悪役令嬢の考察。
テレサロの話は、ちょっと顔が引き攣るくらい闇が深かった。
ーーーいえ、ちょっと待って。
思いつくだけでも、その話の中に色々危ないものが眠っていそうな臭いが、ぷんぷんする。
「そもそも〝魅了の聖術〟が使えるとか、そんな話を私にしていいの……?」
「……はい。その、こんな話、タイグリム様にも出来なかったので……」
テレサロの立場からしたら、それはそうだろう。
「テレサロ……貴女が魅了を使えることを、タイグリム様は……?」
「ご存じです……ですが、陛下も、レオニール王太子殿下も知りません……その、タイグリム様が、学校生活を送りたいなら隠しておいた方がいい、と……」
ーーーでしょうね。
いくらなんでも、陛下がそれを知っていて放置する訳がない。
一人の少女の我儘を聞き入れて、教会との関係にヒビが入るような隠蔽を、為政者が行うわけがなかった。
ーーー王族に取り入れようとしていたら、分からないけれど。
もし望んだとしても、叙されて数年の男爵家から王子妃に召し上げるのは、無謀過ぎる。
〝魅了の聖術〟が使えるという最大の利点がなければ迎え入れられないのに、それが使えることを公にするのは教会との争いの種になる。
ーーーそんな危ない橋を、渡るかしら?
どう考えても国王陛下から見れば、リスクとリターンが見合っていない。
そうなると、タイグリム様ご自身がそれを考えている線もあり得る。
「不躾だけれど、貴女とタイグリム様は、男女のお付き合いをなさっていて?」
「い、いいえ! 滅相もないです!! わ、私には畏れ多いです!」
テレサロは、まったくもって普通の少女のようだった。
それも夢見がちなタイプではなく、地に足がついたタイプの。
仮にこの問題をタイグリム様の手を借りて解決しようとしたら〝魅了の聖術〟が使えることを、彼が伏せるように言ったことも公になる。
しかも既に脅された結果、何人かの令息に、それを使用しているとなると。
ーーー禁呪じゃない、けど、教会規則にも王国法にもかなり違反するんじゃ……?
しかし〝魅了の聖術〟の勝手な使用は禁じていても、それに関する罰則はない。
神殿内にいる聖女が、その規則を破る理由がないからだ。
そしてテレサロは、まだ教会に聖女として入ってるわけではない。
でも、教会の計らいで王族と交流して治癒魔術の修練をしている。
「貴女は……少なくとも、術を使ったことによって重罪で裁かれることはない、と思うわ」
「本当、ですか……?」
「ええ。貴女がやったことを裁く法が、ない気がするのよね。精神干渉に当てはめるにしても、悪影響が出ないはずだし……」
操ったことがどういう扱いになるのか、は、その辺の事情に疎いウェルミィには詳しくは分からないけれど。
少なくとも、脅迫されていたことが証明されれば、悪いことにはならないはず。
それよりも、セイファルト様がテレサロに婚約まで破棄させて交際を迫り、無理やりキスまでしようとした、という話が気になった。
彼は確かに軽い人間で浮名を流すことも多かったけれど、嫌がる女性を無理やり、というタイプではない。
むしろ、割り切れる関係を望む方だろう。
ーーーもしかして、テレサロに何かをしているのは、一人ではないんじゃ?
もし、タイグリム様に一対一で教えを乞える立場のテレサロを、他のご令嬢がやっかんでいたりしたら、一枚噛んでいる可能性もある。
テレサロ本人は気づいていないかもしれないけれど、ウェルミィからすると、セイファルト様がテレサロに執着したことには違和感しかなかったのだ。
ーーー本人に直接聞くのが、早いかしらね。
〝魅了の聖術〟が、どの程度相手を縛るのかは分からないけれど、質問には素直に答えるのだろうか。
ウェルミィは考えながら、テレサロに尋ねる。
「テレサロは、その掛けた魅了を解除できるの?」
すると彼女は、また泣きそうな顔になって首を横に振った。
「ど、どうやって解いたらいいのか、分からないんです……」
まだ貴族学校の二年生。
ウェルミィ自身は血筋の問題もあって、魔力での強引なものではなく、精霊に頼む為に他の生徒より遥かに解呪に長けていたけれど、テレサロくらいの歳ではそれが普通だと思う。
聖術の中には精霊に干渉するものもあったはずだけれど、タイグリム様でも、彼自身が使えない術は教えられないだろう。
「……私が、やってみましょうか?」
「え?」
「魅了の解呪。貴女が勝手に解いたらツルギスに気づかれてしまうかもしれないけれど、私が彼のいない夜会とか面会で近づいて解呪すれば、何か話を聞けるかも」
「い、良いんですか? でも、それだとウェルミィ様が危ないんじゃ……」
「私は多分、大丈夫よ」
エイデスには相談するし、レオも攻撃魔術に長けている王太子。
ご令嬢が噂話で貶す程度ならともかく、そうそう、ウェルミィに妙な手出しは出来ない。
テレサロが魅了をかけた相手の名前を聞き出して、先にまだ涙ぐんでいるテレサロを夜会に戻らせる。
その背中を目を細めて眺めながら、ウェルミィは考えた。
ーーーテレサロは、何で目撃者のツルギスに〝魅了の聖術〟を掛けなかったのかしら?
夜会に戻ると、何故かダリステア様が鋭くこちらを睨んでいたけれど、あえて気づかないふりをする。
多分こちらは、レオに関することだろうし。
彼女のことを意識の隅においやって、ウェルミィは思考を重ねた。
テレサロは、セイファルト様と同じように、ツルギスの口を封じてしまえば良かったのに、彼女の頭にはそんな考えすら浮かんでいないように見えた。
彼女自身も、思考が制限されている可能性がある。
そして、ツルギスから香ったという、嗅いだことのない花のような匂いというのは。
ーーー人を操る魔薬の一種に、そういうのがあった気がするのよね。
夜会から帰った後に、ウェルミィはエイデスにそれを尋ねた。
すると彼はこちらの頭を撫でる手を止め、目を細めてそういう魔薬がある、と肯定してくれる。
「ちょっと泳がせてもらってもいい? ツルギスは、トカゲの尻尾の可能性が高いし」
「賢いな、ウェルミィ。私もそう提案しようと思っていた。……その香の出どころに関して、まさに魔導省が国家治安維持特務課と合同で調査しているところだ」
「そ。じゃ、私はクラーテス先生を訪ねて、魅了を解呪出来そうか相談してみるわね。出来るなら、秘密裏に解放して、情報は得たいし」
「私かレオがいる時にしろ。異変にすぐに気づけるようにな」
ウェルミィは、エイデスを見上げて小さく微笑む。
「心配してくれるの?」
「当然だろう。お前は私のものだ。誰であろうと、傷一つつけることは許さん」
そう言われて。
ウェルミィは、少しくすぐったい気分で、エイデスの胸板に頭を預けた。




