魔導卿の決意。
「……ウェルミィが目覚めないのは、アレのせいか」
エイデスは、オルミラージュ本邸を訪れたイオーラの説明に眉根を寄せた。
目覚めた直後に感じた妙な気配は、【魔王】の瘴気だったのだろう。
早馬による言伝を受けて、彼女とほぼ同時に屋敷に訪れたテレサロが、今寝室でウェルミィに治癒と浄化の魔術を施している。
魂の侵食に関しては、進行を止めることは出来ても浄化は出来ないという見解が、イオーラとテレサロで一致していた。
今ウェルミィには、娘のスフィーアと側付きのヘーゼルが彼女と一緒についている。
義母イザベラとクラーテスもまもなく到着するだろう。
魂への干渉は、彼女と深い絆を持つ者が側にいればいるだけ、効果を発揮するのだとテレサロが言っていた。
「テレサロが時間を稼いでいる間に、施術の準備が必要です。それも、未だかつて例がないほど精密で大規模なものが」
「……ウェルミィを救う手段が、視えているのか?」
「はい。まず大きな問題となるのは、術式を行使する際にウェルミィの魂にかかる多大な負担です。これを緩和する為に、主となる術者が三人必要となります。魂への干渉を行う者が一人。聖気が魂を損傷しないように保護する者が一人。……そして、聖気を集約する者が一人、です」
エイデスは、彼女が行おうとしている術式の概要を理解して思わず奥歯を噛み締める。
「……破邪の五芒星と、調和の六芒星を組み合わせた複合八芒星の魔導陣で介入を行うのか」
「可能です。理論上は」
イオーラは、感情の浮かばない目でこちらを見つめる。
それがどれ程困難であるか、理解していないはずがない。
複合魔導陣は、そもそも起動自体に複数の術者を必要とし、制御のあまりの困難さから現在採用されているのは軍部のみ。
しかもその複合魔導陣は、あえて術式を暴走させることによって大規模爆発を引き起こすような……いわゆる爆弾と同様の使い方をするものである。
現状、問題なく稼働している複合魔導陣は、東の皇国と南西のアトランテ王国に存在する大規模防御結界と大陸間を繋ぐ大規模転移魔導陣の二つだけ。
どちらも古代遺跡である。
同様の規模の複合魔導陣自体は、複数出土して存在自体は確認されているが、破損していて術式が読み取れなかったり、起動方法が分からなかったりという未知の領域である。
それを、一発勝負で。
しかも、0から組み上げる医療目的のものとなれば、成功確率は限りなく低い。
ーーーそれを、ウェルミィに。
「無謀だ」
「ですが、このままでは我々はウェルミィを失います。異国の、膨大な聖気を操る方々には、既にレオの方から打診して貰っています、後は間に合うかどうかだけです」
聖気を扱う複合八芒星の魔導陣は、それ単体と主となる術者のみでも起動しない。
聖女や司祭の……聖の性質を持つ魔力を操る者が3名は必要となる。
銀の瞳の持ち主という条件で、かつ、単純に治癒や浄化の魔術を操る程度の者では足りない。
大聖女テレサロや、【災厄】が世界を襲った直後に覚醒して、帝国の地を汚染した魔人王や魔王獣の残留瘴気を浄化せしめた『神爵』タイグリム・ライオネル並みの力が必要となる。
さらに、起動や維持を行う術者とは別に、八芒星の頂点に……可能なら八人、最低でも同程度の力を持つ者が六人揃わなければ、調和六芒星の均衡が崩れる。
対象が【魔王】の瘴気となれば、術者もそれを補佐する剣聖も、並大抵の者ではどうしようもないのである。
「もし間に合わなかった場合。ただでさえ低い可能性を、さらに低くした状態で干渉するのか? お前もそれがどれだけ無謀なことであるかは、理解しているだろう?」
「十分に。ですが、エイデス様は勘違いなさっておられます。わたくしが集めるよう働きかけているのは、聖女や司祭ではなく……『聖剣の複製』の遣い手です」
言われて、エイデスは顎を引いた。
「……治癒や浄化ではなく、破邪の力か」
「はい。真なる遣い手であるソフォイル卿やレオは使えません。特にレオ、ウェルミィの魂に深い絆を持ち、【魔王】の瘴気に対抗しうる者には、わたくしやエイデス様と共に魂の干渉に参加して貰う必要がありますから」
「それ以外で、八人……」
【災厄】の際に【聖剣の複製】を操った者は数多く存在する。
しかし、ほぼ完全な形でそれを扱えた者となれば、魔人王や魔王獣を始末する程の者となる。
「居るのか?」
エイデスの知り及ぶ限り、レオとソフォイル卿を除いて、それを成し得た者は。
ライオネル王国騎士団長にして侯爵家当主、ツルギス・デルトラーテ。
その双子の兄であり王妹を娶って王室入りした、アダムス・デルトラーテ。
ノーブレン大公国大公、バーンズ・ロキシア。
南部辺境伯領騎士団長、大剣と聖剣の二刀を操るレイデン・アバランテ。
イオーラが養子に入った帝国伯爵家当主、グリムド・ロンダリィズ。
帝国のさらに北にある北方国の公爵家当主、ダインス・レイフ。
もし揃ったとしても、最低人数。
後二人足りない。
そもそも【聖剣の複製】が存在していることや、ライオネル王国内に〝光の騎士〟に匹敵する者が数人存在していることですら、奇跡に等しいのである。
その上。
「ソフォイル卿もレオも使えず、残りの遣い手に異国で交渉し、来日していただくのか? 間に合わなければ、全てが無意味になる。特にロンダリィズはお前との縁があるが、レイフ公爵にはない」
「それでも、やるしかないのです。魔導陣の準備は即座に始めなければ、間に合いません」
「非現実的だと言っている。ウェルミィが死ぬのだぞ。全てを成し得たとしても、それすらも準備が整ったに過ぎない状況だと、本当に理解しているのか……!」
いかにイオーラが〝精霊の愛し子〟とはいえ、その力が失われ始めているから起こった事態なのだ。
砂漠から一欠片の宝玉を拾い上げるが如き賭けを成功させられる可能性は、限りなく低い。
彼女の責任ではなくとも、その恩恵がいつまで保つかも、今をもって保っているのかすら分からない状況で。
「では、他にどのような手段があるというのです」
イオーラは怯まなかった。
ソファに腰掛け、背筋を伸ばし、両手を膝に揃えた姿勢を崩すこともなく、語気を強める。
「どちらにせよ、手をこまねいていればウェルミィは死んでしまうのです……! わたくし達のウェルミィが。当代最強の魔導卿、エイデス・オルミラージュは諦めるのですか……!」
「諦めるなどと一言も言っていない。そしてお前の述べた方法以外にも、手段はある」
ウェルミィが、あるいは怒り狂うだろう手段。
そして、イオーラの案同様に危険ではあるが、それでも八芒星の頂点に『聖剣の複製』の遣い手を置くよりは現実的な手段が。
「対象は【魔王】の瘴気なのだろう。そして、ズミアーノがいる。……私同様に、【魔王】の素質を持つ者が」
【魔王】化する為の莫大な瘴気自体は、この世界から失われているが……奴は持っているのだ。
あの『語り部』の事件の際に散じた【魔王】の瘴気の一部を、全ての魔力を吸収して封じ込める黒晶石で出来た【服従の腕輪】の中に取り込んで。
「……魔人王と化すと、言うのですか。二人とも? どちらかが、あるいはどちらも暴走しない保証があるのですか?」
「ウェルミィの命に代えられるのか? 少なくとも、お前の案よりは遥かに現実的だろう」
黒晶石の中から【魔王】の瘴気を取り出す研究そのものは、どうせあの男なら続けている。
エイデスがズミアーノと契約魔術で魂を結べば、おそらく解放した瘴気はエイデスとズミアーノに取り込まれるだろう。
後は意識さえ保てば良い。
ウェルミィの為であれば、容易いことだ。
「魔導陣はどちらにせよ必要だ。八芒星の頂点に置く者が見つからなくとも、【魔王】の瘴気を退けるのではなく、それを制御し、乖離した段階でそれも吸収してしまえばいい」
「……両面で、ということですか」
イオーラが苦悩の表情を見せた。
彼女は理解している。
複合八芒星魔導陣同様に、その方法でもウェルミィを救うことが出来ることを。
苦悩の理由は、エイデスとズミアーノの身を、ひいてはウェルミィやニニーナ夫人の心労を考慮しているのだろうが。
「ウェルミィの命が最優先だと、口にしたのはお前であり、私も同じ気持ちだ。成功確率は少しでも上げる。……覚悟をしているのはお前だけではないのだ。決断しろ、イオーラ・ライオネル王妃殿下」
「……分かりました。では、準備を」
「ああ、お互いに最善を」
目を閉じてそう口にしたイオーラに、エイデスは頷いた。
「私の方でも、働きかける。足りない遣い手以外に、八芒星を描く為の魔術の有識者も必要だろう。八芒星の遣い手と共に、集められるだけ集めるぞ」
「はい。宜しくお願い致します。わたくしは図面を引きますので、後で確認を」
「ああ。私はズミアーノに会いに行く」
そうして部屋を辞したエイデスは、歩きながら拳を握り締めた。
ーーー死ぬな、ウェルミィ。必ず救う。
相変わらずウェルミィを欲する運命如きに、奪わせはしない。




