悪役令嬢の掌握。【前編】
追記:すみません、ウェルミィがつける宝石を間違えていたので、描写を修正しました。
「ねぇ、エイデス? 必要なものが少し高いのだけれど、侯爵家の私あての予算を使っても良いかしら?」
「構わない。許可も必要ないが、今まで使わなかった理由があるのか?」
「必要なかったからよ。私個人の為ではなく、侯爵家がナメられないために使うものでしょう」
エイデスと、そんなやり取りをしてから。
ウェルミィは夜会に参加するのに必要なドレスの仕立てや装飾品、あるいは手土産として必要なものを揃えると。
訪れた社交シーズンと同時に、長期休暇に入って暇らしいセイファルトを呼びつけた。
「エイデスが忙しい時も含めて代わりになれるように、私の侍従として社交に付き合っていただけないかしら?」
「構わないですよ。後、敬語は必要ないです」
セイファルトは廃嫡され、卒業すれば平民になるそうだ。
アウルギム伯爵家が保有している男爵位を与えるという話もあったそうなのだが、セイファルト自身が断ったらしい。
「でも、なんで俺なんです?」
自分が選ばれた理由に心当たりがないらしい彼に、ウェルミィは笑み混じりに伝えた。
「あら。カーラを口説き落とすのに、オルミラージュ侯爵家の本邸執事という立場は有用じゃなくて?」
あえてご令嬢口調でふふん、と笑みを浮かべて見せると、セイファルトは顔を強張らせた。
「な、何でバレて……?」
「そりゃカーラとお義姉様はお友達だもの。それに、ライオネル王国で今一番勢いのあるローンダート商会のご息女。王宮に呼ばれて、王室御用達の箔をつける商談ついでの世間話くらいはする間柄よ?」
お義姉様によると、カーラも憎からず思っているとのこと。
なら『応援してあげてね』と直々に頼まれたウェルミィが、動かない理由はないのだ。
苦虫を噛み潰したような顔で、セイファルトが首を横に振る。
「ご好意はありがたいですが、実力に厚底を履かせてもらうのはちょっと抵抗がありますね」
「コネも実力の内よ。それに、私はセイファルト様……いえ、セイファルトを取り立てようなんて気はサラサラないわ。執事見習いとして入って、そこからは自分でどうにかしなさい」
「そういう話なら」
了承したセイファルトに、ウェルミィは満足して頷く。
「忙しくなるわよ、今から」
まずは夜会。
ヒャオン・ライオネル第一王女主催で、貴族学校を卒業した彼女が候補者の中から、有望な方を選ぶための華やかな席だ。
そこに、レオニール第一王子派の対抗勢力の中で最も権力のある、ホリーロ公爵夫人がご子息を伴って参列なさる予定なのである。
ヒルデントライ様とシゾルダ様よりいただいた 〝太古の紫魔晶〟はネックレスに加工した。
小さなダイヤモンドで囲んだデザインの夜会用の星の光は、今日も美しい輝きを放っている。
正装したエイデスやセイファルトと共に参加すると、休暇から戻って謹慎(という名のウェルミィの護衛任務)が解けたズミアーノが、ニニーナ嬢と共に随伴した。
「やぁ、ミィ。彼女がオレの婚約者のニニーナ・カルクフェルト伯爵令嬢だよー」
「お初お目にかかります。リロウド伯爵家が長女、ウェルミィと申します。お噂は、かねがねお伺いしておりましたわ。治癒魔術と魔導薬学の才媛であらせられるニニーナ様にお目通りが叶い、光栄にございます」
「初めまして、カルクフェルト伯爵家が長女、ニニーナと申します。オルミラージュ侯爵様のご婚約者であらせられ、ズミアーノの命の恩人である方の一人に、お礼を申し上げる為にこの場に馳せ参じましたの」
ニニーナ嬢は、ふんわりと微笑んだ。
ズミアーノからあまり体調がよろしくないとお聞きしていたけれど、顔の青白さや、うっすらと浮かんだクマは上手く化粧で隠されている。
髪色や瞳の色は明るくないけれど、可愛らしい容姿の小柄で細い人で、しかしいかにもなご令嬢というには緊張からか少々礼節の面で甘さがあり、同時に深い知性の光が瞳に宿っている。
その功績はあまりあるのに、領地から出て来ずに引きこもっていた、という噂は本当なのだろうと感じさせた。
しかしズミアーノとの仲は良好なようで、礼儀を交わした後は、すぐに彼の腕に自分の腕を嬉しそうに絡めている。
「ズミアーノが、すごくすごくご迷惑をおかけしたと聞き及んでおります……その……」
この場で口にするのは憚られるのか、ニニーナはチラリとズミアーノの腕に目を落とした。
【服従の腕輪】が、彼の袖口を覆う柔らかいレース袖に覆われて隠されているところだ。
ーーー理知的だけれど幼い、どこかチグハグな方ね。
でも、ズミアーノの身を案じているのが、その不安げな表情から感じ取れる。
ウェルミィは微笑みを浮かべて、彼女の不安を取り除くことにした。
「本当に。貴女という可愛らしい婚約者を目にして、改めて彼のなさった事は許されざることだと私も感じておりますわ。……お近づきの印に、ニニーナ様に大切な腕輪を贈らせていただこうと思っているのですけれど、如何でしょう?」
するとニニーナは、目をパチクリさせて、ホッとしたように肩を落とす。
「ええ、ええ。是非。責任を持って管理させていただきますわ」
【服従の腕輪】の所有者権限を移す話は、うまく伝わったようだった。
「ね? 言った通りでしょ? ミィはニニーナが不安がるような子じゃないって」
アハハ、と笑うズミアーノを、ウェルミィはニニーナと同時にギッ! と睨みつける。
「得意そうにしないでよっ! そ、そもそもあなたのせいなんだからっ!」
「ニニーナ様のおっしゃる通りだわ。この場で這いつくばらせるわよ!」
「それはやめておけ。せっかく表向き隠した醜聞が、露わになってしまうからな」
エイデスが喉を鳴らしながら、横から口を挟んだ。
公式の場で彼が笑みを見せるのはウェルミィと一緒の時だけのようで、まだまだ参列の機会が少ないからか、ウェルミィの肩を抱く魔導卿の微笑みに、紳士淑女の皆様がたが、ざわりとざわめく。
筆頭侯爵と、国の穀物庫を預かる侯爵家の令息、その婚約者である才媛の談笑はやはり目立つのか、結構注目されていた。
セイファルトは、エイデスとウェルミィの後ろに影のように控えているが、生来の美貌故に、彼の存在も認識されているだろう。
「では、他の方へのご挨拶と参りましょう。ね、エイデス?」
「ああ」
そこから、宰相閣下とシゾルダ、軍団長閣下とツルギス含むご兄弟にご挨拶する。
「ツルギス様、双子だったのですね……」
ウェルミィは、彼の横に立つよく似た赤毛の青年を見て、目を丸くした。
「兄です」
「どうも、リロウド嬢。ちゃらんぽらんで有名なアダムス・デルトラーデと申します」
パチリと片目を閉じて快活に笑う彼は、大人しいツルギスと違って明るい気性の持ち主らしい。
「本日はダリステア嬢もお越しになるので、どうせなら弟の想い人と顔を合わせておこうかと思ってねー」
「……アダムス。誤解を招くようなことを言うな」
ツルギスは、ダリステアに順調にアプローチしているらしいが、あくまでも婚約者候補である。
アバッカム公爵の心証はともかく、先日全貴族の前で暴かれた『ご令息魅了事件』の黒幕位置であった彼に対する周囲の目は厳しい。
『ツルギスやシゾルダもまた操られており、真犯人は帝国の内部でも暴れた過激派魔薬組織だった』という事実が後に流布されはしたものの、それを疑う者もいる。
敵対する派閥が、ツルギスが廃嫡されなかったことで『逆に疑わしい』としたり『他国の連中に簡単に操られるなど資質に欠けるのでは』という話を、まことしやかに流布しているからだ。
人間なんてセンセーショナルな噂を好むものであり、敵の足を引っ張るのは普通なので、とりあえず放っておいているらしい。
元凶であるズミアーノは、表向き関係なく、裏向きも【服従の腕輪】の存在や、魔物を弱体化させる腕輪や薬の開発者として罪を帳消しにして飄々としているので、ツルギスの苦労は少々理不尽な気もするけれど。
『ズミアーノの罪を詳らかにして、その頭脳と手腕を失う方が困る』と言うのが、国の上層部含む全員の見解だそうだ。
その皺寄せを食ったツルギスの苦労に同情していると、アダムスがネテ軍団長に尋ねる。
「そういえば、父上。俺はそろそろお暇しても良いですかね?」
「ふざけたことを抜かすな」
ジロリと冷たい目で息子を見下ろした彼に、何かあるのだろうか? とエイデスを見上げると。
さりげなく耳元に口を寄せられて、低い声で囁かれる。
「……ヒャオン殿下のご婚約者筆頭に挙げられているのが、アダムスだ」
「え、そうなの?」
「ああ。元々ツルギスより剣の才は優秀だが、のらりくらりとしていてな。責任なんてゴメンだと言っている」
表向きは弟の爵位継承を邪魔をしないため、らしいが、本人の気質もあるとのこと。
ツルギスの継承が決まれば、騎士団にでも所属する、と公言しているらしい。
戦力として手放したくない息子に責任感を持たせるため、ヒャオン王女自身が彼を気に入っている、などなどの理由から、筆頭候補に上がっているのだそうだ。
「だから逃げようと?」
「まぁ、責任逃れに嫡子を嫌がるような男だからな」
ウェルミィが半眼になるのに、エイデスが頭を離す。
すると、周りの囁きが耳に入ってきた。
『今代のオルミラージュ侯爵家が、親第一王子派というのは本当だったのか……』
『今まで中立を保ってこられたはずだが……』
『ほら、レオニール殿下の婚約者が……』
『ああ、エルネスト事件の……なるほどな……』
日和見な人々に対しては、元々親王家派である各家との仲の良さを見せることで、十分にオルミラージュ侯爵家の立ち位置は伝わったようだ。
「そろそろご入来だな」
魔導具の光が徐々に抑えられていくのと同時に、ざわめきも止んでいく。
「……ゲ、間に合わなかった……」
「黙れ、アダムス」
アダムスが、うめき声と共に、父親に首根っこを掴まれたと同時に。
「ーーーヒャオン・ライオネル第一王女、ご入来!!」
と、司会進行の張りのある声が、響き渡った。
というわけで、夜会の始まり。
一応背景事情を説明しておくと、ヒャオン第一王女はウェルミィ達の学年からは一つ下で、イオーラの【サロン】のメンバーです。
王家の兄弟姉妹は仲良しですが、現状の権力体制に穴を開けて、その後ろ盾になって恩恵にあやかろうとしている連中が狙いやすいのが、『王女の配偶者に自分達の息子をつける』という形ですね。
なので、昔レオが病弱だったことも未だに『いつか体調を崩すのでは』という不信感となって根強く、すぐ下であるヒャオン第一王女と、年は離れているものの歴代随一の才媛と噂のナニャオ第二王女の婚約者争いは熾烈です。
本来、対抗勢力最大派閥であったタイグリム推し勢力。
ここが、継承権を放棄して教会入りしたことで教会が中立に回り瓦解、残りが宙に浮いているのは前回説明した通りで、半数はヒャオン勢力に回っています。
コビャク国王陛下の幼馴染み勢力が、権力を磐石にするためにヒャオンの婚約者に推しているのがアダムスで、本人はヒャオンを憎からず思ってはいるものの、権力の座を嫌がっています。
なので、対抗勢力にもまだ勝ち目があると思われている、というところで。
アダムスではない人が配偶者になっても良いように、女性陣側をあらかじめ取り込んでおいてね〜、ってのがウェルミィの役目で、今回の夜会参加に繋がってます。
どうぞお楽しみください。ついでに、ブックマークやいいね、↓の☆☆☆☆☆評価等、どうぞよろしくお願いいたしますー。




