご執心とあれば、尚更ですよ」
裏事情も完璧に理解した上で、母親の目論見を非難した彼は、パチリと片目を閉じる。
「当家は、最近少々高貴な血より遠ざかっておりますのでね。個人的には真の家臣に降ることなど特に問題ではないと思うのですが」
ホリーロ公爵家は、二代前に公爵位を授かっているので、ラウドンの代には一つ爵位が降って侯爵となる。
それでいい、ということだろう。
「ですがまぁ、少しでも繋がりがあるに越したことはない、という考え自体は理解出来るので。失礼とは思いましたが、今、耳に挟んだ件が少々気になったのです」
イリィとヴィネドが、王太子妃付きの侍女になる話。
ーーーなるほど。
まだ婚約者のいないヴィネドなら、そもそも無理にヒャオン王女の配偶者へと割り込みを望まなくとも、侯爵という立場のまま王室との繋がりを保てる、という算段だろう。
「お口添えするにも、ご本人の気持ち次第かと思いますけれど?」
ホリーロ公爵夫人に対しては、別に推薦するにやぶさかではないけれど、ヴィネド自身がそれを望まないのであれば、ウェルミィとしても無理にねじ込みたくはない。
せっかく懐に入り込んだのだ。
皆、昨日今日知り合ったばかりの相手なので、ウェルミィとしても、悪意的な印象を持たれるのは避けたいところだし。
「……お父様のご意志であれば、従いますわよ」
ヴィネドは、目を逸らしながら苦々しげに言った。
彼女も、結婚適齢期である。
爵位と年齢が見合うのなら、縁談としては悪くないのだ。
ラウドンもヴィネドも、王子王女の婚約者候補に挙がる子女であり、傍から見れば優良物件であることは明白なのだから。
ーーー嫌そうだけど。
「濁った水は、花を腐らせましてよ? ホリーロ公爵令息」
「花を渡り歩きはしますが、不実に蜜を混ざらせたことはないのですけどね」
お付き合いはしても、浮気はしない、ということだろう。
「……個人的には、分家に入る方が望ましいですけれど。気楽に居れますので」
ヴィネドの拒絶に、ラウドンは目を丸くした。
彼には弟がいたわね、とウェルミィは頭の中にある貴族年鑑を引っ張り出す。
繋がりを持つにしても、ラウドンは嫌だ、という話なのだろう。
流石に気分を害するかと思われた彼は、何か思案するように顎に手を当てた。
「なるほど。それも良いかもしれないな……」
「え?」
ヴィネドが目を見張ると、ラウドンはまた、ウェルミィに目を向ける。
「うん、有意義な話が聞けました。お邪魔をして申し訳ない。これで失礼いたします」
にこやかに笑って場を辞したラウドンに、その目的を思案した。
ーーーもしかして。
そもそも『王女の降嫁先に』と、ヤハンナ様が望んでいたラウドン。
彼の口振りから、公爵家を継ぐ、という点では、ラウドンと弟君のどちらでも良い、と思われているのかもしれない。
どちらでも良いから、継ぐ可能性の高い、年齢が上のラウドンをヒャオン王女に当てた、ということだ。
それが、後継者として期待されているからなのか、されていないからかは、別にして。
となれば、公爵家内で話し合いが行われ、ヴィネドが弟君を選ぶという意向が示された場合、主家を継ぐ人物と分家を継ぐ人物が入れ替わる可能性が高い。
そしてラウドン自身も、それを気にしていないようだ。
「あれ、どういうことですの……?」
「分かりませんけれど。もしかしたら、リーゾン様からのご縁談が、わ、わたくしに来るのでしょうか……? あの方の兄が何故あんななのか……」
難しい顔のイリィと、少し頬を赤らめたヴィネドのやり取りを聞きながら。
ーーーどういう手を打って来る気かしら?
含みのある態度を見せたラウドンに、ウェルミィは少しだけ引っかかった。
それはそれとして、ヴィネドは弟君を好んでいるようなので、そちらを推薦しておこう、とも。
そして、後日。
「……ウェルミィ様。少々よろしいでしょうか?」
「何?」
セイファルトが、苦虫を噛み潰したような顔で問いかけてくるのに、ウェルミィが答えると。
「ラウドン様から、僕宛に手紙が届きまして。どのように返答すれば良いか、指示を貰えればと」
「どんな要件なの?」
ウェルミィの問いかけに、セイファルトは手紙を差し出しながら、答えた。
「『オルミラージュ侯爵家や王太子妃殿下は、侍女だけでなく、新たな執事や侍従を募集していないか』ーーーだそうです」
軽薄組、どこの家も、長男のくせに家を継ぐことに興味のない奴揃いすぎ問題。
だからこそ軽薄組なのでしょうが。
下半身が緩くても、それなりに頭が回るラウドンくんは、実は諜報的な目的もあって軽薄に振る舞っている人でもあります。女好きなのも嘘じゃないんですけど。
それでも、女性は一人を大事にしやなあかんよ? と思った方は、ブックマークやいいね、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、どうぞよろしくお願いいたしますー。




