姉妹の対話。
「……予想以上に大事なんだけど……?」
目覚めたばかりということで対面こそ出来なかったものの、オルミラージュ本邸に集まっていた人々の名前を聞いて、ウェルミィは頬を引き攣らせた。
今回のウェルミィの件で動かされた人物の中には、テレサロやタイグリムだけでなく、明らかにたった10日で引っ張り出して良いわけがない者達がかなりの数混じっていたのである。
下手すると、各国の首脳部が動いたのではないかと思われる規模だった。
「それ、めちゃくちゃ他の国に借りが出来たんじゃないの?」
そうウェルミィが問いかけると、ひどく申し訳なさそうな顔でお義姉様が肩を竦める。
「……でも、貴女を助けるには、そうするしかなかったの」
ウェルミィに入り込んだ【魔王】の瘴気そのものの脅威は、決して大したものではなかったらしい。
向こうのエイデスに吸収された分の残滓であり、その中でも極小のもの。
けれど、それが入り込んだのがウェルミィだったことが、困難の理由だったと。
「ウェルミィには、聖なる力への適性がなかったから。ただ瘴気を浄化するだけでは、魂の崩壊を招く危険性があったのよ」
理屈自体は、ウェルミィにも分かる。
治癒魔術や魔力症もそうなのだが、強過ぎる魔術、強過ぎる魔力は受け入れる被術者側にも適性が必要なのだ。
「その為に、皆に協力して貰って魔導陣を敷いたの」
魔導陣というものは、主に魔術的事象を引き起こす為に使われる。
魔力を流し込むと、詠唱や術者に関係なく、特定の魔術を行使することが可能となるもので、起こしたい魔術の規模や複雑さによって、魔導陣の大きさは変わる。
そして、魔導具の基礎でもある。
小さいところだと、平民でも使える、火を起こしたり灯りを灯したりという日常生活を便利にする為の魔導具から、怖いところだと、大規模な攻撃魔術を多くの人が扱えるようにする兵器魔導具まで。
魔導具とは『魔導陣を組み込んだ、特定の魔術を引き起こす道具』なのである。
その魔導陣の用途の一つに、医療目的がある。
医療系は治癒の魔術に代表されるように、適性に左右されたり基本的に高度な技術である為、簡略化や縮小は現在のところ出来ない。
それは裏を返せば、魔導陣を敷く魔導士が正確に術式の意味を理解しており、巨大な魔導陣を敷くことさえ出来れば、血統固有魔術のような特殊なものでない限り、あらゆる魔術を発動できるということでもある。
優れた魔導士でも、個人の力では発動することが不可能なくらい精密な魔術であったとしても、だ。
「どんな魔導陣なの?」
「破邪と精神干渉、魂の保護を複合させて、媒体となる術者を介すことで制御する複合魔導陣よ。その為に、強力な聖属性の魔力を行使可能な戦士と、魔導陣を正確に構築出来る魔導士が必要だったから……」
「めちゃくちゃ人を集める必要があった、ってことね」
「ええ。その上瘴気は、ウェルミィの魂の奥深くに入り込んで意識を封じていたわ」
魂が崩壊する危険性の他に、瘴気だけを上手く浄化しても目覚めない可能性が高かったと。
だから、ウェルミィの記憶と深く結びついている人々や、魂の絆を結んでいる人々の協力が必要だった。
目覚めさせた上で、強い意志をもって内側から瘴気を乖離させ浄化する、という手順を踏む為に。
「その手段が、偽物の記憶と、私が夢の中で会った人達だった、ってわけね」
「ええ。夢の世界をただ構築して起こすだけでは、ウェルミィ自身が、わたくしを助ける為に動く状況にはならないから……」
お義姉様は現在王妃であり、ウェルミィはオルミラージュ侯爵夫人。
もし仮に誘拐事件が起こったところで、確かに自分が勝手に捜索するわけにはいかない。
「なるほどね……でも、ちょっと楽しかったわ」
「楽しかった?」
お義姉様が首を傾げるのに、ウェルミィはあら、と片眉を上げる。
「だって、お義姉様と一緒にドレスを選んだり勉強したり……あんなこと、本当は出来なかったじゃない?」
「……!」
目を丸くするお義姉様に、片目を閉じて見せてから。
「本当に、夢の出来事だったわ。そう思わない?」
「……そうね」
嬉しい、と思ってくれてはいるみたいだけれど。
素直に喜べないような顔で微笑むお義姉様に、ウェルミィは一度息を吐いてから表情を引き締める。
「じゃ、教えてくれるかしら? 私が眠っている間に起こっていたことを」
「ええ。……ことの始まりは、わたくしが懐妊したことによって、〝精霊の愛し子〟の力がこの子に受け継がれ始めていることよ」
お義姉様はお腹を撫で、目を伏せる。
「今も、どんどん力が失われているのを感じるわ。きっと、大昔に【魔王】が覚醒して〝精霊の愛し子〟だった長と伴侶が殺されたのも、わたくしが生まれる前にお父様が亡くなったのも、同じ理由なんだわ……」
「力が失われる反動のせい、ってこと?」
「ええ。きっと、〝精霊の愛し子〟だけでなく、その伴侶にも反動が向かうのでしょう」
「それはつまり……お義姉様がレオより私を愛してるってことね!」
ウェルミィはご機嫌になったが、お義姉様はますます困ったような顔になる。
「えっと……言いにくいんだけれど、もっと現実的な理由だと思うの……多分、レオが昔の〝光の騎士〟とオルミラージュの紫髪を受け継いだ血統で、聖剣の主だから……」
「冗談よ」
相変わらず、お義姉様はこの手の冗談が通じない。
優しいからウェルミィを傷つけないような言い方を選ばなくても、今さら別にその程度で怒ったりはしないのだけれど。
【魔王】の対抗者である〝光の騎士〟が複数いる状況を【災厄】に備えて作り出したのはズミアーノやお義姉様、エイデスなのだ。
その【災厄】を乗り越えた後、元の聖剣はソフォイル卿が所持しているけれど、レオも相変わらず『聖剣の複製』を持っているから、【魔王】の瘴気が干渉する余地がなかったのだろう。
「でも、そもそもどうやってそれを知ったの? 極小の【魔王】の瘴気まで感知出来るような人がいたのかしら?」
ウェルミィの問いかけに、お義姉様は小さく頷いた。
「正確には、感知したのではなく貴女の状況を伝えられたのよ」
「誰に? エイデス?」
「いいえ。いえ、ある意味そうとも言えるかしら」
お義姉様は、中空に目を向けて静かに答えを告げた。
「教えてくれたのは、遥かな世界にいる【魔王】エイデス様と、『語り部』……生まれ変わったフェリーテだったのよ」




