悪役令嬢の掌握。【後編】
夜会の後。
ホリーロ公爵夫人からお茶会のお誘いをいただいて、ウェルミィはその場に訪れていた。
彼女がこちらの派閥に降ったことは、まだ誰も知らない様子。
あいにくウェルミィは現在母親がいないので、普通のご令嬢のように親を伴ってこれないのだけれど、同時に成人も婚約もしているので、そこまでうるさく言われることもない。
「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」
と、ウェルミィは主催であるホリーロ公爵夫人に礼儀を取った。
今日も侍従セイファルトを伴って現れたので、若いご令嬢が少し華やぐ。
彼は悪い意味で有名になった廃嫡子だけれど、顔立ちは甘く整っていて、そつなく柔らかくご令嬢がたとお話出来る人だ。
そして、成績は決して悪くない。
王家から罪によって罰されたものの、オルミラージュ侯爵家との繋がりがあるとなれば、家を継ぐ長女であれば入婿に迎えるのを検討できる程度には、まだ優良物件。
次女三女であっても、ウェルミィの側付きとなれば、将来の侯爵家執事ということで、落ちた今こそ狙い目とも言える。
狙うのなら、敵対派閥であってもウェルミィには嫌われたくないだろう。
そうした事情のないご夫人……例えば娘ではなく息子を持つ方々から見ると、少々目障りなので、こちらの反応は悪いけれど。
「よくお越しくださいましたわ、リロウド伯爵令嬢。今日はぜひわたくしと席を共にしていただきたいわ」
対抗勢力とされるお家の淑女がたの顔が見える中、初見のウェルミィがホリーロ公爵夫人の席に招かれたことに、彼女たちがさざめく。
「まぁ、光栄ですわ。必ず立ち寄らせていただきます」
ーーー最初は別の席が良いですね。
そういう意味を込めて目を細めると、ホリーロ公爵夫人は分かっていますよ、といった様子で小さく頷いた。
「最初は、他の若い方々との交流もなさると良いわ。どこのお嬢様も、良い子ばかりですもの」
「ええ、とても心が弾んでおりますの。中々そうした機会に最近恵まれていないので」
エルネスト伯爵家にいた頃は、それなりに社交には連れられていたけれど、母イザベラの出自や養父の無能もあって、同格の伯爵家や下の家格の方との交流が主だった。
エイデスに軟禁……保護……見初められてからは、基本的にレオやエイデスが必要あって参加する夜会ばかりで、彼らの側から離れることもなかった。
その為、上位のご令嬢や夫人がたとの交流は最小限、かつ、元から親王室派の方々との交流が主だったのだ。
「是非わたくしのことは、ヤハンナとお呼びになって?」
「ありがとうございます。私も、どうぞウェルミィと。ヤハンナ様」
ホリーロ公爵夫人改め、ヤハンナ様の言葉に笑顔で頷くと、さらに淑女がたがざわめく。
ーーーあのオルミラージュ侯爵家が、こちらの派閥につくのかと。
ーーー家格は高いが、それでもいきなり主席に招かれ、名前を呼ぶことが許されるほど親しいのかと。
そんなわけないんだけど。
考えたら分かりそうなものだと思う。
というか、今そういうさざめきを口にした方々は、つい先日の夜会で、ウェルミィ達が親王室派と行動を共にしていたのを見ていないのだろうか。
ヤハンナ様の対応は、黙っていたことへの恩義、というより脅しが効いたからだと思うし。
その割にあまり彼女からの悪意は感じられないのが少し不思議ではあるけれど。
ウェルミィは、派閥につくというより、この派閥ごと王室派に……というよりも、オルミラージュ侯爵家派閥に取り込むつもり満々だ。
実際を知ってしまうと、親交に関しては『建前上中立』だと分かるけれど、オルミラージュ侯爵家は、実務的な部分に関してはちゃんと『中立』なのである。
あくまでも、派閥は別。
イオーラお義姉様とウェルミィが姉妹であるに過ぎない。
親密なのに『中立』を名乗り続けることが許される理由は。
お義姉様が女伯を返上して、ウェルミィが養子に入ったことで、国内貴族として最も重要な後ろ盾である『実家』を通した繋がりというものが、法律上ないからだ。
さらに、ウェルミィが実子として認められたリロウド伯爵が、特殊な立ち位置の公爵家……王室との血の繋がりではなく、その特殊な力を持つ血筋故に侯爵に落ちない家……の分家であることだ。
だからこそ、ヤハンナ様の招待も、建前上軋轢なく受けることが出来るのである。
内実がどうであれ、というのは、貴族社会ではよくあること。
そういう意味で、ウェルミィが反王室貴婦人勢力を掌握することで『表向き中立な勢力』となるのでバランスが取れたように見える、というのが、エイデスの狙いなのだろう。
「ウェルミィ様。また後ほど」
「はい、失礼致しますわ」
ーーー今日のターゲットは、二人……。
ウェルミィは、会場を見回して、彼女たちがもう来ているかを探る。
「あちらですね」
「ええ」
セイファルトの囁きに、ウェルミィはうなずいた。
思ったよりも、すぐに見つかった。
二人は同じ席に着いている。
ヴィネド・メレンデ侯爵令嬢。
そして、イリィ・モロウ伯爵令嬢だ。
連れ添いのご夫人達は、ヤハンナ様が座る予定のお席に居られるのだろう。
二人は口元を扇で隠していたが、緑髪のヴィネドの方は、こちらに対する敵意を隠せていない。
蜂蜜色の髪のイリィも、どこか恨めしげな目をしていた。
ヴィネドの方は、よく知っていた。
ウェルミィ達の一つ上で、生徒会役員だった女性だ。
当然ながらウェルミィやお義姉様の卒業パーティーでの顛末を知っていて、学校生活の過ごし方などをよく目にしており。
どちらかと言えば、無責任な噂をばら撒くウェルミィの取り巻きや、黙って良いようにやられていた(ように見えていた)お義姉様を、外見も含めて毛嫌いしていた方の人種。
ダリステア様と、よく似た立ち位置だ。
入学しても登校していないと思っていたレオの心を、美しくなったお義姉様がいつの間にか射止めたことで、完全に敵対心を持って夜会でも振る舞っているようだった。
貴族としてのプライドの高さゆえか、あるいはレオに恋でもしていたか。
前者なら、貴族として正当性のない婚姻だと本人が口にしている理由だろうし。
後者なら、髪色や瞳の色を変えていても顔立ちを変えてはいなかったレオを見つけられなかった時点で、お察しとも言える。
どちらにせよ、ダリステア様と違って『サロン』にも誘われなかったくらいの人だ。
もう一人、イリィの方は、少し敵対的である理由が違うことを、ウェルミィは悟っている。
どちらかと言えば、彼女の理由は『家』に関することだろう。
同学年で関わりのなかった彼女には、婚約者がいるのだ。
その婚約が解消になるかも、という、まことしやかな噂が現在流れている。
ーーーことの発端は、エイデスが外務卿を引き継いだこと。
王命によってなされたすげ替えは、元外務卿であるユラフ・アヴェロ伯爵に、瑕疵があってのものではなかった。
今後、外交戦がきな臭くなることを予想した国王陛下が、現在を平時ではなく有事と捉え、アヴェロ伯爵の交遊能力ではなく、エイデスの交渉能力を見込んだことによる交代だ。
その上、魔導省はアバッカム公爵家に、特務卿は王太子であるレオに預けられたことで、アヴェロ伯爵はポストを失い、外務補佐官に落ちてしまったのだ。
本人は納得の上だというが、そこで腹立ちが治らなかったのが、アヴェロ伯爵令息の婚約家であるイリィの実家。
モロウ伯爵家である。
モロウ伯爵は有能だが財力面での上昇志向の強い人物で、バルザム帝国・東のフェンジェフ皇国・島国アトランテを結ぶ海路の要所を領内に有していることから、交易によって爵位に見合わない財力を持っている。
アヴェロ伯爵家も、平時であれば下位貴族とも交流しやすい伯爵家に留まっているが、侯爵に叙されてもおかしくない家で、モロウ伯爵家も同様。
要は『実質侯爵家』であり、この二家が繋がっているのは、外務卿と主要交易領主という、他国との貿易を円滑に行う上で、最重要な立ち位置にいたからである。
それこそ、ズミアーノの実家である、食料自給率に大きく貢献しているオルブラン侯爵家が内政の要ならば、モロウ伯爵家は外交の要。
完全に王室に敵対されるのは不味いのである。
国王陛下の采配によって動かされたこちらに、その関係が崩れたと不満を唱えられても困るし、尻拭いを押しつけられるのも困るのだけれど。
そうした事情によって、ウェルミィはこの二人を屈服させ……もとい、親交を結ばなければならないのだった。
「お久しぶりでございます。リロウド伯爵家長女、ウェルミィと申します。お席をご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
にこやかに微笑んで見せると、ヴィネドとイリィは警戒しながらも了承した。
少しの間、当たり障りのない話をしてから、ウェルミィは切り込む。
「モロウ様は、婚約者であらせられるアヴェロ伯爵令息様とのご関係はよろしいのでしょうか?」
イリィは、ウェルミィの問いかけに顔をしかめそうになっていた。
「……ええ。個人的には親しくさせていただいておりますわ」
「ご結婚の日程はお決まりですの?」
「いえ。まだ」
つまり、個人的にはしたいけれど、家の方は現在そうではない、ということ。
元々令嬢など、婚約者を選べる立場にはないのだから、しごく当然の話ではあるけれど、個人的にと加えたということは、別れたくはないようだ。
となると、話は簡単だった。
「まぁ、それはよろしいですわね。でしたらわたくし、一つご提案がございますの」
「提案?」
「ええ。近日、イオーラお義姉様の侍女を選出するための試験がございまして。個人的にお義姉様から、良い方がいればと推薦を頼まれておりますの」
さらりと告げると、イリィとヴィネドの目の色が変わった。
ーーーあら、思った以上に聡いわね。
ウェルミィ的にあまり印象のない二人だけれど、愚鈍ということもないようだ、と評価を上に修正する。
「あら、そうなんですのね」
「興味がありますわ」
警戒は解かれていないけれど、話には少し乗り気なようだった。
イリィは、オルミラージュ侯爵家の推薦、という点に。
ヴィネドは、王太子妃宮の専属侍女という立場に。
それぞれ魅力を感じているのである。
「ご存じの通り、お義姉様はあまりお立場がよろしくありませんわ。ですので、信用できない方をお側に寄せることはよろしくありませんでしょう?」
ヴィネドの目を見ながら告げると、彼女が微かに動揺を浮かべる。
元々、お義姉様に友好的でなかった自覚があるのだろう。
ダリステア様同様にレオの婚約者候補であった彼女は、候補者の中でもまだ婚約が決まっていない、という事情もある。
王太子妃専属侍女となれば、それは箔になるのだ。
が、ウェルミィはそんなことを全く素知らぬふりで尋ねた。
「なので、信頼できる方を探しているんですの。メレンデ様は、ご婚約は?」
「お恥ずかしながら……ご縁がなくて」
「こちらのセイファルトが、廃嫡されている事情をご存知でしょう? 近々オルミラージュ家の執事見習いとして入っていただくのですけれど……弟のフュリィ様は、まだ婚約者が決まっていないので、兄として少々気を揉んでますのよ。ねぇ?」
「……え、ええ」
セイファルトはいきなり話を振られて顔が引き攣っている。
ーーーマジで言ってんのかよ! 5歳差だぞ!!
という、心の声が聞こえて来るようだった。
ウェルミィは、行き遅れに足を突っ込んだ20歳のヴィネドに、『こちらにつけば15歳のフュリィを紹介する』と暗に告げたのである。
アウルギム伯爵家自体は、結構良い家だ。
彼女にとっては悪い話では決してない。
婚期が後数年遅れるけれど、メレンデ侯爵家は位が高めの武門であり、アウルギム伯爵家は領地に複数の鉱山を有しているので、武具材料の調達などの面で見れば釣り合いも取れている。
フュリィにとっていい話かは微妙だけれど、ヴィネドを気に入れば問題はない。
と、思っていたのだけれど。
「そうなんですのね……それはご心配ですね、セイファルト様」
「どうぞ、敬称はなしで。心配ではありますが、まだ貴族学校に入学したばかりですので……」
双方の反応が微妙だった。
ーーーふぅん? これは想い人がいるパターンかしら?
ヴィネドの反応からそう推察していると、イリィが口を開く。
「リロウド様」
「どうぞウェルミィと」
「ええ、では、ウェルミィ様。その、侍女の推薦、というのは、どちらのお名前で、ですの?」
「もちろん、オルミラージュ侯爵家としての推薦ですわ」
イリィは、期待に目を輝かせていた。
理由は単純、これはオルミラージュ侯爵家の推薦であれば、王太子妃とオルミラージュ侯爵家、両方との繋がりを自分の立場で一気に獲得できるからだ。
イリィは、本当に婚約者のアヴェロ伯爵令息と両想いなのだろう。
しかし外務補佐に落ちたアヴェロ伯爵家と、繋がりを持ち続けるのは外務卿に比べると弱い。
それなら、他の有力な貿易貴族とでも婚姻を結んだ方がいい、とモロウ伯爵が考えるのは当然の話。
だが、イリィがお義姉様の専属侍女となり、それが外務卿であるエイデスの推薦となれば、婚約者問題が一気に解決する。
アヴェロ伯爵は、エイデスの補佐官なのだ。
イリィにそちらを強化する価値がつくことで、外務卿との繋がりを維持したまま、アヴェロ伯爵令息との婚姻がむしろ利益になるのである。
「素晴らしいお話です。立候補させていただいても?」
「勿論ですわ。ただ、試験がありまして。詳細はまだ明かせないのですけれど」
「構いませんわ。お父様に話をさせていただいてよろしくて?」
「ええ」
これで、イリィは落ちた。
元々彼女の方は、お義姉様に敵対的な人物ではないし、家の問題さえ解決すれば、身元は確かで礼儀も教養も十分だ。
何せ貿易をする家なので、彼女が語学が堪能である。
お義姉様に通訳は必要ないけれど、外国の賓客をもてなすのに重宝されることだろう。
ーーーさて、ヴィネド様のほうだけれど。
婚約者で釣れない、ということは、別の方策を練る必要がある。
プランBは、当然用意してあった。
「メレンデ様は如何でしょうか?」
「……わたくしは、申し訳ないのだけれど」
「残念ですわ。お義姉様の近くにおられれば、カーラ様がよくいらっしゃるのですけれど」
「何ですって……!」
ヴィネドが、クワッと目を見開く。
これがプランB。
ヴィネドは、マニアと呼んでも良いほどに、外国の珍品が大好きなのだ。
お義姉様派閥であるローンダート商会は、陸路を使った西側諸国の商品に強い。
東側を制するモロウ伯爵家令嬢であるイリィと懇意にしているのも、家の意向というよりは、彼女本人の趣味嗜好によるものだった。
つまりカーラとのツテは、喉から手が出るほど欲しいのである。
「オルミラージュ侯爵家も、最近はバルザム帝国との繋がりで、あの国の商品を扱っておりますわ。最近も、エイデスが北部に近い帝国貴族のロンダリィズ伯爵家とローンダート商会を繋いだとか。うちも帝国との取引は数多く行なっておりますし」
オルミラージュ侯爵家は、筆頭侯爵家である。
それも、王室より財力があるとすら言われるほど金が唸っていて、東西問わず、近隣諸外国にも経営する数々の事業を持っている。
その影響力は、財閥とすら呼べるほどに強く、直接的に手掛けてなくとも人脈の影響が及んでいることも多い、らしい。
らしいというのは、エイデスの話を聞いて、ウェルミィも勉強中だからだ。
「ロンダリィズ伯爵家……領地間鉄道を北方国と繋いだという……」
「ええ。今、私が身につけているドレスも、ロンダリィズ工房のものですわ」
エイデスから送られたデイドレスは、胸元から裾にかけて、白から紫のグラデーションに染め上げたもので、銀糸の刺繍が施されている。
一緒に届いたエイデスの礼服は、濃紺の下地にプラチナの刺繍と朱色のベストという、お互いの色を纏うものだった。
「……なんて……素敵な」
恍惚とした、と言ってもいい表情のヴィネドに、ウェルミィはもう一押し。
「私は、メレンデ様とも親しくしたいのですけれど……残念ですわね」
「どうぞ、ヴィネドとお呼びになって。ええ、やはり少し前向きに考えさせていただけないかしら? その……わたくしだけの意向だけではどうしようもございませんし」
メレンデ侯爵家は、武家であるものの、寄り親は文閥のホリーロ公爵家だ。
ネテ軍団長やアバランテ辺境伯家という武門最大派閥からは距離を置いていて、どちらかと言えば、外的に対する軍務よりも、警務省や広域自警団の取り纏めなどを行う、治安維持関連に強い家である。
「では、わたくしもイリィ様同様にウェルミィと。そうですわね……今すぐにお返事とは参りませんわね」
出来ればもう少し強い繋がりが欲しいところではあるけれど、と、思いつつも。
ウェルミィは、ヴィネドもほぼ陥落したと判断した。
メレンデ侯爵自身の意向に関しては、エイデスに任せるしかないだろう。
ホリーロ公爵との繋がりを作るのは上手く行ったようなので、口添えをしてもらえる筈だ。
侯爵家としても、寄り親の意向に逆らうより、王太子妃を通した王室との繋がりを強化するメリットの方が大きいはずだし、と、ウェルミィが考えたところで。
「失礼。美しい花々のご歓談中に無粋とは存じますが、少々お話に混ぜていただいても?」
と、声がかけられた。
目を向けると、そこに立っていたのは……先日お会いした、ヤハンナ様のご子息だった。
※※※
お茶会の後の、馬車の中で。
セイファルトは、最早呆れ返る以外の気持ちもなく、静かに外に目を向けるウェルミィ様を見ていた。
近頃ますます輝きを増したプラチナブロンドの髪に、挑戦的な猫に似た朱色の瞳を持つ華奢な主人は、こちらの視線に気づいて片眉を上げる。
「何? 私の顔に何かついてる?」
その可愛らしく整った美貌を向けて首を傾げる彼女は、公爵夫人から有力家のご令嬢までをあっという間に自分の派閥に下したとは思えないあどけなさを見せている。
ーーー不思議な人だよな。
そんな風に思いながら、セイファルトは曖昧に笑みを浮かべた。
「いえ、もうとんでもないなと思ってるだけです。有力者がほぼほぼ味方になりましたし」
魔導卿に見初められて、王室派の有力令息から聖女に光の騎士まで傘下に加えたと思ったら、次は敵対派閥を制する。
この一年と少しの間に自分が成し遂げたことを誇るでも驕るでもなく、至極当然のような顔をして。
「そう?」
「ええ。正直恐ろしいですよ」
「そりゃエイデスの後ろ盾があるもの。権力があったら出来ることは増えるわよ。解呪の力もあったしね」
ーーーいや、絶対そんなことないから。
世の中、権力だけでどうこうなる程には単純ではない。
上から押さえつけられた側が、内心はともかく従う、というならともかく、ウェルミィの場合は相手が彼女を慕うのである。
セイファルト自身もそうだ。
「人付き合いは、俺も自分は上手い方だと思ってましたけど、ウェルミィ様を見てると子どもかと思えるほどに自信を無くします」
「そんなことないわよ。貴方、性格良いし、その上できちんと立ち回れるじゃない。それに優しいし」
ーーー自分のこと、性格悪いと思ってるんだろうなぁ。
優しいってのは、ウェルミィ様の為にあるような言葉だと、セイファルトは最近感じている。
イオーラ様のこともそうだし、ズミアーノ様だって。
自分を殺してでも、危害に遭ってでも、決して見捨てたりしなかったのだ。
セイファルト自身も、ツルギス様も、シゾルダ様も、ダリステア様も。
テレサロだって、他にも多くの人たちが、皆彼女に救われている。
そうこうする内にオルミラージュ別邸に着き、支度をしているとエイデス様がお帰りになられた。
「お帰りなさい、エイデス」
「ただいま、ウェルミィ。いい子だったか?」
「もちろん、後で話すけど、とりあえず皆お友達になれたわよ!」
「そうか」
普段、他の人にはほぼ無表情しか見せないようなエイデス様が、ウェルミィ様に対してだけは甘いとすら呼べるような微笑みを浮かべて、彼女を抱きしめる。
「よくやった」
「……褒めるだけ?」
昼間は、まるで悪女のように立ち回っていたウェルミィ様が、体を離そうとするエイデス様に不満な表情を浮かべる。
「どういう意味だ?」
「私、頑張ったのよ!」
むぅ、と甘えるように頬を膨らませたウェルミィ様は、少しだけ顔を赤くしながら、エイデス様にねだる。
「ご、ご褒美くらいくれてもいいでしょ!? 言うこと聞いたんだから!」
ともすれば実年齢よりも低いような甘え方をしたウェルミィ様に、笑みを深くした彼は、頬に口づけを落とした。
「良いだろう、後で、部屋でな」
その言葉に、えへへ、と笑み崩れたウェルミィ様が、満足して体を離すのを見て、思う。
ーーー本当に、自室でやってくれ。
正直、好きな人に未だ触れることも出来ない自分には毒でしかないイチャつきに、思わず遠い目になるセイファルトだった。
というわけで、悪役令嬢の掌握は完了です。
久々のウェルミィ無双でしたね。
大きな地理を一応整理しておきます。
ライオネル王国の北西に、バルザム帝国です。(お局令嬢の舞台)
帝国東部に、神山を有するバルザム属国、クルシード聖教領国。(神爵の舞台)
バルザム帝国北側に、北方国。(妖花の舞台)
ライオネル王国西南に、侍女選定後に外務卿の舞台になるノーブレン大公国があります。(のんびり令嬢の交渉相手、アバランテ辺境伯領に隣接)
ライオネル王国東側に、内海を挟んで、フェンジェフ皇国。
内海を南にズレた位置に、全土を結界に覆われた島国アトランテ。(愚かわいい王太子殿下舞台)
歴史としては、スタンピード(魔の大侵攻)が起こるのは、ウェルミィ達がほぼ全員結婚した後です。
現在の時間軸だと、神爵のみがこのスタンピード以降の話になります。(本筋にほぼ関係なく、のんびり令嬢で今後エピソードが入るくらい)
二話後くらいには、侍女編の本筋に入る予定です。(掌握と傷顔のエピソードの順番を間違えた気がしてます)
ちょっと更新ペースが落ちてますが、その、書籍化作業とかがですね……(ごにょごにょ)
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