世界最古の王朝より。
空中に魔力で敷かれた魔導陣が、起動する。
鮮烈な輝きに目を細めたイオーラは、その光が収束した後に姿を見せた4名の中に見知った顔を確認して、思わず目を見開いた。
「ベルベリーチェ上妃陛下!?」
かつて【大公選定の儀】が行われた際に初めて顔を合わせた、南東の島国アトランテ王国の先々代皇后である。
出会った当時からかなりのご高齢だったのだけれど、未だに背筋がピシリと伸びていて健在なご様子で、歩み寄るイオーラに目を向けた。
レオも降り立って、イオーラの横に並ぶと、上妃陛下がたに声を掛ける。
「ご足労いただき、誠にありがとうございます」
「久しいですね、レオニール陛下。そしてイオーラ妃殿下」
「何故、上妃陛下がたがここに?」
問いかけると、彼女はチラリと自分の横に目を向ける。
「借りを返しに、といったところですね。レオニール陛下、帝国宰相イースティリアからそれぞれに書状が届きましたし、ちょうど良い機会と思い、連れて参りました」
「老骨をこき使うのも大概にして欲しいものじゃがの」
と、上妃陛下の言葉に機嫌良さそうに愚痴を溢したのは、夫であるバロバロッサ上王陛下。
こちらも、大公国で顔合わせをさせていただいたことがある。
「貴方に関しては、フロフロストでも良かったところを貴方が来たいと仰ったのでしょう」
「各国の聖剣の遣い手が揃うと聞いて、息子に譲るなど勿体無いじゃろうが」
「では、お黙りなさい」
コホン、と咳払いをした上妃陛下は、改めて残りの二人を紹介してくれる。
「現アトランテ王国国王、ワーワイルズ・アトランテ。そしてその妻であるディ・ディオーラ・アトランテです」
すると、物珍しげにオルミラージュ侯爵家本邸の庭をキョロキョロと見回していた金髪碧眼の青年が、名前を呼ばれて慌てて背筋を伸ばした。
「お久しぶりです! ライオネル王太子妃殿下!」
「……陛下。もう王妃殿下ですわ」
「あ」
『やらかしたー!』という顔をした、若きワイルズ国王陛下に、上妃陛下とディオーラ妃陛下が冷たい目を向け、上王陛下が『やれやれ』と言わんばかりに頭を横に振る。
しかしすぐに、ディオーラ妃陛下が完璧な所作で優雅に頭を下げた。
「今まで御目通りの機会がなく、大恩あるライオネル王妃殿下にご挨拶が遅れましたこと、謹んでお詫び申し上げると共に、お会い出来ましたこと嬉しく思います。ディ・ディオーラ・アトランテと申します」
ーーーこの方が。
アトランテ王国は、中央大陸と東の大陸を含む各王家の中で、最も古い血脈を保つ王家である。
国としての歴史の長さは東の皇国や聖教領国、大公国に譲るが、世界最古の王朝を保つ血統であり、国主とその伴侶は皆『陛下』の敬称で呼ばれている。
そんなアトランテ王国とイオーラは、少しだけ国とは別の部分で関係性があった。
最初は、自身の論文の査読を、〝不世出の大魔導士〟と呼ばれているベルベリーチェ上妃陛下に頼んだこと。
その後、魔導具士として【整魔の腕輪】の開発を当時王太子だったワイルズ国王陛下に頼まれ、作ったことがあるのだ。
【整魔の腕輪】は、嵌めている間、魔術の使用に制限が掛かる代わりに体内の魔力脈の流れを整えて、安定させるもの。
その作成依頼をされた理由こそが、当時ワイルズ陛下の婚約者だったディオーラ妃陛下の、瞳の欠陥による体調不良を治す為だったのである。
その後、結婚式に招待を受けたものの、丁度イオーラは王子を妊娠していて、欠席させていただいたのだ。
ディオーラ妃陛下の瞳の病は、今は完治して【整魔の腕輪】も必要なくなった、と聞いている。
顔を上げた黒髪の彼女は、〝銀環の紫瞳〟を備えていた。
丁度ベルベリーチェ上妃陛下の〝金環の紫瞳〟と対を為すような色合いで、魔力量と合わせて上妃陛下の後継者に相応しいと言われる才覚を発揮しておられると、噂で聞いていた。
「ライオネル王国王妃、イオーラ・ライオネルと申します。こちらこそ、お目に掛かれて光栄ですわ」
するとレオが、ワイルズ陛下と親しげに笑みを交わし合った後に、上妃陛下に問いかけた。
「しかし、驚きましたよ。来ていただけたこともですが、自由に転移魔術を扱える様になったのですか?」
「いいえ。オルミラージュ侯爵同様、今のところ限定的な使用ですわ。今回に関しては、レオニール陛下の瑞獣、麒麟が、ワーワイルズの瑞獣鳳凰と繋がりがあったから跳べたのです」
と、ベルベリーチェ上妃陛下は扇を広げて、現・国王夫妻に目を向ける。
「また、ワーワイルズは相変わらず頼りないですが、ディ・ディオーラは瞳が治って、わたくしと同等に魔術を扱えるようになっております。我々が揃っていて初めて出来ることでしたわね」
するとディオーラ妃陛下はにっこりと微笑んで、頷いた。
「【整魔の腕輪】のお陰で、広く活動できるようになったことが、瞳を治すことに繋がりましたの。大変お世話になったイオーラ妃殿下に、直接お礼を述べたいと、ずっと思っておりましたわ」
「いいえ、お役に立てたのなら良かったです」
自分の作った魔導具や魔薬で、人が喜んでくれるのは、王妃になった今でもイオーラには一番嬉しいことだった。
「それで、申し訳ございません。時間がないので本題に入らせていただきたいのですが……【聖剣の複製】の遣い手は、どなたでしょう?」
「私です! 後、お祖父様もです!」
はい! と元気よく手を挙げたワイルズ陛下は、他の面々が作業に戻るのに合わせて近づいてきた一団に目を向けて、パッとさらに表情を明るくした。
「レイデン卿!」
「お久しぶりです、ワイルズ陛下」
「お二人は知り合いなのですか?」
「は! 妻と旅行に出かけた際に知り合って、手合わせをさせていただいたことがございます」
「それに、旅行先のハムナ王国で魔……」
「陛下」
ワイルズがレイデン卿に追従して言葉を重ねようとするのを、ディオーラ妃陛下がピシャリと遮った。
どうやら、言ってはいけないことを言おうとしたようだ。
それだけでお二人の関係性が分かるやり取りだが、大事なのは苦笑したレイデン卿が続けた言葉の方だった。
「ワイルズ陛下は、〝常ならぬ【災厄】〟にて出現した魔人王を、【聖剣の複製】で単身討伐したことがございます。腕前は、私の方から保証させていただきます」
「へぇ……」
反応したのは、レイデン卿と一緒に近づいてきたバーンズ大公だった。
「率直に言って、そうは見えねーな。なぁ、ロンダリィズ伯?」
「確かにな! 一回手合わせしてみねーと信じられねぇかもな!」
「ぬ!? なぁディオーラ、私今、もしかしてバカにされたか?」
ワイルズ陛下はちょっとムッとした様子で、ディオーラ妃陛下に尋ねる。
「どちらかというと、挑発されたのではないかと」
「其方ら、私はこれでも、剣の腕だけはそこそこまともなのだぞ! なぁレイデン卿!」
「……そう、ですね」
レイデン卿が言い淀んだのは、バーンズ大公とロンダリィズ伯爵が手合わせをしたくて『わざと』言っているのが分かっているからだろう。
否定するのも失礼に当たるので、少し躊躇ったのだ。
そんな微笑ましいやり取りを尻目に、エイデス様が上妃陛下に声を掛ける。
「上妃陛下」
「オルミラージュ侯爵、その姿は?」
「長くなるので、それについては追々。ワイルズ陛下がたのみならず、上妃陛下と妃陛下までおいで下さったということは……魔導陣の作成に、お力添えをいただけるということでしょうか」
言われて、イオーラは気づいた。
ーーーそうだわ。
ベルベリーチェ上妃陛下は、エイデス様やアバッカム公爵、二人の魔導卿に劣らぬ魔導士なのである。
「当然、そのつもりでおる。が、ディオーラはもう一つ、別の役割の方が大切かと思ってのう」
「と、いうと?」
エイデスが首を傾げるのに、上妃陛下はディオーラ妃陛下に目を向けた。
すると、彼女はその意図をすんなりと理解して、自分の胸元に手を当てる。
「わたくしは、微少ながら聖女の資質を持ち合わせております。現状〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟が、ただお一人でオルミラージュ侯爵夫人の容体を安定させておられる、とお伺いしましたので……」
テレサロと交代で、ウェルミィの治癒に当たってくれる、というお話なのだろう。
それに代われるということは、微少という言葉そのものは、謙遜の類であると思われた。
「……ありがとうございます」
イオーラは、深く頭を下げた。
エイデス様に聞いたところ、『神託』を受けてタイグリム神爵猊下と、共にいたもう一人の乙女イルマ様がいたらしい。
けれど、彼らをライオネル王国に連れ帰ることは出来なかった。
エイデス様の転移魔術は魔人王と化すことで強化されたものであり、神爵猊下とイルマ様は聖気を纏う方々なので相性が劇的に悪く、共に跳べなかったのである。
テレサロの体力は既に限界に達していたので、イオーラは即座に、ディオーラ様をウェルミィの元へ案内した。




