帝国宰相と宰相夫人。
―――六日以内に、聖剣の使い手を八人……。
アレリラは、レイダック陛下と外務卿らとの秘密裏の面会に、夫であり宰相であるイースティリア・ウェグムンド侯爵と共に同席していた。
他にいるのは、タイグリム神爵猊下である。
ノーブレン大公国で顔を合わせて以降、数度顔を合わせたウェルミィ・オルミラージュ外務卿夫人が危機に陥っている、という話に、心は痛む。
しかしその場でエイデス・オルミラージュ外務卿と、ズミアーノ・オルブラン外務卿補佐の話を聞いて、内心で不可能ではないかと感じていた。
北の国バーランドのダインス・レイフ公爵、並びにバルザム帝国ロンダリィズ伯爵領を預かる、グリムド・ロンダリィズ伯爵の召集。
それが無茶な要望であることは、向こうも理解しているのだろう。
故に彼らが示した対価は、帝国にとって破格である。
二名をライオネル王国に渡航させるのに協力した場合、内海に面した港でのバルザム帝国に対する領海航行緩和と、占有技術である聖白金の製法を提供するという話だった。
どちらも、あまりにも魅力的であり、同時にライオネル王国は将来的な利益を失う可能性が高い。
オルミラージュ外務卿ら……ひいてはライオネル王国は、それだけ『外務卿夫人を救う』ということに対して本気なのだろう。
けれど。
―――大陸間横断鉄道を使っても、飛獣による輸送でも、間に合わないでしょう。
北の国からロンダリィズ領を繋いだ鉄道は、ロンダリィズ伯爵領から帝都へも伸びているが、そこまで高速ではない。
猶予はたった六日である。
それも北の国から帝国を移動するだけでなく、内海を越えるのだ。
アレリラがイースと共に同様の経路で新婚旅行に赴いた際には、北に近い場所から天候不順を含めてライオネル王国に赴くまでに、それ以上の日数が掛かっている。
飛竜等の航空手段も、地形をある程度無視出来るとはいえ天候に左右される部分も大きく、生物である為、馬車通信同様に、騎手と騎獣の疲労を考慮する必要もあった。
晴れている、かつ、最速最短で往復するだけの要員を用意出来る、という前提条件がそもそも厳しいのである。
「六日あれば、グリムド・ロンダリィズ伯爵だけなら、おそらく帝都に召集を掛けることは可能でしょう」
レイダック陛下は、前に座るオルミラージュ外務卿に淡々と告げた。
「ですが、帝都に召集するだけでは足りないのでは?」
「普通であれば、仰る通りです」
外務卿は、静かに頷いた。
明らかに平常の人間とは違う姿になってしまっている侯爵だが、理知的な語り口と雰囲気そのものは変わっていなかった。
「ですが、なるべく迅速にここに連れてきていただければ、内海を渡ることは考慮せずとも問題はありません」
「理由は?」
「私は魔人王となることを受け入れました。ウェルミィを救う為に必要である、という理由の中には、『時空間という制約』を越える意図も含まれています」
魔導の真理の探究者……〝万象の知恵の魔導卿〟の称号を持つオルミラージュ外務卿は、薄く微笑む。
「それが出来る、ということは、この地に私が現れたことで実証出来ているかと」
「……転移魔術、ですか」
レイダック殿下の右脇に立つイースが、軽く目を細める。
「遺失魔術の再現に成功した、と?」
「条件付きですが。ここに転移が行えたのは、帝国の地に太古の【魔王】の力が眠っており、私とズミアーノの内に取り込んだ力が呼応したからです。目印があれば、跳べます」
オルミラージュ外務卿は淡々と答え、自分の胸に手を当てる。
「そして私の魂とウェルミィの魂は、契約魔術によって繋がっています。そしてこの度、私は人智を越える力を得ました。……ここからウェルミィの元へは、跳べるのです」
「なるほどな」
どこか含みのある笑みを浮かべたレイダック陛下は、イースの顔を見上げる。
「イース。君はどう思う」
「ダインス・レイフ公爵に関しては、確約出来ません。交換条件次第かとは思いますが、かの人物を動かせたとしても、時間が足りません。グリムド・ロンダリィズ伯爵は、陛下の仰る通り召集出来るでしょう」
「……帝国の力をもってしても不可能、と」
「ええ。交渉に関する猶予がありません。ロンダリィズ伯については、一応イオーラ・ライオネル王妃殿下の義父という繋がりがありますが、レイフ公爵には何もない」
イースの判断は、公人として当然のことだった。
グリムド・ロンダリィズ伯爵は、ノーブレン大公国での【大公選定の儀】に際して、政略とはいえライオネル王家と繋がりを持ったので、まだ無理を通すだけの繋がりがある。
しかし、レイフ公爵は違った。
アレリラ達は彼と個人的な繋がりがあるが、それでも他国の公爵……無理を言える立場にはないのである。
そもそも、各国の要人を早急に呼びつけるなどという行為は、どう考えても非礼だ。
実利を対価として支払ったとしても、たった一日二日で行動を開始する者など、よほどの繋がりがなければいないだろう。
実際ロンダリィズ伯爵に関しても、レオニール陛下の威光が通じるライオネル王国内ではないからこそ、タイグリム神爵猊下も外務卿も、こちらに協力を要請してきたのだ。
外務卿は、小さく息を吐いた。
「では、仕方がありません。グリムド・ロンダリィズ伯爵だけでもお願いしたい」
それが望み薄であることを、彼も察しているのだろう。
聖剣の遣い手たる英傑など、そうそう見つかるものではないのだ。
しかし、イースはさらに言葉を重ねた。
「この件について、私の方からも一つお伺いして宜しいでしょうか」
「何なりと」
「【聖剣の複製】の遣い手であれば、レイフ公爵でなくとも構いませんか?」
その問いかけに、オルミラージュ外務卿は少々訝しげに、小さく首を傾げた。
「ただ使えるだけでなく、聖剣に選ばれる程の……魔王獣や魔人王を倒せる練度の遣い手であることが条件ですが、そうであれば、誰でも問題はありません」
「この場に連れてくることは不可能ですが、応じて貰えれば、ライオネル王国に期日内に赴くことが可能な方々に心当たりがあります」
「それは、本当でしょうか?」
そうしてイースが口にした名前と素性に、外務卿は納得したように頷いた。
「では、お願い致します。叶った時、返礼は改めて話し合いという形で宜しいでしょうか?」
「レイフ公爵に関して善処が叶い、遣い手が3名になった時には。そうでなければ不要です」
イースは、外務卿の提案を条件付きで断った。
あまりに求めすぎても国家間の不和を招くことを、十分に知っているからだ。
角を立てない為の口上であり、おそらくイースはレイフ公爵に関してはほぼ無理であると判断していることを、アレリラはその口調から察していた。
イースはレイダック陛下に目配せしてから、外務卿に頭を下げて、アレリラに声を掛けてくる。
「アレリラ臨時秘書官」
「はい」
「一度退出する」
夫に伴われて横の控室に移動したアレリラは、机の前でペンを手に取った彼の指示を聞いた。
「グリムド・ロンダリィズ伯爵を、帝都に召集する」
「はい」
「二日以内に」
言われて、アレリラは思わず目を瞬いた。
「……どのように?」
「今、書状を二通、認めている。君の祖父とロンダリィズ伯爵に対するものだ。それを持って、現在タウンハウスに滞在しているペフェルティ伯爵の下へ」
「意図をお願い致します」
「今回の件について『神託』が下っているからだ。賢人が輪を繋ぐと」
言われて、アレリラは微かに眉根を寄せた。
ボンボリーノ・ペフェルティ伯爵は、アレリラの元・婚約者である。
現在は彼の意図を知り、時も経ったので関係性が良くなっているが、彼に婚約を破棄された過去があった。
そんな彼は、少々楽観的に過ぎる人物なのだが、同時に不思議な能力を持っている。
伝承にある幸運の耳の持ち主になぞらえて、『黄竜の耳』とイースが呼んでいる力だ。
幸運な偶然を呼び寄せ、結果として周囲の物事が上手くいく力……そう、まるで〝精霊の愛し子〟の力の片鱗を宿したような代物である。
「珍しいことをなさいますね。職務の遂行を、幸運に頼ると?」
「上手くいかなければ、他の手段も考えてはいる。だが、それが最速だと判断した」
「畏まりました」
職務に従事している間は、イースとアレリラは夫婦ではなく上司と部下である。
それ以上の無駄な会話はせず、アレリラは彼の書状を携えて、帝城を出た。




