悪役令嬢と、悪逆非道の魔導爵。
第二部、開幕です。
「ウェルミィ。そろそろ、夜会に参加しないか?」
「ふぇ……?」
いつものように、寝室で膝の上に抱いたウェルミィの髪を指で梳き、首筋にイタズラしてくるエイデスの甘やかしに恥ずかしさを堪えていた時に、ふとそんなことを言われた。
ぼんやりしていたので間抜けな返事をしてしまったウェルミィは、後ろから面白そうに顔を覗き込まれる。
青みがかった紫の瞳を備えた絶世の美貌が不意に視界に現れたので、頬が余計に熱くなった。
「や、ゃや、夜会?」
誤魔化すように慌てておうむ返しするウェルミィを、横抱きに抱き直したエイデスは、笑みを嗜虐的なものに変える。
「私の婚約者様は、どうやら最近とみに骨抜きなようだ。言葉に即座に反応出来ないほど蕩けるとは。そんなに私のことが好きか? ウェルミィ」
「っ……う、自惚れよ! ちょっとボーっとしてただけよ!」
「ほう? 悪い子だな、ウェルミィ……私の前で仮面を被らぬよう、何度命じても理解出来ないようだ。おしおきが必要か?」
ウェルミィはとっさに顔を背けていたが、顎をすぅ、と右の人差し指で掬い取られて上向かされる。
間近で顔を覗き込まれ、肩を抱くように添えられた左手で鎖骨を撫でられて、ゾクゾクと身を震わせた。
「え、エイデス……! あ……っ!」
「私のことが好きだから、惚けていたんだろう? そうだな?」
「うぅ……そ、そうよ……そうだから、やめ……!」
恥ずかしさに身を縮めながら、ぎゅっと目を閉じると、頬と頬を擦り付けるようにしながら、エイデスが言い募る。
「目を閉じて良いと誰が言った? 開いてこちらを見るんだ」
「だって、だってエイデスが……!」
「ウェルミィ。何でも言うことを聞くんだろう?」
「〜〜〜っ!」
エイデスは、いつもズルい。
薄く目を開けると、満足そうに頷いたエイデスは、ようやくイタズラをやめて顔を少し離してくれた。
「良い子だ、ウェルミィ。いずれ慣れてしまうと思うと、それが惜しくもあるな」
ーーー早く慣れたい……。
でも、どうしてもエイデスにこうしてスキンシップをされると、ただウェルミィの反応を楽しむ為の意地悪だと分かっていても、恥ずかしくなってしまうのはどうしようもなかった。
ーーー他の誰が相手でも、絶対こんな風にならないのに!
一方的に自分だけ恥ずかしいのが悔しくて悔しくて、ウェルミィは上目遣いにエイデスを睨みつける。
彼は、ククッ、と喉を鳴らした。
「そんな潤んだ目で睨んでも、誘っているようにしか見えんぞ。その癖、ベッドの中ではすぐにスヤスヤと眠りこけて。無防備なくせに、お前はお預け上手だな?」
「そ、そんなはしたない振る舞いしてないわ!」
「むしろ得意技だろう。それが演技ならばな」
言われて、ウェルミィは反論出来なかった。
好きでもない相手なら、いくらでも思わせぶりな振る舞いが出来るし、悪辣な演技もお手のものなのは、貴族学校では広く知られていた。
あの婚約披露の夜会には、貴族学校で繋がりのあった噂大好きご令嬢達も多く参加していたので、それもあって外での噂の広がり方がとんでもないことになっている、と、ウェルミィは聞いていた。
曰く、義姉から奪ったアーバインを袖にして、今度は新たな婚約者であるエイデスを籠絡した。
曰く、二度も妹に婚約者を奪われたイオーラは、貴族学校での不貞相手だった王太子殿下に、厚顔にも迫っている。
曰く、今度のウェルミィの狙いは、王太子殿下である。
曰く、実は王太子殿下と魔導卿は、身の程知らずな男好きの悪辣姉妹に制裁を加えるために演技をしている。
曰く、妹の方は既に魔導卿の罠にハマり、奴隷同然の扱いで夜会にも出てこられない。
曰く、姉の方は王太子殿下への付きまといを止めさせるために女伯に任ぜられ、無能ゆえに引き継ぎまで仕事に忙殺されて身動きが取れない……。
ーーー表面上は何も間違ってないけど、背ビレ尾ヒレに胸ビレまでついてるわね。
実際にそのやり取りを目にした人々の中でも、良識のある人たちはあの日起こったことの真実を伝えてはいるだろう。
しかし、妬みに嫉みにやっかみと、権謀術数に追い落としなど、貴族社会には、男女共に成り上がりや権力欲に支配された魑魅魍魎の化身がいっぱいいる。
自分達が狙っていた高貴な殿方が、没落伯爵家の姉妹に横から攫われたら、噂の変遷もさもありなんというところ。
一部、そうしたものに縁や興味のない人々の間では『あの魔導爵閣下が、義姉を救おうとした妹の清らかさに打たれて伴侶に望んだ』という一大ラブロマンスとしても語られているそうだ。
ーーーそれもそれで、とんでもなく気恥ずかしい。
ウェルミィはそんな清らかな精神性など持ち合わせていない上に、何なら演技でアーバインを籠絡して、父母を嵌めたという腹黒い人間なのだし。
ちなみにそっちの方は、カーラの実家である子爵家系統の、商売人気質の派閥だとか、既に婚約者がいて騒ぎに無縁な人々の間で広まっているらしい。
有能な人々も悪意なくお花畑な人々も、ウェルミィはあまり関わっては来なかったので、そちらの噂は主にカーラとお義姉様経由で知った。
「……えっと。それで、何で夜会?」
ようやく話を戻したウェルミィに、エイデスはとんでもないことを言い出した。
「噂通りに、レオを籠絡してもらおうと思ってな」
「は!?」
ウェルミィは、その言葉に大きく目を見開く。
「じょ、冗談じゃないわ! 何で私がレオなんかと!?」
仲を認めはしたものの、レオとはお義姉様を取り合って、反りが合わないことに変わりはない。
それが何で、籠絡するなんて話になるのか。
「イオーラの為だな」
「ならやるわ!」
ウェルミィは内容も聞かずに承諾した。
何でレオを籠絡するのがお義姉様のためになるのかなんて、さっぱり分からないけれど、エイデスがそう言うなら何か理由があるはずだ。
どうせ本気で言っているわけではないことは、さすがに……その、これだけ甘やかされていれば……ウェルミィでも分かる。
けど、少し、本当にほんの少しだけ不安になって、一言だけ問いかけた。
「……まさか、それをさせるために甘やかしてたんじゃ、ない、わよね……?」
相手を利用するために色仕掛けをする……のは、身に覚えがありすぎる話だったから。
するとエイデスは、またククッと喉を鳴らして、今度は優しく頭を撫でる。
「お前は、自分の婚約者をどれだけ無体な男だと思っているんだ?」
「悪逆非道の魔導爵閣下であると、社交界ではとても有名ですわ」
それは、いつものやり取り。
実際に悪巧みに関しては、他の追随を許さないほどに頭が回るのが、エイデスなのだから。
ウェルミィは、楽しそうな彼に対して、自分もニヤリと笑みを浮かべつつ問いかける。
「ーーーそれで? 一体私は、今度はどんな仮面を被れば良いのかしら?」
と。
ベタベタのバカップルかつ、悪巧みに関しては手がつけられない最強タッグ爆誕。
どうやったって周りが振り回されること確定の二人の活躍に、乞うご期待です。
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色気むんむんな悪女として名を馳せているけれど中身は陰キャな妖女と、その色気に惑わされないレベルで朴念仁な侯爵閣下の二人の話も、リンクからよろしくお願いします!




