始まりのお茶会。
「ーーー静まれ」
喧騒に包まれた広間に、低く落ち着いた、それでいてよく響く声が通る。
ーーー国王陛下のお声掛け。
たった一言で、その場にいた者が全員、自然と礼を取って頭を下げる。
ウェルミィも、同様の礼を取った。
ーーー以前にお会いした時は、気さくな方だったけれど。
こうして威厳を放つ姿を見ると、やはり彼が王なのだ、とウェルミィは身をもって知る。
「エイデス魔導卿。先程の言葉に偽りはないな?」
「は。誓って」
横で同様に礼を取っていたエイデスが、顔を上げる。
王に対して、虚偽を述べることは許されない。
エイデスが宣誓を行ったことで、この場において嘘を吐くことは不敬であり背反となる。
「全員、面をあげよ。……レオニールの失脚を狙った者がいる、というのは、誠か」
「はい」
エイデスはチラリとこちらを見下ろしてから、うなずいた。
ダリステアは、顔を青ざめさせている。
きっとさっきのエイデスの質問に、答えを求められることを恐れているのだろう。
「陛下。ウェルミィは王太子殿下の婚約者候補が、婚約成立までの間に危険に晒されぬよう、囮を買って出ました」
これは陛下に、というよりも周りに伝えるための話だろう。
何せ、その囮役となることを決めた時には、陛下もその場におられたからだ。
当然ながらその意を得ている彼は、さらに発言を補強するような問いかけを投げる。
「それは当初よりの目論見か」
「いえ。大逆の気配を感じたのは、ウェルミィが囮をこなしている間のことにございます。ーーー故に今日まで、当初よりも厳重に、ただ一人、王太子殿下の側に在るように計らったのです」
「え……」
思わず、といった調子で小さく声を漏らしたのは、ダリステアだった。
そう。
ウェルミィは、本当の婚約者であるお義姉様が、お披露目を行なって王宮に上がるまで危険な目に遭わないようにと、気に入らないレオの婚約者のフリをしていただけだった。
ーーーその話が、いつの間にか大ごとになってしまったけれど。
「他の令息がたは、それを知っていたが故に、壁となって側にいたのです」
貴族たちは、静まれ、と陛下に命じられた為に、お互いにやり取りこそしていなかったが、息を呑んでこちらに注目しているのが分かる。
ウェルミィは思い返す。
こんな事態の発端になったのは、王妃陛下に誘われたお茶会でのことだった。
※※※
「……わたくしは反対です」
王妃陛下の暮らす宮廷の中庭で、ウェルミィがエイデスとのやり取りを話した後。
難色を示したのは、お義姉様だった。
横に座るエイデスとウェルミィが目を見交わすと、彼は軽く肩をすくめる。
「何故ウェルミィが、わたくしの代わりに囮にならなければいけないのでしょうか」
お義姉様の言葉に答えたのは、レオだった。
「適任だろう? ウェルミィは社交界での振る舞いに長けてる。今までは人を遠ざけるだけだったが、逆に取り入ることも出来るだろうし、人を見る目は確かで、相手の悪意にも敏感だ」
将来を誓い合った相手である彼を、この時ばかりはお義姉様は冷たく睨み付ける。
「悪意に晒されると分かっていてウェルミィに押し付けるなど、あり得ません。それにわたくしは、どのような誹謗中傷を受けようと平気ですわ」
エルネスト女伯となったものの、お義姉様には後ろ盾がないに等しい。
そもそも王家にとって得となる人物であると示すには、まだお義姉様の価値が周りに広まっていない。
準備をしている段階で、仕方がないとはいえ、アーバイン、エイデスと二度も婚約を破棄しているに等しい傷物も傷物な経歴。
悪意の格好の的だ。
ウェルミィはそんなお義姉様の気持ちを嬉しく思いながらも、本当に問題なのはそこではないことに気づいていた。
「陰口くらいなら可愛いものですけれど、王太子妃となるために手段を選ばない相手もおりますわ、お義姉様。それに夜会もお茶会も、お義姉様の貴重な時間を奪ってしまいます」
「だったら尚更、貴女に任せるわけにはいかないわ、ウェルミィ」
ーーー頑固ですわねぇ。
そんなお義姉様も好きですけれど、と思いつつ、ウェルミィは言葉を重ねる。
「今の私は暇ですもの。それにエイデスも守ってくれますし、当然ながらお義姉様の〝愛しの〟レオニール王太子殿下も気を配ってくれますわ」
愛しの、を強調したところでお義姉様はほんのり顔を赤らめるけれど、レオは半眼になって冷めた顔をこちらに向けてくる。
「随分トゲがあるようだが、全然信用も期待もしていないと言外に言ってないか?」
「あらそんな。被害妄想でございましてよ、王太子殿下」
ほほほ、とウェルミィは口元に手を当てるが、当然のことなので、目で『その通りよ』と伝えてやる。
ーーー誰が、お義姉様を横取りした男を頼りにするもんですか。
そんなやり取りをどこか楽しげに見ていた陛下と、レオの弟君であり、貴族学校でお義姉様の『サロン』のメンバーだったタイグリム殿下が口を挟んでこられた。
「レオにここまで気安い仲の友人が出来るとはな」
「ええ、父上」
「「誰と誰がです?」」
声がハモったので、またお互いに相手を睨みつける。
そこでひとしきり笑った陛下は、ふと表情を引き締めた。
「しかし、イオーラ嬢。そなたには呑んで貰わねばならん。事情を知らぬ者をレオに侍らせては、勘違いを招くだろう。それに、そなたには国王として、社交に時間を割くよりも研究に専念して貰いたい」
「それは……」
「研究の成功は、将来の社交の為でもある」
陛下が口にした『研究』の成果は、確実にお義姉様の後ろ盾となる。
成功すれば、上位国際魔道師資格を得られる。
それは地位としては魔導爵……この国で最も魔導の分野で知的・業績的な偉業を成し遂げた者に匹敵するほどのものなのだ。
「……そして個人的にも、なるべく早急に、研究を成功させて貰いたいと願っている」
そこで陛下が見せた苦渋の顔は、後ろめたさを感じさせるものだった。
ウェルミィはさりげなく、妃陛下に目を向ける。
ずっと黙っておられる彼女は、薄いヴェールを、ここに現れてから脱ぐことがなかった。
理由は、妃陛下の肌にある。
三年ほど前に発症した、魔力過剰反応症という、高い魔力を持つ者が稀に発症する難病によって、皮膚が爛れてしまっておられるから。
お義姉様が学校の卒業論文に記した魔力負担軽減の研究は、本来のお義姉様の研究内容である『魔力の抑制』という研究の副産物。
ーーーレオに妃陛下の病状を聞いてから、その難病に効く薬や魔導具の開発を、お義姉様は行っていた。
姿を見窄らしく見せる魔術も、個人的な目的以外に、妃陛下が人前に出る時だけでも皮膚の状態を『隠す』ことが出来ないかという意味合いがあった。
レオとお義姉様の婚約が、水面下であれすんなりと進んだのは、レオがお義姉様の研究内容を陛下らに伝えていたからだった。
お義姉様の勢いが萎んだところで、妃陛下がクスクスと声を立てる。
「大丈夫ですよ、イオーラ嬢。研究も急く必要はありませんし、身代わりとてウェルミィ嬢の危惧したような、本当の危険ではありません。ただ、ウェルミィ嬢に貴族たちの目を引きつければ、その裏で動こうとする者たちへのわたくしどもの対処が容易になる……そのくらいの話なのですよ」
それがイオーラであれウェルミィであれ、指一本触れさせはしません、と。
どうやらこの場では、陛下よりも発言力のあるらしい妃陛下の言葉に、しぶしぶお義姉様はうなずいた。
そこで、今まで黙っていたエイデスが紅茶を一口啜ってから、軽く口の端を上げる。
「そもそも、私の愛しいウェルミィに手を出そうとする輩がいたら、王家の手を借りずとも叩き潰す準備は出来ている」
「っ!」
ーーーへ、陛下と妃陛下の前でなんてこと言うの!?
恥ずかしいやら恐ろしいやらで、顔を赤くするウェルミィを見て、妃陛下が肩を震わせ、今までのエイデスを知っているのだろう陛下とタイグリム殿下が、ポカンとした顔で彼を見る。
「まぁまぁ、お熱いこと」
「……エイデスの口からそんな言葉を聞く日が来ようとは」
「本当にビックリいたしましたわ……」
三人の反応に、居たたまれなくなったウェルミィは肩を縮こめ……その後、少しだけ間を置いて、初めての夜会に向かった。
ーーーそこで、あの男爵令嬢に出会ったのだ。
それまでは本当に、ただの婚約までの時間稼ぎで、気楽な身代わりのつもりだった。
次回、男爵令嬢登場。
ウェルミィ、ダリステアともう一角を形成する彼女にはどんな秘密があるのか。
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