〝鷹の目〟と〝万象の知恵〟。
イースティリアはアレリラを見送った後に、さらに書状を一つ認めて伝令に預けてから、部屋に戻った。
―――おそらく、上手くいく筈だが。
今回の件について、完全に予測不能なことはない筈だ。
〝精霊の愛し子〟に関連する事例。
そして、ボンボリーノ・ペフェルティ伯爵が関わった事例。
これらは今までの経験と調査から類推するに、事態の推移が相似である。
さらに十二氏族に纏わる様々な『伝承』を記した文献の読み解きから、『黄竜の耳』の力は、〝精霊の愛し子〟の力が衰えた際に最も高まるのだろうと、イースティリアは結論づけていた。
彼女の力が弱まることで、世界の均衡が崩れた際に生まれ落ちる存在……それが〝賢者〟や〝隠者〟と呼ばれる者達だろう、と思われるからだ。
故に、この段において『物事が最も上手くいく状況』を想定した場合。
幸運を呼び寄せるペフェルティ伯爵の下に、グリムド・ロンダリィズ伯爵を二日以内に帝都に招来出来る者……アレリラの祖父である子爵が訪れている可能性が、非常に高い。
そう読んでの采配である。
「中座して、失礼致しました。エイデス・オルミラージュ外務卿。ズミアーノ・オルブラン外務卿補佐、並びに、タイグリム神爵」
「謝罪には及びません。我が妻の為です」
「別に気にしてないよ〜」
「お二方と同様に」
海外の来賓、バルザム帝室の血筋に連なる者、聖教会の重鎮である三人の返事に頷いた後。
イースティリアは改めて、幼馴染みであり主君でもあるレイダックの横に立って、言葉を重ねる。
「グリムド・ロンダリィズ伯爵の招集に関して、問題が二つあります。今からその諸問題に関して、それぞれにご許可をいただきたい」
「問題?」
レイダックが眉を上げるのに、イースティリアは表情を変えないまま、静かに告げる。
「アレリラの祖父、サガルドゥ・タイア子爵に協力を要請しました。が、現状のままでは、ロンダリィズ伯爵を早急に呼び寄せることは叶いません。故に一点目に、陛下にご許可をいただきたいのですが」
「……おい」
子爵の名を出した事で、こちらが何を言いたいか悟ったのだろう、レイダックが顔を引き攣らせて見上げて来る。
が、イースティリアは動じなかった。
「ライオネル王国が帝国に提示した条件は破格です。許可を」
イースティリアは、レイダックに『王家の秘』を明かす許可を求めたのである。
それは、古代文明の転移魔導陣に関する事実だった。
同様の古代文明の遺産は、既に一つ、対外的に公開されている。
中央大陸の東端と東の大陸の西端を繋ぐ転移魔導陣だ。
これらはバルザム帝室と東のフェンジェフ皇室の両王家の管轄下にあり、誰でも転移出来るが、現状は貴族とその従者が両王家に許可を取った場合にのみ、使用可能となっている。
現存する、使用可能な転移魔導陣はその一対だけ……とされているが、実際はまだ存在していた。
帝室の者のみが使用可能な、ロンダリィズ伯爵領近辺と帝都を繋ぐ転移魔導陣である。
その魔導陣について熟知するサガルドゥ・タイア子爵……アレリラの祖父は、『この魔導陣は【魔王】の力を還元する〝墓守〟のみが転移可能なのだろう』と結論づけていた。
であるならば、という思考の先に、レイダックは進めていないようだった。
「イース。本当にそれは、見合うだけの対価か? この場でそれを話さなければいけない程か? 大体どうやって使うつもりだ?」
「ご許可がなければ話せない部分ですね」
「お前な……」
「時間がありませんので。逆にお聞きしますが、私の判断を疑いますか?」
「疑うとか疑わないとかの問題じゃないんだよ! 重大な話だろうがと言ってるんだ!」
「公益に優先するほどの重大さはない、と判断しました」
「この鉄仮面が……!」
レイダックがガシガシと頭を掻き、再従兄弟であるズミアーノ外務卿補佐がニヤニヤと笑みを浮かべる。
「何となく悟っちゃったな〜。言っちゃえばいいんじゃない? レイ。今の帝国のトップは君なんだしさ〜」
「どいつもこいつも簡単に言いやがって……イース、お前、ハズしたらどうなるか覚えとけよ!?」
「では、ご許可を」
「許可する!」
言質を取ったので、イースティリアはオルミラージュ外務卿に顔を向ける。
彼は、真剣な目でこちらを見ていた。
「これから口にすることは、秘匿すべき事実です。もし情報が漏れた場合、ライオネル王国側から漏れたとして相応の報復を行います」
「……」
するとオルミラージュ外務卿が軽く指を鳴らし、完全に外の音が遮断された。
虫や鳥、風の音すら聞こえない完全な静寂である。
おそらく魔術を行使したのだろう外務卿は、その中に声を響かせる。
「そこまで重要な事実であるのなら、こちらも対応を徹底させていただきます。申し訳ないが、レイダック陛下、並びに宰相閣下の〝影〟も行動を縛り、耳を塞がせていただきました」
言われて、イースティリアは流石に軽く目を見張る。
が、当然の措置だとすぐに考え直した。
「構いません。では……」
と、転移魔導陣に関する説明をした後、イースティリアはさらに続ける。
「魔導陣を管理するアレリラの祖父、サガルドゥ・タイア子爵は、十代後半まではサガルドゥ・バルザムと名乗っておられました。レイダック陛下の父である、先帝陛下の兄君に当たる人物です」
「……では、アレリラ・ウェグムンド夫人も帝室の血に連なる者であらせられる?」
「いいえ。アレリラとサガルドゥ子爵の血は繋がっておりません。その事情については本件に関係ないので控えますが。重要なのは、その本来は帝室の方々しか使えない転移魔導陣が、オルミラージュ外務卿にも使える可能性が高く、ロンダリィズ伯爵を短時間で召集可能なことです」
『帝室の者しか使えない』の意味が『太古の【魔王】の力を吸い上げ浄化する〝墓守〟にしか使えない』であると仮定した場合。
『何をもって魔導陣がそれを判断しているのか』が重要となる。
「おそらく魔導陣は、【魔王】の瘴気に適合している者を使用者と判断している、と推察出来ます。その上で、これを王家の血筋以外で行使可能な状況があるとすれば、使用者が【魔王】の力に適合している場合です」
イースティリアは、そこで一度言葉を切り、結論を述べた。
「故に『転移魔導陣の存在を明かし使用許可を与えることが最速』と判断しました。以上です」
「……説明が足りてない気がするが?」
レイダックはまだ分からないようだが、イースティリアはオルミラージュ外務卿の目をまっすぐに見つめていた。
「ですが、外務卿はご理解なさったようですよ」
※※※
エイデスは感服していた。
稀代の帝国宰相イースティリア・ウェグムンド侯爵は、相変わらず驚異的な思考力を持っている。
こちらが転移魔術を行使出来ることや、この場を訪れた目的を彼が知ったのは、つい先ほどのことだ。
にも関わらず、物事の俯瞰と手配の速度が尋常ではない。
そして何より、王家の秘を明かす危険と将来的な実益を秤に掛けて、即座に明かすことを決めた判断力。
―――〝鷹の目〟は健在だな。
権威や名誉を考慮せず、公益を最優先とする彼の冷徹さは、揺れない。
そして確かに、転移魔導陣が【魔王】の瘴気の適合者に対して作動するのなら、エイデスとズミアーノは使えるだろう。
力を得ることで広がった知覚によって、太古の【魔王】の瘴気を『目印』にすることも可能となったのは、既にこの場で訪れた事で証明されている。
「我々が転移魔導陣を使って、ロンダリィズ領に直接赴けば」
特段感情を乱すこともなくこちらを見つめるウェグムンド侯爵に、エイデスは淡々と言葉を返す。
「ロンダリィズ伯爵を、最速で直接、ライオネルに招待することが可能ですね」
エイデスの言葉に、彼は静かに頷いた。
「サガルドゥ・タイア子爵を伴えば、話し合いも迅速に進むでしょう。関係者全員にとって最良の結果となりますよう、祈っております」
あまりにも冷徹な判断の後に、そう付け加えるのもまた、彼の人柄なのだろう。
小さく微笑んだエイデスは、軽く頭を下げた。
「レイダック陛下、並びに宰相閣下の御温情に感謝を」
「礼には及びません」
「ええ。我々にも益のあることですし、上手くいくとは限らないので」
二人の返事を受けて頭を上げると、それまで黙っていたタイグリム神爵が口を開く。
「申し訳ありません。もう一つの問題、という部分についてはまだ話されていないと思うのですが。バルザムの秘を明かすこと以外に、何かあるのでしょうか?」
「あ、それ、僕も気になってたんだよね〜」
ズミアーノが追従すると、ウェグムンド侯爵は小さく頷いた。
「二つ目の問題は、私の推測が間違っている可能性がある点をご了承いただくことです」
言われて、エイデスはそれを失念していたことに気づいた。
「なるほど。帝室の者のみが使える理由に誤りがあるかもしれないのですね」
「ええ。試してみて不可能であれば、タイア子爵にのみ転移魔術で飛んでいただき、説得の上でライオネル王国に向かうことになります。最速でも5日ギリギリになるでしょう」
「時間のみの問題であれば、〝鷹の目〟の確約を信用しております。それに、ご心配には及びません」
エイデスは、自分の胸元に手を当てる。
「〝万象の知恵の魔導卿〟として、魔導の真理に関する事象の理解については、自負があります」
もし仮にウェグムンド侯爵の推測が間違っていたとしても、転移魔導陣そのものを見ることが出来るのであれば。
人智を超えた知覚を有し、転移の理論を解しているエイデスとズミアーノが見れば、ある程度どのようなものかを判断することは可能だろう。
「ご希望であれば転移魔導陣を解し、大陸間を繋ぐ魔導陣同様に万人に使用可能なものとすることすら為さしめて見せましょう」
時間は掛かるかもしれないが、それ自体はおそらく、不可能ではない。
彼方の自分は、『語り部』の〝夢見〟すらも操ってみせたのだから。
「ロンダリィズ伯爵を帝都に招集した後、タイグリム神爵も伴ってライオネル王国に飛びます。準備が出来次第、案内をお願い出来ますでしょうか?」
「ええ」
返事を聞いて、エイデスは窓の外に目を向ける。
―――待っていろ、ウェルミィ。
最愛の妻の為ならば、ありとあらゆる全てを為さしめてみせる。
今までは彼女に頼り切りだった。
全ての運命を覆していったのは、決して諦めないウェルミィの行動あってのものだった。
そんな彼女に救われた者たちが、今度はウェルミィを救う為に動いているのだ。
必ず上手くいく。
人の意志こそが、万象を生むのだから。
―――ウェルミィ。私もお前を、決して諦めない。どれ程困難であろうと、最後の瞬間まで。




