幾つかの真相。
「アバッカム公爵令嬢、ダリステア」
「……はい」
陛下にお声を掛けられて、青ざめていたダリステアが震えそうな声音で返事をする。
「他者に対して承認もなく、まして王族の在る場で魔術を掛けることは火急の要件以外では禁じられている。それは承知しておるな」
「はい……」
火急の要件、とは基本的には、大きな怪我や火事などの災害、あるいは襲撃者が現れるという騒動が起こった場合の話。
主に治癒魔術や防御魔術、対抗するための攻撃魔術に対して適用されるもので、無抵抗な他人に不利益となる魔術をかけることは、大体の場合において当たらない。
「何か申し開きはあるか」
「……わたくしは、ウェルミィ・リロウド伯爵令嬢が、人を操る魔術や魔導具を使用していると、聞き及んでおりました……」
陛下は黙ってそれを聞いておられ、周りの者もそれに倣っている。
「次世代を担う令息がたが、そうした術中にあり自由を奪われている、のならば、それは乗っ取り……王室への大逆に、当たる、と、思い……」
ダリステアは、多分自分が言い訳をしているように思っているのだろう。
だから歯切れが悪いけれど、話している内容そのものは彼女の立場なら、至極真っ当なもの。
「わたくしには、個人的に彼女に近づく手段がなく……違法なことをなさっておられる方が、素直に聞いても認めることはない、と、思い……この場で、自白を行わせるために、魔導官が罪人にかけるという魔術を……」
「そんな魔術は存在せぬ」
「……!?」
「人の精神に干渉する魔術や魔薬は、禁呪に当たる。それは精神に干渉する行為が、場合によっては廃人となる危険な可能性をもつものだからだ」
「あ……」
禁忌に指定された魔術を行使するのは、重罪。
ダリステアは、もう青を通り越して顔色が真っ白になっていた。
多分知らなかったのでしょうね、とウェルミィは見当をつける。
しかしそれでも、彼女の背筋は真っ直ぐに伸びており、陛下から目も逸らしていない。
手段を間違ったことは認めても、自分の危惧に間違いはなかったと思っているだろう。
そもそも、その疑い自体が間違いではあったけれど、それも抱いていた疑念を、外から補強するように植え付けられた可能性が高い。
ーーー私も逆の立場だったら同じように考えたかもしれないし。
ダリステアは高い矜持の持ち主だ、とウェルミィは好感を覚えた。
以前、貴族学校で、何かの用件で彼女が話しかけに来たことがあるのを思い出す。
敵意に満ちた目をアーバインとウェルミィに向けて、何かを言いたそうにしながらも口をつぐんでいる様子に、まともな人物だ、と思って関わりを避けたような記憶があった。
ーーーやっぱり、先に助けられなかったのが悔やまれるわね。
そんな風に思っていると、陛下は別の人物に話しかけた。
「クラーテス・リロウド伯爵」
「は」
「ダリステア嬢が行使した魔導具を検めよ。アバッカム公爵令息、マレフィデント。魔導具を外して、リロウド伯爵へ」
「は!」
ダリステアに寄り添っていたマレフィデントが、妹が魔導具だと示したネックレスを外して、クラーテス先生に手渡す。
それを眺めた彼は、陛下に向き直って伝えた。
「これは、禁忌の魔導具ではありません。認められているものに手を加えて効果を強めた違法のものではありますが、相手に軽い暗示をかけ、首肯を促すだけのもののようです」
クラーテス先生の言葉に、安堵に近い空気が流れた。
公爵令嬢が禁忌を犯したとなれば、周りへの影響が凄まじいことになるだろうことを、皆が理解していた。
ウェルミィ自身も、そのような魔術だろうと推測を立てていた。
少し霞みがかったような意識の中で『うなずけ』と命じられただけ。
それに本当に禁忌の魔術ならば、クラーテス先生の軽い処置だけで意識が戻るはずがなかったから。
発言を許されたいウェルミィは、陛下に向かって礼儀の姿勢を取る。
「何か。リロウド伯爵令嬢、ウェルミィ」
「国王陛下に申し上げます。私自身、解呪の心得があり、掛けられた魔術が、クラーテス伯爵の口にされたものに相違ないことを証言いたします」
実際のところ、ウェルミィはダリステアが何かを狙っていることに気づいていた。
レオが、彼女がどこかの令息と話しており、態度がおかしかったことを伝えて来てくれていたからだ。
それもあってウェルミィは事前に、エイデスの手で精神の奥深くに干渉するような魔術への抵抗魔術をかけて貰っており、滅多なことにはならないと考えていた。
ーーーそもそも、ダリステア様をハメるつもりなんて毛頭なかったしね。
どちらかと言えば、ウェルミィは最初、彼女とどうにか話をして状況を理解してもらおうと思っていたから。
ウェルミィはもう一度陛下に頭を下げてから、チラリと横に目を向ける。
そこには、こちらも青い顔をした男爵令嬢……聖女として教会に入るよう誘われている、銀の瞳を持つテレサロ・トラフが立っていた。
桃色の髪色を持つ、可愛らしい印象の少女だ。
ウェルミィの視線を受けた彼女は、緊張で倒れそうな面持ちながらも、小さくこくんと頷いてみせた。
その間に、陛下の話は進む。
「ダリステア嬢。そなたに魔導具を与えた者の名を述べよ」
ついに恐れていた質問を投げられた、と思ったのだろう。
目を伏せたダリステアは、それでも迷うことなく相手の名前を口にした。
多分、ウェルミィがなぜこの立場になっているのかを、事前に聞いたから……自分の危惧が杞憂だったのを理解したからこそ、だろう。
「デストラーテ侯爵令息、ツルギス様にございます……」
そうして、一斉に貴族たちの視線を浴びた、少し後ろに控えていたツルギスは、グッと唇を引き締めて顔をしかめている。
怯えは見えないが、自分が窮地に立たされていることは理解していそうな顔だった。
「陛下」
ウェルミィは、最も効果的だろうこのタイミングで、新たな情報を開示する。
「唆されたダリステア嬢同様にーーーツルギス様に脅されていた方を一人、私は存じ上げております」
男爵令嬢とのやり取り、まで書こうとしたら時間が足りませんでした。次話になります。
後、ダリステア嬢はそう悪いことにはならないので、ご安心下さい。私の作品はいつもニコニコ、クズ以外はハッピーエンドでお送りしております。
ウェルミィさんも腹黒ぉ! っと思った方は、ブックマークやいいね、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、どうぞよろしくお願いいたします。




