国王陛下の委任。
ーーー王妃宮にて。
「ウェルミィ、が……!?」
『助けて、愛し子! お願いだ! お願いだよ! もう一人の母様を助けて!』
『……症状は教える。魂に干渉し、ウェルミィを目覚めさせることが出来れば、勝ち目がある。イオーラ、お前なら理解出来る筈だ。もう一人の私と共に、征け』
微睡みの中で、イオーラはそんなメッセージを受け取って……覚醒と同時に、カッと目を見開いた。
「……陛下に、早急に連絡を。それと、聖教会に早馬をお願い。テレサロに『ウェルミィが危ない』と」
イオーラは、焦らなかった。
正確には焦ることよりも、感情を理性で押さえつけた具体的で迅速な対応を行った。
ウェルミィの元に今すぐにでも駆けつけたい気持ちを鋼の意志で押さえつけ、必要で重要な者に連絡を取らせる。
ーーー急がなければ。
もう一人のエイデス様と『語り部』に伝えられたウェルミィの症例からすれば、最速で一日、遅くとも三日で命を落とす。
ーーーわたくしのせいで。
力の『反動』。
それは揺り戻しなのである。
つまりは、イオーラが誰かを救う為に、あるいは幸運を齎す為に使った力の分だけの不幸が、イオーラを襲ったのだ。
それが自分を殺そうとするものであれば、まだ良かった。
だが世界は、イオーラが何に一番苦しむかを知っているのである。
ーーー愛する者を奪われる以上の不幸は、この世にはない……。
少なくともイオーラにとっては。
最愛の義妹を奪われた時に感じる想いは、地獄の劫火に匹敵する程に魂を苛むだろう。
ーーー決して、奪わせはしないわ。
たとえ世界の意志であろうとも、イオーラはそれを許容しない。
だってウェルミィは、誰かを襲うあらゆる宿命に抗い続けて、救い続けたのだから。
その彼女が動けないというのなら。
ーーー代わりに動くのは、わたくしの役目。他の誰でもない、わたくしの役目よ。
『魂に干渉する』という禁忌に関する専門家は、いる。
ズミアーノ・オルブラン侯爵。
家督を継いだ彼の頭の中には、分霊を成功させた結果生まれた【服従の腕輪】の知識がある。
侍女長オレイア。
〝紫紺の髪と瞳の魔女〟である彼女は、精神に干渉する手段を持っている。
魂を傷つけない為の術式を……魔導陣を編み上げる専門家も、いる。
エイデス・オルミラージュ侯爵。
多くの【呪いの魔導具】を解明したということは、即ちその根源である魔導陣と、魂を傷つける術式に誰よりも精通している、ということに他ならない。
裏を返せば、傷つけない為にどうすれば良いかを、最も理解しているということでもある。
大聖女テレサロ・エンダーレン。
彼女であれば、どうにかウェルミィの命を保たせてくれる筈だ。
『神託』を受けた〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟は、『語り部』の体から解き放たれた瘴気の嵐の中ですら、『語り部』の魂にその癒しの力を届かせたのだから。
ーーー後は、時間と……人数。
イオーラは、自分の力が徐々に弱まっている自覚があった。
けれど、それでもまだ『物事を直観する力』は生きている。
ーーー皆の協力が必要だわ。すぐに連絡が取れる者以外にも、ウェルミィとの絆を持つ人々と……世界に選ばれし力を持つ人々が。
間に合うだろうか。
そして、協力を得られるだろうか。
【魔王】の力は、残滓のような一欠片であっても、魔人や魔獣を生み出す程の影響力を持つのである。
それがウェルミィの魂に入り込んだというのなら、除去の困難さは気が遠くなる程に困難で繊細な施術になるだろう。
頭の中に直接、傷を一つもつけないように針を通すが如き技術がいる。
それも、失敗が許されない一発勝負の。
イオーラはオレイアに事情を説明しながら着替えをして、王城にある謁見の間に赴いて、レオを待った。
「どうしたんだ?」
連絡に行かせた時間と速さで、何かを感じ取ったのだろう。
レオは……夫であり国王である青年は、最も時間の掛からない、王族が普段過ごす時の格好で謁見の間に訪れた。
そんな彼に、イオーラは床に膝をつく最敬礼を取る。
「……イオーラ?」
「陛下に、奏上を。ウェルミィが……わたくしを襲う不幸の生贄に選ばれました。力をお貸しいだたけないでしょうか」
イオーラがそのまま事情を説明すると、レオは少し黙り込んだ後に、静かに近づいてきた。
「顔を上げるんだ、イオーラ」
肩に手を添えられ、その声に従って目線を上げると、彼は真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「ウェルミィの危機だというのなら、それは君に礼を取られるような事情ではない」
「ですが」
「仮に誰かに責任のある事態だとしても、決して君だけの責任じゃない。だから、悲しいことをしないでくれ。君と俺は、夫婦だろう?」
「……レオ」
「君が懐妊して、二人目の子供である娘が生まれる、大変めでたいことだ。めでたいままに終わらせるのなら、ウェルミィは救わなければならない。……俺は、彼女に多大な借りがある。そして、君を幸せにする責任もね」
レオは一度微笑んでから、笑みを消して厳かに告げた。
「イオーラ・ライオネル。国王の名の下に、君が必要だと思う、ありとあらゆる行動を許可する。何一つ遠慮するな。他国にも、幾らでも借りを作って構わない。全ての権限を使って、必ず君の義妹を救え」
その言葉に、イオーラは唇を震わせた。
目頭が熱くなるけれど、今は、弱さを見せている場合ではない。
「良いの……? それをしたら、きっと将来、ライオネルは苦労することになるわ……」
「それをどうにかするのが、俺の王としての仕事だろう。そしてウェルミィを救えば、彼女自身も、君も、そしてエイデスも、損を帳消しにする為の努力をするだろうな。国家として、これ程成功を約束された投資があるか?」
わざと、なのだろう。
レオは、先王コビャク様よりも情を深く重んじる人だ。
イオーラに気を遣わせない為に、おどけた憎まれ口を叩いている。
「全部何とかしてやる。俺は、何をすればいい?」
「レオ……ありがとう。やって欲しいのは、人材を集めること。特に、帝国と大公国から、複数人必要なの」
その名前を伝えると、レオは頷いた。
「期限は?」
「一週間」
「無茶を言う。が、滅多に聞けない君のワガママだ。どうにかしよう」
「ええ。では、わたくしはエイデス様の下へ。報告の使者は、オルミラージュ本邸へお願い」
「ああ。必ず助けよう」
ポン、と肩を叩いて、レオが王宮の方へ向けて踵を返すのに、イオーラも反対側の扉へ向き直る。
城門近くの、馬車乗り場へと向かう為に。
最も信頼するパートナーの許可を得て、お互いに為すべきことを為す為に、イオーラは動き始めた。




