聖女の望み。
「脅されていた、という者の名は」
「トラフ男爵家令嬢、テレサロ様でございます」
ウェルミィが名前を口にすると、彼女はおずおずと前に進み出た。
軽く、周りにいた令息がたが輪を広げるが、その中の一人が、ウェルミィの横で陛下に対してたどたどしく礼儀を取る、テレサロのすぐ後ろに控える。
ソフォイル・エンダーレン騎士爵。
ウェルミィを取り巻いていた方々の中では年齢が5つ上と最年長の青年。
最も地位が低く、同時に一番勲功を立てておられる方だ。
元々はエンダーレン男爵家の三男で、学生時代の成績が優秀だったことから王立騎士団に取り立てられた。
その後、辺境騎士団で隊長を務めていた男性の目に留まり、主に他国の兵との小競り合いではなく、別の意味で危険な魔獣狩りの部隊に所属。
そこでの目覚ましい働きから、先日、上位魔獣の危機から国土全体を守護する【王立魔獣討伐派兵団】へと転属して騎士爵をいただいたらしい。
ーーー彼は、テレサロの幼馴染み。
彼女の聖女の才能が認められる以前は婚約者だった、と聞いていた。
大柄な青年で、糸目で素朴な顔立ちをしている。
美形とは言い難いが、穏やかで包容力のありそうな殿方だった。
こういう静かな相手ほど、怒らせると怖いということを、ウェルミィはよく知っている。
かつては二人の、今はお義姉様の侍女であるオレイアが、その典型だったから。
「テレサロ嬢」
「はい……」
陛下に声を掛けられて彼女が顔を上げたので、ウェルミィは意識を戻した。
「先ほどの、ウェルミィ嬢の言に相違ないか」
「はい……わ、わたしは、デルトラーテ様に、脅されておりました……そうして、その、今ウェルミィ様を守っておられる大半の方に」
テレサロはそこで、ぎゅっと両手を合わせて震えながら、目を閉じる。
小柄で愛らしい印象の聖女候補は、礼節の面ではあまり芳しくないけれど、そもそも下位貴族であるため、こんな衆目の場では緊張してしまって当たり前でもあった。
大きく息を吸い込んだテレサロは、自分の罪を告白する。
「大半の方にーーー〝魅了の聖術〟を、掛けました……!」
その言葉に、今度こそ全員が息を呑む。
ダリステアも、意外なところからの告白に目を丸くしていた。
〝魅了の聖術〟は、神が己の愛し子に授けたとされるもの。
似たような術式で、かつ禁呪である〝魅惑の魔術〟が相手の性欲を刺激して、意識に枷を掛けて自分の虜にするもの、であるのに対し。
〝魅了の聖術〟は、聖女を害せぬよう誓約を掛け、騎士として忠誠を捧げる意志を持たせる、というものだ。
これは、聖女を守る役割を持つ守護騎士が、万一にも聖女を害さぬように授けられたものであるとされ、基本的には教会の許可なく誰かに使ってはならない。
精神に影響を及ぼすが、あくまでも聖女を害さぬという誓約をもたらすものであり、ある程度忠誠心から聖女の望みを叶えるよう命令に従いはしても、自由意志を阻害する程ではない。
それに加えて、聖術として認められている理由は他に二つ。
もし仮に聖女が死んで術が解けても、その後に変調が残らないこと。
そして遣い手となる少女が例外なく、自らの欲望のためにそれを行使する精神性を持たないこと。
だけれど、皆が驚いたのはそこではない。
「そなたは、もう〝魅了の聖術〟を習得しておるのか……」
「はい……」
テレサロは震えていた。
聖女が扱う聖術の中でも、〝魅了の聖術〟は習得が極めて困難と聞いている。
歴代聖女の中でも、その遣い手は数えられるほどしかいない。
敬虔な祈りの精神と、生まれ持つ優れた才覚、真摯に修行に励むことの三つが揃って初めて会得できる。
いくら聖女として最高位とされる桃色の髪を持ち、銀の瞳を備えていたとしても、ただの聖女候補でしかないテレサロが扱っているのは異常なことだった。
ーーーまぁでも、テレサロは隠しておきたかったのよね……。
決して、隠れて好き勝手をしたかった、という意味ではない。
これが使えることがバレてしまうと、ほぼ確実に聖女として奉り上げられる。
それは、テレサロが愛する人々と別れて、一生を神殿のため、使命のために捧げるということ。
彼女はまだ16歳。
デビュタントを終えたばかりの、第二王子タイグリム様と同学年の、貴族学校の生徒なのだ。
ーーーせめて、貴族学校を卒業するまでは。
それが彼女の願いであり、同時にこの事件を引き起こすきっかけとなった隠し事だった。
能力がバレて、悪い奴に目をつけられたのが、テレサロの運の尽きでした。
次はウェルミィとテレサロの出会いになります。
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