イオーラの独白。
ーーーわたくしが、貴女にどれほど救われたか。
ウェルミィはきっと、小指の爪の先ほども、分かってはいないのでしょうね。
母を失い、失意に暮れていたわたくしは、きっと同じくらいの年頃の子と比べると、ずいぶんとおませさんだったと思うの。
賢い、と言われるのは、実はあまり好きではなくて。
人よりも、大人になるのが、早くないといけなかっただけで。
お母様は、自分が長くないのを、分かっていらっしゃったから。
そんなわたくしに、屈託なく、明るく、子どもらしい気持ちを取り戻させてくれたのは、貴女だった。
好奇心旺盛で、くるくると忙しなく動く朱色の瞳。
陽の光に照らされて、淡く輝くプラチナブロンドの髪。
はしゃいで、わたくしの手を引いて。
そうして本当に幸せそうに、愛情いっぱいの笑顔を向けて、『綺麗なお義姉様』『自慢のお義姉様』『優しいお義姉様』と、褒めてくれて。
そんな貴女こそ、天使のような女の子だったわ。
母を亡くしたのを、さほど辛いと感じずに済んだのも、きっと横に、貴女がいてくれたから。
本当に辛かったのは、貴女と一緒にいられなくなったこと。
両親を名乗るあの人たちが、お母様の首飾りを奪って貴女に与えた時。
わたくしはとても悲しかったけれど。
それよりも、貴女の呆然とした顔と、柔らかな心に受けた傷が心配だった。
ねぇ、ウェルミィ。
ちゃんと気付いていたわ。
そして、どうしようもなく辛かった。
貴女がわたくしの為に何かをしようとする度に……無垢な表情を繕いながら、辛辣な提案をしながら、悲しい目をしているのが辛かったの。
そんなに頑張らないで。
わたくしは平気だから。
ウェルミィが一生懸命になればなるほど、仮面を被ることを覚えれば覚えるだけ。
貴女の本当の笑顔が見れなくなるのが、何よりも辛かったのよ。
食事を抜かれる空腹よりも。
失敗をして折檻されるよりも。
エルネスト伯爵が、わたくしを殺そうとしていることよりも、よほど。
表で悪辣に見える振る舞いをしながら、わたくしを守ろうとする貴女の影がちらつくたびに。
それから、貴女の明るい笑顔が見れたのは、アーバインとの婚約が解消された時で。
本当の笑顔が見れたのは、わたくしがエイデス様の元へ赴く時だったわ。
貴女を救えないのに、自分だけ逃れなければならない。
必要なことだと分かっていても、身を引き裂かれるようだった。
それが、貴女の心からの願いだと知っていたから受け入れたけれど。
違っていたなら、わたくしはどんな手を使っても、一時的にでも、貴女の側を離れたりはしなかった。
ねぇ、ウェルミィ。
わたくし、最初はレオを利用するつもりだったのよ。
裏庭で出会った時、驚かせて、興味を引いて……ウェルミィのことを好きになってもらって、アーバインから引き離そうとしたの。
あるいは、同情を引いて、少しでも美しさを取り戻す為に利用して、アーバインがそれに気付くように。
だって貴女、わたくしの為に嫌いな相手に、したくもない色仕掛けをしていたのですもの。
汚い真似を、貴女だけにさせる訳にはいかないと思ったわ。
でも、そんな作戦は取れないと、すぐに知ってしまった。
レオはわたくしの事を、きちんと見ている人だったから。
紫の瞳のことだけじゃない。
貴女が守るために被らせてくれた皮の奥にある、わたくし自身を見つめたの。
心の綺麗な人だった。
ウェルミィと同じくらいに。
そうして、手を差し伸べてくれた。
わたくしは弱かったわ。
こんな人を利用したら、それに貴女が気付いたら、きっと悲しむし、わたくしに幻滅すると思って……怖くなってしまったの。
そのせいで、貴女を救うのが遅れてしまったのかもしれないと、本当にこれでいいのかと、思い悩んでいたわ。
ウェルミィがいてくれたから、わたくしは頑張れたのに。
わたくしは、皆が褒めてくれるような、才能も優しさも持ち合わせていないわ。
人を想って助ける為に、自分に出来る精一杯を行動に移せるウェルミィのほうが、きっとずっと、優れた人なのよ。
それでも勇気を振り絞って『ウェルミィを助けるのに協力して欲しい』とレオ達に願ったけれど、すぐに動くのは難しくて。
伝えてくれたレオの好意にも、応えられなかった。
わたくしも惹かれていたけれど、貴女が不幸の中にいるのに、自分だけ幸せに身を浸すのは嫌だったのよ。
だからーーー貴女の計画を利用しようと思ったの。
デビュタントの日に、貴女がエイデス様に惹かれたことが、分かったから。
きっと貴女は、彼の元にわたくしを行かせようとするでしょうと、思ったのよ。
だって。
貴女が、大切に思っているわたくしを預けようとするのなら。
その人はきっと、誰よりも素敵なウェルミィを愛してくれるだろう人で。
ウェルミィが、誰よりも愛せる人だと思ったから。
大好きなウェルミィ。
幸せになるなら、二人で幸せになるのよって、わたくしはその時に決意したの。
貴女がわたくしを愛してくれたように。
わたくしだって、貴女を愛していたのだから。
こうして二人で、笑い合える日が来て、本当に良かった。
先ほど、玄関先へと送り出してくれた可愛い義妹の言葉を思い出しながら、わたくしは門に向かって歩いて行った。
『ねぇお義姉様。……レオと、幸せになってね』
『そういうウェルミィも。今、幸せかしら?』
横に立つエイデスの顔を、チラリと朱色の瞳で見上げた後。
可愛いウェルミィは、コクリとうなずいた。
きっともう、大丈夫。
わたくしには無理だった、貴女の仮面を脱がすことを、エイデス様はあっと言う間に成し遂げてしまった。
貴女の人を見る目は確かよ、ウェルミィ。
そんな貴女を、安心して預けられる人が見つかって、本当に良かった。
門の前で待っていたレオが手を振るのに。
わたくしはそっと寄り添って……少しはしたないけれど、自分から抱擁した。
「い、イオーラ?」
少し頬を赤くして、戸惑ったように呼び掛けてくる愛しい人に、微笑みかける。
『私にとっても……ずっと大切なお義姉様よ』
泣きながら貴女が伝えてくれた言葉が、とても嬉しくて。
ウェルミィの前ではこらえていた安堵の涙が、頬を伝う。
「ど、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「うん……レオ?」
「はい?」
「ウェルミィが……貴方のことを認めてくれたわ」
そう伝えると、レオはぱちぱちと瞬きをした。
ちょっと疑問を抱いた時に、彼がよくやる仕草で。
意味を悟ったレオは、満面の笑みを浮かべて、わたくしを抱き締めてくれた。
「……本当に!? イオーラ!」
「ええ」
『レオと幸せになってね』と、ウェルミィは言ってくれた。
「待たせて、ごめんなさい」
「たった四年だよ。そんなに待ってない」
「十分長いでしょう。……ありがとう、レオ」
レオには、全部話していた。
待ってくれるなら、ウェルミィが幸せになるまでは、待っていて欲しいって。
その約束を、彼は守ってくれた。
馬車の中に移動して、手を握って横に並んで座りながら、わたくしはレオに話しかける。
「ねぇ、レオ」
「何?」
「陛下にお認めいただいても、きっと色んな人に、わたくしでは釣り合わないと言われるわ」
元伯爵家の令嬢で、潰れることが決まっている家の女伯。
その上、一度婚約を解消している子女。
後ろ盾も何もなく、王家に得もない婚約だ。
陛下がレオにお話した通りの『自由恋愛にうつつを抜かした』結果の。
王太子妃に相応しくないという声は、きっと大きい。
「……負けるつもりはないだろう? 俺もないよ?」
わたくしの気持ちを、きちんと分かってくれている言葉に、思わず頬が緩む。
「ええ。だから……エイデス様のお誘いを、受けようと思っているの」
エイデスは、魔導省ではなく、オルミラージュ侯爵家が最大融資を行なっている多国籍組織……国際魔導研究所への入所資格を与えることを提示してくれていた。
ウェルミィに約束したことを、彼もしっかりと守ってくれる。
わたくしに天から与えられた、人よりも少しだけ優れた才能を、最大限に活かせる場所を用意してくれた。
「そこへ所属して成果を出せば、魔導爵位に相当する、上位国際魔導師資格が授与されるそうなの」
正確には、それによって箔をつけて、魔導の力と王家へのツテを欲する侯爵以上の良家に、養子縁組する推薦状を書いてくれるという話だった。
「……結構時間が掛かるんじゃ?」
「それがね。魔力負担軽減に関する卒業論文が、学会に認められているらしくて……あれなら、サロンでこっそり試していたことを流用すれば、すぐに実用化に漕ぎ着けられるわ」
あの貴族学校のサロンに参加していた方々は、皆とても優秀で人格者だった。
彼らとの有益な討論がなければ得られなかった成果の数々は、まだ公表していないことも含めてたくさんある。
古代魔導具に似た効果を再現した錯覚魔術も、その一つ。
場所と人を、用意してくれたのは、レオとウェルミィだ。
優秀なのは、二人のお眼鏡に適ったのだから、当然なのだろうけれど。
「本当に、感謝してもしきれない……」
流通経路や生産については、オルミラージュ侯爵家とカーラの実家の協力を取り付けられたなら、心配ごとどころか、盤石と言ってもいいくらいの体制が得られる。
「皆がそれで得られる財産権を、ライオネル王家にも一部渡すことに同意してくれれば、話が早いと思うのだけれど……」
「あのサロンのメンバーに、その権利を主張するヤツなんかいないだろ。そもそも君が主体になってやってたことじゃないか」
「そうかしら……」
何をしても父に手柄を奪われていたから、わたくしはその辺りのことがよく分からない。
『自己評価が低い』と、散々仲良くなった人たちに言われていても、あまり実感が湧かなくて。
「大丈夫だよ。君は君の思うままに、やっていい。イオーラに出来ないことをやるのが、俺の役目なんだから」
ーーー権力は、使えるうちに使おうぜ。
そう言って、レオが笑うから。
わたくしはうなずいて、少しだけ彼に体を寄せる。
ウェルミィと一緒で、レオもきっと、分かってはいないでしょう。
ーーーわたくしが、そんな貴方に、どれほど救われているか。
次にクラーテスとウェルミィ、その次にエイデスとアーバインの話を書く予定です。
多分、ザマァ的にはイマイチかもしれませんが、馬鹿どもの末路ですね。
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