エルネスト伯爵の悪事。
「ここまででも、随分な仕打ちではあるが……その上に、お前たちは自分たちだけ湯水のように財産を使っていたな。証拠も揃っている」
「他家のお金の使い方まで、口に出しますの……? それに財産を食い潰していたのは、私たちではなくお義姉様ですわ! 高価な魔導具ばかり買って……」
エイデスの言葉を受けて、彼の家令らしき人物が、手早く近づいて分厚い本を二冊持ってきた。
それを手に持った彼は、呆れたような目をエルネスト伯爵……お父様に向ける。
「そうだな、ドレスや宝石ばかりでなく、魔導具の費用も計上されているな。そしてこれは、何処かから送られてきたエルネスト伯爵家の帳簿だが……書かれた金額が違うものが、二つある」
その意味に気づいたお父様は、サッと顔色を青ざめさせた。
周りにも数人、言葉の意味に気づいた者たちが白い目を彼に向ける。
ーーー二重帳簿。
今、エイデスはどこかから、と言ったが……それを匿名でエイデスに送りつけたのは、ウェルミィだった。
お義姉様の主な仕事は、領収書などの金額を帳簿に纏める仕事と、領地の管理者たちにお父様の手紙を代筆することや、意見の取りまとめをして必要な要求と不要な要求を判断することだった。
ほぼ、社交や交渉的なもの以外の領主の仕事、全てである。
維持管理という仕事は地味で目立たないが、領地を運営する上で非常に重要なものだった。
家令のゴルドレイが多少は手伝ってはいたようだが、彼も自分の仕事があり、そう頻繁に離れに出入り出来たわけではない。
お義姉様の睡眠時間が減り始めたのも、その辺りだった。
なぜウェルミィがそれを知っているかと言えば、家計簿をつける練習、という名目で、その仕事の一部が割り振られていたから。
支払いや収入の一部だけを纏める行為は、二度手間では? というのが、ウェルミィの感想だった。
纏めてあればやりやすくはあるけれど、それなら最初から全部纏めさせてチェックすればいいだけなのだから。
そんな疑問から、ウェルミィは気づく。
ーーーお義姉様に任せられない理由が、何かある……?
そう思い、意図的に自分に回って来た領収証を一枚、お義姉様に渡すために分けられているものに潜り込ませた。
何かあれば、お義姉様はゴルドレイに言うだろうと、思っていたのだけど。
万一に備えてお義姉様の動向を伺っていたら……求められてもいないのに、離れから出てくるのが見えた。
ウェルミィは、背筋が冷えた。
急いで書斎にいるお父様の元へ向かい、適当な話題を話していると、お義姉様が現れて『同じところから来ている税収書類が二枚あり、金額が違う』と口にした。
ーーーやっぱり。
お父様は、得た収入の金額をごまかしている。
確信したウェルミィは、お父様が何かを言う前に、お義姉様に見下すような笑みを浮かべて見せた。
『ねぇお義姉様。領主たるお父様の仕事に、口を挟んでいいと思っていらっしゃるの?』
ーーーこれ以上、何も言わないで。
と、心の底から願った。
万一にもお父様の機嫌を損ねて、貴族学校入りの取りやめまで起こったら、今度こそお義姉様はどこにも行けないままに、飼い殺されてしまう。
お義姉様が、まさかお父様に会いに来るなんて、誤算だった。
案の定、ウェルミィが口を挟んだことで多少和らいだものの、焦ったお父様は激昂して『二度と離れから本邸に入ってくるな!』とお義姉様を怒鳴りつけた。
そういうことがあってから、お父様は少しだけ慎重になったみたいだったけれど、ウェルミィを疑ってはいないようだったから、少し前の帳簿を引っ張り出して写しを作るのは簡単だった。
今、会計や嘆願、意見書の処理を一手に引き受けているお義姉様に、そんな暇はないし、ごまかしでない方の帳簿はウェルミィに回って来ている。
だから、いざという時のために証拠集めをやるのは、ウェルミィの仕事だった。
「この帳簿の、正式な方の筆跡は、ウェルミィ・エルネスト。お前のものだな」
エイデスは、薄く笑みを浮かべながら、獲物を追い詰めるように言葉を重ねる。
「……知っていたんじゃないのか? お前は、自分の父が脱税や虚偽申告をしていることを」
「し、知りませんわ! それにお父様が、そんな恐ろしいことなさるはずが、ありませんわ!」
バカのふりは、得意だった。
ましてウェルミィは、相手をしているエイデスが何をしてくるかを大まかに知っている。
お義姉様の置かれていた状況も、帳簿に関する話も、全て自分がこっそりと手を回して、エイデスの耳や手元に入るように計らったのだから。
「なさるはずがない、か。しかしイオーラが勝手に買っていたという魔導具は、全て素性の知れぬもので、そこに掛かっていたのは全て『呪い』だった形跡がある……そして購入していたのが、小太りでちょび髭の、貴族らしき中年男性だったことも、把握済みだ」
そこでエイデスは、一度言葉を切る。
「誰かの手によって解呪されているが。これは誰を狙った呪いだったんだろうな? 伯爵家の嫡子は、少し前に書き換えられたようだが」
今度こそ、会場の空気の色が変わる。
どういう行末を迎えるのか興味津々だった空気が、伯爵家の行ったお義姉様への仕打ちが行き着くところまで行き着いていたことを悟り、責める空気へと。
流石に愚かなお父様も悟ったのか、青ざめたまま反論する。
「な、なん……わ、私ではない! こっち見るな!」
小太りでちょび髭の、貴族らしき中年男性。
丸のまま、お父様の特徴に当てはまる、が。
ーーーその言い方と態度は、自白と変わりませんわよ?
ウェルミィは笑いをこらえつつ、反論する。
「お、お義姉様がお父様を狙ったのではないのですか!?」
「ありえん。それらがあったのは、全てイオーラの部屋だったと侍女と家令が証言している。あれらは、置いてある場所で効力を発揮する魔導具だ」
お義姉様を殺そうとしていたのだから、当然だった。
だって家令が受け取り、イオーラの部屋に置くように命じられていたその魔導具の解呪をしていたのは、自分自身。
全ての魔術を操る可能性を持つ紫や、攻撃の金、治癒の銀には劣るものの、こと補助魔術と呼ばれるものに関して随一の適性を誇る魔術適性を持つのが、朱色の瞳を持つウェルミィだから。
学校では隠して不得手なふりをしていたが、解呪の魔術は、初めてお義姉様を殺すための魔導具を見た時から必死で練習した。
今では、現在解明されているほぼ全ての呪いを解呪出来るくらいになっている。
解呪してからお義姉様に渡していたせいで、貴族学校に入学して少しの間、体調不良に悩まされることも多かったけれど、今ではそんなことはない。
そして当然、呪いの魔導具は違法の存在。
エイデスは全てをつまびらかにすることに、容赦がなかった。
お義姉様を任せるのに、そういう人を選んだのだから、当然だけれど。
「愚かな罪を犯したものだ、エルネスト伯」
社交嫌いで、女嫌いの魔導卿。
彼こそが、そうしたものを毛嫌いし、取り締まるために呪いの魔導具の構造を解明してトップに立ち、魔導省の改革を行った人物だったのだから。
世間の残虐、酷薄という評価は、そうして敵対する相手を呪殺する術の多くを失った貴族達からもたらされたモノ。
ウェルミィは知っていた。
ただ一回、社交界で出会っただけの彼が、世間で言われているような人物ではないことを。




