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【10/7 コミカライズ3巻発売!】悪役令嬢の矜持〜婚約者を奪い取って義姉を追い出した私は、どうやら今から破滅するようです。〜  作者: メアリー=ドゥ
第二部/裏 悪の華から希望を。

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悪役令嬢の不安。【前編】


「来たね、ウェルミィ・リロウド」


 茶色の髪に長身、ショートヘアに中性的な美貌を持つ女性は、見下したようにウェルミィを見ていた。


 いきなり呼び捨てにされて面食らったウェルミィだけれど、外には出さずに咄嗟に微笑みの仮面を被る。


「お初にお目にかかります、ヒルデントライ・イーサ様。リロウド伯爵家が長女、ウェルミィと申します」


 そう言って、礼儀カーテシーの姿勢を取った。


 『どうしても、話がしたいと』と、申し訳なさそうに、シゾルダ様に言われたのは一週間前。


 先の騒動の罰として、ツルギス様と交代で、身分を隠してウェルミィの護衛を言いつけられている彼は、それ以外は屋敷で謹慎になっている。


 その為、護衛の日に赴いて貰えないだろうか、と告げられたのは、彼の婚約者の家だった。

 シゾルダ様がウェルミィの側に侍っている時に、苦言を呈した女性。


 珍しいことに婚約者よりも一つ年上の彼女に、シゾルダ様の方から熱烈に婚約を望んだらしい。

 そんな情熱的な面があったなんて、普段の鉄面皮からは意外そのものだったけれど。


 彼女は、ふん、と鼻を鳴らして、綺麗に整えられた庭園の東屋にある椅子に、顎をしゃくった。

 良い印象は持たれていないことを重々承知していたが、ここまで露骨な嫌悪の態度を取られたのは久しぶりだった。


「では、失礼いたします」


 ウェルミィは、微笑みを浮かべたまま、椅子に腰掛けた。


 シゾルダ様に呼び出されたのは、イーサ伯爵家の屋敷。

 オルミラージュ侯爵家やアバッカム公爵家ほどではないしろ、多くの魔導士を排出しているという家系、という情報はきちんと頭に入っていた。


 ヒルデントライ様はイーサ伯爵家の次女で、騎士団と並んで国の守護の要である魔導士団で活躍しているという話だった。


 ーーー実力の裏打ちがあるから、この態度なのかしらね。


 ヒルデントライ様は、なんと金の瞳を持っている。

 魔物退治の前線に立つ魔導士の女性は、女性騎士以上に少ないはずだけれど、彼女はその中でも名声を得て出世しており、部隊を一つ任されているという。


 その情報はエイデスからもたらされたもので、魔導省の管轄。

 つまり彼女は、直接的ではないけれどエイデスの部下だ、ということ。


 しかし、ようやくエイデスと正式な婚約を結ぶことになるウェルミィに、遠慮するつもりはなさそうだった。

 不興を買うのが怖くないだろうか。


 ーーーまぁ、わざわざエイデスに言うつもりもないけれど。


 仕事中でもないのに、部屋着であるワンピースやお茶会用のドレスではなく、魔導士団の正式なローブを引き締まった体に纏っていることからも、プライドの高そうな女性だと、ウェルミィは見当をつける。


 ーーーそもそも、怒ってる理由が至極真っ当なのよね……。


 自分の婚約者が夜会で他のご令嬢に侍っていたのだから、面白くないに決まっている。

 ウェルミィ自身も、エイデスがお義姉様以外の人間に侍ってないがしろにされたら、ブチギレてハメる策略を練るだろう自覚がある。


 お義姉様ならもちろんいい。何故ならお義姉様だから。


 というわけで、ウェルミィはこの場が親交の場ではなく、対峙の場だということを理解した。

 

 事情があり、それが完全に自分のせいではなく。

 そもそもシゾルダ様に掛けられた〝魅了の聖術〟と、ズミアーノの作った香水の効果を解いてやったのは誰だと思ってるの? と思っていたとしても。


 ヒルデントライ様の怒りも正当ではあるので……上からでなく対等な立場で、申し訳なさそうなシゾルダ様に免じてこの場に挑むこと決めて、頭を切り替える。


 シゾルダ様は、今の時間はウェルミィの護衛だけれど、自分の席も用意されている、という微妙な状況。

 片眼鏡(モノクル)を掛けた、相変わらず聡明さと少し冷たさを感じる、いつもの顔で悩み。


 職務を優先して、ウェルミィの斜め後ろに立ったものの。


「シゾルダ様も、座ったらどう?」

 

 ヒルデントライ様は、それも気に入らなかったようで、シゾルダ様に声を掛けた。


「いや、ですが」

「主催がそう仰っておられますので、シゾルダ様」

「……分かりました、リロウド様。しかしヒルデ、彼女に対してその態度は……」

「気に入らない相手に、くれてやる礼儀はないよ」


 少し男性寄りの口調は、服装次第では男装の麗人と呼べそうな彼女にはよく似合っていた。

 歯に衣着せぬ物言いも、今のような状態でなければウェルミィには好ましいのだけれど。


 憤りを隠そうともしないヒルデントライ様は、シゾルダ様に対して被せるように嫌味を口にする。


「大体、淑女とかいう概念そのものが、ボクはそもそも気に入らないんだ。茶会で服や菓子や人の噂話をし、夜会で男を漁る。そんな取るに足りない相手の一人だろう? ああ、奔放な振る舞いは淑女と呼ぶには下品だから、それ以下か」

「ヒルデ!」

「シゾルダ様。構いませんよ」


 ーーーちょっと面白くなって来たし。


 ここまで遠慮がないならば、ウェルミィにも遠慮はいらない。

 内心でそんな風に思いながら、小さく首を傾げる。


「何か、私に言いたいことがあると伺いましたけれど。そのような品のない罵声を浴びせたい、ということでよろしかったでしょうか?」


 『貴女の物言いの方が、私の態度よりもよほど下品ですよ』と、皮肉まじりに遠回しに伝えたところ、ヒルデントライ様は正確に理解したようだった。


 バカではなさそう。


 ギッ! と眉根に皺を寄せてこちらを睨むヒルデントライ様だけれど、いくら鋭い眼光でも、エイデスに比べれば、誰の眼光でもぬるい。

 もしかしたら、国王陛下のものならそれに勝るかもしれないけれど、浴びたことはなかった。


「言うね。戦う力もない女が、偉そうに。恥ずかしくないのかい?」

「特には。初対面で礼儀礼節も弁えられないような振る舞いをする人格に成り下がることに比べれば、些事(さじ)でございますわ」


 それから、わざと挑発するつもりで言葉を重ねた。


「男性の領分に踏み入り、本来の仕事を疎かにする〝淑女〟など、聞いたこともありませんもの」


 露骨な当て擦りに、ス、とヒルデントライ様の眼差しが冷たくなる。

 冷静になったのではなく、怒りが沸点を超えて氷点下に下降しただけだ。


 勿論、ウェルミィは本音でそう思っているわけではなかった。

 こうしたやり取りは、相手の誇る部分を逆撫でして、気持ちを波立たせ、主導権を取ることが優位に繋がるので、そうしただけのこと。


 自らの実力で魔導士として成り上がり地位を得た女性は、尊敬すべき相手ではあるけれど……社交の場において、敵対的であるのなら屈服させるのに躊躇はないのが、ウェルミィだ。


「本来の仕事、ね。どうでもいい繋がりの為に、せっせと税で得た金を身を飾ることに使うことの、どこが仕事なのかな?」

「そうですね、賢くあらせられる(・・・・・・・・)ヒルデントライ様には自明のことと思われますけれど、領地の道を(なら)すだけで、人は食を得られませんの」


 身を飾り、豪奢な催しを行うのは、救貧院にて施しを行うのと同様に、度を越さねば必要なこと。


 そこには針子として勤める女性の仕事があり。

 珍しい、あるいは高価な布を仕入れて売る商人の生活があり。

 ひいてはそのための糸を作ることで、ようやく口に糊する者たちがあり。


 夜会に料理を供する料理人の努力があり。

 使用人として仕える者達の培った、もてなしの技術があり。

 見事な庭園を、そこに咲き誇る花々を育てる庭師の、見事な建物を作り出す建築士の、たゆまぬ日々の営みがある。


「国を守るのに、誰かの身一つでは成し得ないのと、同様に」


 兵士が、騎士が、民を守る為に剣を振るい。

 魔導士が、魔力の枯渇を気にせずに戦う裏には。


 剣を作る者が、鎧を作る者が、馬を育てる者が、砦を作る者が、魔玉を加工する者が、魔力回復薬(マジックポーション)を作る者が、いる。


 兵士の口にする食物を育てる者が、その材料を運ぶ者が、道を平す者が。

 彼らが住む領地が安らかなるよう、税を使い、領地を通ることをつつがなくする為に山賊を追い、嘆願を聞き入れる領主がいる。


 その領主が悪辣を働かぬよう目を光らせる王宮に働く者が、それを統べる王がいる。

 

 彼らの中には、私腹を肥やす者がいるだろう。

 恵みをタダで享受する者がいるだろう。


 当然だ、彼らは歯車ではなく『人』なのだから。

 しかし貴族の全てが、そうなのではない。


 そうした欲を、感情を……時に支え、時に叱咤し、道を誤らぬよう共に歩き。

 一見華やかであろうとも、欲に塗れ追い落とそうと目論む者がいる中で笑顔を崩さず交流し、物事が滞らぬようにと弛まず努力をする。


 着飾るドレスを鎧として、次代を支える子を産み育てることを旨とし、横の繋がりを育て、強め、国の、民の繁栄を守る。

 


 ーーーそれが夫人、ご令嬢と呼ばれる〝淑女〟の使命。


 

 人は合理だけでも、感情だけでも動かない。

 その両輪の片側だけでは、馬車は走らない。


「私は確かに、せいぜい解呪の力しかない、非力な小娘ですけれど」


 そう遠くない昔に破滅を見据え。

 夜会をお義姉様を救う存在を見つける狩りの場と定め。


 夜会を戦場として立つ、己の矜持をもって。


 ウェルミィは朱色の瞳をスッと目を細め、口元を扇で覆う。

 ヒルデントライを見据えたその眼光に、彼女が肩をピクリと震わせるのを見逃さなかった。



「ーーー支える者の務めを軽視する貴女に、シゾルダ様を襲った苦難が、払えまして?」



 ズミアーノが起こしたあの事件は、国家の屋台骨を揺るがしかねないものだった。

 

 見逃して揺るいでいれば、戦や他国との小競り合いどころではなくなる程の激震が走っただろう。


 だが、夜会を厭い、人との交流を面倒と捨てる者には、気付くことすら出来ない奸計であったことは疑いがない。


 ヒルデントライ様は、どちらかといえば、そうした交流を厭う側の人だ。

 シゾルダ様に諫言をした時も、彼女はドレスではなくローブを身に纏っていた。


 それも正装であり、ヒルデントライ様の誇りではあるのだろうけれど。


 事が終わるまで、彼女は婚約者を襲った災難に気付くことは出来なかった。

 それが事実であり、全てだ。


 おそらくウェルミィは、彼女の意図しないところから、急所を射抜いた。

 眉根を寄せて、口元を引き締めたヒルデントライ様は、すぐにそれを笑みに変える。


「なるほど、ただのたおやかなご令嬢ではない、ということだね」

「強かさは見せびらかすものではなく、内に秘めてこそ。厭う殿方も多くあらせられますから」


 言外に、ヒルデントライ様を貶め、シゾルダ様を褒めた。


 やり取りに口を挟まず、苦い顔をしている彼はこの率直な人柄を好んでいるのだろう。

 そして、ウェルミィのことを認めてくれている。


 だからこそ、黙っているのだろうけれど。


「領分を心得ている、と言うのならば、己が身一つすら守れぬ自分を憂いてはどうかな。ご自覚がおありなのだろう? 誰の手も借りずに立つことも出来ぬのなら、それは人に迷惑を掛けることを是とする怠慢だ」


 ーーー守られなければ何も出来ない。


 ヒルデントライ様の言葉もまた、事実だった。

 ウェルミィは戦うことを選んだけれど、エイデスに包まれ、守られているだけの存在だと言われれば、何も言い返すことは出来ない。


「ボクはシゾルダに並び立てる。君はどうだ? 魔導卿の横に立つに相応しい自分であると誇れるのか?」

「……そう在りたいと望んでおりますわ。エイデスに求められたのですから」


 その言葉に、力はない。

 ウェルミィは、一抹の不安を感じていた。


 彼に対して『何でも言うことを聞く都合のいい人形』であることを、自ら望んだとしても……そうして大切にされ、愛を囁かれていても。


 ーーー私は、エイデスに相応しいんだろうか。


 そう思っていることも、間違いではないのだから。


「ヒルデ」


 そこで、先ほどまでとは違う、静かながらどこか鋭さを含んだシゾルダ様の声が飛んだ。

 

 近くにいたご令息の中で、唯一その考えがいまいち読めない、身内に甘いことと、実務に長けていて責任感が強いことくらいしか知らない青年は。


「リロウド様は、魔導卿ご自身がお選びになられた方であり、私やツルギスだけでなく、ズミアーノまでお救い下さった方だ。それ以上無礼を働くのなら、この場を辞させて貰う」


 婚約者の本気を悟ったのか、あるいはシゾルダ様がウェルミィの肩を持ったことが気に入らないのか、ヒルデントライ様は少し傷ついた顔をされた。


「偉そうに。最初に間抜けを晒したのは君だろう」

「それに関しては、私自身が幾らでも謝罪しよう。しかしリロウド様に君の憤りをぶつけるのは間違っている」

「憤りをぶつけた訳ではない。侮辱されたのはこちらも同じだ」

「君の最初の態度が原因だろう。最初に人を試すのはやめろ、と何度も伝えているはずだ」


 するとヒルデントライ様は肩をすくめ……いきなり、態度を軟化させて微笑みを浮かべた。


 そして、パチンと指を鳴らす。

 

 たったそれだけで傲慢さが形を潜め、瞳が生き生きと輝いたかと思うと、快活さが顔を出した。

 あまりの変わりように、ウェルミィはまばたきをする。


「すまなかったね、リロウド嬢。うちの婚約者殿は、ほんのちょっとした戯れにも頭が固くて困ってしまう」

「あの……?」


 先ほどまでの怒りと直情さは何だったのか。

 瞳の奥に宿っていた本質を見ていたはずなのに、今の彼女からは全くと言っていいほど敵意を感じない。


「君の評判を聞いて、ほんの少し悪戯したくなったんだ。社交界を騒がせる毒花の評判と本来の姿があまりにも乖離していて、ついつい」

「ヒルデ」

「そう怒るなよ、シズ。悪かったと言っているじゃないか」


 ははは、と笑って、ヒルデントライ様は片頬を上げる。


「君の人を見抜く目が、とても素晴らしいと皆が褒めるから。瞳に別の感情を映す幻術が通用するかを試してみたんだ」


 まるで悪巧みに成功した悪童のようなその顔が、彼女本来の魅力なのだろう。


「結果は成功だったな! 君もあまりその目に頼らないように気をつけることだね?」

「……まるでズミアーノみたいですね」

「失礼だな。あんな腹黒と一緒にしないでくれ」


 心外だ、と頬を膨らませる彼女に、思わずウェルミィは吹き出した。


 ーーー騙された。


 まさか、そんな方法で自分の素顔を隠すことが出来るなんて、ウェルミィは思いつきもしなかったから、素直に負けを認めた。


「ご教授、ありがとうございます」

「謝罪しよう。そして、こちらが本来の用件なのだが」


 ヒルデントライ様は、真剣な顔で立ち上がると長いローブの裾を摘んで、見事な礼儀(カーテシー)見せる。


「改めまして。イーサ伯爵家が次女、ヒルデントライと申します。この度は、婚約者であるシゾルダ・ラングレー伯爵令息をお救いいただき、誠にありがとうございました」


 彼女の人柄を表すように、堂々とキレの良い仕草と言葉でそう述べて。


「今後は、君を見習って、社交の場での戦い方も学ばせていただこう。是非、交友していただけるとありがたい」


 顔を上げて、小さく首を傾げるのに。


「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」


 ウェルミィは、魅力的で一筋縄ではいかないヒルデントライに、にっこりと承諾のうなずきを返した。

 

甘々回を書こうとしたのに何でこうなるんだろう……? という訳で、ヒルデントライ嬢が登場しました。


なんでこんなクセの強いご令嬢ばかりなのかと問われれば趣味としか言えなry


次こそは甘々を描く! というわけで、応援していただける方は、ブックマークやいいね、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
こりゃーかなり良い将来のご友人との出会いなのでは!?
この方とお友達になってほしい(*´ᯅ`) 無邪気ないい子のウェルミィが、クズ養父と復讐心燃えもえ母により深謀調略しまくりで大好きな姉の幸せ以外眼中にない生き方をしてきたわけで、この賢い優しい子が楽しく…
[良い点] はじめましてこんにちは! どうしましょう ヒルデントライ様1番好きかもしれません…
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