ウェルミィ・オルミラージュの敗北。【了】
ーーー5年後。
「わたくしはアクヤクレージョーですわ! わたくしにはきょーじがありましてよ!」
「まちてよ!」
「スフィーア!! 貴女どこでそれを覚えてきたの!!」
5歳の娘が、3年後に生まれたお義姉様の子……ライガ王太子殿下に向かって胸を逸らすのに、ウェルミィは悲鳴を上げた。
それは、最初の断罪劇の後、オルミラージュが後援となって世に広めた、あの事件を題材にした演目である。
スフィーアが口にしたのは、ウェルミィがモデルとなった舞台の『悪役令嬢』が放つセリフだったのだ。
王宮の庭で遊ぶ娘は、キョトンとした顔でこちらに目を向けた。
「このあいだ、おとーさまとへーかといっしょにみたのですわ!」
「レオ!! エイデス!!」
ウェルミィが睨みつけると、エイデスは小さく肩を竦める。
「演目の内容は知らなかった」
「レオォ……?」
ライガ王太子殿下が生まれると同時に王位を継いだレオニール・ライオネル国王陛下は、ニヤニヤしながら顎を撫でる。
「何のことだろうな? 俺は面白い演目だと思って遊びに連れて行っただけだ」
「覚えてなさいよ……! 今度帝国に行ったら、外交関係むちゃくちゃにして来てやるわ!」
「おいやめろ。報復がシャレになってないだろ!」
「ふん、国を潰した王として歴史に名を刻みなさい!」
真顔になるレオに、お義姉様がクスクスと笑う。
「ウェルミィはそんなことしないわよ」
「止めとかないと信用出来ないだろ!! この筆頭侯爵夫人が、どれだけ散々やらかして来たと思ってるんだ!?」
「私のせいだったのは最初のアレだけでしょう!」
それにしたって、エイデスの組んだ茶番である。
ズミアーノの件も、ローレラルの件も、大公国の件も、全部ウェルミィが仕掛けた訳ではないのだ。
「それより、ライガがどこかへ行ってしまうわ。追いかけましょう」
一応従者は常に近くにいるのと、王宮の庭なので行方不明になる心配はないけれど、お義姉様はレオの腕を取って、トコトコどこかへ歩いていく幼な子を指差した。
「ウェルミィ、また後でね。お昼ご飯は食べて行くんでしょう?」
「ええ」
スフィーアはというと、入り口の方に向かって走って行っている。
この後、前陛下や前妃殿下、お父様やお母様、カーラ夫妻、ヒルデとシゾルダの公爵夫妻筆頭に仲の良い同世代の面々。
それにミザリやヘーゼル、ヤハンナ夫人一家やコールウェラ夫人、それに大公国からウーヲンの父ブラード等が来て、昼餐会を行うのだ。
無礼講ということで、本当にウェルミィやお義姉様が誘いたい人を非公式に誘ったものである。
スフィーアが見つけたのは、早めに来たらしいテレサロとソフォイルで、彼らにまだ子はいない。
代わりに、仲間内で最初に生まれた娘を可愛がってくれているので、懐いているのだ。
テレサロが満面の笑みでスフィーアを抱き締めるのを眺めていると、エイデスがポツリと呟いた。
「母、か……」
「どうしたの?」
「いや……何故母は、間接的に父と、義母や義姉を見殺しにした『語り部』を許したのか、というのが、最近になって少し気に掛かってな」
ウェルミィは、その言葉に首を傾げた。
エイデスはスフィーアから目を離し、自分の左手を覆う黒いグローブを見下ろす。
「どうしてそんな相手に協力することに耐えられたのか、と。生まれたばかりの私を、手放した彼女の気持ちが……お前なら、分かるか?」
実際に触れ合った期間など、ほんの一瞬で。
それこそエイデスは、顔どころか性格に至るまで伝聞でしか『婆や』を知らない。
「許した訳じゃないんじゃない? 分からないけど、許していたとしてもどっちでも良いと思うわよ。エイデスからしたら、そりゃ捨てられたに等しいから、納得出来ないかもしれないけど」
「……」
「貴方と私の為だったから、なんじゃないの?」
大義や忠誠という理由で、子を手放した人は、ブラードやヌーアもいた。
我が子の未来の為に憎悪され死ぬことを選んだ、ルトリアノもいた。
でもきっと、婆やの気持ちに一番近い理由で去ったのは、イザベラお母様だ。
「お母様が、私とお義姉様の為に、目の前から消えて修道院へ行くことを選んだように。婆やもきっと、貴方の為に去ることを選んだのよ」
イズィースの語った婆やの生き方。
そして将来〝変貌〟が使えなくなる程の病に犯されることを、知っていたのなら。
「我が子の為なら耐えられる、と、思ったんじゃないかしら。『語り部』から、私やお義姉様のことを聞いていたのなら。そして、貴方が『オルミラージュ侯爵』になることが、未来に繋がると知っていたのなら」
〝精霊の愛し子〟の周りには、幸福が訪れる。
けれどその力は、ライガ王太子殿下に受け継がれなかった。
彼が持ち合わせているのは、レオと同じ金瞳。
生まれてからヤハンナ夫人に聞いたけれど、〝精霊の愛し子〟は女性にしか継がれないのだという。
初代から今に至るまで、全員が女性。
だから今もって、お義姉様は〝精霊の愛し子〟で……同時に、自分の代でそれが絶えても良い、と言っていた。
『女の子を授かれば嬉しいけれど、きっとこの力は、反動があるのよ。善いことばかりが身の回りで起こったら、その力が消えた時に揺り返す。だから不幸が訪れるの。きっと、世界の幸福と不幸の総和は変わらないのよ』
だから、この力が消えてしまっても良いし、本当に必要な時以外はなるべく使わない方がいい、と……お義姉様は、笑いながらそう言っていた。
お義姉様が今、その力を使うのは、未来に繋がることだけ。
【災厄】が収束した後は、病気を治す魔薬の開発など、誰もが使える『技術』を作り出すことだけに使っている。
「もう一人のエイデスだって、【魔王】になっても、自分が一人になっても、誰も傷つけない未来を選んだのよ。だったら、婆やもきっとそうなの」
ウェルミィは、エイデスの左手にそっと自分の手を重ねて、上目遣いに彼を見上げる。
「だって、貴方のお母様でしょう? 私は今でも、エルネストに私やお母様を受け入れて優しくしてくれた婆やのことが、大好きよ」
「……そうだな」
すると、エイデスが微笑む。
娘が生まれて、彼はさらに柔らかくなった。
もうエイデスを〝冷酷非情の魔導卿〟と呼ぶ者はいない。
だって、ウェルミィと娘にデレデレな姿を、これでもかというくらいに見られているから。
「きっと、そう信じて良いのだろうな」
「ええ」
「ウェルミィお姉様ー! お久しぶりですー!!」
そうして、テレサロがスフィーアを抱いて近づいてくるのに、ウェルミィは呆れ顔を向ける。
「つい半月前に会ったばかりでしょう」
「あの時は、公式のお仕事じゃないですかぁ〜。緊張感で料理の味も覚えてません〜!」
「いい加減慣れなさいよ」
あれから何年経っても、彼女は変わらない。
その内、ライガ王太子殿下を連れて、レオとお義姉様が戻ってくる。
「ウェルミィ。クラーテス様とお義母様も来られるのでしょう?」
「ええ、来るって言ってたわよ」
「ふふ、幸せね? ウェルミィ」
「……ええ。この上なく幸せよ」
この話題になると、いっつもそう聞いてくるお義姉様と、満足そうに笑うエイデスを、ウェルミィは睨みつける。
「どうせ、いっつも私は負けるのよ。……ぜーんぶ、お義姉様とエイデスの計画通りにね!!」
最初から、ずっと。
けれどいつも、そう。
ーーーちっとも悪い気分には、ならない。
Fin.




