ウェルミィの切り札。
「何故レオが、わたくしの差し金だと思うの?」
「あら、簡単な話じゃない」
イオーラの質問に、ウェルミィは優雅に手を広げて後ろを振り向いた。
「この場にいる誰もがこの状況を不思議に思っていないんだから、裏があるに決まっているわ。ここは王城。そしてお義姉様は、伯爵令嬢で、レオは男爵令息よ。そうでしょう? エイデス・オルミラージュ魔導卿」
そこに立っているのは、特務課の職員を従えた美貌の青年。
銀の髪に紫がかった青い瞳。
左手に黒いグローブを嵌めて右肩に黒いファーのついたコートを着た、冷酷非情のあだ名を持つ筆頭侯爵家当主。
悠然と告げられたウェルミィの言葉に、エイデス様は表情を変えなかった。
「何かおかしなことがあるか?」
「ええ。玉座の横にお義姉様がいる不敬が許され、私たちの話を誰も阻もうとしないのは、皆、この黒髪の男爵令息がレオニール・ライオネル王太子殿下だと知っているからでしょう」
ここは夜会の場。
数多くの貴族たちがいて、中には当然、伯爵家令嬢より地位の高い者もいる。
その誰もが、この状況に異を唱えていないのである。
ウェルミィはその理由を、『レオが容認しているから』だと考えているのだろう。
最も地位の高い彼が許しているから、皆が大人しくしている……その推察自体は、正しい。
「エイデス。貴方が突入してきた時にレオが手で制したのを、見逃すと思って? お父様も、ゴルドレイも、私がそんな間抜けだと思っているのかしら?」
エイデスは特務課の者たちの他に、さらに二人の人物を従えていた。
一人は、ウェルミィによく似たプラチナブロンドの半分が白くなった、朱色の瞳の男性。
もう一人は執事服を身につけ、静かに控えている老齢の執事。
クラーテス・リロウド伯爵は柔らかく微笑み、ゴルドレイは慇懃に少しだけ頭を下げた。
そうしてこちらに目を戻した彼女に、イオーラは挑発するように顎を上げて、口元に手を添える。
「面白い推理ね、ウェルミィ」
「まだ茶番を続けるの?」
「ふふ。……貴女はわたくしをここで見つけたことで、誘拐事件が終わったと考えているのでしょうけれど、事件は起こったのよ。その犯人には罰を与えなければならないわ。そう思わない?」
「誘拐を演出したお義姉様自身に? そうね。私を心配させた罰は、与えても良いかもしれないわね」
即座に、断定的にそう切り返される。
人を納得させてしまうこの鮮やかな弁舌と、それを支える聡明さ。
これこそが。
ーーーああ、ウェルミィだわ。
イオーラは感動すら覚えていた。
ウェルミィは、実のところ決して論理的な少女ではない。
彼女は『人を読む』力が飛び抜けているのだ。
だから状況や証拠ではなく、その人柄や動機から他者の行動を読み解く。
そして翻弄することで、自分の意見を通し切ることが出来る。
たとえば今、イオーラが犯人だとする場合。
普通ならば状況や証拠から人物を割り出し、証拠を揃え、そこから動機を追求する。
ウェルミィは逆である。
『この人の性格ならばこんな行動をとる筈がない』、あるいは『この人がこうした行動を取る理由は何か』から推察を始めるのである。
それを可能にしているのは、人の本質を見抜く朱色の瞳の力があればこそ。
だから、エイデス様やヒルデントライ様、あるいはズミアーノ様や、もう一人の彼女のような相手には分が悪かった。
瞳のことを知り、己の本質を隠す手段に長け、言葉で揺るがない相手には負けてしまうのである。
自分の内面から離れた情報の隠蔽も得意ではないから、詰めが甘く、不測の事態が起こると、どこかでボロが出てしまう。
最初の【断罪の夜会】で多くの人にその真意を見抜かれてしまっていたのは、彼女の能力の矢印が『相手の心を欺く』方に向いているからなのだ。
ウェルミィの本領は、弱点であると同時に、圧倒的な美点でもある。
演技力や挙動の華やかさ、情報を明かす為に最適な場面を見抜き、最も心に響く形で選択する言葉。
『場を支配する力』とでも言えるような、圧倒的な主演の才覚こそが、彼女の本質である。
故に真逆の、『普通はあり得ないが、情報から見れば犯人はこの人物しかいない』というような裏を、状況から読み切る思考が出来るエイデス様と組むと強い。
心理と論理の両面で、相手を凄まじい速さで追い詰めることが出来るからだ。
だからこそ、イオーラは二人を切り離した。
ウェルミィは、エイデス様と組むと強くなる反面、弱くもなる。
裏方としての彼に自らを演出する半身を預けることで、彼女自身の『貫く意志の力』が薄くなるのだ。
演者として強くなり、人として弱くなるのである。
彼女は自由気ままなように見えて、誰よりも空気を読み、意識的にも無意識的にも、その状況に最適な振る舞いをしてしまうから。
だから、彼女が自立してその意志を貫く為の相棒としては、レオが最適だった。
ウェルミィは彼を信用しているが、自らを預けるほどに信頼はしていないから。
それを踏まえた上で、仮にエイデス様が居てすら、彼女がその意志を貫くことが1つある。
イオーラ自身に関わる何かが、起こった時である。
エルネスト伯爵家でも、その後に社交界に舞い戻る時でも、侍女選抜を打診された時でも、八大婚姻祝儀祭を提案した時でも。
イオーラが『語り部』に取り込まれそうになった時でも。
ウェルミィの目的や動機は、いつもイオーラのことが発端だった。
少々困ることもあるけれど、一途に慕ってくれる可愛い義妹。
彼女は、イオーラに何かが起こる時に最も強い意志を見せる。
ウェルミィに深い愛情と信頼を抱いているのは、イオーラも同じだけれど……そこで同時に、冷徹でもあれるのが、自分と彼女の差なのである。
それが、必要だった。
だから、陥れた。
彼女が最も強い意志を発揮する状況を作る為に、イオーラは自らの誘拐という事件を画策したのだ。
今、ウェルミィは最も輝いている。
破滅を対価に、望みを叶えようと挑んだ時のように。
双玉に導かれ、世界の運命をねじ曲げた時のように。
その意志が、輝いている。
「わたくしは、救助されただけ。ウェルミィ、貴女が誘拐を示唆した証拠もあるわ。わたくしがここに居ることが、貴女が犯人ではない証拠にはならないのよ」
「あら、どんな証拠があるのかしら?」
自信に満ちた様子を崩すことなく、ウェルミィは小首を傾げる。
「お義姉様が誘拐されたことを知った後、私は情報を得る為に面会を望んだ人がいるの。それが誰か、分かるかしら?」
問われて、イオーラは微笑みを返した。
※※※
ーーー時は戻り、レオと共に貴族学校を抜け出した直後。
「ここからどうする?」
どこかの倉庫に出た後、ウェルミィはレオに問われて顎を手で挟んだ。
共に過ごすうちに移ってしまった、考え事をする時のエイデスの癖である。
レオが倉庫内に用意されていた紙とインクで国王陛下への書状を作る間に、どう動くかを決める必要があった。
今の状況では、当然エイデスには頼れない。
国王陛下がウェルミィを捕らえる為に〝影〟を動かさない判断をしたとしても、それ以上の手助けは期待出来ない。
別にお義姉様の捜索に、ウェルミィ自身は本来必要ではないからだ。
エイデスが、こちらを捕らえる為だけに手を割いている、とは考えていなかった。
多分、別働隊を作ってお義姉様の行方自体を捜索もしているだろう。
その情報を得られるのは誰か。
あるいは、同じ程度の情報網や人員を駆使して動け、かつこちらの手助けをしてくれそうな人物は、と、そこまで考えたところで。
「書けたぞ」
レオが自分についた〝影〟に手紙を預けたところで、ウェルミィは纏めた考えを口にする。
「そうね。協力者を一人増やすわ。国王陛下の顔色を窺わないといけない貴方の権限じゃ、私を逃す以上のことは出来ないでしょう?」
「相変わらず嫌味な言い方だな。誰に協力して貰うんだ?」
「あら、思いつかない?」
ウェルミィはうっすらと笑みを浮かべる。
「エイデスに張り合う能力と権力を持っていて、倫理観なんて持ち合わせがない、そんな有能で危険な道化が一人いるでしょう?」
「あいつか……確かに適任な気はするが、協力するか?」
「記憶があろうとなかろうと、あの人は絶対こっちにつくわよ。こういうのを一番面白がる性格してるんだから」
レオは複雑そうな表情をしているが、たとえ諸刃の剣であろうと、この状況において最適な人材であるのは間違いないのである。
「辻馬車を捕まえましょう。ーーーズミアーノ様を、こっちに引き込むわ」




